第38話 女性はブサイクに撫でられるよりイケメンに殴られるほうがマシ、らしい(男女を入れ替えるとすごい納得)
都市においてパイロットは何かと優遇措置がある。
もちろん一般層以上な。底辺層は管理連中以外は残らずパイロットだが扱いは家畜以下だぜ?
ともかく、その優遇のひとつが入居の簡潔さだ。普通は買うにしても借りるにしても保証人やら身元照会やらめんどくせえが、パイロットは金さえあればだいたいの場所は住める。
まあ代わりに高いところは契約の文言に『死亡したら家の権利を放棄する』ってのが付くんだがよ。
天涯孤独のパイロットとかがこの辺の権利詰めずに死んじまったりすると、狭い地下都市で何年も買ったりも売ったりも取り壊したりもできない家が出来ちまうからな。ある程度はしょうがねえとは思う。ある程度な。
《低ちゃんを小娘と思って、ナメた契約内容出してくる不動産多すぎ》
(契約書の隅にちまっとした字で書いてる文章が狂気だったな。契約書を読ませないようにひっきりなしに話しかけてくるしよ)
不動産の権利放棄どころか入ってる家具その他も処分名目ですべて自分たちの物とする、撤去費用として貯金を差し押さえる、とかよ。ひとつ指摘すると渋い顔で別の契約書を持ってくるが、書き方や書く場所を変えてるだけでまったく同じ内容だったりしやがった。
一応『選んでます』ってポーズのために、本命の物件覗く前にいくつか紹介させたらコレだ。金を稼いだだけの世間知らずのガキだと思って舐め腐りやがって。
あんまりバカバカしいんで、悪びれずにヘラヘラ笑ってる担当のバーコードオヤジを机ごと蹴倒してさっさと出てきた。
《ウヒョヒョ。めちゃくちゃキテルぞい》
タコい不動産屋出てからスーツちゃんがオレの左手を使って、端末をシコシコやってたからなんだと思ったら『実録! 悪徳不動産』とかいう古臭いセンスの題名で、契約内容の無茶っぷりを電子界に面白おかしく紹介してやんの。
(おいおい。身バレしないだろうな。ついさっきだろ)
《そんなヘマはしないよーん》
まあいいか。悪徳企業は消し飛ぶに限る。どうせ一番の癌は金持って逃げちまうだろうがな。
(で、ぼちぼち本命を買ってもいいのかい?)
《おっけぃ。後は決済を済ますだけだよ》
オレが不動産から出てくる間に本命はスーツちゃんが確保してくれていた。端末はオレのだしIDも口座もオレのもんだから別に身元詐称の詐欺じゃねえよな。代理使ったみたいなもんだ。
スーツちゃんの見立ては全面的に信用できるので、実物の物件を隅々まで見る必要がないのは楽でいいな。事故物件は質の悪い冗談だったし……マジで冗談だよな? 信じるぞスーツちゃん。
(んじゃ購入、っと。元が寮の建物を丸ごと
《ホテルの両隣とかフロア丸ごと貸し切るみたいなもんジャン。長生きするならこっちのほうが安上がりでしょ》
(持ち家は足枷とも思うがな。ま、買っちまった後に言うこっちゃねーか)
自分の家ってやつに憧れが無いわけじゃねえしな。廃材の隅で寝起きしてきた人間には『他人の当たり前』が眩しくてしょうがないってだけさ。
――――ん? いつの話だっけ? タシカ オレガ
《低ちゃん、ガンドールの雉森ちゃんからコール来てるよ?》
(―――あ? おお、悪い。なんだよ雉森のやつ、泊まり込みで基地にいるのか)
OP<急にゴメンね玉鍵さん、今どこ?>
「中央駅近く。(駆け引きの)不動産巡りが終わったところ(だ)」
何の意味も無かったがな。タコい不動屋に腹立っただけだったわ。一般層はこれはこれでクソの塊だぜ。
OP<今からちょっとだけでも基地に来てくれないかしら? 獅堂さんに顔を見せてあげてほしいの>
あん? なんだそりゃ?
「どういう事 (だ)?」
OP<昨夜に玉鍵さんが襲われたって聞いて、ずっと寝てないのに無事な顔見るまで寝ないって聞かなくて……>
《そういえば基地に別口で襲撃が伝わったみたいで、昨日は通信煩かったねー》
(ああ……平気だって言ってんのに、基地で寝泊まりしろってギャーギャー言ってたな。オレだって出来ればそうしたかったよ)
OP<忙しいだろうけどお願い。このままだと倒れちゃうわ>
「分かった。顔は出す」
OP<ありがとう。それと、獅堂さんも言ってたと思うけど玉鍵さんはもう有名人なんだから、気を付けてね>
《荷物を運び込むのは明日かにゃー。低ちゃんやさしー》
(しょうがねえだろ。これであのジジイが倒れたら、今度はどんなタコが基地に入ってくるか知れたもんじゃねえ。まーだ星天の月天とかいうタコが控えてんだぞ)
《月『島』な。守護する漫画かな?》
島は了解だけどよ、スーツちゃんが何言ってるのかいまいち分からん。
<放送中>
無駄に贅の限りを尽くした豪華な調度品がくすむ程に、ひたすら重苦しい空気に満たされた室内。ここにいる誰もがひとりの老女にチラリと視線を送る。
眉間に寄ったシワから知れる心情は、分家たちが恐怖を感じるに十分な深さを持っていた。
星天家の分家、
それも、どちらの分家も家長ごと裏商売が大々的に摘発されたのだ。この国で『絶対に表沙汰にされない』『絶対に裁かれない』はずの分家の
「S課……の、確か
「はい。内閣直属の―――」
独り言程度の声量。しかし、本家の家長の望みを汲んだ木目が即座に情報を補足する。
「細かいことはいいのよ! 世渡りを知らない小僧に、星天の力を思い知らせる必要がありそうね」
「お、お待ちを。あれはS関連の権限を持つ男です。まずは所属を外すことから始めませんと……」
「それを知っていて、まだ仕込みが終わっていないとでも?」
老女に睨まれた木目の家長は内心で『そんな無茶な!』と絶叫した。
すでにその一手は手遅れだ。
確かに数々の
特に海戸がクローン設備ごと押さえられたのがマズイ。すでに
「報復よりも現状を何とかしませんと。私どもで何とか報道は抑えていますが、
メディアを牛耳る太陽家の男が怒髪天の老女を諫める。普段は足を引っ張りあう彼ら分家だが、この中でほぼ唯一本家に意見を通せる可能性がある太陽家にはどの分家も一目置いていた。
「恩知らずどもめ!」
物事が思い通りに運ばないと老女は自らの白髪交じりの髪を引き千切る悪癖がある。そしてブチブチと引き抜かれた髪の量は、報復対象へ行う残酷度のバロメーターでもあった。
「―――月島」
「は、はい」
幽鬼のような姿になった老女に呼ばれ、若作りの男は寒気を感じつつ返答する。女のどんな泣き声やヒステリックな怒鳴り声にも眉一つ動かない彼でも、この老女の恐ろしさは幼いころから精神の奥に刻み込まれていた。
「
直接・間接問わず少なからず加担している彼らにとって、それら犯罪が『犯罪であってはならない』し、そもそも犯罪行為であると思い至りもしない。
せいぜい金とコネを無駄に浪費する程度の『世間体の悪い風評』でしかないのだ。少なくともこれまではそうだった。そう
「……小僧にも、小娘にも、生き地獄を味わわせてやるわ」
錆びた水を飲んだような苦みを感じ、月島は抑えられない悪寒にブルリと震えた。娘を篭絡して引き渡すだけの自分にまで、この恐ろしい老女のとばっちりがこないよう彼はただ祈るのみである。
<放送中>
「……やっと寝てくれたわ。ありがとう玉鍵さん」
兄のサンダーと仮眠室に運び込んだ獅堂の姿に安堵する。その寝顔は普段の厳つい顔が嘘のようにやつれており、あのまま仕事を続けていれば遠からず倒れていたのは間違いない。
指揮と整備の両方の仕事をこなしながら玉鍵が来るまで落ち着きなくウロウロしていた老人は、やってきた彼女の姿を見るなり崩れるように長官席に倒れこんだ。慣れないうえに膨大な仕事量、そして睡眠不足とストレスで彼の脳はパンク寸前だったのだろう。
「整備長はGUTSがあり過ぎるな。年を考えてほしいもんだ」
サンダーバードが言うことはもっとも。しかし彼以外に今の基地を切り盛りできる能力と人望を持つ人材がいないのも事実だった。これで雉森たちが手伝っていなかったらどうなっていたか。
国に現状を訴えても未だ梨のつぶて。かと言って牢屋の
「そっちもお疲れ」
玉鍵から短いながらも心の籠った労いを受けて雉森の顔が思わず緩む。しかし、それ以上に緩んだ兄の情けない顔を見てすぐ引き締めた。
(男って……)
どちらかといえば尊敬している兄だが、やはり男というのは美人の事になるとダメになるらしい。
身重の母親を置いてフラリと消えた父親のせいで、雉森は昔から男性不信の気がある。異母兄弟であるサンダーと花鳥、そして今は亡き最年少の弟も見たことも無い父親を嫌っていたが、やはり同じ男性ということで女の雉森とはまた『嫌い』のベクトルが微妙に異なるように感じた。
(うちと違って玉鍵さんのお父さんとか、きっとすごい人なんでしょうね……)
おそらく容姿も能力も他者と一線を画す、とてつもない人物に違いない。でなければこんな奇跡のような少女は生まれないだろう。
「ホント玉鍵さんも大変なときにゴメンね。暴漢どころじゃない、組織的な犯行って聞いたわ。今
正規の報道でこそまったく流されていないが、電子界の情報発信によって冥画と海戸の事件報道は今現在も膨大なアクセスが行われている。そこにはこの二家による身の毛もよだつようなおぞましい犯罪の数々が、尽きることのない汚泥のように次々と報じられていた。
こういった権力者の不祥事を含む情報発信は、国を包む何かしらの力で検閲されたり潰されるのが普通だ。しかし不思議な事に国の正式なアクセスはもちろん、組織ぐるみで火消しに走る犯罪勢力も一切手出しができない状態らしかった。
(『Fever!!』が妨害しているのかしら……。だとしたらいっそ大胆に正式報道するなりしてほしいわね)
パイロットである玉鍵は『Fever!!』にとって守るべき対象のはずだ。国が犯罪組織に裏で加担しているような状態であるなら、今こそこの少女をしがらみのない未知の存在の手で守ってほしいと雉森は思う。
(この都市を、私たちを助けてくれた子に、なんでそんな非道な真似をしようと思いつくのかしら。恩知らずめ)
いずれエリート層に行くであろう優秀な少女。そんな玉鍵を身勝手な欲望で使い潰そうとする連中を、雉森は心の底から許せないと感じていた。
「HEY、しばらく基地で生活したほうがいいんじゃないか? TAMAなら仮眠室のひとつを丸々占拠しても何も言われないさ」
「そうね、こっちで今からでも調整するわよ?」
大きな犯罪組織であれば動かせる人員は多いだろう。報復を兼ねて懲りずに動き出す可能性が高い。
ならば他のどんな場所より基地の敷地内が防犯に向いている。不審な者が現れれば即座に拘束、あるいは射殺することさえ出来る権限がS法によって与えられているからだ。
この法律は一国を飛び越えた世界基準のもので、たとえ基地の置かれている当の国家だろうと何も言えない。政府の高官が裏で犯罪組織の手を取っていても基地には手出しができないのだ。
「…もう新しい住まいは用意した」
「「はやっ」」
こちらの好意にちょっと申し訳なさそうな声で、玉鍵はすでに新居を用意したことを明かした。
襲撃された昨日の今日で自宅に見切りをつけて、今の家を出ることを即決したらしい。決断力のあるこの少女らしいといえばらしいが、その思い切りの良さに雉森は脱帽するしかなかった。
ただ犯罪組織に家を特定されている以上あまり悠長にするのは危険とはいえ、そんな急いだ決め方で大丈夫なのかと心配になる。それでもこの娘がやることだ。雉森が気をもむまでもなく万事抜かりはないのだろうが。
「ほー、TAMAのお眼鏡に適った家か。どんなSWEET HOMEなんだい?」
ここですかさずサンダーが玉鍵のテリトリーに切り込んだ、と雉森は感じた。あわよくば新居祝いとでも称して、花束片手にお邪魔したいという魂胆だろう。
「ちょっと、女の子に積極的に近づく意気込みは立派だけどさ。加減を間違えたらストーカーだからね?」
体格の大きい兄を強引に引っ張って、その耳元に一人の女性として小声で忠告する。
これまでの行動から玉鍵は他人のヒソヒソ話にあまり興味を示さないことが分かっているので、声量こそ小さいがかなり堂々とした内緒話である。
「NO PROBLEM 分かっているさ、ただの世間話だよ」
褐色の肌でニカっと笑う兄は邪気が無く、兄妹の色眼鏡を外せば女性受けする良いキャラクターを持っていると雉森も思う。
少なくともせっかく意中の少女がいるというのに格納庫に行っていてここに居ない、間の悪い弟の花鳥よりは期待が持てる。
(もう。フォローする身にもなってほしいわ…)
どうせ新居に行く流れになったら雉森も同行することになるのだ。となれば当然、兄に負けじと花鳥もついてくるだろう。玉鍵が嫌がりそうだ。
「買ったけどまだ行ってない。明日行くことにする」
ガクッと、兄妹揃ってコケそうになる。玉鍵はあろうことか実物を見もせずに決めてしまったらしい。
(お、思い切りが良すぎる。ホントに大丈夫なのかしら?)
有能っぷりに隠れているが、実はとんでもない世間知らずなんじゃないかと危惧を感じた兄妹は、特に隠すことなく少女が開示した物件を調べてみようと各々の端末を取り出した。
「あの、代理代理。書類の精査を」
そこで男性職員に声を掛けられたのは雉森。
仮眠を取る獅堂の指名で数時間だけ『長官代理の代理』という、現場の『必要』によって生まれた臨時の役職を職員たちとでっち上げたのだ。もちろんさほど重要でない書類を『仮決裁』として、後で獅堂が楽になるよう雉森が目を通すくらいしかできない立場だが。
しかたなく検索を中断した妹に、ちょっと勝ち誇った顔のサンダーが自分の端末を弄る。イラっときた雉森は兄のふくらはぎに一発ローキックを入れつつ、渡された電子媒体の書類をざっと眺めた。
問題なし。そう判断した長官代理の代理である彼女は専用の電子ペンでサインをしようとして、驚くべき速度で白く美しい指にペンの尻を掴まれた。
「えっ!? ちょっと玉鍵さん、どうしたの?」
ペンを摘まんだのは手持ち無沙汰に立っていた玉鍵だった。そしてそのまま流し終わった電子書類を逆にスクロールさせ、ある一点を雉森に指さす。
「…………あ! 保安! こいつ拘束して!」
その書類には不自然な経費と、不可解な人員の移動命令が巧妙に潜り込んでいた。
パッと見では気付かなかった。全体の数字の流れを把握してやっと小さな違和感に気付くか気付かないかのわずかな違い。
拘束され狼狽える男性職員は初めシラを切ったが、雉森が的確な指摘をするとダンマリとなった。
「牢に。それとこいつの素性を調べておいてください」
「……好事魔多し、か。嫌になるな」
連行された男がドアの向こうに消えると、やるせないというようにサンダーが溜息をついた。今は都市と基地の一大事だというのに、何を考えているのだろうと。
「それにしてもすごいわ、玉鍵さん。よく気が付いたわね」
暗くなった気分を戻すために、雉森は良かったを探して玉鍵の目敏さを称賛することにした。事実、来たばかりの彼女が微細な書類の偽造を指摘したのだから大したものである。
「まあ……うん。捕まって良かった」
(……玉鍵さんにとっては大したことじゃないんだろうなぁ。自信無くなっちゃう)
何でも出来る天才の気のない返事に、凡人の雉森は気落ちする。自分は高校生にしてすでに大学クラスの勉学を修めているというのに、それでも玉鍵には敵わないようだ。
「雉、森はよくやっていると思う。疲れていなかったら見逃さなかったはず」
「うう、年下に慰められたぁ。この天才めぇ、もっと慰めろぉ!」
「は、え、あー、……よしよし」
完全に勢い任せの冗談だったのだが、玉鍵はしゃがみこんだ雉森の頭をわしわしと撫でた。それは女の子というより、どちらかというと男性のような不器用で強い撫で方だった。
(ほぉぉぉぉわぁぁぁぁっっっ!???)
以前ひどく落ち込んだ時に兄のサンダーに頭を撫でて慰めてもらったことがある。雉森が男に撫でてもらったのはそれくらいしか記憶が無い。そんな血縁の感覚とはまったく違う不思議な高揚感が生じ、顔から火を噴いたように頭が熱くなっていく。
(何これ!? 何これ!? うわ、うわ、すごい幸せ! というか同性! 玉鍵さん女の子! それなのになんで男と比べたの私!?)
「な、なあ大丈夫か?」
「っ! らいじょうびゅよ!?」
(噛んだーッッッ!!)
羞恥のあまり顔を両手で覆い隠した雉森が立ち上がれるようになるまで、ここからさらに3分ほどを要した。
おそらく頭を撫でられたままでなければ復帰に10秒かからなかったであろうことを、妹の奇行にやや引き気味のサンダーが気が付いていることを雉森は知らない。
雉森ミナセ。家庭環境から誰かに甘える時期を失ったままであった少女。彼女は強く温かい玉鍵の手の平に、まるで自分を守ってくれる父親のような不思議な情景を抱いた。
だがそれを認められない理性によって、理解不能の感情を整理できずに悶々とすることにもなった。
(ノーマル! 私はノーマル!! 玉鍵さんのイケメンオーラ怖すぎるぅぅぅ!!)
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