17_翠玉の不可観測事象
遠巻きだったためはっきりと見えた訳ではないが、オードンに切り刻まれた少女に似ているように思えた。鮮烈に残った瞳の色の印象による錯覚かもしれないが。
「ど……どうなってんだ?」
「こっちが聞きたいわよ。あんたのコックピットどうなってんの?」
「いや、別に何もしてねぇけどな……」
気が動転し、自分の機体のコックピットを覗きに行くゴロー。
その間にエシュカは少女とコンタクトを試みる。
「ね、ねぇ君? あれに乗ってたの?」
少女の目線に合わせしゃがみ込むエシュカはゴローがよじ登る犬闘機を指差し尋ねる。
指先を追って後ろを振り向く少女は急に叫び出した。
「あーーーーーーーっ!! すっごーーーい!! お人形さんがいっぱいとんでるーーーー!!」
驚きのあまりゴローは足を滑らせ落下する。
「お人形さんとんでるよ! すごいねー!!」
「う、うん。そうだねぇ……」
コックピットを飛び出したまま空中に停滞する騒々人形に少女の興味を持っていかれたエシュカは気の無い相槌を打つしかできなかった。
「あっ!!」
またも唐突に少女は真剣な表情に変わると、素早く辺りを見回す。
目当てのものが無かったのだろう。少女はエシュカに向き直った。
「ねぇ! さっきのわるいやつは!?」
「えっと……悪い奴って、どんな?」
「えっとねー! くろいはねのおじ……。えっとね! おじちゃんがね! はねがはえて、わかいおじちゃんになったんだよ!」
少女がジェスチャー混じりに伝えてくるのはオードンの特徴だ。
(……繋がった。この子、間違いなくさっきの子だ。でも何で? 何がどうなってるの!?)
何故光になったのか。何故生きているのか。何故犬闘機のコックピットから現れたのか。
謎は尽きず困惑するエシュカをゴローが呼ぶ。
「エシュカ! 人形が無ぇ!!」
犬闘機を登り直し、コックピットの様子を見たゴローは、今はもう動かない二十三体目の人形が無いことに気付いた。
同化したとは言え、自分が精霊の一体を消してしまったという罪悪感が置いてくるのを許さなかったのだが、その人形が見当たらない。
「ええ……。じゃあなに? あの人形がこの子になったって言うの?」
エシュカは少女をぺたぺたと撫でまわす。信じがたいことだが、触れば何か確かめられるかもしれないと思ってのことだ。結論としては、生物の肉。自分たちと同じ、人間の肉の感触だった。
「んー……んー?」
イベルタリアには様々な種族が流れ着くが、死に際に光になって、また元に戻るなどという種族は聞いたことが無い。彼女だけの特異性なのか、それとも――
「いひゃい!」
考えている内につい頬を引っ張ってしまったエシュカの手を振り解こうと抵抗する少女。エシュカは慌てて手を放す。
「ご、ごめん!」
「ったく、何やってんだ」
犬闘機を降りてきたゴローが薄闇に浮かび上がる。
「ねぇ、どう思う?」
「知らね。とりあえず連れて帰れば何か分かんだろ」
楽天的な物言いだが、少女の件については情報が無さ過ぎて考える意味が無いのが現状だ。自分の知識量の無さに自信があるゴローは無自覚に他人の知見を求めた。
「なあ、お前……そうだ、名前なんてぇんだ? っつーか名前あるのか?」
「ちぇーこはねー、ちぇーこ!」
「チェコちゃん?」
エシュカが反芻するも、ゴローはその響きの違いが引っ掛かった。少女の発音が、懐かしく聞こえたのだ。
「待て、今の言い方……もしかして、ちえこか? ち、え、こ」
「うん! ちぇーこ!」
ゴローは少女が言い易いよう一音ずつ区切るが、返ってくる言葉に変化はない。
「……すまん、勘違いだったかもしれねぇ」
「まさか、あんたと同じ世界の……?」
「多分違う。こっちの人間は死んだらちゃんと死ぬ」
「だよねぇ」
「まぁ、宇宙まで含めたら、可能性がない訳じゃねぇけどな……」
上を向くゴローは、天井の更に向こう側へと視線を投げた。
「宇宙?」
「空の先。星の彼方。誰も知らない場所だ。だから何でもある――と言うより、無いと言い切れない」
「へぇ……こっちにもあるのかな?」
「可能性はある。つまりはそんな話をし出したらキリがねぇってことさ。とにかく今は早いとこ帰ろうぜ」
「だね。じゃあ……どうやって帰ろっか?」
ゴローは自分の耳を疑う。
「ん……? どうやってって、どういうこった……?」
「犬闘機であんな崖登れないでしょ? 転送装置も、迂闊に使うと
「そういや、何処に飛ばしたんだ?」
「多分何処かの転送装置だと思うけど、文字が全然読めなくて……正直分かんない」
それはつまり、他にも転送装置があるということだ。
ゴローがこの世界に飛ばされた時、確かに建物内にいた。転送装置と聞いてもしやと思ったが、あの時の建物は森の中に建っていた。ここではない。
だが、他に転送装置があるのならその内の何処かである線は消えない。
「……俺をこの世界に移動させたのも、この装置か?」
「オードンがやってたみたいに、転送装置同士じゃない使い方もあるみたいだから、可能性はあるかもね」
可能性はある。
宇宙の話に被せたその言い回しは、これ以上考えても仕方ないことの暗喩だった。
特に元の世界に戻ろうと思っている訳ではないゴローは、遺跡脱出に頭を切り替える。
「ま、下手に触ってもしょうがねぇ。とにかく他の出入り口を探すか……」
「歩けそう?」
エシュカはゴロー機を顎で指して問う。
「ああ。副脚は動くから、なんとかな」
「よし、じゃあ行こうか……って、あの子は?」
「あ、いねぇ!? どうりで静かだと思った!」
「みんな! 下りてきて!」
空中の騒々人形を呼び寄せ、地表の視界を確保するエシュカ。
パッと目の届く範囲にいないことを確認すると、ゴローは走り出した。
「外を見てくる! 部屋ん中は任せた!」
「うん!」
(部屋の外に出てたらやべぇ! 犬闘機を警戒してた小物が寄ってくる筈だ!)
あの小さな少女を万が一にも踏まないためには犬闘機に乗る訳にいかず、ゴローは生身である。モンスターと遭遇しても、撃退する術がない。
出口に向かい全力で走るゴロー。エシュカが無理矢理飲ませた回復薬が効いている。
そしてあと一歩で扉を潜るといったところで、何かにぶつかった。
騒々人形が纏う微かな光はエシュカの周りに集まっており、出入り口までは届かない。
跳ね飛ばされ、尻もちをつくゴローの前に一つの影が聳え立つ。ゴローの脳が警鐘を鳴らすが、動けない。
影が屈んだのを気配で感じる。
近付く呼吸音。
瞬きを忘れたゴローの目の前で、光が弾けた。
「誰か、お捜しかな?」
瞬間、部屋の中に光が満ちる。初歩的な照明魔法だ。
急激な光量の変化に麻痺したゴローの視覚が本来の機能を取り戻し始めると、ぼんやりと濃紫の輪郭が見えてきた。
「おせーよ、監察官!」
すっかり傷が癒えたクラウスと、少女を抱くメルアを前に憎まれ口を叩きながら、ゴローは口元が緩むのを隠せないでいた。
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