03_はじめての討伐依頼

 しばらくして窓口に戻ってきたのは、掲示板の更新を終えたティーレアだった。先程の担当者が気まずそうにしていたのを見て代わったようだ。

 ティーレアは新しいギルドプレートを二人に差し出す。

 『L』の文字が刻まれたギルドプレートの中央には登録した時と同じように赤い宝石が嵌められており、宝石に触れると緑色に変色する。


「これでお二人は『L級レザーランク冒険者』として登録されました。今ある依頼は……やめておきますか?」


 受け取ったギルドプレートを首に掛けたゴローはエシュカを盗み見る。

 エシュカは既に泣き止んでおり、ゴローの視線に気付くと頷き、ティーレアへと目を向けた。


「大丈夫だ。見せてくれ」


 その目に力が戻ったのを感じ、問題ないと判断したゴローは依頼を受けることにした。


「そうですね……L級に上がられたとは言え、お二人は仕事の経験が少ないので……この辺りは如何でしょう?」


 ティーレアが提示する依頼書は軒並み最低受注可能ランクが『C級クロスランク』のものばかりだった。


「これらはC級冒険者向けの依頼ですが、その中では危険度が高いと想定される仕事です」


「なるほど。一個下で慣らしとけってことか」


「その方が良いよね。あたし達まともな仕事、薬草取りしかしてないんだし」


 下のランクを薦められたことが侮られているようで少々苛立ちを感じていたゴローも、エシュカの言葉に思い直す。欲張ったがために吠狼蜘蛛ハウルカルダインという想定外の戦闘はあったものの、薬草採取はチュートリアルに等しい仕事だ。


「確かにな……。けど、冒険者の仕事ってモンスターを倒すのがメインなんだろ? 俺等が倒した赤鬼バッドオーガや吠狼蜘蛛が標的の依頼はどのランクから受けられるんだ?」


「その二種でしたら、どちらも『Lレザー』ですね。これらを単独で討伐できるようになれば『W級ウッドランク』に昇格できるだけの実力と認められます」


「単独か……」


 ゴローは両方とも複数人で倒している。飛び級先のランクとしては適正だ。


「今なら一人でもやれそうだが……」


「やめて。しばらくは修理費をかけずにお金を貯めるのが優先。あんたと組んでから出費が激しいんだから」


「わぁーったよ。もうお前が決めてくれ。……あ、でも、外の仕事だぞ?」


 外とは、この国の外、更に言えばP級ペーパーランクの仕事で行ける範囲の外という意味だ。C級の仕事であるため、より遠くへ行くことが許されている。

 この世界で最初に出会った大男を捜すため、冒険者ランクを上げることで捜索範囲を広げるのがゴローの当面の目標だ。

 国内の犯罪者を捕縛するなどといった仕事では、折角上がったランクの恩恵が得られない。


「じゃあね……これかな」


 エシュカが手に取った依頼書は、北の山に生息するモンスター『魔岩騎ゴルゴナイト』の討伐依頼だった。


「ゴルゴナイト……どんな奴なんだ?」


「岩を纏って身体を守るモンスターだった筈。だから、基本的に刃物を通さない。見てきた感じ、冒険者って前衛は大体みんな刃物でしょ? それで苦戦してるんじゃないかなって」


「そうですね。加えるなら、槍などで岩の隙間を突けば倒せることもありますが、本体は小さめなので正確に狙える技量が必要になります」


 ティーレアは胸の前で手を広げ、魔岩騎本体の大体の大きさを示す。どうも人間の肩幅ほどはありそうだ。


「魔法についても、火、水、雷、風などの主要な属性に耐性を持っているため、対抗策が極端に少ないモンスターです。耐性だけ見ればL級相当なのですが、攻撃はあまり得意ではないようで、ここに落ち着いています」


「なるほど、それで残ってる訳か」


 冒険者には、依頼を選ぶ自由がある。王国軍の犬闘機隊が圧倒的物理耐性を誇るスライムをスルーするように、耐性が多く倒し難い魔岩騎は冒険者に避けられている。


「今の聞いて、どうすれば倒せると思う? ゴロー」


「分かるぜ。刃物以外の物理攻撃。つまり打撃俺の得意分野だ」


 活き活きと拳を握るゴロー。


「本体はそれほど耐久力がある訳ではないので、しっかり攻撃を通せれば意外となんとかなります。ただ、あまり時間をかけると他のモンスターが寄ってきますから、気を付けてくださいね」


 魔岩騎は肉食でも草食でもなく、魔岩騎を食べるようなモンスターも少ないため、他のモンスターとテリトリーを共有している可能性がある。迂闊に交戦状態に入ると別のモンスターが乱入してくる危険があるのだ。


「本当は気付かれる前に仕留められれば良いのですが……」


 ティーレアはさり気無くセオリーを明かすが、それが人間には叶わないことも分かっていた。


「そこは犬闘機だ。どうやっても無理だろう」


「ですよね……受けますか?」


 打撃で挑もうとしているゴローは聞くまでも無く乗り気に見えるが、確認も仕事の内だ。


「エシュカ?」


「うん、それでいこう」


 二人はティーレアに受注処理を頼む。

 ギルドプレート中央の宝石に、魔岩騎討伐依頼の情報が刻まれた。



 帰りの馬車に揺られながら、二人は魔岩騎討伐のための対策を練る。


「やっぱ先手必勝だろ。他のモンスターに気付かれる前に『多重回路マルチサーキット』で一気に近付いて倒す!」


「それはそれでいいんだけど、問題はそれができる距離までどう忍び込むかでしょ」


 二人は気付いていないが、相手は岩のモンスター。そして生息域は山中の岩場。主に森林限界付近の高高度だ。木々で視界が悪い上に、動いていなければ周りの岩と見分けがつかないだろう。

 更には二人ともモンスターを『捜す』のは初めてとなる。その大きさ故に身を隠し難い犬闘機で不慣れな捜索とあっては、先手など取れよう筈も無いのだ。

 

「確かに、目とか耳とか、どうやって索敵してるかが分かれば手の打ちようもあるんだがなぁ。依頼書に絵くらい描いてくれりゃいいのに」


「目……っぽいのはあるよ」


「あるのか。こんくらいの本体に?」


 ゴローが肩幅ほどに手を広げる。ティーレアに教わったサイズだ。


「うん。真ん中に赤く光ってるのが一つ。で、浮いてる」


「浮いてる?」


「らしいよ。一メートルくらいのところをふよふよしてるって。あたしも実際に見た訳じゃないからホントかどうか分かんないけど」


「噂か……。まぁ、何か企みが挟まるほど大層なモンスターじゃねぇだろ。多分その話は信じていい」


 嘘の噂というものは、それが流布されることで得をする者がいないと生まれない。口伝が主なこの世界では尚更だろう。


「エシュカの聞いた話が誰かを罠に嵌める算段じゃなければ、その目が狙い目だな」


「何にせよ、目の向いてない方から回り込むのが大原則ってことね」


「ああ。そして目を潰す。単純だが今んとこそれしか思いつかねぇ」


 とりあえずの目算を立てた二人がガレージに到着する頃、時間は昼を回っていた。

 犬闘機と言えど走行形態で行けるのは麓まで。山中は歩行形態で登るしかないため速度を活かせず、日没までに帰ることは叶わないだろう。

 ただでさえ不利な山中の森で日光を失うようなことになれば、足元も方向も襲い来るモンスターも見えず、闇の中でただ死を待つのみである。

 夜の山を避けるため、二人は翌日早朝の出発を約束し、この日は解散することにした。


 そして翌日。

 別れ際のエシュカから滅っ……茶苦茶に釘を刺されたゴローは、なんとか夜明けとともに目覚めることに成功した。

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