02_ランクアップ


 エシュカのガレージ内では二十二体の人形が飛び回っていた。既に与えられた仕事は終えているようだ。

 ガレージは左右二機ずつ、計四機の犬闘機を壁際に格納できるようになっている。エシュカは倉庫ガレージだと言うが、ゴローからしてみれば立派な格納庫ハンガーだ。

 手前で修理を行っている王国軍の機体はエシュカに任せ、ゴローは奥に置かれた自分の機体に近付く。見た目は第八世代J-OE8第九世代J-OE9が混ざったパッチワークのままだが、修理は完了していた。オードン戦で失った頭部も第八世代のまま据え置きで、しっかり元通りだ。

 王国軍機の修理で得た収入があれば第九世代のコックピットを買うこともできたが、そこはエシュカが別の使い道を提示した。関節部の強化だ。

 全身に強化を施す余裕はなかったが、『多重回路マルチサーキット』の使用で真っ先に壊れた膝は補強済みだ。

 コックピットブロックに控えめに印字された『214』の数字が目に留まる。機体の製造番号なのだが、手に入れてからたった一か月でこの番号が刻まれているのはコックピットブロックと右腕だけになってしまった。右腕も手首から先は『逆流バックフロー』を打てるようにした改造品だし、パイロットシートや背面装甲も換装されているため、純粋に貰った時のままのパーツなど殆どなくなっていた。


(おめーも大変な奴の手に渡っちまったな)


 ゴローは他人事のように若干の同情を込めた視線を送る。が、それはすぐに別の意思へと変化する。


(けどな。ここからだ。この世界に来たばかりの俺が負けた、あの時の大男をぶっ飛ばしに行くんだ。ま、今の俺達なら楽勝だろうけどな)


 強大な敵オードンとの戦いを経て力を付けたゴローと性能を上げた犬闘機ならば、負ける要素が無いとさえ思っていた。だからこそ、思考はその先へと進む。


(その後は……その後は――)


「ゴロー! 行くよー!」


 エシュカの呼びかけで思考が途切れる。指示出しが終わったようだ。


「おう」


 まだ何も決めていない未来など、その時考えればいいと割り切ってゴローはガレージを後にする。


 西側の主要道路で馬車を拾い、冒険者ギルドへ向かう途中でゴローは自身の左肩を指差して、切り出した。


「なぁ、これもういらなくね?」


「何言ってんの。オードンあいつと同じ系統の魔法を使う相手と戦わなくちゃいけない時が来るかもしれないでしょ?」


「そういう、たらればの話するならよ、お前が操られた時が危ねぇんだよ。芋づる式に俺まで操られちまう」


「そっか、確かに……」


 オードンの場合、ゴローの特異性が彼の目を引き付けたために、エシュカは殆ど眼中になかった。それが結果としてエシュカを『潜在魅了レイテントチャーム』から守ったことになる。だが、他の使い手と戦う時、同じ状況に持ち込めるとは限らないのだ。


「だからよ、そういう洗脳系の奴等には別の形で対策して、これ消せないか?」


「別の形って、どんな?」


「いや、それは分かんねぇけどよ……」


「じゃあ、その対策が見つかるまではこのままの方がいいんじゃない? 考えなしに契約解消するよりは、あんただけでも対抗できた方がいいでしょ?」


「うーむ、そりゃそうだ」


「だったら、とりあえず契約解消は一旦保留ってことで、ね」


「しゃあねぇかぁ」


 とりあえず奴隷の身分から解放されたい一心で、別の使い手について何も考えていなかったゴローは簡単に論破されてしまった。

 二人の関係は現状維持のまま、馬車は冒険者ギルド前に到着する。


 ギルド内に入ると、ティーレアが壁際の掲示板に貼り紙をしていた。

 窓口で受付をしている彼女しか知らない二人は興味本位で話しかける。


「ティーレア」


「あ、エシュカさん! ゴローさんも!」


「よ、何してんだ?」


「これですか? 手配書の貼り替えです」


 言いながらまた新しい紙を掲示板に貼り付けていく。


「手配書?」


(そういや、オードンを手配してるとか、止めるとか言ってたな……)


「凶悪な犯罪者や、大きな被害を出しながら未だ討伐されていないモンスター等には懸賞金をかけて指名手配してるんです」


「それも冒険者の仕事なのか?」


 冒険者登録の際に、基本的に冒険者はギルドの受付で依頼を選んで受注すると案内されていたゴローは、今まで掲示板など気にも止めていなかった。


「この段階ではまだ、情報収集の呼びかけ、ですかね。こうやって情報を更新していって、潜伏先や生息域を特定できたらギルドから討伐を依頼します」


(この顔にピンと来たら……ってやつか)


 当然この建物に出入りする限り目に入るのだが、気にならなかったのは元の世界でも見慣れていたからなのかもしれない。


「もちろん、依頼が出る前に倒せるなら倒しちゃっても大丈夫です。討伐依頼より懸賞金の方が高く設定されてますからね。ただ、危険な相手ばかりなので、P級ペーパーランク冒険者の方々への案内は控えてます」


 掲示されているのは、既に討伐されるに足るだけの害を為した者達だ。いつ次の被害者が出るかも分からないため、討伐は早ければ早いほど良い。懸賞金を高くすることで多くの冒険者の興味を惹き、捜索する冒険者が増えるほど発見が、ひいては討伐が早くなるシステムだ。

 ただし、金に目が眩んで分不相応な相手に挑み返り討ちにあう冒険者は、いずれ同じような死に方をしただろうと諦められるドライなシステムでもある。


「どーりで知らねぇワケだ」


「この後お伝えする予定だったので、丁度良かったです」


「そりゃ、助かったぜ。やっぱ実物見ながらの方が分かり易いからな。じゃ、俺等そろそろ行くわ」


「ええ、また」


 仕事に戻るティーレアと窓口に向かうゴロー。

 そのやりとりに、エシュカは引っ掛かりを感じていた。


(この後……? まさか、ね)


 後々、などであればランクが上がったその時に、というふうに捉えられるが、あの言い方ではまるですぐにでもランクが上がるかのようだ。


「ゴローさんと、エシュカさんですね? ゲルガー監察官から伺っております」


 受付に渡された、クラウスによる臨時の依頼書を確認する二人。と言っても事後の書類だ。二人とも報酬欄を探して流し見る。


(やっぱり……って、嘘!)


 報酬欄にはP級の仕事ではまず動くことがない金額と、『L級昇格』の文字が記されていた。


「すげーな! 吠狼蜘蛛ハウルカルダイン何匹分だこれ!?」


「あの、これ間違ってませんか?」


 桁の多さに興奮するゴローを余所に、エシュカは困惑して受付に訊ねる。

 それを聞いたゴローが真顔になって止めに入った。


「おい! これは監察官の立場カオと男気が弾き出した額だ。素直に頂戴すんのが礼儀だぜ」


「そっちじゃないの!」


 エシュカにしてみればゴローの世界の礼儀など知る由も無く、強要される謂れも無いのだが、今はそれより重要なことがある。


「これ、ホントに『レザー』ですか? 私達まだ『Pペーパー』なんですけど」


 ギルドが定めた冒険者の等級では、最下級である『P級』の上は『C級クロスランク』の筈だ。ここに書かれている『L級レザーランク』は『C級』の一つ上になる。

 つまりは飛び級だ。


「はい、『L級』で間違いありません。ゲルガー監察官は、お二人にはそれだけの実力があるとお認めになっておられます。問題が無ければギルドプレートをご提示ください」


「…………」


 手負いとは言え、実際にオードンと渡り合ったゴローの飛び級は納得できるが、直接戦った訳ではない自分が一足飛びに昇格してよいものかとエシュカは戸惑う。

 そんなエシュカの葛藤に気付いてか、ゴローが口を開いた。


「自信持て。俺は負けた。お前が勝ったんだ」


「そんなことない。あんたが、あいつの前に生身晒してまで、時間稼いでくれたから……。隷属呪印それだって、ちゃんと帰って来てくれるか分かんなかったし……怖かった」


 エシュカはここまで気丈に耐えてきたが、一度恐怖を認めてしまったら、もう止められなかった。堰を切ったように涙が溢れ出す。

 急に泣き出した自分に困惑するエシュカの両肩を掴み、ゴローは正面から目を見て諭す。


恐怖そいつにも、お前は勝った。だから、いいんだ」


 最早周りの目を憚ることなく泣きじゃくるエシュカの首からギルドプレートを外し、ゴローは自分のプレートと共に窓口に並べた。

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