18_作戦終了

 クラウス達の補助により崖を登って遺跡から脱出したゴロー達は、イベルタリアに帰還した。

 冒険者ギルドのギルド長室で事の顛末を説明するにあたり、ゴローは左肩を見せる。


「……なるほど、隷属呪印か。確かに、『潜在魅了レイテントチャーム』は既に定まった主従を書き換える魔法ではない。こんな切り口があったとはな……」


 ソファに深く腰掛けたクラウスは眉間にしわを寄せ、天を仰ぐ。

 隣に座るメルアも同じく難しい顔をしているが、自らの盲点を悔やむものではなく、試算が上手くいかない浮かなさだ。


「しかし、これを対策とするなら冒険者全員を奴隷契約で縛る必要があります。少々敷居が高いかと」


「ああ。古くから奴隷と言えば人間だ。この認識はまだまだ色濃く残っている。冒険者達は許容せんだろう」


 奴隷を使う側だった者達に奴隷になることを強要すれば、反発は免れない。それに、平等の理念を持つ冒険者ギルドが奴隷制を率先して利用する訳にはいかなかった。


「オードンの奴も間違いなく術を改良する。同じ手は通じないと見るべきだ」


「はい。別の対抗策を模索します」


「それで、転送装置についてだが、よく無傷で残してくれた。ありがとう」


 クラウスは対面に座るゴロー達に向き直り、礼を言う。


「我々もオードンがあの遺跡に隠れていると踏んでいたのですが、直接乗り込んでいたら遺跡を破壊しかねませんでした」


 メルアが補足する。遺跡での戦いとなれば侵入を察知され、迎撃準備を整えたオードンと真正面からぶつかることになっただろう。風が無い地下空間ではクラウスの力は弱まるが、それでもメルアと同程度。その上オードンは全快の状態。戦闘の規模は計り知れず、遺跡の損害は免れない。


「だから遺跡を守るため、ゴロー君を囮にした。騙してすまなかった」


 今度は謝罪のために頭を下げるクラウス。


「実際にあれを守ったのはむしろオードンの方だったけどな。俺にそんな余裕は無かった」


「そうだろうとも。分かっていて私は君の命を遺跡と天秤にかけた」


「やめてくれよ。確かに騙されたのは気に食わねぇ。けど、俺だって『多重回路マルチサーキット』のこと隠してたし、俺は奴をぶん殴るために納得して囮を引き受けたんだぜ? 遺跡がどうのなんて関係ねぇよ」


「すまない」


「…………」


 『潜在魅了・回帰レイテントチャーム・リバース』、『多重回路』、そしてゴローが自身に与えられた役割を越えてオードンを追ったこと。

 クラウスにそこまで推測して作戦を立てろなどと誰が言えようか。それどころか『|多重回路』を報せなかったのも、オードンを負ったのもゴローの勝手な行動だ。

 なのにこうも謝られてはバツが悪く、ゴローは口を噤んだ。


「あの、出発前に監察官が言ってた『心当たり』っていうのが、あの遺跡なんですよね?」


 気まずい沈黙に、エシュカが切り込む。


「ああ。つい最近発見された遺跡でね。まだ調査の途中だったのだが……まさか誰でも転送魔法を使える装置とは、恐れ入ったよ」


「それは人の命と比べられるような……えっと、つまり、単なる私情じゃなくて、それほどに重要な遺跡ってことですよね?」


「……そうだな。君達はもう知っているようだから言ってしまうが、あれは『魔王の呪い』以前の、『旧人類の遺産』だ」


 『旧人類』。エシュカは王城で読んだ資料でも、魔王が世界を呪うまで君臨していた人類をそう呼称していたことを思い出す。となれば人命より優先されるのも理解できる。納得はできないが。


「あれ、人間が造ったのか!?」


 ゴローの疑問に、クラウスは深く頷いて続ける。


「そもそも、転送魔法そのものが失われて久しい。何せ魔力消費が膨大で、旧人類にしか扱えなかったようだからね」


「とんでもねぇな。同じ人間だとは思えねぇ」


「旧人類は現代人と同じ魔力量で魔法を操るというだけで脅威なのに、『魔励機ブレイズオーゼ』という、犬闘機のようなものまで造り、他種族を圧倒していたそうだ」


「はー、それが『魔王の呪い』一発で転落か。魔王ってのもとんでもねぇな」


「そうだな。『魔王の呪い』は文字通り世界を変えてしまった。恐ろしい力だ」


「オードンは、その魔王になろうとしています」


 ゴローとエシュカは、オードンが口走った企みの一切を隠さず伝えた。


「あれが『魔王の呪い』以前の、真の力……」


 『潜在魅了・回帰』により、重傷を負いながらも監察官と補佐官を相手取って勝利するほどの力。旧人類の時代では、あれが普通なのかと戦慄するクラウス。

 しかし、奴が魔王を名乗らんとする以上、なんとしてでも止めねばならない。


「コートミュー君。オードン手配依頼を取り下げてくれ」


 クラウスはここまで一切発言していなかったコートミューに指示を出す。

 会議をボイコットしていた訳ではない。冒険者ギルドのギルド長室なのだから当然最初から居たのだが、彼女は報告どころではなかったのだ。


「は、はいっ!!」


 執務机の影から目に涙を浮かべながら晴れやかな笑顔を見せるコートミューの頭の上に、もう一つ御機嫌な笑顔が乗っている。

 遺跡から連れ帰った少女は出会った瞬間コートミューの角に興味を示し、それからずっと操縦桿おもちゃにされていたのだ。


「みてみてー! つののね、あいだにね、おてて入れるとぉ~……じわ~~~~ってするー!! きゃははは! すっごーーい!!」


 枝角が微弱に帯電していることが原因だろう。身体に悪影響が出る程のものではないが、コートミューはそれを消す方法を知らず、されるがままだ。


「……メルア君、頼む」


「かしこまりました」


 まだまだコートミューの肩車から下りそうにない少女を見て、クラウスはメルアをギルドの事務室へ向かわせた。

 コートミューの溜めた涙が、一粒だけこぼれる。


「どうして……」


「その子を野放しにしておくと話が進まなそうだからね。もうしばらく頼むよ」


「殺生な……」


 すごすごと机の影に沈んでいくコートミュー。


「あの、一番知りたいのはその子のことなんですけど、何か分かりませんか?」


 エシュカの問いに、クラウスは考え込む。死と同時に光に変わり、しばらくして復活。その際に人形が一体消える――


「――すまないが、そういった特色を持つ種族に心当たりはないな……」


 実際、オードンに殺される前の状態や人形との関係など、情報が足りない。


「オードンはあの子が『理を異にする者』だって言ってましたけど……」


「奴のことだ。恐らく事実だろう。ただ、本当にこの世界の住人では無いと証明できなければ、断言はできない」


 疑うことと確かめることは別だ。クラウスはオードンの知識を信用していた。だからこそ、今後も信用するためには調査しなければならない。

 知識は力であり、力に善悪はないのだ。


「実際どうあれ、奴にとって事実なのは変わらないことだ。その子が生きていると知ればオードンはまた狙ってくるだろう。もちろん、君達も」


 ゴロー達もそれは承知している。クラウス達には伏せてあるが、特にゴローは時間を稼ぐためとは言えオードンに『理を異にする者』だと明かしてしまった。オードンにとっては最優先の排除対象だろう。


「だが心配はいらない。彼女は私が責任をもって保護しよう。オードンの方も転送装置を解析し、転送先を突き止めて先手を打つ。君達は安心して冒険者業に勤しんでくれ」


 クラウスの言葉にエシュカの表情が晴れる。

 少女が何者なのか一番知りたがり、調べたがっているであろうクラウスなのが心配だが、ゴローが知る限りではこの世界で最も安全なのも彼の傍だ。ゴローは密かに安堵し、息を漏らした。


「君達は本当によくやってくれた。今回の作戦はギルドを通していないが、私からの依頼として処理しておく。少々コトが大きいから……そうだな、三日ほど貰えれば報酬も用意できるだろう。それまでしっかり身体を休めてくれ。以上! 作戦終了!」



 ゴローとエシュカは帰路に就く。

 冒険者ギルドを出ると、もう日が暮れかかっていた。

 駐機場で夕日を浴びる犬闘機を見る。

 オードンの攻撃を捌いた際に付いた夥しい量の傷が、あの戦闘の熾烈さをゴローに刻み込む。

 紙一重で掴んだ勝利、そして生存。改めて思い知ったゴローの頬に、一筋の涙が伝った。


「何やってんのゴロー? 早く足乗っけて!」


 主脚が壊れているゴロー機に走行形態での走行をさせるのは危険だ。だからと言って歩いて帰るのは時間がかかり過ぎるため、主脚をエシュカ機の副脚に乗せて牽引する話になっていた。


「早くしてよー。 もうあたしお腹空いちゃってしょーがないんだから!」


 ゴローの腹も、思い出したように鳴り始める。


「わぁーったよ」


 親指で頬を拭い、犬闘機に乗り込む。


 何の前触れもなく。何かに誘われた訳でもなく。

 突然別の世界に迷い込んでしまった彼は、紛れもなく普通の人間だった。

 それがほんの二か月ほどこの世界で過ごす内に、自分がなのか疑わしくなるほどの変化に見舞われた。


 大切な物を見失いそうになるほど、頭は悩んでいるのに。


 何も変わらず、腹は減る。

 

(いい気なもんだぜ……)


 自嘲を込めて鼻を鳴らす。

 面倒なことを考えるのをやめたゴローを乗せて、二機の犬闘機は夕日に向かって走り出した。




犬闘機 第四章『旧人類の遺産』 了

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