第4話 暗躍!! 謎の(バカ親)長官

「布団にクッション、テーブルに食器入れ。やっと形になってきたな」


 バラした梱包材を足で隅に押し退けりゃ、立派な独り暮らし空間の誕生だ。ちょっと趣味じゃないチョイスだが、機能と値段とサイズ、そして何より同居人スーツちゃんの意見を第一として反映した結果だ。


 この無機物、意外と趣味嗜好にうるさいのだ。特にこの体になってから顕著なんだよなぁ。無駄に女の子趣味の家具をチョイスしおってからに。それでいて機能はちゃんとしてるまともな品を探してくるから侮れない。思えば案内された店からしてこっちが頼む前から検索してたんだろう。


《カーテンも買って覗き対策もバッチリだね。今日から毎日スッポンポンでも大丈夫だっ》


「そんな怠惰な生活は送らない」


《低ちゃん、外で裸はさすがに変態さ。でも女の子が部屋で裸はロマンがあると思わないかい?》


「それはロマンじゃなくて歪んだ性癖ってんだ、覚えとけっ!」


 家具ひとつ無い真っ暗なフローリングでスーツちゃんが乾くまで裸のまま過ごすってのは、何がどうって訳じゃねえんだが精神的に堪えた。なんだろう、あの惨めったらしさは。


 囚人を裸で牢屋に閉じ込める刑罰ってのは、あんな感じの惨めさを味合わせて心を折るためなんだろうかねぇ。


《もっと何回かに分けることになるかと思ったらさぁ、一回で結構な量を運んだねー》


 この体は見た目にそぐわない体力と力があるからな。四角い荷物を背に括り付けて積み込み方さえしっかりすれば店からここまで重量はさほど苦じゃなかった。むしろ重さより荷物がどれも大きいからエレベーターや廊下をモコモコ歩くのが大変だったぜ。


 包装しているとはいえせっかくの新品を壁にぶつけたくないしな。マンションの他の住人に会わなくてよかったぜ。ビルのガラスに映った姿は山籠りにでも行くのかって恰好だったわ。ジャージなのがまたそんな感じを助長してて自分で笑っちまったよ。


《それじゃ早速シャワータイムかな?》


「体はともかく、中身のオレはしょっちゅう入浴シーンってキャラじゃねーよ。お湯が溜まるまでにふたりで乗れるロボットのおさらいでもしよう」


《ウィ。最初に断っておくと『足』以外はだいぶ減るゾ?》


 あのポンコツ訓練機材シミュレーターめ!! 足足足、足ばっかり手前の適正項目に載せやがって。巨大爆撃機から変形して両足、巨大戦車から変形して右足、巨大救急車から変形して左足!! 格納庫にどんだけ足パーツが余ってんだ!?


 あと前ふたつはまだ理解できるが戦闘するのに変形前が救急車ってナンダ!? Sワールドには戦いに行くんだぞ、別に誰か助けに行くイベントがあるわけでもねえのによ。検索項目間違ったかと思ったわ。


 それとも一般層の操縦者は擱座かくざしても救援が来るのか? これまでのリトライで聞いたことねえぞ。一度もなったことのないエリート様ならありえるのかもしれんが。


 低、一般、一般、低、低。そして今回は一般スタート。スーツちゃん曰く、エリートスタートは『視聴率』の他に何か条件があるらしい。教えてくれねえんだわ。そもそも『視聴率』が足りないとお話にならないってよ。


 何にしても合体変形ロボ多すぎな。特にシリーズ物は途中で別作品と入れ替えても初見の視聴者は気が付かないくらい似たり寄ったりじゃねえの? そのクセ稼働してないロボットも多いみたいだ。合体系はチームメイトが戦死したり戦えなくなると途端に機能不全に陥るのがネックだな。


 ああいう合体ロボットこそ自動操縦機能が必要なはずなのに、なんでかスーパー系は頑なに有人型でかつ合体は手動とかが多いのが謎だ。

 場合によっちゃ合体失敗で破損したり、操作が過激なロボットになると操縦者が席ごと潰れるなんて事故もあるみたいだしよ。戦死はまだしも合体の事故死じゃ死にきれねえだろうに。

 そして一機事故ったら残りも合体できない設計のロボットも多く、パーツ状態のまま動揺しているうちに全滅なんてパターンも実際にあったらしい。


 他の味方の不始末に巻き込まれての戦死。チーム系はこれが本当に怖い。メリットがある分のデメリットもしっかりあるのが現実と分かっちゃいるがねえ。


 でも人気なんだよなぁ。スーパーと付くロボットは専用のトンデモ形状の基地とコスチュームがイタいことを除けば、まあまあ好待遇の扱いで操縦者に結構人気があるっぽいのだ。一緒に戦う味方チームや専用のバックアップっていう『明確な味方』がいるってのが、群れで生きる人間の動物的な本能に刺さるのかもしれん。


 でもなぁ!! 基地はそういう前衛芸術と諦めもつくかもだが、あのいろんな角度で羞恥プレイなコスチューム群は一種の苦行じゃないのか!? 首にマフラーたなびかせる程度はまだカワイイほうとか、もはや視覚的な暴力だぞ。


 なんだあの生の太もも丸出しの超ミニは。なんだあのエグい切れ込みのレオタードは。それとは別ベクトルでトンデモ形状のヘルメットとか、意味の分からない突起だらけのプロテクターとか、実際に自分で着るとなったら恥ずかしいってレベルじゃねーわ。いっそ他人が着てるのを見るだけでキツいまである。


 日常生活の中でイタい趣味の仮装を見せられたみたいで、まともな神経じゃ赤面以外の表情が出ねえよ!!


 もうね、外野こっちが恥ずかしい気分になるわ。分かり易さと格好良さ、そして描き易さを追求した結果なんだろうがよ。


 まぁーいい。オレが乗るわけじゃないんだ。他人が納得して着る、乗る、戦う。そこにオレの主観はどうでもいい。実際戦力としてスーパー系は強い部類だし。連中が稼げばその分物価が下がったり食料の種類が豊富になるんだ。遠回りでみんな恩恵を得られる。


 他人の恰好なんて馬鹿にせず、ロボや基地のフォルムをあげつらわず、生あったかい目で遠巻きに眺めるのが一番無難な関係だろう。お互いに視界に入らないところで頑張ろうぜ。


《んじゃ、EntryNumber《いぃえんぅとりぃねんばぁー》 いちばーん。最初で一番のオススメ》


「発音が流暢ww」


《20メートル級陸戦型ロボット『BULLDOG』》


「単座で火器は実体弾主体。頑丈、大きさの割に積載量大の堅実っぽいロボットだな。ゴツくて積める飛び道具が豊富なのはいいことだ」


《なーんか面白味ないなぁ。色も軍隊で使うようなダークブラウンで『視聴率』的にはどうだろねぇ》


「そうか? 男視点で言わせてもらえば若い女がゴツいロボットに乗ってる、これだけでも需要はあると思うぜ」


《『BULLDOG』のご先祖は『ロートル』だからねぇ。サイズは大きくなったけど似たようなロボットじゃん》


『命賭けてんだ、機種転換が楽なのはありがてえよ』


《だから不本意だけどスーツちゃんもオススメするのさ。今死んだら今度こそ終わりだしー》


「やっぱ『視聴率』は空っケツか。次リトライするにゃ何度戦えばいいんだ?」


《まだわかんない。でも5回じゃきかないかな》


 オレじゃ厳しいってことか。実際初めてから前回まで残らず『5回目』で死んでるからな。送られるのはスーツちゃんの支援があってもどうにもなんねえって戦場ばかりだった。一般出身ならまだマシなところに行かされると思いたいねぇ。


《にばーん。意外とオススメ30メートル級可変型ロボット『GARNET』》


「細身でエナジー兵器主体。少々ちいとモロそうだけど飛行型に変形して帰還シャトル無しで自力で帰ってこれるのは魅力だな」


《前回は取り残されちゃったENDだものねぇ》


「ほんっっっと、それな。ロボで戦う世界が飢えた人間と殺し合うカニバリズムの世界に早変わりだったわ。二度と御免だ」


《まーまー、可変機は見栄えがするから『視聴率』も期待できるぞよ。色も赤系とか白とか派手だしね》


「扱いは大変そうだ。さっきも言ったがモロい印象もあるしな。ちょっとどっか壊れたら変形できなくなりそう」


《避けて当てる戦い方にしないといけないのがネックかー》


「オレは多少食らっても突っ込むクチだからなぁ。でないと撃っても当ったんねぇ」


《その強スペックの体ならわりとすぐ出来そうだけどね。スーツちゃんのサポートは主に低ちゃんの体を操る支援だから、体の性能以上は出せないよ。逆にその体がスゴければ出来ることも増えるのだ》


「一度可変機の訓練くらいはしてみるか。金にもなるし」


《さんばーん。性能は前二つよりずっと高い40メートル級三機合体変形ロボ『正義鋼人ジャスティーン3』》


「除外で」


《合体系だけど無人機2機と有人機1機だよ? 何といっても足じゃない。カラーリングもまさにスーパー系の典型でカッコイイ》


「ロボはともかく、女が好き好んでケツ丸出しの専用パイロットスーツなんて着ると思うか!? なんだあのセクハラの塊は!!」


《エッグイよねー。脇も背中もおへそも鼠径部も丸出しだもの》


「競泳水着のエグ過ぎるヤツをさらに18禁仕様にした感じだったぞ。14歳に着せるもんじゃ断じてねえし、個人認証兼ねてるから18禁スーツそれ着ないと動かないとか、どんな変態仕様だ」


《だからこそじゃないかぁ。グッヒッヒッ》


「人に地味なコットンパンツ買わせた性癖の持ち主とは思えない発言だな」


 オレ以外に聞こえないと思って店内で大騒ぎしやがって。あげくに体まで操られたわ。脳に負担が掛かるとかで連続数秒づつしか出来ない奥の手を使ってまですることかっ。


 女だらけの下着売り場でスーツちゃんイチオシとかいう、性癖全開のインナーを手に取らされた時の虚無感は例えようがないわっ。


《下着は下着。戦闘服は戦闘服で刺さる性癖は違うのぉっ》


「違うのぉっ、ってかわいく言っても変態的なのは変わんねえぞ」


《スーツちゃんの、目が、濁っているうちは、派手なレースの赤パンツなんて穿かせない!!》


 濁ってるのかよ。スポーツ用のインナーもボクサータイプとか買わせてくれねえし。パンツが三角形であることに死ぬほど拘りやがって。女物にもトランクスがあるのはオレもビックリしたけどさ。


「はあ……、よもや自分が昔のアニメやマンガで定番の縞パンを穿く日がこようとは」


《青と白でラインも太目。あのお店は分かってるねっ!! これから贔屓にしようじぇッ!》


「前から思ってたけどスーツちゃん、古参オタ男みたいな好みよな。ホントに女の子モデルなのか疑わしくなってきたぞ」


《失礼な!! むしろスーツちゃんの思考と嗜好は『男の子が好きな要素』を盛り込んだ結果なんだゾ》


 女の好みと男の性癖はまったく違うらしいとは知ってる。いわゆる女が言う勝負下着なんて男からすると仮装衣装見たレベルだからな。

 これを正直に言っちまうと女がヘソ曲げるから男は乗るしかないだけだ。レースが花柄でカワイイとか言われても、オレなら『だからなんだ』って感想しか出ないわ。ヤレ・・なくなるからオレも言わないと思うがよ。


《スポーツ用インナーもイイヨねっ。グレーで飾り気がないのがむしろクる!》


「今現在着用している無機物に性癖カミングアウトされる身にもなってくれ。眩暈がしてきたわ」


《まーまー低ちゃんの服や下着は今後もスーツちゃんが監修するとして、お湯も張ったしお風呂入ろう》


「監修についちゃ後でじっくり話し合おうか―――スーツちゃん、脱げないんだけど?」


 ファスナー噛んだか? いやスーツちゃん製の特性ジャージはそこらの安物とは訳が違う。布が噛みそうなら布のほうがスッと逃げていく便利衣装だ。耐火、耐刃、耐薬、耐爆発。防弾に防寒防暑、さらには耐Gで各所の加圧による血流調整までしてくれるスーパージャージだものな。


《今日はスーツちゃんと入りたまえ。浴室のハンガーで釣っておけばいいぞヨ》


「なして?」


《昨日はリスタート初日だったし大目に見たけど。今日から低ちゃんには女の子として必要な教育を始めます》


「……なして?」


《知っての通り男の子と女の子では体の構造が違います。ここまではOK?》


「え、ああ、OK」


《具体的な場所は控えますが、ちゃんと洗えていません。他にも髪の毛の洗い方とかなっていませんでした》


「……はい」


《次に低ちゃんが今日使ったおトイレの回数は――》


「回数は指摘しなくてもいいだろっ」


《後処理が不十分です。そんなお股で履かれたスーツちゃんの気持ちがわかりますか?》


「大変申し訳ありませんでした……」


《ドキドキしちゃうでしょっ、もう♪》


「はさみいれてやろうかこの一反木綿っ!!」


《半分は冗談としても、女の子としての生活には女の子用の日常ケアが必要です。それをしっかり学んでいきまっしょい》


「全部冗談にするなら学ばせてもらいます」


 そうかぁー。これが性別が変わるってことかぁー。重いなぁ。


 創作の世界じゃ性別が変わって騒動を起こすとか、よくあるストーリーだ。けど大抵はお色気な話ばっかりでこういう生臭い話はあんまり描かれないんだよなぁ。考えてみりゃトイレにしても男と体の構造が違うんだ、ちょいと振って終わりってわけにはいかねえ。


 スーツちゃんは茶化してくれたけど、実際に色々・・ついた状態で直にくっ付かれたら冗談じゃねえよな。オレなら殴ってるわ。


《じゃあさっそく体と髪の洗い方からレクチャーしちゃおう。まずはシャワーで汗をしっかり落として》


「なあスーツちゃん。髪なんだけどさ、これってバッサリいったら楽だよな? 明日にでも散髪――」


《スーツちゃんの、目の、つぶらなうちは!!》


 相棒の無機物が個人の性癖を押し付けてきます。どうすりゃいいんでしょう。





《放送中》


「すばらしい逸材だ。彼女こそ新チームの一員に相応しい」


 中空のホログラムに描き出された少女のデータと試験成績、そして何より今日彼の目に焼き付いた鮮烈な印象は、今後の人生で何があっても生涯消えることがないと確信する強烈なものだった。


 鷲のような鋭い顔つきをした中年男性の名は火山宗次郎。日々Sワールドに戦士を送り出す機関、『S戦隊機関』を統括する長官である。


 彼は新たに建造された巨大ロボットに乗り込む新チームの選抜を急いでいた。低迷する一般層の資源獲得成績を改善するために予算を大幅に使い込んで作られたその新型は、彼と基地の進退を左右する重要な切り札となるだろう――そう、期待されている。


 だが、その選抜条件は彼が『ビビッと来た』人物が候補という根拠のない方式である。時折それを他人に指摘されたとき、火山は不敵に笑っていつもこう答えてきた。


「私のカンに間違いはない!!」


 火山宗次郎は己のカンに絶対の自信を持っている。その自信があるからこそ、どんな無茶な決断も傲慢な決定も断行してこれたのだ。


 例えば、成績の足りない己の息子を他の合格者を押しのけて合格枠に捻じ込むくらい何の躊躇もない。なぜなら――


「私のカンに間違いはない!!」


 確かに最初は息子がチームの足を引っ張るだろう。だがいずれ心身ともに成長してリーダーとしてチームを、ひいてはこの基地をエリートまで押し上げる立役者になるに違いない。火山はそう信じて疑わない。


 その理想に息子の現実の成績、人間性、交友関係は入っていない。実の父親にとって息子はまだまだ可能性の塊であり、ネガティブな情報がどれだけ耳に入ろうと才能が開花していないだけと信じ切っていた。


 しかし、そんな視野狭窄に陥った男でも組織人として長官まで上り詰めた男。冷静な面も持ち合わせている。心の裏にいるもうひとりの彼が無意識に警鐘を鳴らしていた。


 本当にうまくいくのか、あの息子にそこまで才能はない。初めの失敗で親子共々すべて失うかもしれないと。


 その言葉にわずかでも耳を傾けたのは誰にとって幸運で、誰にとって不幸なものだったのか。


「彼女が、彼女こそが息子を導いてくれるだろう」


 超人的な身体能力、天才と言ってまだ謙遜となる知性、そして戦士としての断固たる精神力。ホログラムに映し出された少女は彼の息子に持たせたいすべてを持っている。


 最初は完全でなくていい。チームとして彼女の近くで戦い、その強さの一端を得られれば自分の息子は化けるはず。父親は幼かったかつての子を思い、今もそう信じている。


 牽引する者が最初から最後まで同じである必要はない。開花前の息子はこの強く美しい少女に守られながら学んでいけばいい。大器晩成とはそういうものだ。そう考えれば彼女と同じ世代に生まれた息子と少女は、助け合う運命であるとさえ火山には思えた。


 少女が断るという未来は男の頭にひとかけらも存在しない。基地肝いりの潤沢な予算で建造された新型、可能な限りを尽くした十分なバックアップ。さらには破格の報酬を約束するのだ。

 一般層で考えられる限りの高条件を提示され、長官たる自分に直々に指名されて首を横に振るパイロットなど絶対に存在しない。火山はそう確信している。


 あるたったひとつの条件がとてつもない不良物件であることを、子を愛する火山は理解できなかった。


 さして才能が無く、人格に問題があり、矯正ももはや期待できない人物と命の掛かった仕事でチームを組まされる。それは何を捨てても断りたい災難でしかない人事だと。


 夢想する男に現実という足元はいらない。彼はひとりはるか未来にまで思考を飛び立たせる。


 このふたりが結ばれれば、自分の孫に巨大な才能が受け継がれるだろうと。そう信じて疑わない。なぜなら――


「私のカンに間違いはない!!」

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