第29話 最高速500キロ!! モンスターマシン『功夫ライダー』
<放送中>
横倒しになったクレーンや作業台、修理資材などが散らばった瓦礫の山。基地関係者の駐車場
彼らの嘆きの原因は瓦礫の下にある。
格納庫に近い場所にあるこの第三駐車場には、整備士やパイロットのためのエレベーターや電動レーンが充実しており、基地関係者の多くが利便性の高いここに自分の車を置いていたのだ。
いつもは大小色とりどりの車両が並ぶ光景は、飛び散った瓦礫や重機の残骸、そしてかすかに昇る黒煙によって無残に汚されていた。
スーパーロボットの整備に使う設備や資材は並みの重量ではない。飛翔した大質量に押し潰された車たちはひとたまりもなかったろう。
(かわいそうにの。これでは燃えなくても中身は酷いもんじゃろ)
私物の車ともなれば車内に思い出の品や貴重品を積んでいた者もいたはずだ。瓦礫からかすかに顔を出している車の残骸と、その隙間からはみ出たぬいぐるみの手らしきフェルト生地が哀れだった。
事態が収まるにつれ、心の衝撃から復帰した人々が徐々に動き出す。
事故の原因に怒る者、思い出したように泣き出す者、頭を抱えながらも別の移動手段を手配する者。反応はそれぞれだ。
そんな中で珍しく『どうしていいかわからない』というように、自分の車のあったらしい方向をぼんやり見つめる玉鍵がいた。
その視線の先には跳ね飛ばされて派手に飛んで来たらしいコンテナのひとつが、ひどく変形した形で転がっていた。
「……れ……ミニカーゴ」
潰れた自分の車が残念でならないのだろう。その場でへたりこみそうな雰囲気の少女に老人は思わず声をかけた。
「嬢ちゃん、あぶねえから近寄るなよ?」
地下都市の車両は破損しても大きく燃えるようなことはない設計だが、バッテリーの破損で稀に放電することがある。こちらも対策は取られているが事故に絶対はない。破損どころか完全にペシャンコでは猶の事だ。
「まったく、死人が出なかった事だけが不幸中の幸いだわい」
怪我人こそダース単位で出たものの、これだけの被害規模で大きな怪我をした者がいないのは幸運だった。時間的にも駐車場に大量の人が出入りしていても不思議ではなく、不運な者なら車と共に下敷きになっていただろう。
しかし、設備的な被害はどうしようもなく甚大だ。
(ここまでやられちまうと、もう怒る気にもならんな……)
強制停止させたジャスティーンから、整備士総出でパイロットを引き摺り出したところまでは最高潮の沸点を維持していた獅堂。
だが自分の精神の殻に閉じこもり鬱のようになった少年を見た老人は、どうしようもない徒労感を感じて怒りが失せてしまった。
むしろその後に長官命令でやってきたSPたちが、少年の身柄を勝手に奪っていったことのほうが腹が立ったくらいだ。基地内での
しかしながら、これはもはや親の贔屓でどうこうできる範囲を完全に超えている。近いうちにあの少年は底辺送りになるだろう。
「整備長!」
「分かっとる! 危険物とデカい物から片づけるぞ!」
指示待ちでオロオロする中堅の整備士に苛立ちながら、獅堂はやるべきことを再開することにした。玉鍵のことは気になるが格納庫をこのままにはしておけない。
「嬢ちゃん、儂の無人タクシー呼んでやるから待っとれ。どうせ儂のほうは今日は帰れそうにないしの」
老人はせめて消沈している娘に帰りの車の手配をしてやることにした。
無人タクシーと呼ばれる個人契約の交通手段は、その高額の利用料と引き換えの安全性の高さで知られている。一般的なタクシーと違い、契約内容によっては防弾防爆性能を持つ車両がどんな場所であろうと派遣され、目的地まで何が何でも送迎してくれることで有名なサービスだ。
見た目こそ古めかしい乗用車だが、その性能は極めて高性能な装甲車の類であり権力者たちが
獅堂は権力者でこそないが基地の整備長という国にとって重要な役職。これほどの技術職ともなると中々替えがきかない。そういった有能な人材は職場との行き来で不慮の事故や犯罪に巻き込まれないよう、国から無人タクシーの利用権が与えられていた。
(どうせ今日は泊まり込みじゃ。嬢ちゃんに使ってやろう)
他にも困っている者はいるだろうが、それを言ったらキリがない。基地きってのエースパイロットである玉鍵であれば優遇しても文句は出ないだろう。
「………分かった、手伝う」
「は? いや、そりゃ助かるが……」
少女から思わぬ助力を申し出されて老人は戸惑った。玉鍵は口先だけではないというように、ポケットに入れていたらしい手袋を嵌めていく。
「待て、とりあえず着替えてこい。おまえスカートじゃねえか」
パイロットの仕事じゃない、ガキは暗くなる前にとっとと帰れ、色々と思う事は飲み込んで獅堂は手伝ってもらうことにした。
気落ちした時は無心で何かしたほうが紛れることもある。今の彼女はそういう気分なのだろうと考えて。
その後、進んで重い物を持ち、汚い物を片付ける玉鍵を見て触発されたのか、他のパイロットや別部署の人員たちも応援に現れ予想以上のペースで片付けが進んだ。
普段からパイロットたちの整備への態度に不満を持ち、今回の事で怒り心頭だった整備士たち。しかしそんな彼らも玉鍵を初めとする良心的なパイロットの行動に感心して、
突然湧いた重労働に全員が疲労しつつも、奇妙な連帯感さえ生まれた空間の中で、獅堂は『他人の良心を動かす切っ掛け』について考える。
それは玉鍵がしたような、まっすぐな行為から生まれるのかもしれないと。
(やーっと、終わりの気配か。予想の3倍長かったぜ、汗だくだわ)
《低ちゃーん? 門限軽く2時間ブッチ切ってるんですけどー?》
(しょうがねえだろぉ、オレから手伝うって言っちまったんだ。門限だから
《そこが分からにゃい。どうして手伝ったのさ?》
(なんか爺が足代出してくれるって話だからな。
ただでさえ今回のリスタートはLUC値がバグってる気がするしよ。細けえ積み重ねで最悪の目を引かないためにも固定値を増やしたい。
実際にプラスの効果があるかは知らんが、運のマイナスに関しちゃ確実にあるとオレは思ってる。
「おーし、みんなご苦労じゃった! 後は大人でやるからガキはもう帰れ! 臨時の送迎車を呼んであるからの」
爺の終了宣言で手伝いを内心後悔してるガキ連中から安堵の空気が漏れた。オレもその一人だがな。一方大人組は慣れたもので小休止中に夕飯を食いに行くようだ。残業が常態化してんだろーなー……。
「嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てくれ」
あん?
「(これ以上)何(させる気だジジイ)?」
さっきから爺一人で格納庫の無事な区画から重機を使い、他よりやたら頑丈そうなコンテナを引っ張り出していたのは見えていた。
開いたコンテナの中から手だけでクイクイと手招きしてるから来てみれば、中で何やらデカい梱包を解き終わったところだった。
(……バイク? それも随分デカいし、フォルムが明らかに市販品じゃねーな)
《Sワールド関係って感じだねー。無駄にゴツくてカッコイイ!》
(オレの趣味じゃねえなぁ。間違いなくモンスターエンジン搭載した変態バイクだろ。狭い地下都市を何百キロで爆走するつもりだよ……)
「次の
《ナイスジジイ! これはイイものだ!》
(えぇ……)
こんな近未来をモチーフにしたテーマパークのパレードで、特撮のスーツアクターがトロトロと転がしてそうな面白バイクで公道を走れってか? 羞恥プレイが高度過ぎんだろ。
「街を走れるデザインじゃない(だろーが)」
「大丈夫じゃ、こいつには偽装システムがある」
爺が電源を立ち上げてバイクのコンソールを弄ると、超大型バイクは物理的におかしい変形をはじめ、ものの数秒でそこそこコンパクトな形状になった。それでも中型と大型の間くらいだが。
うーわ、こりゃ確かにS関連だわ。元のサイズより大幅に小さくなれるって事は、デカいときは余剰
《ギガゴゴゴッ》
(SEを付けるな)
「手続きはこっちでやっておく。好きに乗るといい」
「いや、免許(ねえよ。ボケたかジジイ)」
「はっは! こいつに免許はいらん。機体の備品扱いだからの」
(ロボットの備品? バイクが?)
《なるへそ。これってロボットの操縦席に変形するコクピット兼用マシンなんだ》
(あーハイハイ。あったな、そんなシステム。普段は恥ずかしいデザインの乗用車とかバイクで、戦闘になるとロボットとドッキングするヤツな)
《そう、デザインも直球ストレートでカッコイイ! 子供が大好きなスーパー系マシンだ!》
あ゛ー、やっぱスーツちゃんとは微妙に趣味が合わねえなぁ。現実にアニメみてえなデザインの車両が公道走ってたら目立ってしょうがねえぞ。オレはそういう特徴あるマシンは恥ずかしいわ。
だってどこに行っても知り合いから特定されて、『アイツあそこらへん走ってたな』とか『いっつもあの店に通ってるんだな』とか全部知られるんだぜ? 私生活情報ダダもれじゃん。
「持ち出して平気なの(かよこんなもん)?」
仮にもS関連だぞ。あっと言う間にしょっ引かれるんじゃないのかコレ?
「こいつ自体に武装は無いからの。昔乗り回していたパイロットも捕まったりはせんかったわい」
(前例があるのかよッ! 取り締まれや!)
《昔は痛車とか呼ばれる車両も走ってたみたいだからねー。規格に違反してなきゃ問題ないんじゃない?》
(
アニメキャラのプリント張り付けた痛い車と、意味不明な意匠で威嚇する痛い改造車を一緒にすんな。
「……こいつはな、この基地で初めて大きな活躍をしたスーパーロボットのコクピットバイクなんじゃ。儂がこの基地に来る前から動いてた代物でよ、今じゃすっかり時代遅れになっちまったが、あれは本当に良い機体じゃった」
《分かる。レトロフューチャーこそスーパーなロボット物の王道ッ》
(ついていけねえ……)
「この基地がどこより前を張ってた時代の、昔の栄光の象徴よ。なんのかんの理由をつけて解体せずに置いておいたが、この
爺が目を向けた先は遠くの壁まできれいに開けている。だいたいのゴミや瓦礫は撤去され、無事だったコンテナや設備も確認のために除けたので、普段あれだけゴチャゴチャしている格納庫はガラガラになっていた。
「近いうちに基地の修復費用の足しに
《お預かりします! うちの低ちゃんに任せてください!》
(オレの意志が完全に無視されている件について)
<放送中>
「……火山長官は辞任か更迭ではないのですか?」
「私も驚いています。どうも星天の本家が奔走したようで、各所にどれだけ散財したのやら」
部下の呆れ顔に
基地長官火山宗次郎の息子、火山宗太が勝手に搭乗機を操り基地格納庫を破壊した報はS・国内対策課にもすぐに届いた。その被害予想額は国家予算に執拗なボディブローを浴びせたに等しい額であり、個人で賠償できる金額ではない。
善良な納税者たちの納めた血税が愚かな親子によって食い潰されてしまうだろう事に、差別主義者
即座に火山宗太、さらに反抗が予想される父親の宗次郎の身柄を拘束することに決めたS課は、基地に到着する直前に上から『待った』を掛けられ困惑することになる。
最終的に降りてきた指示は何もせずに帰還しろとの命令。
これを受けた
だが、ついさっき入ってきた情報によって、そんな冷笑が引っ込むほどの現実がS課の置かれたフロアに鎮座していた。
火山宗次郎はそのまま長官として続投という、国に忠誠を誓った彼らであっても耳を疑う話がもたらされたからだ。
良家と呼ばれる存在は己の血筋に醜聞が出る事をとても嫌う。それは理解できるが、これはむしろ恥の上塗りではないのか? そんな思いが部下たちの中に見え隠れする中、
(隠蔽できると考えているなら、それはもう無駄な事なのですがねぇ)
各所に金を掴ませて事故扱いにでもするつもりなのだろう。しかし、そのための末端工作員はすでに
なんとかしろとしか言わない
そして困り果てた星天家の使い走りが重い腰を上げ、S課に工作員を解放するよう促してくるに違いない。
(悲しい事です。同じ旗の下にいる者が、その旗に火をつけるような行為を黙認するなど)
国庫に莫大な損害を出しておいて罪を逃れようとする者、その手助けをする者。いずれも
1時間ほどのち、
内心で反吐の出るようなやり取りの後、
埋伏の毒。納税者に真摯な差別主義者以外に、その言葉を意識に上らせる知恵者は誰もいなかった。
「素だとパワーがあり過ぎるな。偽装してもまだリミッターかけねえといけねえとか、何も無え荒野で走る代物だろコレ」
偽装状態でも中型以上に分類されるサイズのバイクは14の小娘が乗るにはデカすぎるな。跨ると足が着かねえもん。今みてえに速度に乗ってるうちはいいがよぉ。
体感的に道路が狭くてしょうがえわ。ミニカーゴとの落差もあるだろうが、根本的に出力が
一般道走る車両のメーターが平気で300まであるってのがもうおかしい。しかもパワーが有り余ってるからちょっと回すとすぐ速度がグンッと上がる。不自然にタイヤのグリップが効くから簡単にコケないのはありがてえんだが、その分肌の感覚がイマイチつかめないんだよな。
ずっと補助輪付きというか、こいつの
オレの頭で危ないと判断する速度と、感覚で危ないと感じる速度が噛み合ってない感じだ。こういう介護マシンはいざって時の思い切りが利かなくなるから好きじゃねえ。
こりゃ乗りこなす前に新しい足を調達するほうが早そうだ。
基本設計もだが、たぶん前任パイロットのクセが染みついてるんだな、これは。前の
コクピットバイク『功夫ライダー』は10メートル級スーパーロボット『クンフーマスター』の操縦席になるよう設計された全環境対応のスーパーバイクって触れ込みだ。
どんな状況でもクンフーマスターと合体できるよう作られた変態バイクで、短時間なら真下に推進剤を吹かして静止状態から垂直上昇さえ可能らしい。リフトエンジンでも積んでるのかコイツは?
《偽装前にチラっと見えた時は速度計器の数字が500まであったしねー》
「ドラッグマシンじゃあるまいし、完全に用途を間違えてるな。あと、わざわざSワールドで合体させるにはサイズが小せえ」
分離機が危険を冒して
そこで模索された抜け道のひとつが合体機だ。分離したパーツが向こうで合体したほうが枠の節約になると分かったからだ。
《クンフーマスターは最初期のスーパーロボットだからねー。まだ色々と試行錯誤してた時代のロボットだからしょうがないよ》
「昔はSワールドから敵が攻めてくる事を想定したり、向こうで長期的に活動することを考えてたりしたんだっけ?」
《ロボットを運用する空母や揚陸艦みたいな支援メカを考えたりしてたみたい。作ったはいいけど結局Sワールドに入れなくて草》
「『ロボットに乗って』の文言が想像以上に厳しいと分かったときの人類の空気、『Fever!!』には傑作だったろうなぁ」
《どうだろうね。腹を抱えたのか頭を抱えたのか、人間て説明書を斜めに読むのが大好きだから、導く側としては意外と困ってたんじゃない?》
「人類を導くとか、ボランティアで手を出すには難易度高すぎだったろうよ。それに感謝するような
《意外と
「はっ、だといいがな。オレとしちゃ『飽きた』とか言われねえか心配だぜ」
オレはパイロットだ。
平和な生き方とか、たまにクサクサ考えることはあるけどよ。ここまで来て別の生き方なんて出来ねえや。
願わくばこのラストチャンス、最後は操縦席でコナゴナになりてえもんだ。
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