第36話 初遭遇。働く公務員のおじさま(はぁと)
<放送中>
「初めましてお嬢さん。わたくし
何気に彼のこの笑顔に二心は無い。14歳という未成年者にも関わらず、驚くほどの高額納税者であるこの少女に対して尊敬の念さえ抱いていた。
徹底した社会奉仕の僕であり差別主義者である
「玉鍵です。名刺は持ってません」
「いえいえ、学生さんですからね。気にしなくて構いませんよ」
思ったより礼儀を弁えていて話も通じる、
最初に現場の惨状を見た時にはどんな
(精神的なスイッチがあるタイプでしょうか? 戦闘に入ると途端に攻撃的になるような性格、とか)
しかし、この状態でもまったく無害というわけではないだろう。それはあちこちに飛び散った血痕が証明している。この地下駐車場で14名もの重傷者を出したS関連の車両、文字通りのスーパーバイクが少女の剣となって存分に威力を発揮した結果だ。
彼女はそんな己のバイクから離れようとしないのだから。かなり警戒心が強いのだろう。
仮に
「課長」
深刻そうな顔で自分を呼ぶ部下に彼は内心で舌打ちをする。未成年の前で大人が冷静なポーズくらい取れなくてどうするのかと。
「ちょっと失礼。もう少しだけお時間をくださいね」
部下たちから恐いと評判の自分の笑みを見てもまったく怖がることなく、素直に首肯する玉鍵に
部下からの報告通りなら彼女は出撃日の翌日でも厳しい訓練を行っているはず。さらに前日の大災害では敵から街を単機で守り通し、その後は復旧作業を遅くまで手伝っている。さすがに疲労も溜まっているはずだ。
(根が勤勉なのでしょうね。才能に溺れず自身を磨く、素晴らしい若者です)
少女がこちらの声を拾わないよう車の中に乗り込んだ
「銃器に爆薬、薬物に手錠に偽ナンバー。なんとまあ分かり易い」
密輸されたような旧式の粗悪品とは異なる現行モデルの自動拳銃と短機関銃。それらの予備弾薬。ドア破壊などに用いる小型の成形爆薬。さらに薬物の入ったシリンジの中身は即効性の睡眠薬と、投与した者の抵抗心を押さえる薬物。
そして依存性の高い合成麻薬までもがあった。
(依存性の高い麻薬を強制的に投与して、以後は麻薬をエサに思い通りに動かす。この手の連中の常套手段ですねぇ)
最初から麻薬を使おうとは考えていなかっただろうが、彼女が抵抗するようなら平気で使っていただろう。この集団のボスはそういった人種だ。
「これが
複数あった合成麻薬の種類をひとつ特定した部下が、吐き気を催したというように顔を顰める。
男たちが懐に所持していた複数の麻薬のひとつは、たった一度でも投与されれば生涯重い依存症に苦しむことになり、脳が急速に破壊されていく麻薬の中でもとりわけ質の悪い代物であった。
名ばかりの企業や法人といった多くの隠れ蓑に素性を覆い隠し、我が物顔で外を闊歩している非常に性質の悪い反社会的な一族として
ただし、取り締まる側が喜んで鼻薬を嗅がされ、見ないふりをしているのがこの国の現状であった。
<課長。1人だけですが、なんとか尋問できそうです。どうします?>
別の部下から入った通信に
「……いいんですか? また頭のおかしい事を言う連中がやってきますよ」
「構いません。そちらはもうある程度予防策を取っています。それに今回は被害者がパイロット――――なら、これはもう
これが単なる一般人相手であったなら、残念ながらあの寄生虫共の汚い指の一本で簡単に揉み消されてしまっただろう。
だが、被害者がパイロットであるなら途端に事情が変わってくる。
「『Fever!!』法に基づき、
この国際法があるかぎりS・国内対策課を止められる者は誰もいない。たとえどれだけ星天家が騒ごうと世界中が許さない。自国も他国も完全に敵に回る。連中子飼いの私兵が何人いようと、国の本気の鎮圧を止められる戦力など持っているわけがないのだ。
「身柄こそ確保できましたが、肝心の
「体を見る限り常習者、といった感じではないのですが。なぜ使ったのでしょう?」
明らかに堅気ではない男たちが地下駐車場で死にかけている惨状も凄惨だが、外で転がっていた高級車の車内もまたひどいものだった。外にある懸架に激突したらしい車からは運転手、そして
(わざわざ拉致現場に来るような人間ではないはず……普段であれば結果だけ報告されて終わりの作業。なぜ自ら出張ったか…………虫
ずば抜けた容姿を持つ少女と、他人を物として扱う下卑た初老の男。そこから予想される理由に部下と同じく
(この男、自宅で行方不明の
オーバードーズ。薬品の過剰摂取状態になっている肉体が薬物を排出しようと漏らさせたのだろう。
車内の二人は発見された時点で急性麻薬中毒により深刻な脳障害を患っており、現時点では回復の見込みがない。薬物で短くなった寿命を廃人のまま迎えるか、今後の捜査の展開次第で即座に底辺送りとなるかのいずれかだろう。
「重傷を負ったことで痛み止め代わりにでも使ったんでしょうかねぇ。顔を見る限り、ああいった顔つきの人間は他人の痛みは屁でもないのに、自分の受ける痛みはことさら強く感じる人種ですから」
「はあ…」
部下が気のない合の手を入れる。実のところ
(まあ明らかに不可解ですよね。麻薬を
押収した車載のカメラや駐車場、道路近辺のカメラの記録を調べたものの、何者かが車に近づいて麻薬を投与するような場面は映っていない。また道路近辺のカメラは変わり映えのしない映像が流れるよう、予め細工がされていることが分かった。
(外のカメラは
残る車載と地下駐車場、それぞれのカメラに映っているのは少女のバイクが銃撃されながらも暴れまわる様子だけである。
放たれた弾丸は地下の駐車場という囲まれた空間で撃ったことで、壁や天井、柱のほかに停められている車両などにも大量に命中していた。さらには跳弾や同士討ちによって間抜けな男たちの体にも。
(素直に予想しますと――――予め彼女の自宅に張り込んでいた
あるいは最初は穏便に連行しようとしたのかもしれませんね。暴力的に大人の圧力を前に出せば、子供の彼女があっさり言うことを聞く可能性も考えたかもしれない)
だが優秀な現役パイロットの彼女は危険を察知して即座に抵抗した。そして銃撃を受けながらも持ち前の技量とS由来のバイクで犯罪者集団を圧倒。
(反撃に驚いて逃走しようとして、運転手がハンドル操作を誤ったのでしょうか?)
懸架に激突した車両は猛スピードを出していたことが窺い知れる破損具合。銃弾を防ぐ高級車でも事故の衝撃から中身を守ってくれるとは限らない。
(もしくはあのスーパーバイクで引き摺った? いや、バイクのタイヤ跡は
他の仲間を撥ね飛ばして逃げるほど焦っていたのなら運転手の操作ミスもありえるだろう。
<課長、一応
「ご苦労さまです。このさい死んでも構わないので、
「あの、生き証人ですよ?」
「価値はありません。S関連で攻めるなら不要な手札ですし、通常の犯罪の取り締まりではあの連中、知らぬ存ぜぬでしょう?」
国の屋台骨に吸い付く寄生虫共を叩くならSに紐づけるしかない。一般の捜査では上から横から、身内のはずの組織からさえ妨害が入るのが目に見えている。たとえどこに収監していても証人は『事故死』か『病死』するだろう。なら今すぐ絞れるだけ情報を絞ってしまうべきだ。
誰であれSの法に触れた以上、S・国内対策課が調査のために誤って殺しても法的には合法なのだから。
「いやいや、お待たせしました。今日はもう十分です、もしかしたらまたお話を伺いに上がるかもしれませんが、とりあえず正当防衛ということで。本日はこれでお帰りになって結構です。ご協力ありがとうございました」
「わかりました、失礼します」
「ああそうだ、建物に不審者が近づかないよう見張りをつけておきますので。ご不快かもしれませんが今晩だけご容赦ください」
(……これホントにバレてねえのか? 泳がせてんじゃねえだろうな)
《だいたいのヤバげな痕跡は消してあるからまず平気だと思うナリよ。特に外は先にあいつらが弄ってたからごまかすの楽だったよん》
やっぱ拉致前提かよ。ホイホイついていったら何されてたかわかんねえな。創作だと主人公があえて敵の誘いに飛び込んでいくけどよ、オレは嫌だね。なんでわざわざ相手の言いなりになろうとすっかねぇ。
中にはしょっちゅう捕まっては拷問受けて、その後に平気な顔で仕事をこなす超人というか変態めいた凄腕スナイパーの漫画とか大昔にあったな。よくやるわ。
(目がぁーだっけか? 吐かせるためにしこたま薬打ってやったら失禁しやがって、汚ったねえ野郎だったわ)
《
なんのこっちゃ? まあそれはどうでもいい。
(スーツちゃん特製の自白剤で引き出した話、あれがマジならガチで頭おかしい連中だぞ。人を何だと思ってやがる)
《人と思ってないんでしょ。わりとよくいるよ? 低ちゃんもよく知ってる人種じゃん》
(……だったな、胸糞悪ぃ。誰がテメエらのガキなんか産むかッ! つーかこちとらまだ肉体的には14だわ!)
《そーだね、そっちに行っちゃうと時空が消滅しちゃうからスーツちゃんも困るゾイ》
また妙な事を。それはともかく過剰防衛と言われかねないモロモロの証拠隠滅がうまくいったようだ。タイヤ跡を消すのが一番大変だったぜ。
スーツちゃんがクンフーの偽装システムを弄って、『功夫ライダーのタイヤ成分』だけ路面から浮かせてその上をピッタリ走って成分をタイヤに回収して回ったからな。
それこそなんのこっちゃ? って話だが、つまり功夫ライダーがマシンを構成するために使ってる、S関係の『物理法則を無視した特別な
このトンデモ物質のおかげで功夫ライダーは無茶な偽装能力が発揮できる。でなきゃいろんな形状の座席やら
この物質で出来た物は基本使い捨てで作りっ放しなのだが、マシンが消耗した状態で近くにある場合は成分補給の時間を短縮するために積極的に再吸収する、らしい。スーツちゃん談。用はリサイクルだな。
で、加速で焼け溶け路面に付着したタイヤの成分がタイヤ痕なわけで。それをコロコロで
まー引き回した車のほうは詳しく調べればアンカーの跡がまだあるんだがな。それに運転手がアクセルやらブレーキやらで抵抗しないよう、スーツちゃんが風穴の空いたフロントガラスから運転手に薬を投与して無力化したし。
タコ共の体内残留物や車の傷は鑑識が真面目に調べればバレちまうんじゃねえの? スーツちゃんが任せろって言うから放っといたがよ。どうすんのかね?
(晴天家か、残らず
《星天ね。頭が空っぽに晴れてそう》
血の影響ってマジであるんだな。ありゃダメだわ、人間の思考じゃねえ。あの男が薬で吐き出した本音が『おまえを飼ってやるからありがたく従え』だとよ。発想が異常者の類だろ、気持ち悪ぃ。
(星天家とやらはオレが従うと本気で思ってんのか? ナメられたもんだ)
《月島にはもったいない、とか言ってたから他にも狙ってる分家がいるね。でも先に接触するのは分家たちの間で月島と決定してたみたい。
(人間をペット扱いしやがって……元凶の星天とかいうタコをぶっ飛ばしてやりてえ)
《遅かれ早かれ何かリアクションはあるだろうね。そのときガブリと噛み付いてヤロー》
そのまま月決めとかいう分家が来るのか、
(でもなー、どうせなら勝手に自滅してくんねーかなー。マジな話5回目の出撃に集中してえ)
《国内犯罪対策課って部署が真面目にお仕事してくれればいいねー?》
こいつら思ったよりずっと早く現場に来たよな。良い事なんだが、おかげで証拠隠滅がやっとで連中の弾丸をチョロまかすとかは無理だった。
拳銃程度なら設計図、もしくはモデルガンでもありゃ工作技術次第で中坊程度のガキでも自作出来ないこともねえ。
だが弾はまず無理だ。火薬の危険性がとにかくネックで、黒色火薬はまだしも白色火薬クラスになると知識・技術・設備に一端の代物が必要になる。特に『安全に安定して作る』となると素人設備では危険度が高くて難しいらしい。
だから非合法で取引される銃は本体より弾のほうが圧倒的に高いんだよな。つまり奪うなら銃本体より価値のある弾ってわけだ。
まあ後の祭りだがよ。タコ全員の拳銃に装填されてる分から1発づつ抜けば、だいたいマガジン1個分くらい怪しまれずに持っていけそうだったのに。
星天のタコども用に飛び道具のひとつも用意してえしな………イカ天だっけ? 久々に海産物が食いたくなってきた。
(んー、意外と期待感はあるんだよな。あの釣りキチってメガネ、蛇みてえな顔の割にはオレみてえな小娘相手にまともだったし)
《
(こ、恐いこと言うなよ。ロリコンじゃねーだけだろ?)
《! 中学生はロリか否か、これは長く難しい議論になる予感!》
(審議拒否だ! ともかくさっさと
《今晩は大丈夫じゃない? ホントに張り込んでくれるみたいだし、変に動くと怪しまれるジョ》
チッ、目立つと碌な事にならねえか……まあ盗聴や盗撮はスーツちゃんがいればすぐ分かる。襲撃も同様だ。ビビッて騒ぐ方がつけ入られるか? 嫌がらせ程度に監視でもされたらたまんねえ。
(分かった。荷造りして今晩は終わりだ。あーあ、やっと家具やら何やら運び込んだのになぁ)
《ドンマイ、セキュリティの高い場所なら宅配サービスも使えるサッ》
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