第17話 卒業はキックと供に

<放送中>


「食べる?」


 差し出されたバスケットには一切れ抜かれたサンドイッチが詰まっている。その抜かれた一切れを頬張りながら、玉鍵はそう言って向井に食料支援を申し出てきた。


 不要だ。


 そう言うつもりだった向井は、気が付くと己の手がバスケットの中の一切れを摘まんでいる状態であることに愕然とした。


 金銭事情から一日二食と一食の日を交互に繰り返してきた向井の体にとって、それだけ目の前の栄養豊富そうな食料は魅力的に映ったのだろう。


 浅ましい行為に羞恥心を刺激されるも、もう手をつけてしまった物を突っ返すのはそれこそ無礼な行いと考えて、向井はバスケットを引っ込めて食べることに集中している玉鍵に礼を言った。


「感謝する」


「ああ」


 彼女の水筒から香ってくるのはオニオンスープのにおいだろうか。つい女性の唇を眺めてしまったことに罪悪感を覚え、気持ちを振り払うようにサンドイッチにかぶりつく。


(……うまい)


 食事は栄養補給と割り切っている向井でも、うまいマズイを感じるくらいの味覚と感情はある。兵士のストレスを軽減するのに温摂っているかく味の良い食事が有効であることも知っている。


 そして残念ながら、今は物資と資金の枯渇によってそれらがままならぬ環境であり手が回っていなかった。


 摂っている食事といえば安い栄養ブロックと、闇市放出品の怪しげな缶詰の繰り返し。特に缶詰は酷く、口にした途端吐き気を催すような代物もあった。


 それに比べてこのサンドイッチはどうだ。柔らかいパンに新鮮な青野菜、その中心には衣をつけて揚げられた芋まで入っている。味付けのソースもたっぷりとかけられていて、訓練で鍛え上げた体に必要な塩分も十分に詰まっていた。


(高い栄養価、美味、精神的にも満足感大)


 時折感じる独特の粘りはチーズか。これも高いカロリーを得られる。さらに固い食感、こちらは砕いたナッツ。


(これは……おそらく玉鍵考案の完全栄養食だ)


 ナッツの歯ごたえで食事の満足感を増しつつ、サプリメント代わりの豆で栄養の偏りを減らしているのだろう。


 最後のシメはオニオンスープ。温かさと水分、そして足りない残りの栄養を摂取できるよう栄養剤などを入れて手を加えているはずだ。残念ながらこちらは空の容器が無い事もあり渡されなかったが。


 いつも昼食時に姿が見えなくなっていたのは、食事時という油断しやすい時間帯の危険度を下げるために周囲の安全性を調べていたに違いない。そして今日、一定の安全性はあると納得してここで食事を採ることにしたのだろう。


(だというのに、以前からここで食事を採っているこちらの食料事情を知って呆れただろうな)


 このサンドイッチはつまりそういうこと。碌な栄養補給をしていない友軍の横で、ひとり十分な食事をすることを憚ったのだろう。


 情けない。援助されるばかりでは申し訳ないが、今の向井に返せるものはなにもない。


 天涯孤独の向井にとって己の物資と金銭の残りは寿命と同じ意味がある。それらを稼ぐ方法として最有力であったパイロット業が頓挫している現状ではとても返礼は無理だ。


(そういえば夏堀隊員が玉鍵を勧誘したと言っていたな)


 とある縁で自然に接触できたとのことで、搭乗予定の機体の適性テストを受けてもらう約束を取り付けたと言っていた。うまくいけば玉鍵も向井たちのチームメイトとして参戦してくれることになる。


 しかし、そううまくもいかないらしい。玉鍵は夏堀隊員が接触する前に既に別チームに勧誘されており、先日正式に参入することが決定していた。


(ガンドールと言ったか。最後のフルメンバー出撃から期間が空いているが、実績のあるチームのようだ)


 溜息が出る。夏堀隊員が悪戦苦闘しているものの、少なくとも次の出撃は単機と考えたほうがいいだろう。せめて他のふたりと同じ戦闘区を選んで共闘する形にする、そのくらいが向井にできる唯一の戦術だ。


 最後の一切れを食べ終わり満足そうな彼女を横目に、向井は指についたソースを舐めた。




「食べ盛りに失敗作処理を手伝ってもらおう作戦、成功だな」


 ミニカーゴに積んできた弁当はおかげさまで空だ。気持ち足回りも快速になるぜ。今日はトラブルもなく余裕を持って基地に着けそうだ。


 失敗作を一度潰して、もう一味としてパン粉に砕いたナッツを加えて揚げたら意外と美味しくなった。それをっとく形成して。カリッと揚げたヤツをサンドイッチに挟んだだけの『やっつけサンド』だったが、失敗作にしちゃうまくいったぜ。


《変に餌付けして後で困っても知らないゾー。男はちょっと女の子と目が合っただけで「あの子、オレに気がある」って勘違いする生き物なんだから》


「冷蔵庫に空きが出来たら終了するさ。塩対応続けりゃ目も覚めるだろ」


 オニオンスープも仕込みが短い割にはまあまあ良かった。ポテトサラダに入れようと思ったら失敗でジャガイモを使い過ぎちまったからな。在庫でタマネギの駄々余りが予想されるから急きょスープを作ってみた。スープは夜に仕込んじまえば朝にあっためるだけで済むから楽でいいわ。


《中坊の性欲と情念を甘く見過ぎ! 思春期なんて、人生の前も後ろも見えてない暴走機関車みたいなものなんだから!》


「なんかやってきたらブチ転がすだけさ。それこそオレと同じく性転換させてやるぜ」


《去勢イコール性別の変化じゃないぞなモシ。それに低ちゃんの体、今回は最初から女の子じゃん》


 頭の中は男なんだがなー。体が女ってことは脳みそも女仕様のはずではあるが。インプットされているのはあくまで男の人格なのだ。そういや性別マイノリティの連中はこの辺をどう折り合いつけてんのかねぇ? 体が男なら脳みそだって男仕様のはずなのによ。


「あー、スーツちゃんや。入れ物の変化でいつかオレも女みたいな考え方になる可能性はあるのかね?」


《あるね。人の感情は脳内物質の化学反応だもの。もしかすると男の子を好きになるかもよ?》


「やめろぉ!! 可能性だけでも恐すぎる!!」


 なんてこと言いやがる、ハンドル操作を誤りそうになるわ! おお恐い恐い、精神を強く持って生きねば。


《まあそのときは――スーツちゃんが相手の男を解体するけどね?》


 ……それはそれで怖いわ。オレは今回も一生独身ひとりもん確定のようだ。


「ぼちぼち着きますよっと。充電機は……よしよし空いてるな」


 予約を入れて一安心だ。昨日はゴタゴタして充電出来なかったからな。今日こそ入れねえと。平時の車両トラブルで一番恥ずかしいのはガス欠だからなぁ。


 メーター見えてんのに対処しねえとか、オレ頭悪いですと言ってるのと変わらねえ。


《今日はシミュレーション訓練の前に基礎トレするんだっけ? 大丈夫?》


「大丈夫って何がさ? 時間はあるだろ」


 その時間を作るためにもミニカーゴを買ったんだ。予定通りだろ。


《例の絡んできたトレーナー。職場なんだからグラウンドとかに絶対いるでしょ》


「ああ、いたっけなぁ」


 早木だったっけ? オレ相手じゃなくてもあの調子で近くで騒がれたら気が散るなぁ。


「まあそんときゃ被らないように別のトレーニングにするよ。グラウンドにいたら室内、室内にいたらグラウンドって感じにな」


《向こうが寄って来たら?》


「またゲロ吐いてもらうさ」


 懲りてりゃ良し。懲りてないなら懲りるまで。頭の悪いタコは殴って躾けるもんだ。


(んじゃ、こここっからいつものように)


《了。お口チャックね》


 まずはロッカーに行って、今の制服スーツちゃんにジャージスーツちゃんへモーフィングしてもらわねえとな。


 さすがに走行中の車内じゃどっから見られてるかわかんねえからって、外じゃ変化してくれないんだよな。まー分からんではないんだ、監視カメラは都市のあちこちにあるからしょうがねえってさ。


 一応ひとつふたつなら誤魔化せるらしいけど。あまり遠いのは無理って話だ。どういう方法で誤魔化すんだろうな?


《女の子のお着替えは更衣室で。これは鉄則です!》


(おい待てや変態スーツ。カメラの話はどうなった?)


《スーツちゃんの、目が、カメ子のうちは!! 被写体のシチュエーションに拘ります!!》


(記録媒体が全部ダメになってしまえ!)


《こんなスーツちゃんに一言言わせてほしい》


(どうぞ)


《更衣室って行為室とも聞こえるからエロくない?》


 さあ今日も訓練で小遣い稼ぐか。ガッポリ入っても使ったら減るからな、小まめにいこう。


《既読無視はヒドくない!? ねえ! 聞いてる!? 低ちゃんってばぁ!?》





(髪の毛めんどくせえ……)


 いちいち纏めなきゃ運動も出来ねえとか、ロン毛はどれだけ苦行背負って生きてんだよ。何かに引っかかったら危ねえし、目に入ったら痛えし、たまに口に入っちまう事もある。汗で張り付くといよいようっとうしいし、最悪だぜ。


《低ちゃん、可愛さはいろんな努力の末に成り立つのだよ? それに文句言いつつ髪の毛纏めるの早くなったじゃない。すっかりポニテも馴染んだねー》


(おかげさんでな。夜中に鏡の前で延々と指導されたかいがありましたよっと)


 飯の仕込みでちょっと髪を纏めるだけでいいのに、ポニテやらサイドテやらツインテやら、ほんのちょっと角度が違うものを別カウントで何度もやらせやがって。こんなもん後ろでひとまとめで十分だろーよー……。


「た、玉鍵さん!」


 うお、びっくりした。なんだこいつら? スーツちゃんが警告してこないって事は、まだ・・危険じゃないってことだろうが、びっくりするもんはびっくりするわ。


(……知らねえ顔、だよな?)


《顔だけは見てると思うよ? 視界に入ってただけで認識してなかったかも知れないけど。昨日のトレーナーの後ろにいた連中だね》


 まったく記憶に無いわ。それで? 何の用だこいつら。


「誰 (だよあんた)?」


 なんか色々自己紹介が始まったが頭に入ってこねえな。それにひとり残らずブルマって、若い女だろうに恥ずかしくねーのかよ。体張ってんなぁ。


「それで何(の用だ)?」


「玉鍵さん、私たちも一緒に行くからトレーナーに謝って」


 はあ?


(スーツちゃんや。オレは何を言われてるんだ? さっぱり分からんのだが)


《昨日の低ちゃんの『断固としたお断り』を見て、生徒として一言もの申しに来たんじゃない?》


 ……バカにしてんのか?


「なんで(オレがそんなことせにゃならん)? 最初から(オレは)受講してない(ぞ)」


 しばらく聞いていたがバカの一つ覚えみてえに謝れの一点張りで話が進まねえや。あー、ぼちぼち暴力の時間ってことでいい?


《お、あのコーチよりカンがいいのかな? 低ちゃんのイライラゲージ上昇ですぐ後ろに逃げよったわい》


「ま、待って! 怒ることないでしょ!? 私たちは貴方を心配して言ってるのよ!」


 余計なお世話って言葉知ってるか? それにテメエらの物言いはなーんか後ろに見え隠れしてんだよッ。むしろテメーらが何か困るんじゃねえの?


《あー分かったよ低ちゃん。この子たち例のトレーナーに当たり散らされてるんだ》


(あ? それが何でオレの謝罪になるんだよ)


《つまり、低ちゃんに恥をかかされて『鬼コーチ』の仮面が台無しになったのを、一層の恐怖政治で取り繕ってるんじゃないかな。それでこの子たちが音を上げて、低ちゃんを生贄に捧げて怒りを鎮めようとしてる、って感じ》


 あ゛?


「ひぃ!?」


「どいつもこいつも(自分のケツも拭えねえクソタレか。パイロットオレたちのトレーニングなんざ義務でも何でもえんだから断りゃいいだろうが)」


「ひ、ひぃ」


「(それに人のためとか言い出す根性も気に喰わねえ。全部テメエらの都合じゃねえか)ブチのめす(ぞクソ女ども)」


「キャァァァァァ!!」


 幸い今はこっちも同性だ、この体なら鼻の骨へし折っても罪悪感なんざ沸かねえぞ? オレは女殴らねえとか言い出すフェミニストじゃねえんでなぁ。


《……もう逃げちゃったよ? ふふーん。なんのかんの言っても、逃げるのを待ってあげるくらいはするんだね》


(……チッ、別にそんなんじゃねえよ)


 さすがにパイロットと乱闘になったら問題になるからだ。臨界点突破したらそれでも殴るがなッ。今回はその前に相手が逃走しただけだっつーの。


《それでどうするのー? これは一波乱あるかもよー》


(別にどうもしねえよ、いつものようにやるさ。というつーわけでスーツちゃん)


《もしもの時は工具パンチで死なない程度に調節してあげやう》


(やう? いやそれはどうでもいいか。頼むわ。オレはどうもやり過ぎちまうからよ)




<放送中>


 汗だくで走る星川マイムは絶望していた。


「遅い!! 全員1周追加ぁッ!!」


 ヒステリックに竹刀を振り回すコーチに怒鳴られ、一番遅れていた星川は全員から恨みの籠った目で見られた。そこにコーチの竹刀がバチリと顔に張られる。


「やる気あるのか貴様ッ!! さっさと走れぇ!!」


 打たれた箇所が熱を持ち、腫れていくのが分かる。足がすくむ。それでも怒鳴られると足は動いて走ってしまう。


(なんでこんなことになっちゃったの)


 元々このコーチは厳しいと有名で体罰を肯定し、ひたすら怒鳴っては生徒を殴る。しかし、それにしたってここ数日は酷い。怒鳴っているこちらの事など、たぶん見ていない。


 玉鍵たま。あの女が元凶だ。


 どうもこのコーチは、彼女が自分の下に教えを請いに来ると思い込んでいたらしい。


 しかし彼女はパイロット試験に合格してから一度も姿を現さず、それが日増しに苛立ちとなって、気付けば他の生徒に当たり散らすようになっていた。


 そしてついに顔を出したと思ったら、コーチの事を玉鍵は完全に無視していた。あげくに怒りを爆発させたコーチの竹刀を見もせずに避け、その横腹を殴って帰っていった。


 その結果がこれだ。今日になってコーチから恐ろしい気配を感じた仲間が、自分たちに雷が落ちる前に玉鍵に謝らせるために説得に行ったが、まるで相手にしてもらえなかったらしい。


 星川マイムは玉鍵たまが一目見た時から嫌いだった。


 自信に溢れたその顔、その態度、その行動。何もかもが気に入らなかった。


 大人の顔色を窺い、同級生の顔を伺い、ひたすら従順な良い子であることで身を守ってきた星川にとって、玉鍵は己と真逆の存在に映った。


 彼女がただそこにいるというだけで、星川マイムという存在のすべてを馬鹿にされた気分だった。


 絶対に友達になれない。その姿を見ているだけで劣等感コンプレックスで押し潰されそうになるだろう。たとえ玉鍵にそんなつもりが微塵も無くとも、それさえ星川には気に入らない。相手にされていないことさえもドス黒い感情が芽生えてしまうから。


 そしてまた新たな恨みが募る。この苦しみを生み出したのも玉鍵だ。あの女のとばっちりでこんな目にあっているのだ。


「どのツラ下げて来たぁッ!? 玉鍵ぃッ!!」


 疲労で足元のグラウンドばかりを見て走っていた星川は、コーチの怒鳴り声の、その性質が変わったのを感じて顔を上げた。それは言葉にするなら『優越感』を帯びたもの。己の自尊心が満たされた者の声質だった。


「玉鍵、さん」


 清く真っ白のジャージ姿、ポニーテールに纏められた艶やかな黒髪。そして唯我独尊と言わんばかりの自信に満ちた気配。星川の大嫌いな女が、誰よりも美しい容姿を見せびらかしてこちらに歩いてきていた。


「そこで止まれぃ!! まずは手をついて頭を下げろ!! コーチングはタダじゃないんだぞ玉鍵ぃッ!!」


 怒鳴りながらも声の調子は喜んでいる。その事に星川は強い吐き気を覚えた。大人も同級生たちも、みんなこうだ。自分の要求が満たされたと優越感に浸り自分が上というように勝ち誇る。


 今後も一生、私はこれを聞かされるのだ。そう思うと何より強い吐き気を感じた。


「黙れクソ野郎」


「なっ!?」


 一瞬、玉鍵がこちらを見た気がした。その瞬間、彼女のただでさえ大きい気配が、異常なまでに膨れ上がった。


「き、貴様っ!! コーチに向かっ――」


 速水の言葉はそれ以上続かなかった。言葉の代わりに響いてきたのはメキリという星川の人生で聞き覚えのない音。けれど星川は、その音が人の骨の折れる音だとなんとなく分かった。


「うぼぉ……」


 一息に踏み込んだ玉鍵の拳が速水の脇腹に突き刺さっていた。崩れ落ちる男の口から大量の吐瀉物と、それらに混じって血が吐き出される。


 汚物がかかる前に離れた玉鍵の右拳には、凶悪なナックルガードがはめられているのが見えた。


「た、た、玉鍵さん、コーチにまた、こんな――」


「目を覚ませ」


「――え?」


 憎悪、嫉妬、劣等感に支配された星川は反射的に玉鍵を批難しようとした。しかし、その呪いの言葉を紡ぐ前に、輝く太陽のような強い言葉が差し込まれる。


 ちっぽけな女の妬みで吐いた言葉など、焼き尽くすような熱い声で。


「女の顔に傷をつけるヤツが、コーチなものか」


 ストンと、星川の中から何か落ちた気がした。己が勝手に背負ってきた何か。親に、教師に、世間に持たされていた何か。それがストン、と。


「目を覚ませ」


 星川、そして他の生徒たちにも、玉鍵は真摯に言葉を紡ぐ。それはたった一言なのに、どんな言葉を綴った説得よりも星川マイムという人間の奥深くに響いた。


「だ、まが、ぎ……」


 膝立ちで腹を押さえながらも、それでも人を殴り足りないのか竹刀を放さない目の前の男が苦悶の声を上げている。


 星川にとってあれだけ恐ろしかった怒鳴り散らす大人が、今はとても矮小でどうでもいい存在に思えた。


「コーチ、いえトレーナーの速水さん。私、もう貴方のトレーニングは受けません。辞めます。生徒にストレスをぶつけないでください。それに根性論ばっかりで身になりません。今時鉄下駄履いて走れって、頭おかしいんじゃないですか? トレーニングでブルマ穿けっていうのも気持ち悪いです。いちいち殴らないでください、今日中に訴えます」


 一言出れば後は簡単だった。言いたいことがスルリと口から吐き出される。


「私も辞めます! やってられないわ、こんなの!!」


 自分に続いて次々と声が上がる。いつも後ろをついて歩いていた自分の、その後に。


「だいたいおかしいのよ。なんで生徒が女の子ばっかりなワケ? スカウトってそういう・・・・目で見てスカウトしてんじゃないの、このロリコン!!」


 言いたかった言葉がどんどん言える。


 星川は自分の人生に絶望していた。今までもこれからも他人の顔色を窺って生きていくしかないと思っていた。


 それは違ったのだ。自分が勝手に思い込んでいただけ。他人にそうあれと押し付けられていただけなのだと、気が付いた。


 目覚めた。世界は自分のためにある。好きに生きていいのだ。言いたい事を言うも黙るも自分で決めていいのだと。


「ぎざ、ま、ら」


 弱々しく振り上げようとした竹刀。その手諸共に、星川は人生で一番の力と意志を込めて思い切り竹刀を蹴りつけた。弾き飛ばされた竹刀と、それに釣られて膝立ちのまま倒れた速水の姿は吐瀉物にまみれ、これ以上なく無様だった。


(玉鍵さん……ありがとう)


 もう劣等感は無い。そんなものを抱く資格は無いのだ。この光輝く同級生にそんな醜い感情を抱くなどあってはならない。


 なぜなら、この輝きに自分は救われたのだから。

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