第22話 ※人生最大の強敵。それは己の体!
※の部分から女性の月のモノのエピソードがあります。ご不快な方は『主人公、オペレーターと敵対』『主人公、星川マイムたちに助けられる』だけ知っておいてください。
(
《育ち盛りの体なんだし、もう少し食べてもいいと思うよ?》
見っとも無くガツガツ食うと胃袋がデカくなって、食っても食っても腹が減るからパスだ。後が辛い。それに血を出した分の栄養補給もぼちぼち出来た。今後は席代わりの飲み物くらいでいいや。
居心地良いし訓練室とも格納庫とも近いし、有料休憩所のほうは利用し続けたいしな。場代だけじゃさすがに居辛い。
(じゃあフルーツくらいは食うか)
《いいと思うよ。低ちゃんはそろそろ――》
「ここ、いいかしら?」
あ?
(えーと………初見、だよな?)
《激励会の時にいた顔だね。まーほぼ初見って言っていいんでない?》
つまり誰だよこの姉ちゃん、基地にいるなら関係者だろうがよ。体付きはパイロットって感じじゃねえな。年も
「誰 (だよアンタ)?」
「初めまして、でいいのかしら? わたしも一応激励会には顔を出していたのよ?」
あー、喋ってねえならたぶん初めましてだろ? で、席は空いてるのにここに来たって事はオレに用があるんだろうな。
「それで?」
「こちら名刺です。当基地でオペレーターを務めている西蘭ココと申します」
端末に送られてきたのは小煩いデザインの宣伝データ。なーんかコイツの人格を表してる感じでイヤーな感じだなぁ、オイ。
《自作の専用フォントかな?
「御存じですか玉鍵さん? 玉鍵さんはまだオペレーターがついていないとのことで基地で問題になっています」
(《……なんのこっちゃ?》)
(って、スーツちゃんも知らんのかいッ。珍しいな)
《少なくともスーツちゃんは知らんばい。問題なんて、せいぜい低ちゃんの後のシミュレーション席が争奪戦になってるくらいですたい》
(おおう待って待って、ソコ詳しくッ)
《ドチャクソ美少女の訓練した後の席、つまりマイルドに言って良いにおいでメチャシコ日和! なワケでっす♪》
鳥肌が! 何の比喩でもなくガチで鳥肌が!
《さすがに利用するなというわけにもいかないしぃー、においくらいはアキラメロン》
(諦めるなぁ! な、中で消臭スプレー吹きまくったらダメか!?)
《たぶんガスに反応して警報鳴るからダメぞ》
嫌だぁぁぁぁぁ……、何度目かのリスタートで男子キモいとか言ってた女は正しかったんだな。実際キモい実際キモい!
「なので、今後はわたしが担当になりますのでこちらにサインを」
「は? いらない」
(何言ってんだコイツ? パイロットとオペレーターは自由契約だろ)
《切り替え早いぞ低ちゃん。もうちょっと怯えてどうぞ》
「玉鍵さん、もうあなただけの問題じゃないんです! 今後は基地側からの全面的なバックアップの下、最高の環境で戦ってもらいます。これは長官のご意向です」
「余計に嫌 (だバカヤロウ)」
(なーんかおかしいぞ? スーツちゃん)
《えー、検索検索検索盗聴盗撮検索……――あ、そういう事か》
(何か不穏な単語が混じった気がしたんだが?)
《そんなことより低ちゃん、こいつ大嘘つきだぞ。問題になんてなってない》
――あ゛?
《ヒゲの指示は本当。でもそれもこいつが誘導した感じ。稼ぎ頭にオペレーターをつけてもっと安全にしたほうがいいって吹き込んでる》
(……間違っちゃいない。得られる情報が増えりゃ、普通は安全度は高まると言っていいしな。じゃあこいつの言ってる問題ってなんだよ?)
《そう言って子供の危機感、責任感、罪悪感を煽って冷静さを失わせたあとに、グイグイ急かしてオペレーター有利の契約書にサインさせるやり口なんだよ。これで何人かやられてるみたい》
(詐欺師の類か? もしくは工場に徘徊する悪質な保険屋のババアみてえな野郎だな)
《今や低ちゃんはトップエースだからねー。今契約内容見たけど、無駄に高っかいオプションマシマシで契約プランが練られてるじょ》
「玉鍵さん! これはあなたのため――」
「おう! 待たせたな嬢ちゃん」
ジジイ? 待ち合わせした記憶は
「遅い」
「すまんすまん――姉ちゃん、そこは儂の席じゃ。どいてくれや」
「せ、整備長、今は彼女に大事な話を――」
「断ると言った、しつこい」
「だ、そうじゃ。パイロットが断ったらそこで終わり、基地で仕事してるなら誰でも知っとるぞ」
「お言葉ですが、子供は多少無理にでも必要な事を教えてあげるべきです」
(粘るなぁ。言葉通りの若者の教育に熱心な大人にゃ見えねえが)
《担当してたパイロットが前回の出撃で結構な数死んだからだね。それで出来た
あ゛!?
《クラスメイトの向井ともうひとり。あ、夏堀もこいつが担当だったんだ。うわぁ……三人とも転戦先で未帰還だったんだ。行かせたのも、こいつだよ》
「Sワールドに向かったパイロットと唯一繋がりを持てるのがオペレーターです。バックアップとして安全を提供することが我々――キャアッ!?」
発作的に手元のカップに残っていた紅茶をぶっかけた。飲み残しで温度は下がってるから火傷はしねえだろ。
「安全? パイロット殺しのクソオペレーターが」
「あ、あなた何を――ヒッ」
食い終わっていた皿を振って、残っていたドレッシングもぶっかける。
「……失せろ人殺し。クリーニング代くらいはくれてやる」
目の前で端末を操作して文句が出ない程度の金をさっきの連絡先に送金しておく。これ以上絡んでくるなら女だろうが鼻から口から色々出してもらうぞ?
「嬢ちゃんはテメエが気に入らんとさ。儂もオメエは気に入らんわ。ほれ、いい大人がガキから小銭貰ったんだ。もう消えな」
(チッ、余計なお節介だ。ジジイが女に凄んでんじゃねーよ)
《えー? 殴ったらさすがに問題になるしぃー、ここは任せちゃいなよ》
(タコを自分であしらえねえんじゃ意味
《オペレーターは逃げ出した!》
(ああ、クソ! ジジイが邪魔だ! 無駄にデカいなコイツ)
ヒールにタイトスカートのクセに逃げ足の速い。ありゃまた来るな、懲りた気配がしねえ。ああいうヤツは一回マジでヘド吐かせないとドブネズミみたいに何度も寄ってくるぞ。嫌な女に目をつけられたぜ。
<放送中>
「落ち着いたかの?」
いつも超然としている少女が激昂していた。決して長い付き合いではないが、獅堂はこの少女が怒るという事が相当な異常事態であると理解している。どれほどの無礼を働けばこの娘をここまで憤怒させることになるのか。
老人は目の前の少女が基地で暴力事件を起こした話を知っている。自分を殺しかけた少年整備士たちを許した娘がありえないと、最初は信じられなかった。だが詳しい内容を知るにつれて、逆に玉鍵の逆鱗の在り方について納得するに至った。
基地の契約トレーナー、速水の所業は基地全体に急速に広まっている。あの男は年端もいかぬ少女たちを訓練と称して過剰なシゴキを行い、執拗に暴力を振るっていたと。
竹刀で顔を殴られ真っ赤に頬を腫らした少女が、勇気を持って速水を告発したことを契機として過去に遡って次々と問題行動が明るみに出てきている。
その勇気の切っ掛けを作ったのが玉鍵だ。速水トレーナーに竹刀で顔を殴られた少女を見た玉鍵は、大声で恫喝する速水に一発のボディブローを食らわせて黙らせたという。
(目を覚ませ、か。強い言葉じゃな)
暴力の呪縛に縛られた少女を解放した言葉。義憤に駆られた玉鍵の力強い後押しがあればこそ、怯えていた生徒たちは勇気を絞り出せたのだろう。
負傷して引退したエースパイロットという触れ込みでトレーナーに転向した男、速水。その実体は詳しく調べるほど怪しくなっているらしい。他の基地のパイロットだったため記録がやや曖昧で、本当にエースだったのかも怪しいという。
自分に都合の悪い話が出ると大声で怒鳴り、それが通用しないと特注のサングラスを外して、サングラスの後ろに隠れた顔の傷を周りに見せて同情を誘い、自分を超えるエースを育てるという理想を語っては無茶なやり方を認めさせてきたという男。その人格を知れば知るほど、老人は軽蔑の気持ちが膨れ上がった。
(体の障害を盾に取ってる時点でヘドが出るわい……しかし、儂も反省すべきじゃな)
獅堂は速水に興味が無かったこともあり、ほとんど面識が無い。たまに見かけるダサいサングラスの小僧、その程度の印象でしかなかった。あの男がやっている事にも気を向けなかった。
自分を含めた周りの大人たちは、誰も生徒たちのSOSを拾おうとしなかったのだ。老人とて知ろうと思えば知れて、関わろうと思ったら関われたはずの出来事であるのに。共犯と言われても言い訳できない気分だった。
そんな中で玉鍵だけが生徒たちの心の悲鳴を聞き分け、ひとりで助けに入った。
彼女が拳を振るった事を暴力と呼ぶ者がいるなら、獅堂はそいつにこそ拳で問うだろう。おまえに救う事ができたのかと。もっとスマートに、お綺麗に、誰からも咎められない立派な方法で助けられたのかと。
イエスと言ったなら殴る。なら、なんでまだ助けていないのかと言葉を添えて。ノーと言ったらならいよいよ殴る。口だけ野郎は黙ってろと吐き捨てて。
たとえ法律上好ましくない暴力を伴っても、実際に助けてくれた玉鍵のほうが無力な法よりも、よほど生徒たちには嬉しかったろう。ペラペラと口でアドバイスするだけの輩と違って、いっそ潔いくらいの力の正義。
それこそ弱者を守る牙ではないか。
―――そんな義憤で拳を振るう少女が、相手に飲み物を掛けるほど憤怒した。老兵はもう、無視はできない。
※
(ああ、スーツちゃん。オレはもうダメだ、怖い)
《恐怖に飲まれちゃダメだ。何事も初めては怖いものだよ》
(生理怖いぃぃぃーっ!! どうなるんだこれぇぇぇーっ!?)
なんか体に違和感があるなーと思ったら、スーツちゃんからそろそろ生理が始まると言われてパニックになった。予定よりちょっと早いらしい。肉体と精神、どっちの影響かで期間が前後するのはよくあるって話だ。
前々から聞かされていたし、知識として知ってはいるけどよぉ。やっぱ中身は男なんだぜオレ?
《えー、まずお股から血が出て、お腹が痛くなったり気分が悪くなったり、そのせいでイライラしたり疲れたり、かなり個人差があるけどだいたいそんな感じ》
(普通に生きてて毎月バットステータス付けられまくりになる期間があるとか、女はどんな苦行してんだよぉ)
《ダイジョブダイジョブ。予め生理用品は持ってるし、まずトイレでナプキン付けようね、低ちゃん》
女、女、かくも偉大なる存在。その名は女。もうマジ無理、矮小な男に戻りてえ……。
クソ、トイレの個室で何かするって、なーんか惨めな感じで嫌なんだよなぁ。うー、幸いまだ血は出てねえか。えーと、紙剥がして羽の部分をパンツの側に折り畳んで挟むんだっけ?
「玉鍵さん!」
(ぬpmghぽwegfgjuyfき!?)
《落ち着け低ちゃんっ、まずはパンツ穿こうぜ》
ああああっ、もうっ、女のパンツってなんでこうクルクルし易いかなぁ!! 穿き辛えッ!!
「玉鍵さん! ちゃんと考えてほしいの! さっきの事は水に流してあげるから!」
うるせぇぇぇっっっ! それどころじゃねえ!
《一度下げて
(パンツ下がってる状態で扉の向こうに人だぞ!? 落ち着いてられるか!)
「玉鍵さん! 聞いてる!?」
~~~~~っっっこぉの、クソ女!! パンツ穿いたら顔面陥没させてやる!! 待っとけやゴラァ!!!
「ちょっと何やってるんですか!!」
《およ? 聞いた声だね》
(ここがクルクル、こっちもクルクル。っし、穿けた! ってどうしたスーツちゃん? 解体準備はしてくれたか?)
《ちょうどトイレもあるし死体を刻んで流せる、ってバラバラにするんかーいっ》
「な、何ですかあなたには関係――」
「個室に入ってる子に何してるんですかって聞いてるんです!! みんな、この人変態かも!!」
「女の痴漢!?」「ちがい――」「きもいきもいきもい」「保安呼んでくる!!」「逃げるな! 変態!」「こいつオペレーターの西蘭よ!!」「西蘭がトイレで女子に変な事してるぅー!!」「こっち! こっちダヨ! 捕まえて!!」
(………スーツちゃん、何があった?)
《もう少ししたら分かるから言わにゃーい》
「玉鍵さん、だよね? もう大丈夫だよ」
よく分かんねえが……あー、個室にいても埒があかねえか。とりあえず出ると知ってる顔がトイレを埋め尽くしていた。何か知らんが保安の女隊員も二人いる。で、保安に捕まってるさっきのクソオペレーター女もいた。
(えーっと、星、星、星なんとか)
《星川マイムね。ちょっと前にクソださグラサンと揉めたとき会ったじゃん。他の子もそのときの子たちだよ》
(おう、だから顔は覚えてたよ顔は)
「あいつに何されてたか言える? 嫌なら言わなくてもいいからね」
な、なんかこれを口で言うのは恥ずかしいなオイ。このナプキンの紙見せたら分かるか?
「
「!! 最っっっ低!!」「女の子にすることじゃない……」「きもいきもいきもい」「やっていい事と悪い事があるデショ!?」「違う!! 私はオペレーターの契約を――」「トイレでまで勧誘とか、それこそ頭おかしいんじゃないの!!」「迷惑行為! 迷惑行為!!」
(キャンキャンうるせえ……)
《減点1、みんな低ちゃんのために怒ってくれてるんだゾ?》
(う……、悪かった)
「後は私たちでするから、玉鍵さんは休んでて」
「あ、ありがとう?」
《はい、よくできましたパチパチ》
(うっせえ。いまいち分かんねえが助けられたのは分かるわい)
騒いでるクソオペレーターを保安がスゲー恐い顔でしょっ引いていく。逆にもうひとりの保安のねーちゃんがスゲーあったかい目でもう大丈夫ですよとか言ってきて、何か困惑するぜ。どうなってんだこりゃ?
《生理で困ってる子にお構いなしで契約を迫るオペレーター。それもトイレでとか、常識的に考えてありえなくない?》
(まあ、うん。ありえねえな。冷静になってきたら今頃ムカムカしてきたわ)
《女の子として同性がこんなことされてたら許せないっしょ。辛いの分かるのに何してんだよって。それも年下の中坊にさ》
(義憤にかられたってことか。ありがてえな)
《あ、今のは保安のおねーさんの話ね。他の子たちは低ちゃんに感謝してるから助けてくれたんだよ》
(………ありがてえな)
オレからすりゃ気に入らないタコを殴っただけなんだがな。結果的に誰か助かったってんなら、まあ殴った甲斐があったってもんだ。
(で、これからオレはどうすりゃいいんだ? 生理の時って何かしないといけないのか?)
《別にそこまで変わったことはないジョ。お腹をあったかくして、激しい運動はしない。低ちゃんの体は
軽くてコレかよ。命を育む準備って大変なんだなぁ……。女さんマジ尊敬するわ。
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