第39話 花嫁を攫って走り出す?

<向井君! もっと撃って! どんどん来る!>


 反応の遅れたブレイダンサーが強引な回避運動をするたび、荒野の悪路にタイヤを取られて酔っ払いのように車体がよたつく。華麗に舞うべきダンサーの名前が泣いてらぁ。


<夏堀ッ、タイミングを合わせろ! 急に曲がるな!>


 ブレイダンサーの前面ライト部分に搭載されたエナジー兵器『ブレイガン』の黄色い光線が走る。だが、その軌跡は発射直前の急ハンドルで地上標的から大幅に逸れて彼方に消えた。


 もう一度撃ちたくともブレイガンの射角は左右に10度、すでに範囲外だ。


<ひ、左から敵2体! 右後ろから、あの、1―――ミサイル来ますぅ!>


 オレの横にいる設定・・の初宮のホログラムからおっかなびっくりの弱い声、それが一転して最後に悲鳴じみた警告が発せられる。

 スピーカーの音が小さいな? と思って耳を近づけたら突如大音量でハウリングしたみたいな迷惑過ぎる声の上下で耳が痛えわ。


<時計方位で言ってくれ!><地上!? 空!? どっちよぉッ!>


(訓練始めとはいえ、こりゃ酷えもんだ……)


《そりゃみんな学生でアマチュアだもん。軍隊とかみたいに統一した訓練してるわけないかんね》


 こいつら個人ではそこそこ戦えてんだが、連携となるとてんでバラバラだった。


 夏堀は操縦と回避に精いっぱいで射撃手のための配慮が無い。向井は自分のタイミング絶対で夏堀と攻撃の呼吸を合わせる気がえ。初宮はナビゲートの知識と経験不足もあるが、それ以上に引っ込み思案なのがネックだ。味方に物言うときくらいオドオドすんな。


<<きゃぁぁぁぁっ!>>


 空中の敵機から放たれた対地ミサイルが車体の後部ケツに着弾。機械的に再現された衝撃と発光、爆発音で女どもが悲鳴を上げる。これが実戦だったらブレイダンサーの車体はミサイルの爆風で空中を何回転もしていただろう。


(今のでほぼアウトだな。車体が無事でも中身が無事じゃねえよ)


《死にはしないけど全員10秒くらいは目を回してるかな? その間は撃たれ放題だから、さすがのスーパーカーでもスクラップじゃのう》


 50メートル級スーパーロボット『天下御免ブレイガー』。これが今回オレたちがシミュレーション訓練しているロボットだ。まあ今はその変形形態のひとつである全長7メートルの車モードの試乗だけどな。


 ロボットが基地から出撃発射されるときは、どのロボットも分離・変形モード中で一番小さいサイズになる状態で出撃する。つまりこいつの場合は車形態『ブレイダンサー』が発進形態だ。


 最初から完全な飛行形態『ブレイウィング』で飛び立てたら楽なんだがなぁ。こっちは25メートルで半端にデカいのだ。ロボットのサイズで必要出撃枠が増加するシステムだから、枠の節約のためにウィングモードにはSワールド向こうに行ってから変形するしかない。


 時間制限もあるしな。ブレイガーこいつ物理法則無視天下御免の力はタイムリミットがある。


 『ブレイスタイル・システム』とか言う意味不明の理論で実現した錬金術。このシステムによって7メートルの車が50メートルに巨大化し、内部構造が変異して、まるで初めから持っていたように存在していない武装まで追加搭載されるのだ。


 まさに天下御免と世界常識を黙らせるように。


<MISSION FAILED>


<くっ……>


 まだシートを揺らした衝撃に混乱している夏堀と初宮に対して、向井はいち早く復帰して画面に表示された被撃破判定に悔しそうな声を漏らした。


《次の出撃まで3日もあらしまへんで。低はん、どないしはりますんや?》


(何弁だ。しかもたぶん間違ってるぞソレ)


《どこの方言か言ってないからセーフ》


 シミュレーションが終了してプシュっと気密が解除された音と、耳にちょっと違和感を感じた後にカバーと言うにはゴツい様々な機器が張り付いたシートカバーが開いた。


 外に出るとシミュレーション席から乗り降りするためのタラップがスルスルと伸びてきていて、太い配線だらけで川みたいになっている床の橋渡しが完成する。


《お忘れ物の無いようにご注意願いまーす。当アトラクションをご利用いただきありがとうございましたー》


(遊園地かッ。そういや地下の端っこにしょぼいのがあったな)


《低学年向けの小さいやつね。他の施設と兼用だからデパートの屋上レベルぞなもし》


(んー、オレはまずデパートって店舗に行ったことが無いからわっかんねえ)


《小銭を入れるとヴィンヴィンッ、するゾウさんとか、ヴィンヴィンッ、するパンダさんとかある場所なのだ》


(稼働音を強調するな)


《役者見習い崩れのアルバイトがヒーローショーの内臓さんになってたりもする》


(崩れは余計なお世話だろ、あとスーツアクター中身に言及せんでいい。存在しません)


「……」「……」「……」


 オレがタラップに寄りかかって待ってたらノロノロ戻ってきた3人。動きにキレがないのは無様を晒して消沈してるからだろう。


 贔屓目なしで4人での戦闘は無難に仕上がっていた。3人ともパイロットとしての技量は悪かないと思う。ガンドールの連中に比べて勝っている面もあるくらいだ。


 夏堀は操縦、向井は射撃、初宮は索敵。適性的にも向いている割り振りだと思う――――が、実体は戦力の分割バラ売りだ。チームになってねえ。


 こいつら指揮担当になったオレの指示を聞いてる間はスムーズに行くのだ、悪い意味でな。


 夏堀はオレが直進しろと言ったら敵がど真ん中にいても真っすぐ走る。なんぼ撃たれようがハンドルは切らない。


 向井は撃つなと言ったら次の指示までどんなにチャンスでも撃たない。わざと攻撃しないとマズい場面を無視してみたがこいつはお行儀よく撃たなかった。


 初宮はオレに情報を伝える時はハッキリしっかり声を出す。とりあえず何でも気付いたこと、拾った情報をバンバン上げてくる。


 指揮担当の指示優先。それはいいんだ、オレも助かる。


 けどオレたちがやってるのは戦闘。運の無いヤツが一人だけ死んでもおかしくはないし、死なないまでも戦えない状態になることもある。そういったときの保険という意味で、オレはチームメンバーとしてのこいつらの戦力が知りたかった。


 だからメンバーとしての状態コンディションを見るために、オレは早々に戦死したというシチュエーションで好きにやらせてみた結果がコレだ。


 夏堀は反射的に操縦するだけで頭の中で戦闘エリアと敵の分布が把握出来てない。だからあっと言う間に地形に阻害されたり敵に挟まれて包囲される。


 向井は射撃の腕こそ一端だが味方の呼吸が分かってない面が散見した。この状況なら夏堀は避けるだろうというタイミングでも撃とうとする。


 初宮は情報を投げるだけでいいと思っているのか、担当しているもうひとつの仕事『分析』をしようとしない。また、夏堀にはまだマシだが向井には口調がどもって聞き分け辛く、聞き返される場面が多々あった。


 ガンドールの凸凹ブラザーズはこの辺しっかりしてたんだよ。お互い言いたいことはちゃんと言うし、自分で判断して動いてた。それぞれちょっと技量がイマイチでも連携はうまかったしな。何より信頼関係を構築していたと思う。


 だがこいつらはまだまだ急造チーム。遭難の苦労を分かち合ったから信用こそしているが、戦闘経験値からくるパイロットとしての信頼が薄い。夏堀と向井は自分だけでなんとかしようとするし、逆に初宮は自分で考えずに判断を他の2人に投げちまう。


 三者三様に問題児だ。こりゃ3日そこらで叩き上げるのは無理ぞ。無理ゲーぞ。


「……(まーそれでも)課題は見えてきた。頑張っていこう(や)」


 よし、考え方を変える。夏堀と向井は三日じゃちょっと手が付けられん。まずは置物の初宮だ。戦闘で使う言葉と伝達のキーワードを教育してからにしよう。こっちは共通で問題があったからな。


 現代の軍隊とかで物の言い方とか厳しく教えられるのは、とっさにひとつの言葉から同じ物を齟齬なく連想できるようにするためだ。言い違いや聞き違いが大損害に繋がる業界だからな、そりゃ厳しくもなる。


 軍隊ほどガチガチにするこたぁねえが、オレの安全担保する以上基準は作ったほうがよさそうだ。特に初宮、必要なことまでボソボソ喋られちゃ聞く方だってイライラするんだよ。オメーはまずこの辺は直さねえとな。





<放送中>


「「「「あいうえおいうえおあおあいうえ!」」」」


 何かと騒音の多い格納庫だけど、どんな場面でも不思議と音の切れ目というものはある。昔の人は喧噪の中で急に静寂が訪れると『天使が通った』なんてメルヘンな事を言ったりしたらしい。


「「「「かきくけこきくけこかこかきくけ!」」」」


 そんな騒音の切れ目に響く私たちの声はやけくそ気味で、たまに音の発信源を伺う整備士がこちらを見に来ることもあったりして、ホントに恥ずかしくてしょうがない。


「「「「さしすせそしすせそさそさしすせ!」」」」


 反省会もそこそこに、玉鍵さんに連れてこられたのは整備棟を兼ねた格納庫でも一番うるさいところ。ここでマコちゃんと向井君と私で発声練習をすることになってしまった。


 なんで? どうして? という私の心の中の疑問は『初宮の声は聞き取り辛い』という冷静で明確で、何より残酷な一言で氷解した。


「初宮! もっと大きく! もう一度あ行から!」


 玉鍵さんから檄が飛ぶ。最初は私たち三人だけだったところに、彼女もすぐ範を示すように加わって四人の合唱になっていた。しかも誰かの声量が小さいと最初の『あ行』から全員でやり直し。


「「「「あいうえおいうえおあおあいうえ!」」」」


 復帰して初めてのシミュレーションはとてもうまくいった。指揮をする玉鍵さんの判断は的確で迅速、私たちは手足としてそれぞれの仕事をしていればいい。


 情報を渡せば指揮官玉鍵さんが判断してくれる。マコちゃんはどこに向かうか指示を受け、向井君はどの敵を倒すか指示を受け、私はひたすらレーダー表示や機体のコンディション情報を頭脳玉鍵さんに渡す。


 まるで全員が一体になったような充実感さえ感じた。このチームなら自分たちで戦って帰れる、二度と置き去りになんかされないと思った。


 けれど二回目に難しそうな顔をした玉鍵さんが追加した、たったひとつの条件で私の考えはパイロットとして甘過ぎると思い知らされることになる。


 初めに伝えられたときは無理と感じた玉鍵さん設定の高難度ミッションは、それはもう簡単にクリアできてしまった。アレ? こんなもの? そんな感覚さえあった。


 玉鍵さん指揮官がいたからだ。


 その玉鍵さんを抜いた同じ条件のシミュレーションは、途端に最初感じた通りの地獄と化した。


 あれだけ緻密に連携していたやり取りはボロボロ。お互いが個々の作業に手いっぱい。それは指揮する人が戦死したうえに頭数が足りないのだから当たり前。


 ――――でも、そんな言い訳ができないくらいチームとして悪かったと思う。結局、私たちはぜんぶ玉鍵さんありきだったのだ。他のチームメイトを介さずに玉鍵さんを接着剤にして、無意識に頼り切っていたのだろう。


 そしてそんな甘えた私たち、ううん。これはたぶん私。一番意志の弱い私の性根を彼女は叩き直すことにしたみたい。


「「「「なにぬねのにぬねのなのなにぬね!」」」」


「初宮! 滑舌! 声も小さい!」


 うわぁーん!!





<放送中>


 あんなに声を出したのはいつ以来だろう。何度もやり直して50音を終えた頃には喉と腹筋が痛かった。玉鍵さんはちょっとでも意識が逸れると的確に私のお腹を押してくるので気が抜けなかった。


 こんなに引き締まった細い腰の人が私のポヨポヨのお腹、もとい腰に触ったりしたら、お肉の多さに驚かれちゃうんじゃないかと思って気が気じゃなかったよ。


「初宮、寄るところはあるか?」


「だ、大丈夫だよ」


 まさか玉鍵さんのバイクに乗せてもらって家に帰る―――ううん、戻る・・ことになるなんて朝は思ってなかった。


 最初に私の顔の腫れに気が付いたのはマコちゃん。それを見咎めた玉鍵さんとのダブルの追及から原因を白状することになってしまった。


 私には幼馴染で同い年の男の子がいる。彼の父親は部署違いだけど私のお父さんより上の人で、何かというと両親から彼に気を遣うように言われ続けてきた。


 彼のご両親は離婚していて家事をハウスキーパーに任せている。けれど家政婦が仕事外と手を付けない仕事があっても、あの親子は自分たちで何とかしようとはしなかった。


 そしてその仕事は、彼の父親の圧力に負けた両親に泣きつかれた私に回ってくることになる。


 例えば、彼が学校にいる間の身の回りのお世話。彼が持ち帰ろうとしない体操服を持って帰って家政婦さんに渡した。家政婦がお休みを取っているときは私が洗わされることもあった。


 どこがカッコイイのか分からない恰好でふんぞり返る彼が教師に注意を受けると、なぜか後日、私が両親に怒られた。あなたが諫めなさいって。訳が分からない。


 でもしつこくしつこく言われてうんざりして、早く終わらせたくて代わりに謝ったりもした。


 仕方なく彼に作ったお弁当箱を、中身が残ったまま投げつけられたこともある。オレが嫌いな物が入っていたぞって。


 さすがに腹が立って無視するようになったら、なんと彼の父親が『息子が傷ついた』と怒鳴り込んできたこともあった。


 彼の親も私の両親も、私の言い分なんて聞いてくれなかった。


 私がパイロットになったのは、せめてその時間だけでも煩わしい世界から離れたかったから。戦うのは恐いけど、ずっと首を絞められているような息苦しい環境よりマシじゃないかなって思ったから。


 ――――それでも、戦いの場でさえ私は懇願する両親の顔から逃げられなかった。


 彼の父親は副長官。あの日、窮地に陥っている長官の息子の救援を私に要求してきた。両親のために逆らえない私をいいように使って。上司への点数稼ぎのためだけに。


 長官の息子は私たちが到着するや一目散に逃げ、そして私に残されたのは置き去りになったチームメイトの二人への罪悪感と、極寒地獄だった。


 取り残された真っ白の死地。人として取り繕っていた私たちの『良い顔』は飢えと寒さでやがて剥がれ、私は生まれて初めてあらん限りの不満をぶちまけた。


 みんな嫌い。大嫌い。我慢しろ、気にするな、そんな言葉ばっかり。なんで私ばっかり。なんでなんでなんで。


 同じような不満を持っていたマコちゃんに八つ当たりされて、私も八つ当たりした。こっちの方が不幸だって、こっちのほうが辛かったって。


 どうせもう死ぬんだからと、ずっとずっと腹に溜まっていたすべてを吐き出した。


 14年の短い人生の終わり。まさか最後の最後で親友と呼べる人と会うなんて。やっぱり神様なんていないと思った。本当に助けたい人と一緒に死ぬことしかできないなんて、あんまりだ。


 けれど私たちは救われた。玉鍵さんに。


 同性の私が嫉妬を通り越して、まるで芸術品を見るような気分にさせられるくらい綺麗な女の子。掴まっている腰は私の腕でも折れてしまいそうなほど細くて、それでいてしなやかな筋肉で引き締まっている。


 男の人でも持て余しそうなスゴく大きいバイクをいとも簡単に操って、同じように様々な機体を駆って大活躍している超がつくエースパイロット。


 人だけじゃない、街さえ救った救世主。


 神様はいない――――けど、助けてくれる人はいたのだ。


 こんな私のお見舞いに来てくれた彼女は、短い滞在時間の最後にポツリと言った。


「自分のために、生きろよ」


 自分のため。そのたった一言が心の中にあった大きくて退かせない重りを割って、目の前でバラバラに砕けた気がした。


 そうか。自分のためでいいんだ、と。こんな重りの相手をしていなくていいんだと。


 そして体調が戻って通学を決めた日、私は幼馴染の家に行った。


 私が雪原で震えていた頃、学校のトラブルで家に引き籠ったままになったらしい彼。一度も見舞いに来なかったあいつの下に。


 出てきた彼は何日も洗っていないまま放置していたらしい弁当箱を投げつけてきた。顔に当たった。


 だから、思い切りぶん殴ってやった。


 体が大きいだけで鍛えていないあいつの体はヘナチョコで、お腹を殴れば蹲り、顔を殴れば引っくり返った。ちょっとでも恐いと思っていた自分が馬鹿らしくなるほど弱かった。


 ふざけるな、もうあんたなんか知らない。最後にそう言い捨てて、マコちゃんと向井君と、そして玉鍵さんのいる久々の学校に行った。とっても晴れやかな、生まれ変わった気分で。


 その学校でまさかマコちゃんがピンチになっているとは思わなかったよ。玉鍵さん、あなたは素晴らしい人。だけどもう少し友達を選んだ方がいいと思うな。


 家に到着する少しだけ前、50メートルくらい手前で玉鍵さんがボソッと『怪しい気配があるな』と独り言のように呟いた。


 やっぱりエースともなると殺気とか気配とか分かっちゃうんだ。彼女と一緒に戦っていけば、いつか私にもそういう気配が読めるようになるのかな。


「持ち出しは最低限だ、10分で出てこないなら家に突入する」


「う、うん。すぐ済ませるね」


 私は今日、両親の下を離れることにした。どうせもう幼馴染のあいつを殴り倒したことは親に伝わってるはず。


 どうしてそうなったのかを聞かず、私にただ我慢するよう言い聞かせてくる親の近くにいるのはよくないと感じた。ここで暮らしていたら私の晴れた心はまた曇って、お手を躾けられた犬みたいに言いなりになってしまう気がする。


 事情を聴いた玉鍵さんが何部屋もある家を買ったから一部屋使っていいと勧めてくれたので、生活が安定するまでそれに甘えることにする。お世話になるばかりで申し訳ない。


 玉鍵さんから離れることに不安を感じる弱い自分にビンタで気合いを入れ、ドアを潜って自分の部屋に向かう。最低限持っていく物は玉鍵さんと相談して決めていた。


 私はパイロット。もうここには戻らない。消耗品は戦って得たお金で買うくらいの気分で出ていくんだ。


 案の定、待ち構えていた親に一方的に咎められた。こちらの話を聞かずに覆い被せるような説教と、最後は泣き落とし。


 ああ、ずっと両親に感じていたモヤモヤした気持ちの正体が分かった。『この人たち情けない』だ。


 子供を守らず生贄に捧げるくせに、顔だけはすまなそうな顔をする弱者。私はきっと、この偽りの優しい顔にイライラしていたんだ。


「もういいよ! 私は自分の身を自分で守るから! だからお父さんもお母さんも自分で自分を守って!!」


 発声練習のおかげかな? 今日一番の大きな声が出た。思わず耳を押さえて呆気にとられた両親の間をすり抜けて玄関を出る。


「ナイスシャウト」


 バイクに寄りかかった玉鍵さんが親指を立てて迎えてくれる。こんなに綺麗な人なのに、たまに男の人みたいなワイルドな仕草をするんだよね、玉鍵さんて。


「……?」


 わずかに視線を向けた先、玉鍵さんの見た方向に『怪しい気配』の正体、幼馴染がいた。告げ口の成果を見に来たんだろう。


 反吐が出るって言葉の意味が分かったよ。でも、もうこんな情けないやつの相手はしない。


 その目には明らかな怯えがあって、恐怖のあまり進むこと事も逃げることも出来ずに硬直している小動物のようだった。こいつ、たぶん玉鍵さんが恐いんだ。


「行くか、初宮」


 左のハンドルに掛けていたヘルメットを差し出して、少しだけ楽しそうに私を促す玉鍵さん。そのヘルメットを受け取り、私は再び彼女にぎゅっと掴まった。


 走り出したバイクは家を後にして、悠然と向かってきたバイクに腰を抜かした幼馴染の横を通り過ぎていく。


 まるで略奪された新婦になった気分で、私は救い主の背中に寄り添った。望まない未来から新婦を奪った女の子の略奪者。その小さくて頼もしい背中に。


 このままどこまでも、そんなふわふわした気持ちで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る