第25話 救援はだいたいギリギリで間に合う
<放送中>
途切れ途切れの思考の中、吐く息の白さだけが向井の前にある。
ビバークして7日。切り詰めていた食料は3日前に尽きた。動ける範囲の燃料になりそうな枝も使い切った。移動するには遅きに失した。
優秀なパイロットスーツのお陰で凍死こそ免れているが、それも今日の日中までだろう。物を食べなければ体温は上がらず、かと言って体が熱を発すれば自ずと体力は減る。
熱の無い極寒の世界。その白く美しい暗黒は、正しい備えを持つ選ばれた者しか生き残れない。
冷え切ったことで筋肉が縮まり、ギシギシと軋む体は凍る直前の水のよう。
首を動かすことさえ億劫で、目だけで隣を見れば自分と同じように膝を抱えて極力放熱を押さえる形で座るふたりのパイロット。いや、今はもう無力な
夏堀と初宮。共に悲惨な初陣を飾り、戦う事しか教えられていない向井にとっては、少なからず仲間意識の芽生えた者たち。
だからこその、この状況。
(
今回の出撃において一定の信用と利害が一致した3人は、夏堀を主導として即席でチームを組んで戦う事にした。
利害とは、時に何よりも信用できる担保となる。向井にしても事情があるのは同様であり、互いの
報酬を合計して経費を差し引いて等分。チームにおけるもっともスタンダードな方式で誰も文句は無かった。
次に
まず夏堀が向井たちに訴えたのは火山長官の息子との関わり。あの忌々しいファイヤーアークのメインパイロットを務めていた男と幼馴染という話を打ち明けた。
その生まれのせいで再びあの男と組むよう、自分の親まで巻き込んで長官に
次に初宮も長官やその息子が説得という名の脅しを何度もかけてきており、やはり彼女も家族経由で外堀が埋められていく感覚に恐怖していると話した。
ふたりの両親はいずれも基地と関係する職業についており、長官から両親への
少なくとも今回の出撃までに親子で40回近い連絡と接触をされては、立場の弱い側は言葉の
この告白に対して向井は、長官から執拗な
向井のこの話に夏堀は『あいつは自分より強くて、最初から言う事を聞きそうにない相手には近づかない』と吐き捨てるように言った。やはりどこまでも性根が腐っている男のようだ。
向井が見るかぎり、ある程度は鍛えている夏堀の身体能力なら貧弱な男など殴り倒せる。しかし、家族の将来を人質に取られているようなものでは逆らい難いのだろうとも分析した。少し気弱で肉体的にも女子らしい初宮に至っては腹を立てた息子に組み敷かれる危険性の方が高い。
思えば初宮はファイヤーチームの脱退の時も、憤怒していた夏堀と向井に乗っかる形で辞めていた。あれだけの目に遭っても自分だけでは辞められず、向井たちがいなければズルズルと付き合っていたかもしれない。
互いの利害を打ち明け合った3人は納得してチームを組むことにした。二人はあの親子から逃げるため、向井は純粋に金銭事情があるためだ。戦術の面で見ても単機よりチームで戦う方が生存性は高くなるという理由もある。
具体的な話が詰まってくると夏堀は将来の展望も二人に話してきた。逃げ回るだけではない、自分で稼げるようになれば両親を説得して完全に跳ねのけられると。
これは気弱な初宮には難しい事だが、ファイヤーチームに再入隊するより前にこちらのチームに入ってしまえば、後はチーム権限を盾に強く拒絶できるようになるので話は楽になる。
基地内のフリーのパイロットを勧誘するのは自由だが、他チームのメンバーを引き抜くのは原則禁止されているのだ。特に合体系の機体を使うチームはそれだけで出撃が難しくなり、チーム間に遺恨を生んで争いが起きかねないためである。
向井にとっては何より、夏堀が今後に青写真を描いている『玉鍵を含む4人チーム』への淡い期待感もあった。
(………火が、熱が欲しい)
いつもは忌々しい連射によって赤熱化したバレルの放熱さえ、今は魅力的に思える。その熱を使えれば雪を溶かして水、いや、生温いお湯を飲めるだろうに。
(無理だ。敵が寄ってくる)
この雪で作った穴倉に籠ってから何度も考え、最後はいつも破棄してきたプランだ。
Sワールドの敵は『降りているパイロットは襲わない』という奇妙な習性がある。巨体の移動や攻撃の余波で結果的に殺されるはあっても、連中は銃などで攻撃しない限り生身のパイロットそのものは狙わない。こうして
もちろん乗り込んでいれば発見され次第襲ってくる。だから三人はどれだけ寒くても断熱性のある温かいコクピットにはいられなかった。
そしてSワールドには『最初からこちらを探知しているかのようにやってくる敵』もいる。
ごく原始的な設備も『行動不能の機体』と判断されるらしく、このハイエナが執拗にやってくる。これがどれだけ資源が豊かに見えてもSワールドに人間が橋頭保を築けない理由のひとつだ。
サバイバルキット程度であれば持ち込めるものの。今まで2週間以上パイロットが生存した例は無いという。
出撃のたびに複数人で物資を送る作戦や、生存に優れるスペシャリストたちによって現地の資源だけでやりくりする作戦も行われたらしいが、いずれも全滅の憂き目となった。
(当然か。『Fever!!』は
この世界のお膳立てをした主催者の意向を無視すればどうなるかなど、分かり切った話。それでも生存のためにあらゆる手段を講じるのは国として間違っていないので、向井もそこまで批難する気は無い。先人として無謀な作戦に使われた兵士たちが哀れなだけだ。
少年兵にはもう時間の感覚が無い。意識が明暗し、チカチカと失神と覚醒を繰り返している。冷気と渇きで焼けつくような痛みを感じる喉と肺だけが意識できるすべてだ。
いっそ押し固まった氷の穴倉から飛び出して、あの雪を口に含みたい。口内まで冷え切った体では、わずかな雪さえ溶かすことは難しいかもしれないが。
そしてその行為が向井に残された最後の命の熱を奪うだろう。
三人の吐く息の白さは日増しに薄らぎ、じわじわと確実な体温の低下を物語っている。特に夏堀は誰よりも危険域に思えた。
女性は極限状態での生存性において男より優れるとは言われる。しかしそれは程度問題でしかない。運動部で鍛えたらしい全身の体脂肪が少ない夏堀は、女性らしい体形の初宮はもちろんサバイバルに慣れた向井よりも寒さが堪えているようだった。
(浪費したエネルギーの差も原因のひとつだろう)
最初は励まし合っていた三人は徐々に口数が少なくなり、やがて険悪な雰囲気が滲みだし、最後は夏堀が初宮に当たり散らす形で爆発した。
なんであんなヤツを助けに行ったのかと。そのせいでこのザマだと。最後には大人しい初宮も激昂して恐ろしく不毛な取っ組み合いとなった。どちらも家族を人質に取られているようなもの。その重過ぎる足かせはストレスとなってふたりを苛立ちの発散のために狂わせたのだ。
ひとり蚊帳の外の向井は止める気力も湧かなかった。殺し合いにならなければ放置でいいと自分に言い訳をして。
幸い二人はお互いの境遇を嫌というほど理解しており、ほどなく仲直りをすることになる。ただし、無駄に失った体力は戻らない。まだ少しは動ける向井と、もはや座り込んだまま呼吸するだけの夏堀、震える程度には体力を残す初宮との差。
それは無駄に争ったか否かと、体脂肪率の差であろう。
取り残されたパイロットが生還する可能性は極めて低い。エリート層で数件だけという話は向井たちも聞いたことがあった。
それでも救出される可能性に賭ける。賭けるしかないのだ。
(…………振動? 敵か、地震か)
圧迫されて氷になっている地面が揺れているように向井は思えた。このかまくらを作って避難した最初の頃は敵の気配に怯えたものだ。振動があるたびこちらに敵が来ないことを願った。
今はもう怯える気力さえない。いっそ踏み潰されれば楽になれそうだと思ってしまうほどに。
スッと意識が沈んでいく。どうせなら気を失っている間に死んだ方が楽、そんな思考が頭を過ったがために。
――――――――――――きろ ―――――――――――おきろ ――――――――――起きろ!!
「起きろ!! おまえら!!」
顔を襲った何度目かの衝撃。最初は世界が揺れるだけ、次に衝撃を感じ、さらにじんわりと痛い? という皮膚の感覚が戻ってくる。そして凍って張り付きかけた瞼を溶かす湯気の立つ物体が差し出された。
「向井! 動けるな!? 飲め!!」
「……き?」
玉鍵? 口に出したつもりの言葉は乾き切った喉と、冷え切って固まった口では発音できなかった。
(幻……幻覚?)
わざわざ冷凍室に入っての寒冷サバイバル訓練中、珍しく育ての親が教えてくれたおとぎ話を思い出す。かつて日本の雪山に出たと伝わる恐ろしくも美しい女の話。
凍死体となって発見された何件もの遭難者が、なぜか衣服を脱いだ状態で見つかる。その理由を昔の人間なりに考察した物語。
こちら頬を再び張り、熱の消えたはずの世界で生命力に満ち溢れた声を上げて叫ぶ白いジャージの少女。
会ったことも無い雪で出来た女よりも、向井は美しいと思った。
「とっとと起きろクソボケッ!!
《このままだと先に薄いチョコレート汁が冷めちゃうほうに、低ちゃんの1ソックス》
(オレの靴下を賭けんな。一本じゃ意味
《しょうがないにゃあ。殴るドサクサで精製しておいた強壮剤を打つから、ひとまず呼びかけ続けて》
(おおい、うっかり殺すなよ!?)
《低ちゃんにここまでさせて成果なしにはしないよー。スーツちゃんに
スーツちゃんの秘密機能のひとつ、お薬生成機能か。持てるストックは少量だが簡単な薬はもちろん毒まで作れるらしい。毒の方は厳密には薬に調整していない薬品だっけか? 弱り切った人間に栄養剤とか変に打つと死んじまう事があるらしいから気をつけてくれよ。
バイザーの無い顔面剥き出しのヘルメットなんて選ぶからだぞ、ガキどもが。パイロットスーツを着ていたって剥き出しの顔から体温が奪われていくだろうが。
「………き」
《よし効いた。カロリーと水分をちょっとだけ取らせて。ガブガブはダメ》
(
《そうじゃないけどまあいいや。残りの二人は夏っちゃんの方がヤバイから先に乗せよう》
(フロート式のストレッチャーは便利でいいな。乗せれば自動で輸送してくれる)
周りはオレの頭まですっぽり入って、まだ上があるって雪の量。レスキューサンダーで慣らしてどうにか歩ける程度の雪道にしたが、うっかり振動でこいつらのかまくらを潰しそうで神経使ったぜ。
クソ、あの大きさの救急車でストレッチャーが1台とかバカじゃねえのか? いくら高性能でも数が少なすぎるわ。車内のベッドは10台あるクセによぉ。
「た……ま、ゴホッ……ぐ」
(うし、
《明日から数日、ひどい倦怠感が抜けないだろうけどねー。遭難のせいと思うだろうけど》
(強壮剤なんて最後の元気を前借りするみたいなもんだからな。まーここにいちゃ確実に死ぬが、基地に戻りゃ搾りカスでもなんとかなんべ)
《女の子が男の子を搾りカスって言うとエロくない?》
(おまえは何を言ってるんだ。普通に索敵しててくれよ……)
完全に壊れたロボットは見向きもされねえが、元気いっぱいの場合は無人でも攻撃対象にされちまう。降りてる状態で敵に見つかったらマジでアウトなんだぞ?
「向井! おまえはあのフロートについていって自力で乗れ! こっちは、(オレが)引き受ける!」
名前を知らないもう一人。バカを助けに行ったタコい女だがしょうがねえ、一回だけその場の勢いで助けてやらぁ。
襟巻みてえに首に巻くようにして持ち上げる。こんな体の線が出る薄いパイロットスーツでも防寒対策はバッチリなんだからスゲーよな。
《おぉ……、中学生なのにすごいおっぱいだねー。低ちゃんと違って》
(おっぱいネタはもういい! さっさと戻るぞ。こいつらがホントに
「こちらは大丈夫、だ。自分も戦わせてくれ。サブシートに入る」
(あ゛!? この状況で我儘言ってんじゃねえぞクソガキ!!)
《治療室で倒れられても困るし、いいんじゃない?》
(こいつもベッドに括り付けりゃいいだけの話だろ。ベッドにさえ入れとけばオートで治療もしてくれるしよッ)
《敵接近中。説得する時間が惜しいよ、飛行型1》
「~~~~っっっ、乗れ!(クソガキ!!)」
レスキューサンダーは外で待機させている。乗り込むまでに間に合うか? クソ、デカい乗り物は乗るのも一苦労だぜ。
自動運転でモタモタしていたストレッチャーを押しながら、車両の後部にある搬入口を利用してレスキューサンダーに乗り込む。
当然オレはこんなハイテク治療機器の使い方なんざさっぱりだから、スーツちゃんが左手を動かして治療プログラムを走らせてくれた。オレはパイロットであってメカニックでもドクターでもねえから分っかんねえわ。
(敵はどこまで来てる!? ルートを逸れたりしてくれてねえか?)
《まっすぐ来てる。間違いなくこっちに気付いてるよ。小型だけど積載量の多いタイプ》
(チィッ! 上からオレのタイヤ痕を辿ってきやがったな!)
これじゃ迂闊にシャトルを呼べねえぞ。かといって
《考えるのは後だよ低ちゃん。とにかくレスキューを走らせないと》
(敵は待ってくれねえもんな! ああもう、さっさと進め陰キャ!!)
フラフラしてまどろっこしい! ノロマに肩を貸して潜水艦みてえな狭い通路を進み操縦席に入った。助手席に模した予備座席に押し込んで、ここでもモタモタしてやがるからオレがシートべルトをしてやる。メンドクセェ!! あと臭え!
手をプルプルさせてジジイかテメーは! 手が凍傷になりかかって辛いんだろうが、男のテメエが自分で言ったんだ、
「……火器は?」
「エナジー系の大砲だけだ! 弾速は遅―――っっ!?」
ロックオン警報。来やがったか! サイドブレーキ解除、ブン回すぞ。
《撃った! 対地ミサイル2! 直前で
こっちに対ミサイル装備なんざ
車体を強引に切り返して、かまくらのあった小山が盾になるよう着弾タイミングに合わせて回り込む。降りてくるミサイルの角度が厳しいか? 上をすり抜けてくれるなよ!?
悪い、陰キャの乗ってきたロボット! 最後にもう一回働いてくれ!
爆発。やっぱ対地用は威力がデカいなオイ! 吹き飛んだロボットの破片も散弾よろしくレスキューの上面側面を叩きまくって鉄の大合唱だ。うおお、倒れる倒れる!
爆風の余波で車体が大幅に傾き、慌てて姿勢制御をしつつ再発進する。片輪走行なんざ初めてやったぞクソッたれッ!!
《ヨシ、対地用のミサイルは使い切ったみたい。でも爆弾はまだまだあるっぽい》
(冗談じゃねえな!? 救急車相手に爆撃してくんなコノヤロー! この赤十字が見えねえか!!)
飛行型相手に逃げられる速度じゃねえし、雪ばっかりで隠れられる場所も
「……ぐ、このビーム遅すぎる」
(だよな!
《航空目標用じゃないからねー。空にもいちおー撃てるってだけニャー》
チーム運用前提のメカはこういうとこあるよな! 得意分野は他のヤツに任せるって言えば聞こえはいいが、特化し過ぎて他と連携が取れないってことが
《ぴんぽんぱんぽーん……(余韻)、まず悪いお知らせでーす。地上・小型2入りまーす》
(
《良いお知らせもあるよ? 上空に味方信号2》
「は?」
P・S<ガキんちょ! まだ生きてるな!? そのまま走ってろ!!>
モニターにワイプされた表示はパトサンダー? ダンプサンダーもいやがる。
どうして? もうこの
《ほらほら低ちゃん。まっすぐ走って、陰キャ君が狙い難いってさ》
シャトルから切り離された二機の車両が上空の敵に襲い掛かる。交差際にパトサンダーの車体から飛び出た明らかに長さのおかしいカッターが小型機を大きく切り裂き、トドメとばかりにダンプサンダーの巨体による体当たりで切れた箇所から敵をへし折った。
「……よし!」
こっちも正面から向かってきた小型の
相方の爆発に煽られてたたらを踏んだもう一機、隙を見せたら逃がしゃしねえぞ。ブースターを利用したジャンプ機構で跳び上がったレスキューサンダー、その20メートル級の車体で踏み潰す。
《中破ってとこかな。レスキュースタンプをモロに受けて左側の脚部を前後とも壊してるから、もう動けないよ》
レスキュースタンプ? まあ言わんとすることは分かるけど。さすがに撃破は無理だったか。けど脚部に損傷判定とスーツちゃんが判断したならもう自走
と、思って後部モニターを見ていたらレスキューカノンの青い光線でトドメが入った。ジャンプの最中にもう砲身を後方に向けていやがったのか。合図したわけでもねえのに察しのいいヤツだ。
(ははっ、やるじゃん)
今日まで三人が生き残ったのも、この陰キャ君の用意とサバイバル知識のおかげみてえだし。コイツ、意外とやるもんだ。
やがてこっちと並走するパトサンダーとダンプサンダーに守られるように、レスキューサンダーに乗ったオレたち四人はシャトルでの帰還に成功した。
帰り際に握っていたハンドルがちょっと嬉しそうに感じたのは、たぶんオレの気のせいだろ。たぶんな。
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