第27話 ドキドキ!?(しない)男の子のお見舞い
《戦死で生徒が少なくなったのでクラスが合併したら知り合いが一杯来たでゴザル、の巻》
(知り合いって言ってもなあ……)
パイロット試験は年6回。タイミングによっては一年6期の全員が1クラスに在籍することもありえる。で、パイロットだらけのクラスは相対的に戦死者で人数が減りやすい。
スタート20人のオレのクラスで7人死んだ。
1回目で4人、こいつらはオレの同期。2回目と3回目で3人。こっちは同年代だが試験がオレたちひとつ前の合格者だ。ジジイの話だとここ最近はやたら損害が大きいらしい。実際オレもヤベーのに二回も遭遇してるしなぁ。
ハイドザウルスにスノーワーム。どっちも明らかに新米パイロットの手に余るぜ、
どこもオレと似たような戦況だとすると、スーツちゃんのいない普通のパイロットじゃ詰みだわな。そりゃバタバタ死ぬだろうよ。偶然で難易度が上振れでもしたのかねぇ?
残りは13人。そのうちパイロットはオレを含めて3人だけになった。まーどっちも前回の出撃から3日間来てねえけどよ、これに関しちゃ無理は
さらに一般のヤツもひとり来なくなったから今のクラスはたった9人。半分以下だ。席がスカスカで見晴らしがいいわ。
と思っていたのに今日から隣のクラスと合併されて、また20人になった。吸収された側の教師もあぶれることなく前後に生徒を挟む形で続投だとよ。サボり癖のあるやつはご愁傷さまだ。
「「「「「よろしくね! 玉鍵さん!」」」」
《おぉ、目が輝いているでおじゃる》
(おじゃ、なに? いやそれは置いといて、正面のヤツが……えーあー、星、川だっけ?)
《星川マイムちゃん。他の子も低ちゃんがトイレで変態オペレーターに迫られていたとき助けてくれた子たちだよ》
だよな。あのクソオペ、オレが初めての生理で混乱してるときに畳みかけて来やがって。次に来たら女だろうと鎖骨の一本も叩き折ってやろうと思ってたのに、あれ以来ぜんぜん来やしねえ。
「ああ、よろしく(顔が近い)」
他のヤツも口々に挨拶してくるが覚えきれねえな。いつもツルんでるみてえだし星川ズでいいや。
《すっかり低ちゃんのシンパって感じだねー。百合る? 百合っちゃう?》
(ねえよ! 鼻息荒いイメージを送ってくんな)
クソトレーナー殴り倒した後からチマチマ話しかけてくるようになったんだよな。マジでうっとおしいが助けられちまったから無視もできねえし、正直扱いに困ってる。せめて取り囲むの止めてくれりゃ身構えないんだがなぁ。あと距離が近い。女の付き合いって、ホントにこんな距離感なのか?
《これでクラスに同期のパイロットが9人かー。しかも8人が女子》
(今期のパイロットは女子が多かったらしいからな。多少戦死者が偏ればそんなもんだろ)
《オノレ向井……まさかアイツ本当に主人公か、主人公なのか!? 女子だらけの中に男が一人なんてッ!》
(陰キャ君、肩身が狭いだろうなぁ……オレだったら気後れするわ)
女だらけの中で平気でいられるのは根っからの女好きかオネエくらいなもんだ。なんかやったらすーぐヒソヒソされんだぞ? 思春期のガキでなくても神経が擦り切れるわ。
(…………そういやアイツ独り暮らしだっけか? 自宅で死んでねえだろうな?)
《天涯孤独の身だね。んー、わりと冗談抜きで風邪を拗らせたら死んでてもおかしくないかな? スラム街に住んでるし》
(おいおい、パイロットでもガキのいるところじゃねえぞ)
なんつートコに住んでやがる。場所によっちゃ火葬場の棺桶で寝泊まりするようなもんだぞ。いつ焼き殺されるか分かったもんじゃねえ。
《金銭事情で安いところしか無理だったみたい。食事も劣悪な物を1日2食かそれ以下だもの。払える家賃は知れてるよ》
(下手したら近くの乞食共に死ぬのを待たれてるかもな)
パイロットに手を出すのは『Fever!!』がおっかねえ。けど死んじまったパイロットなら平気だからな。襲わねえが助けもしねえって感じで、寝込んでるまま傍観されてる可能性はあるな。
一般層の病院は急患だろうが金の有る無しをまず確認する。たとえ治療しなければ死ぬ状態だろうと貧乏人は満足な治療も受けられずに放り出されちまう。三食食うにも困ってそうなみすぼらしいヤツなら猶更だ。脈ひとつ計らずに叩き出されるだろう。
アイツ、マジで死んでねえだろうな? せっかく助けてやったのに。
(コンビを組んでた夏川たちとは近況のやり取りしてんのかな?)
《夏『堀』ね。星川ちゃんと合体事故起こしてるぞ? なっちゃんもボロボロだったし、連絡先を交換してても連絡は取ってないかも》
救助したときあいつが一番衰弱してそうだったものなぁ。若いし体調だけは3、4日で軽く動ける程度にはなると思うが、一生引き摺るトラウマになってるかもしれん。
こりゃ参ったな、
(……ちと探りを入れてみるか。4回目にはさすがに間に合わないだろうがよ、大事な
《お見舞いイべント、だと?(戦慄)》
(だから変なイメージを頭に送ってくんなッ、なんだ戦慄って)
(この辺か。また臭えところだなぁ、オイ……)
《空調の整備が不十分なんだよ。スラムのチンピラが恐くて作業員が近づけないみたい》
(はっ、テメエらの首絞めてるところが貧乏人らしいや。スラム仕切ってる連中は
《来るまでに何度も言ったけど低ちゃん、変装してるとはいえメチャクチャ危ないんだから、これ一回きりだかんね! お見舞いに男の部屋に行くとか裏切者めぇ!》
小汚ねえパーカーにマスク、それと体形を隠すダボい服。一目で『正体を隠したいです』と明言してるような格好だが、これ一回きりならアリだろう。二度やったら誰か探ってくるヤツや近づいてくるタコが出る程度には不審者だわ。
(裏切ってねーし。それにお見舞いでもねーし。5回目のための戦力確認だって)
またギリギリで機種変更になったらたまんねえからな。特に5回目はできるだけナーバスになる情報は潰しておきてえ。
あいつらと予定している乗機『ブレイガー』は4人用のスーパーロボット。1機に4人が搭乗して作業を分担するってシステムで、スーパーロボットとしちゃあかなり珍しいタイプだ。人数がいるのはまず合体機だからな。
スーツちゃんの分析は『一人でも操れなくはないが無理がある』だった。
搭乗席は火器・操縦・索敵と分担されていて、これらすべての作業を指揮官席は行える。ただし操縦席のレイアウトに不具合があって『全部できるが全部やり辛い』のだ。
乗用車の操縦をハンドルじゃなく、小型ボートのモーターを『手で掴んでやれ』って感じのもどかしさだ。できなくはない、できなくはないが咄嗟の操作がとてつもなくもどかしい。そんなもんで戦闘なんてやってられるか。
《ぶー、だったらその保温バッグはなんなのさー。途中で市販品の解熱剤とかも買ってるしぃ》
(作り過ぎて余ってたシチューだろ。さすがに飽きたし、捨てるよりはくれてやるってだけだ)
スープやシチューは一度にたくさん作った方がうまいと思って調子に乗り過ぎた産物だ。金が入ったら途端に気が大きくなるたぁ、オレやっぱチンピラだよなぁ。どうしても生き方の根っこが卑しいぜ。
ま、コロッケの時といいアイツは丁度いい残飯処理係ってことさ。他意は
ガレキを廃材で補強したスラムらしいアパートってところか。手作りというにはあまりにも不格好で小汚え。居住環境は底辺以下じゃねえかコレ。
底辺層も臭くて汚ねえが、武器になりそうな廃材なんかは真っ先に撤去されちまうから意外と片付いてるんだよな。廃材でテントなんかも建てられねえ。そもそも寝れる場所は決まってて、そこ以外で寝てると罰金だった。
金のあるヤツはカプセルベッド。入れない文無しは起きたままウロウロするか、へたり込んだところを『清掃員』に捕まってタコ部屋っていう名の『肥溜め』行きになる。
部屋はだいたい色々な汚物でグチャグチャ。病気の蔓延だけは防ぐために消毒は念入りにしてるらしいが、死体は定期回収制でしばらくそのままなんだぜ? 誰か死んだらせまい部屋の隅に片づけて放置だ。
家畜以下の扱い、そう表現しても誇張じゃねえくらいの惨状だった。一回の経験でたくさんだぜ、あれは。
(―――ここか。居るか? スーツちゃん)
《人の熱源はある。本人かはわかんにゃい》
インターホン無し。何度かドアを叩いたが反応無し。寝てんのか? これで帰ったら無駄足じゃねえか。かといって部屋の前に置いたら間違いなく盗られるよなぁ……。
《簡単な物理錠だし、低ちゃんでも開けられるぞなもし》
(ピッキングなんてやったことねーよ)
《アシストするからダイジョブダイジョブ》
袖から解けた糸が出てきて針金みてえに固くなった。おいマジか、網膜には錠前の透過映像が表示されてやがる。確かにこれだけアシストされたらオレでも出来そうだ。
チマチマ弄ってカチリと開いた音がするまで10秒かからなかったわ。
(んじゃ、荷物放り込んで帰るか)
《その前に説明したほうがイイカモナー》
『誰、だ……』
ドアの向こうに陰キャがいる? 集中してたから接近に気付かなかったぜ。物音聞いて起きてきたのか。
「玉鍵だ、開けろ」
『!? ………なんで』
声ガラガラだな、死地で張ってた気が抜けて途端に風邪引いたか。オレも経験あるよソレ。
慎重に開かれたドアの向こうに死相が出てそうな陰キャがいた。風邪をうつされたらたまんねえな。さっさと退散だ。
「食事と薬だ。容器はやる(から病原菌を学校に持ってくんな)よ」
「え…………あ、か、感謝する」
「最低でも1機分は報酬が入ってるはずだ、病院に行けよ?」
《長居は無用だ。スタコラサッサだぜー》
(分かってるよ。後二人回らねえといけねえしな)
「じゃ(あばよ)」
「! た、た、玉鍵。あり、がとう……」
顔は向けずに手だけ上げて応える。
――――惨めなパイロットなんざ見たくねえんだよ坊主、さっさと復帰してきな。
《ぼちぼち注目が集まり出したから
(あいよ。パルクールだかクライミングだか知らんが、こんなルートよく思いついたなスーツちゃん)
来た道の上に突き出ている鉄骨や破損で出来た壁の穴、錆びたボルトなんかを足場にして、上に上に登っていく。途中で下を見ると素性の悪そうな連中が1人、2人と道なりに奥へ入っていく姿が見えた。オレが平面で移動していたらつけられていただろうな。
《地元の人間を撒くには地元の連中が考えない、『道じゃないルート』しか無いからねー》
(ビンゴだったな。まさか初回から目を付けられるとは思わなかった)
《今の低ちゃんはヤバイ級のオーラあるもん。暗ーい連中には眩しくてしょうがないのさ》
(オーラは知らんが地元人じゃねーのは丸わかりだろうよ。二度と入らない方がよさそうだ)
あの雰囲気からすると死体をひとつふたつ作った程度じゃ済みそうにねえ。相当に行儀の悪い連中だ。
《カメラは誤魔化してるから物理面で正体は辿れないと思う。けど陰キャ君繋がりで予想はされるから、これ以上はスラムを灰燼にするくらいの覚悟でいかないと余計な厄介が舞い込むゾ》
(めんどくせえ、パイロット相手だと知っても引っ込みの付かないチンピラもいるからなぁ。『Fever!!』がいなかったら一般層も底辺と変わらねえクソみてえな世界だったろうよ)
ガキが命がけで戦って稼いだ金を親や大人、もしくは国そのものが取り上げて酒や麻薬に替えちまう社会になっていそうだぜ。ああ、嫌だ嫌だ。
《……低ちゃんは『Fever!!』肯定派なんだねぇ。戦わされてるのに》
(むしろ好きだぜ? 金も身寄りも学も
人間なんざ残らずクソなんだよ! 弱けりゃ弱いほど踏みつけられる。孤児のガキが人間の作った社会でまともに生きていけるか。
(『Fever!!』がクソ社会をぶっ潰してくれたおかげでチャンスが出来たんだ。こんな世界だからオレは
そうさ、こんな世界にならなかったらオレは生きていけなかった。こんな、こんな――――オレは、オレハ?
《はいはいストーップ。そんな信仰心厚切りの低ちゃんにビッグラッキーだよん》
(ハムかッ。信仰ってほどじゃねえよ)
―――オレは何を興奮してたんだ? まあいいか、ビッグラッキー? 直訳で大吉、あらラッキー。
《低ちゃんの殺したがってた整備士、スラムにいるみたいゾ?》
(! どういうこった? 基地の
《
胸糞
《地下駅に向かってるね。もう十秒もすれば視界が切れちゃう》
(……へっ、穴倉から出てくれたんならありがてぇ。
《ストップ。下にまだ連中がウロウロしてるから、
(チッ、せっかく撒いたんだしな。追っかけて行って派手に撲殺するわけにもいかねえか)
ガレキの中から適当なコンクリート片を掴む。スーツちゃんの分析で強調表示された投擲に向いた重さ、形状のヤツだ。
《弾道予測、投擲フォームアシスト。風速修正無し、距離137、下方》
(地下都市の送風はプログラム通りに流れるからな。今は凪の時間だおあつらえむきだぜ)
不良整備士よぉ、偶然にここまでお膳立てされたんだ。これはテメエの運命なんだよ。逃げた先の10秒そこらのタイミングでオレがいて、スーツちゃんに見つかった。つまりは
《――? 低ちゃん、ちょい待ち。
網膜投射された映像の中でカーソルが動き、ズームアップされた。その映像の中で制服の女子が男たちに組み敷かれてやがる。見える範囲で三人。
(あ゛!? っ、こんな時に!)
状況的にどっちも猶予は
駅の屋根の影に入っちまう不良整備士か、女の尊厳奪われそうな女子生徒か。思考加速で考える時間は何十秒と出来ても現実の時間経過は変わらない。世界がどれだけゆっくりに見えようが、オレの体だってゆっくりしか動かないのだ。
~~~~っっっ!! チィッ!
(標的変更! クソがぁ!!)
《はいな♪ 三投射、筋力補助開始、READY》
(ガキに
屋上から150メートル先にコンクリート片をブン投げる。スーツちゃんの筋力増幅機能に上から下に投げる重力をプラスした質量弾。それを一投目の命中前に次々と三連続で飛ばした。
《全弾命中! ヘッドショッッッット!》
くそくそくそくそッッッ! もう不良整備士は駅の中だ、対物ライフルでもなきゃ貫通できねえ!
追って殺す………殺す……………くそっ!
(止めだ止めだ! クソ整備士は諦める!! スラムで野たれ死んじまえ!!)
《低ちゃんがそれでいいならスーツちゃんはかまわんぞい。でもナシテ?》
(ここまでシチュエーションが揃ってチャンスを生かせなかった。オレの経験則だがな、こういう状況で粘って無理に成功させても碌な事にならねえんだよ。車で急ハンドル切るみたいなもんだ。絶対に無理が出る)
運の強い野郎め!! 忌々しい!! ああいうヤツがたまにいるんだ、異様に悪運が強くて人生飄々と生きていけるヤツが! こっちは生きるために必死に戦ってんのに!!
(馬鹿馬鹿しい! もう今日は止めだ!)
こんなクサクサした気分で見舞いなんざ行けるかッ! ああ気分
《助けた女の子のほうはどうするの?》
(知るか! このチャンスに逃げるくらいできねえ愚図ならまた同じ目に合うだろ、面倒見切れるか!)
ズームアップされた映像では飛び散った男の血と脳漿被ったショートカットのガキが、汚れた制服でまだアワアワしてる。バカが、なんでこんなところに入ってきてんだ。さっさと逃げねえと女日照りのお仲間がやってくんぞ。
クソ、散々な日だ。……憂さ晴らしにもう一投、女の近くに投げつける。それでようやくガキは脱兎の如く逃げていった。
《んふふっ、見切れない面倒おつ》
(うるせえ!)
<放送中>
基地で乗機の操縦席周りの調整をしていた三島が、嗚咽に近い声の幼馴染から連絡を受けたのは17時の間際の事。手がけていたすべての事を中断して指定された場所に向かい、スラム街にほど近い工事現場の資材影に隠れていた彼女を見つけた。
体を隠して蹲っていた
フルコンタクトの格闘技を嗜む幼馴染はよく細かい怪我をしている。防具をつけているとはいえ打撲や擦り傷はしょっちゅうだ。さらにヒカルはある時期、憂さ晴らしのように男子学生に喧嘩をふっかけた事があり、相手をノしたはいいが自分も顔に良いのを一発貰って親にバレてしまい叱られたこともある。
しかし、今回はガキのケンカの延長ではないと三島は分析した。
三島は国から支給されている自分用の無人タクシーを呼んでヒカルをとりあえず自宅に連れ帰り、今まで入ったことのない近くの服飾店で制服のサイズだけを目安に上下を購入して戻った。
シャワーから出たヒカルは手を強く握りしめて『ちくしょう』という言葉を何度も繰り返すだけ。
しばらく触らないほうがいいと考えた三島が、とりあえず証拠隠滅のために清掃しようと浴室を開けると、湯気の残るバスから嗅いだことのない異臭が立ち込めていた。
それは血液以外の何か。排水溝に引っかかってるゲルのような何かを見て、三島は黙ってシャワーの勢いを強めた。
「落ち着いたかね? 服は適当に買ったからセンスは諦めてくれたまえ」
目の焦点が戻ってきたヒカルに水を向けると、彼女は再び拳を握ったがポツリポツリと遭遇したことを幼馴染に話した。
(スラムに行って強姦されかかった? バカだとは思っていたけど、真性のバカなのかねえ?)
私情だけでケンカをした事をキツく怒られたヒカルは、近隣で憂さ晴らしが出来なくなり、その相手を求めてとうとうスラム近くをうろついていたらしい。なまじ気も腕っぷしも強い彼女はチンピラを追いかけて複数人に囲まれた。
何でもありの路上ケンカはヒカルが考えているほど簡単にはいかず、また少女の体格から繰り出す打撃は、いくら鍛えていようとケンカ慣れした成人男性を一発でノせるほど強くもなかった。
ひとりなら戦えたかもしれない。振りほどく技も落ち着いて使えただろう。だが現実は男数人の握力で掴まれたら簡単には振りほどけず、体格負けしてあっさり組み敷かれてしまった。
「それでレイ――」
「されてない!」
重い空気に耐えられず茶化そうとした三島に、叩きつけるような声で否定が入る。凡人たちから人の思いやりが無いと言われることがある自分は、やはり人としてズレているのだろう。
14歳の少女に欲望をぶちまけようとヒカルを組み敷いた男たちは、その蛮行を達成できなかった。はるか遠くから投擲されたと思しきコンクリート片によって次々と頭を割られて死んだという。
彼女に掛かっていた血液以外の何か、それは破壊された頭蓋骨から飛び散った人の脳。
(そういえば人の脳は空気に触れると異様に臭くなるとか聞いたことがあるね。専門外なのでウソかホントかは知らないけど)
「未遂なら良かった。君を今から婦人科に連れて行こうかと思っていたんだよ」
自分も女として自衛のために知識はある。妊娠は早い段階なら防げる、性病も初期治療ならずいぶん楽だ。
「……くやしい」
凡人と天才の落差はあるが、同じ女として理解はできる。ただし、ヒカルの場合は自業自得の面も大きい。わざわざケンカするためにスラムになど行くからだ。これが赤の他人なら三島は放置していただろう。
「くやしかろうと懲りてくれ。幼馴染が路地裏で悲惨な姿で冷たくなっていたら、さすがのボクも心が痛む」
「あいつ、玉鍵だった……」
数瞬、三島はヒカルが何を言っているのか理解できなかった。
「見えたんだ。遠くから物を投げたヤツが」
要領を得ない幼馴染の説明を分析すると、実に100メートル以上先からコンクリート片を何度も投げて、それぞれ一発で三人の頭を正確に吹き飛ばした超人がいることになる。
ヒカルは目が良い。100メートル以上先でも視認できなくもないだろう。ただ目撃した人影は肌がほとんど露出していないほど着込んでいたらしい。それでも幼馴染は玉鍵だと確信していた。
「あんな気配出せるヤツ、ほかにいない」
上から下への投擲なら高度が高いほど飛距離はかなり稼げる。重力落下を計算に入れて、1キロ近い物体を豆より小さな頭に三連続で命中させる。
(彼女なら―――できるかもしれない)
あの天才は三島と同等の頭脳、そして三島に無いフィジカルを持っている。ふたつが合わされば奇跡のような事も可能だろう。
「あいつに助けられるなんて……くやしい」
その言葉に込められた物は屈辱。助けられたことに感謝どころか恨みが募る、理不尽な人の感情。
ヒカルが苛立ってケンカをしていた理由。それは何度挑戦しても越えられない、玉鍵たまという壁に絶望しての八つ当たりだった。
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