第13話 さらばBULLDOG

<放送中>


「悪りぃ知らせだ、嬢ちゃん。BULLDOGはもう廃棄処分上がりだ」


 中年整備士によって持ち出されたパーツの代わりに付けられていた、申し訳程度のクソみたいなジャンクを残らず取り払った獅堂はそう結論付けた。


 保存している余剰部品をかき集めれば、あと一回くらいは戦える状態に持っていけるものの、それは未練というものだろう。ここで旧式に拘ってクセを付けるより、さっさと新しい機体に乗り換えたほうがパイロットのためになる。そう判断した獅堂は玉鍵に仔細を端折った結論を伝えた。


 昨日今日パイロットになったばかりの、それも未成年に細かい情報を残らず伝えても混乱するだけだ。こういった場合こそベテランと言われる大人が判断して、必要な情報に絞ってやったほうがいい。


(この嬢ちゃんには余計なお世話かもしれんがな。下手すると儂より詳しいかもしれん)


 格納庫に現れたいつもの白ジャージ姿の玉鍵を捕まえた獅堂は、生還祝いと称して普段は老人が寄り付かない有料休憩所に連れて行った。そこでどうにも厳つい男には敷居の高いフルーツパーラーに入り、高級ジュースを奢ってやりながら整備士として乗機の乗り換えを提案する。


 女性ばかりの店内で気恥ずかしく感じつつも、獅堂はもしも孫の相手をしたらこんな感じかと思いを馳せた。子供どころか結婚もしていない自分には望むべくもないのだが。


 ましてこんな綺麗な孫は自分の血では生まれないだろう。よほど伴侶が美人でないと不可能だ。


「分かってる。GARNETを」


 少ない口数で乗り換えに同意した玉鍵は、強化窓の向こうの格納庫で既に廃棄待ちの状態になったBULLDOGを寂しそうに見つめる。元戦車整備兵の獅堂にとって、どこか戦車に近いあの機体が惜しまれるのは嬉しかった。


(周囲に無理を言ってこの窓に映る位置にBULLDOGを置いてやってよかった、機体にお別れくらい言いてえもんな)


 もしあんな事件がなければ玉鍵は何度もBULLDOGで出撃していっただろうと思うと、不覚にも涙腺が緩みそうになってしまう。


(いけねえ、爺の感傷だ。パイロットを殺しちまうような判断をするな)


 玉鍵ならBULLDOGでも十分戦果を出せるかもしれないが、それとこれとは別の話だ。獅堂の趣味など関係ない。良い機体が残っている状況であれば整備士としてそちらを勧めるべきだろう。


 改めて一部の責任者にのみ開示された少女の成績を思い出す。


 適性はオールS。あらゆる性質のスーパーロボットを乗りこなせると判定された、もはや超人といえる能力の持ち主。単体機、分離機、可変機。戦場は陸戦、空中戦、海洋、水中、宇宙なんでもござれ。近接戦、射撃戦もそつがない。


 戦術傾向としては、どちらかと言えば積極的に距離を詰めて攻めていく傾向がある。一方でジリジリとした遠距離での撃ち合いでも我慢ができる自制心もある。また守りがとにかく鉄壁で、回避と防御は予知能力者の可能性を示唆されるほど神掛かっている、と締め括られていた。


 評価の辛いことで有名な元パイロットの試験官長が、嫌味一つなく諸手を挙げて絶賛するだけはある。むしろこれを貶したら自身の不見識を疑われるといわんばかりの、バツグンの成績が記録されていた。


(さらにトラブル対処もお手の物。お遊びゲームで得点が取れるだけじゃねえ)


 トラブル解決の多くは機体の制御中枢が代行してくれるが、それでもパイロット側の手が必要なアクシデントもある。こういった場合、プログラムや電子工学など専門の教育を受けていない子供に対処はまず不可能だ。


 戦闘ゲームで鳴らしたという腕前が自慢のパイロットが、戦闘中に発生したアクシデントを解決ができずに死亡するというのは整備士がまれに聞く話である。専門家からすればちょっと配線を弄ったり、関連コードを書き換えるだけで済むような問題でも知識が無ければ解決はできない。


 パイロットとして戦う彼らはどれだけゲームがうまかろうと、そのゲームプログラム自体はいじれない程度の知識しかない子供ばかりなのだ。これは年齢や教育機会のせいで仕方ない面があるので、さすがの獅堂も怒る気は無い。むしろそんな悲惨な知識で戦わされる子供たちにやり切れない気分だ。


 パイロット試験ではこれらの知的技能の部分は大幅に省かれている。散々な成績ばかりになるので意味が無いのだろう。


 あれは銃を撃てて命中率さえ高ければ良い、手入れや銃自体の構造知識は無くていいという試験なのだ。省いた部分が整備士たちの仕事として丸被りとなるので、待遇に不満を抱く整備士は実は少なくない。


 しかし、玉鍵は実践というこれ以上は無い場面で抜群の対処能力を見せていた。これは歴代の優秀と呼ばれたパイロットたちの中でも、ほとんどの者は出来なかったこと。


 試験外の能力で彼女に比肩するのは、今季の合格者の中だと天才と呼ばれる同じ少女パイロット、三島くらいだろう。


(今期は圧倒的に女子が粒ぞろいだな。男共が情けなくていけねえ)


 獅堂の目で見て幾人かはモノになりそうな気配がしたが、男としてはいかんせん弱々しいナヨッちいガキばかりに感じた。


 その情けない筆頭が基地の最高責任者の息子というのが皮肉である。子供のいない獅堂に父親の愛情や苦労を分かるとは言えないが、火山のやりようは子供によくない影響を出しているのは明らかだ。


(思い留まってよかったぜ。あんなガキの下に嬢ちゃんつけるなんざゾッとすらぁ)


 ビームの放射熱で溶解した装甲を切り出し、コクピットから玉鍵を救出するのに掛かり切りだった獅堂は、その後も長官との交渉や後始末に追われてファイヤーアークには関わっていなかった。


 そして一通りの始末が終わって戻ってきた獅堂は、本日もう何度目かも忘れた激怒をすることになる。


(機材を壊すわ着陸に割り込むわ、それを謝りもせんと帰っちまったガキも腹が立つが、それを謝るべきチームリーダーのあの態度は何だ!!)


 件の長官の息子。ファイヤーチームのリーダーは最後まで整備士たちに謝らず、トイレに行くと言ったまま逃げていった。残されたメンバーたちは自分たちも酷い目にあったにもかかわらずキチンと謝罪したというのに。


 その後にイライラしながら流れでファイヤーアークの戦闘記録を見た獅堂は絶句した。


 他の整備士、そして割り込まれて迷惑を掛けられた別チームのパイロットたちも、映し出された映像に怒りを通り越してどこか冷たい感情さえ抱くに至る。


 整備士たちはこんなヤツの整備なんてしたくないと。パイロットたちはこんなヤツと絶対組みたくないと。仲間を置いて逃げ回る二機の姿を見てそう思った。


(ファイヤーアークは当面出撃できんだろうな。あれじゃ機体を直してもチームメイトの補充ができまい)


 広報が外向けの映像提供こそ差し止めたものの、基地内で流れた映像はどうしようもない。多くの関係者がファイヤーチーム、はっきり言えば長官の息子の無様な姿を見てしまっている。


 再びファイヤーアークを動かすとすれば、あの息子と一緒に逃げ惑っていた女の二人を外した新生チームとすべきだろう。


(……まあ無理じゃろうな。長官の事もあるが、それ以前に裏方がパンクするわ)


 スーパーロボットの建造や本格的な修理は言えばすぐというわけにはいかない。物が大きいだけにちょっと割り込ませるのさえ大変な時間と労力を要する。


 過密なスケジュールで仕事をこなす彼ら裏方に、やっと出したばかりの機体を差し戻して、パイロット登録を初期化しろなんて言った日にはたとえ基地の長官とその息子だろうと衝動的に暗殺されかねない。そのくらい殺気立っている連中だ。


 ましてあの戦闘記録を見た後では。獅堂もまた過酷なスケジュールで動く一人として他人事とは思えなかった。さすがにガキを殺すまでいかないまでも、親子共々タコ殴りにするだろう。


(いかんいかん、あの親子はどうでもいい。今は嬢ちゃんの乗機だ)


 気持ちを切り替えて思案する。玉鍵であればGARNETよりもっと強力な機体を簡単に乗りこなせるし、申請も一発で通るだろう。どうせではあればそちらを進めたい。


「なあ嬢ちゃん。GARNETもいいが、もっと良い機体を選んだらどうじゃ? 単機がいいなら例えばジャス―――」


「やだ」


 喰い気味の拒否。これは正直、獅堂も答えを知りつつ言ってみただけだった。


 正義鋼人ジャスティーン3。40メートル級の中型に分類されるスーパーロボットでありながら、性能的には大型の50メートル級と遜色ないと言われる高性能機である。


 この機体の特徴のひとつは三機の内二機が無人機である事。これは有人型ばかりのスーパーロボットとしては非常に珍しいシステムで、主機となる有人の機体が指示せずとも独自判断で戦闘を行えるほど高性能のAIが搭載されている。


 ではなぜそんな高性能機が埃を被っているかと言えば、このスーパーロボットのもうひとつの特徴がパイロットに非常に不人気だからだ。


(あのパイロットスーツじゃあのぉ。玉鍵じゃなくとも嫌がるわい)


 開発者が何を思ったのか知らないが、ジャスティーンのパイロット認証には専用スーツの着用が必須となってる。ただし、その専用パイロットスーツは公序良俗の面で著しく問題のあるデザインをしていた。


 男女共に紐のようなレオタードタイプである。獅堂は水着に詳しくないので言葉が出てこないが、ほぼスリングと評した女性整備士がいた。


(ありゃ、男も女も色々こぼれちまうだろ。何考えてんだ)


 納品時はスェットスーツの上に被せて着ると思われていたこのスーツ。素肌に着ないと機能しないと知ったパイロットたちはほとんどが搭乗を拒否することになる。


 過去に高性能と割り切って乗り込んだ猛者もいることにはいるが、『Fever!!』の放送で際どい映像を流されると心に傷を負って降りて行った。


 鋼人の名に相応しい、鋼の精神を持たなければ乗り続けることが出来ないスーパーロボット。それが正義鋼人ジャスティーン3。


「やだ」


 黙り込んだ獅堂に不穏な気配を感じたのか、玉鍵はもう一度拒否の言葉を口にした。




《この辺りにジュース一本でホイホイついていく女の子がいるらしい》


(オーガニックの高いジュースだぞ。フルーツパーラーのクソ高ぇやつなら飲みたいって)


 オレだって相手は見てついていくよ。この爺ならまあ大丈夫だろ、基地内だし。ヤベー連中は人が良さそうな顔でも気配が違うからな。三度の底辺層経験のお陰かその辺はかなり敏感になっちまった。


《まあね? 栄養的にも見栄え的にもフルーツは摂取してほしいナリ》


(栄養は分かるが見た目とはなんナリか?)


《女の子は野菜とかフルーツとかパンケーキとか食べてるイメージあるじゃない? 豚足とか砂肝とか背油ニンニク増々ラーメンとか、臭いゲップしながらモリモリ食べてたら夢が壊れるでしょ》


 言わんとすることは分かるが、女だって脂っこいものやニッチな食い物をガブリと行きたい時があるだろうよ。あと食ったら男女関係なくゲップも出るし体臭もするもんだ。


 どれも高級品で品薄だからモリモリは無理だがな。粉物のパンケーキのほうがまだ安い。


「悪りぃ知らせだ、嬢ちゃん。BULLDOGはもう上がりだ」


 なんだロボットそっちの話か。生還祝いとか言ってやがったがそれなら他の連中も呼ぶもんな。オレだけって事はオレに言うことがあるってこったからちょいと身構えてたぜ。


 まあ助けてやった礼か整備不良の詫びか、その両方かと思ってたがよ。


《スーツちゃんと同じ判断だね。あれに乗り続けるのは整備的にもキビシーッ↑って、思ったんじゃないかな?》


 厳しいのイントネーションがおかしい。いや、いいけどよ。桃とブドウとバナナのミックスジュースうまいな。


「(言われなくても)分かってる(よ爺さん)。(次は)GARNETを(頼むぜ)」


 あー、もうセリフは諦めた。パーラーに設けられた有料の休憩所は空気もきれいだぜ。その窓から見える格納庫の風景は殺伐としてるがな。いつもは窓をスクリーンにして、海とか山とか地表の環境映像が流されて癒されるらしいのになぁ。雪山とか海とか見たいわー。


(ついてねえな、今日は環境映像無しか。メンテナンス?)


《着陸事故で修理中だって。せっかちなヘタクソがいたみたい》


(……死ぬ思いして帰ってきたんだ、多少はしょうがねえよ)


《戦わず逃げ回って味方におんぶに抱っこ、着陸の順番抜かして格納庫に突撃したせいで基地を壊したんだって》


(殴っていいレベルだな! 何処の馬鹿だっ!?)


「なあ嬢ちゃん。GARNETもいいが、もっと良い機体を選んだらどうじゃ? 単機がいいなら例えばジャス―――」


「(い)やだ(よバカヤロウ!?)」


 突然何を抜かしやがる爺。


《包囲網が狭まってきているねー》


(何の包囲だ!? 冗談じゃねえぞ)


 あんな競泳水着切り詰めた紐みたいなスケベコスチューム着てたまるかっ。あれ着るくらいなら足担当でチーム行くわい。


 そうならねえようにGARNETの訓練してんじゃねえか。当面はあれで乗り切るつもりだってのに。


《でもさー、GARNETだと力不足って感じてるんじゃないの?》


 ……痛いトコ突いてきやがる。アレは悪いロボットじゃねえんだが、いかんせんここぞ・・・の火力が足りない。訓練すればするほどそう思うようになっちまった。


 最大火力がチャージしたビームランチャー1本じゃなぁ。穴をひとつ空けりゃ倒れる相手ばっかならいけんだけどよ。中枢狙えば即爆発って敵ばっかじゃねえんだわ。


 こっちが合体変形するロボット出してるように、敵さんも似たようなギミック持ってるヤツとかたまにいるんだ。そういうヤツは倒したと思ったら残りの無傷のヤツが爆発前に分離して、別個で襲ってきたりする。


 対等のロボット使ってりゃ分離機なんぞ何とでもなるが、GARNETはどっちかってーとその分離機に毛が生えた程度の性能だからなぁ。むしろデカいの単体より包囲される危険がある分おっかないまである。


 スーパーロボットの性能で敵を撃滅する瞬間的な破壊力と破壊規模。これ以上に求められる能力はえ。飛行とかはそれ以降に求める能力だ。


 GARNETはこの逆を行ってしまったロボットだ。移動性能にリソースを割り振った結果、攻撃力に明らかな難がある。加えて可変機の泣き所である限定されるオプション付与で攻撃力の補強も難しく、撃たれ弱さも足を引っ張っている。


 埃被ってるわけだぜ。なまじ表面上の性能は悪くないのが悩ましい。せめてロケットランチャーが積めればなぁ……。


 積み重ね・・・・りゃ倒せるって相手は倒せないもんだ。その前にこっちがやられちまう。あるいはもたもたしてる間に別の敵がやってきて収拾がつかなくなる。


 短期決戦のできる火力、ここぞの殲滅力はスーパーロボットに必須なんだよ。特に単機で戦うオレにはな。


 それでも機動力があるに越したことは無い。何といっても逃げられるからな。これは無理と思ったら相手にしなきゃいい。足の遅いロボットじゃ逃げてる途中で後ろからバカスカ撃たれるが、足が速くておまけに飛べるとなりゃ逃走できる可能性はグッと上がる。


 敵の選り好みができるって結構良い事なんだよ。どうしたって倒せそうにない化け物に出くわして、奇跡を信じて戦うなんて寝言は死んでも言いたくないね。確実に言う前に死んでるわ。


 そこを考えるとGARNETは優秀だ。逃走できる、この一点があるから見切りきれない。飛行型に可変してそのまま『本星』に帰還出来るくらいだ。敵の出現にビクビクしながらシャトルを待つこともえし、帰還中に回避行動も取れる。


 帰れなくなった記憶は今も拭えない。あれはもう二度と御免だ。


(大物喰いは無理だがそこそこの戦闘はこなせる。それでいいじゃねえか)


 欲張ることはえ。まずは生き残らねえとな。


《それじゃGARNETは大事にしないとねー。これ壊したら後が無いゾヨ?》


(BULLはオレが壊したわけじゃねえぞ。でもまあ安全第一でいくよ)


《でもなー、低ちゃん肝心なトコで運が乱高下するからなー》


 やめてくれ、シャレになってねえよ。ホント初戦で死ぬところだったわ。ああクソ思い出したっ! あの整備士め、どうやって殺しゃいいかなぁ。


(スーツちゃん、例の整備士殺す良いプランねえかな)


《うーん、警備が厳重でキビシイなー。この基地の外壁はGARNETくらいじゃ突っ込んでも破壊できそうにないし。それこそ50メートル級の必殺技でもないと抜けないよ》


 無駄に頑丈に作りやがってッ! 敵がSワールドからこっち攻めてくるわけでもねえだろうが!


《どうせ底辺に落ちたら死ぬと思うよ? あんなヤツ、手間をかけて殺す意味があるとは思えないけどなー》


 スーツちゃんは良い相棒だけど、この辺はオレとスーツちゃんの意識の差だな。ケジメ取ることは暴力の世界じゃ金より大事なんだよ。揉めても金で解決できると思われちゃ無茶してくるバカが絶対いるからな。替えの利かねえ命ひとつ持っていくほうがバカには牽制になるもんだ。


 ナメられてたまるか。オレをナメてきたヤツは残らずブチのめす。その後々の手間を考えりゃあの整備士は殺すべきなんだよ。そうすりゃ未来の絡んでくるバカどもが確実に減る。


 ヤツが底辺層に落とされるまでが勝負だ。さすがに追っかけてまでは行きたくはねえ。


(いっそ事故に見せかける手間省いてでもブッ殺す)


《歪んでるねー、悪役ムーブならムチ持って濃い化粧して露出するとイイゾ?》


「やだ」


 っと、つい口に出ちまった。爺は、まあ平気か。有料とはいえ今後も利用してえなココ。


《Call Me Queen!! 女王様とお呼び!!》


(やかましいっ!)


「ん? ああ嬢ちゃん、他にも好きなもん頼んでええぞ……なんじゃ珍しい」


 爺さんは震える端末を操作して怪訝な顔をすると通話室に向かっていった。あの顔で意外とマナーいいな。場所を気にせずでっけえ声と音量で話し出すタコとは違うようだ。ああいう連中って会話内容丸聞こえで恥ずかしくないのかねぇ。


《このスペシャルショートケーキ食べようよ。一切れで3万円、一日6個限定だって》


(スーツちゃん、奢りってのは遠慮して食うもんだぜ)


 正直気になるっちゃ気になるが、やっちゃいけねえラインってのがある。これはナシだ。


 ホントにメニューを見ると頭が痛くなる値段ばっかだな。今は端から全部頼めるくらい財布が潤ってるとはいえ、この実入りがずっと続くとは限らねえ。今回こそ生き残ると決めたんだから貯蓄しねえとな。


《低ちゃんのモラルってなーんか偏ってるよね。殺しはアリで集りはナシなんだ?》


(モラルっーか面子の話だからな)


 集りなんて見っともねえ真似ができるかよ、集るくらいなら奪うわ。こんな考えだから別にモラルが良いわけじゃねえよ。


「待たせたな。なんじゃ、頼まんかったんか」


 戻ってきた爺が適当に指差してケーキを頼んだ。甘いモン好きなのか。まあ別に男だって女っぽいスィーツとか食いたいヤツもいるよな。


 ああ、なーるほど。女子オレをダシにすりゃ頼みやすいのか。見た目で食いたい物も食えない、この爺さんも大変だな。


「なあ嬢ちゃん、めんどくせえから前振りは無しで言うがよ……儂の知り合いのチームに会ってみねえか?」


 あん?


 有料のミネラルウォーターをグビリと飲んで、爺が真剣な目でこっちを見た。


「儂が面倒見た機体でガンドールってのがある。そのメインパイロットな、二ヶ月ほど前から空席なんじゃ。そのチームがぜひ嬢ちゃんに会いたいんだとさ」 

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