15_準魔王、オードン・ユデルネン

 膝から力が抜け、崩れ落ちる機体を副脚で支える。


(副脚? そうだ、あったんだった)


 咄嗟に出てしまった副脚だが、それで走ることはできても、攻撃をいなす際の細やかな足捌きは難しい。習熟するには相応の練習が必要だ。

 故に思い付きで副脚を使った受け流しを実践するも、オードンの攻撃速度に追い付かなかった。


「終いだ!」


 巨大な刃と錯覚しかねない鋭い蹴りが、ゴロー機の首を捉える。

 機体の頭部が弧を描き、地に落ちた。


「しまった、危うく殺してしまうところだった……。死んでは魔力が霧散してしまうからな。抑えねば……」


 オードンの蹴りは、頭部の奥のコックピットハッチをも切り裂いていた。

 あと少し回避が遅れていたら、ゴローの首も跳んでいただろう。


(ここまでか……!)


 頭部が無ければ、肉眼で外を見るしかない。

 例えそれで戦闘ができても、オードンと目を合わせたが最後。その先は推して知るべし。

 かと言って目を閉じて戦闘を行うなどできよう筈もなく。

 端的に言って、詰みである。


「貴様……そうか、そう言うことか!」


 オードンはコックピットハッチの切れ間から漏れ出した魔力に得心する。


「屋敷にいないと思ったら……貴様が盗人だったか」


 コックピットハッチの切られた下半分を蹴り飛ばし、視界を確保するゴロー。

 ゴロー機のコックピットには、十一体の騒々人形ポルトマタが詰め込まれていた。


 西門の戦闘に参戦する前にエシュカのガレージで魔力回復速度が上がった現象。

 戦闘後、この現象は騒々人形――つまり精霊の周辺でのみ再現が確認された。

 これにより精霊を連れて行くことに様々なメリットが生まれたため、早速今回の作戦に組み込んだのだった。

 例えば、万が一オードンと入れ違いになった場合に精霊を守ることに戦力を割かずに済んだ。クラウスとメルアが二人とも作戦に同行できたのはこのためだ。

 そして魔力を通さない犬闘機の中ならばオードンに見つかる可能性も低い。

 更にゴローとエシュカには、秘密裏に用意した『多重回路マルチサーキット』の持続時間増加というオマケまで付いている。


「ま、そういうこった。なぁ、こいつら返すから見逃しちゃくれねぇか?」


(俺はここまでだが、まだエシュカは終わっちゃいねえ! 奴に危機感を感じさせず、俺に術をかけるまでの時間を稼ぐんだ……!)


「貴様は馬鹿か? 取引になっていないではないか」


 勝利を確信したオードンは汗を拭い、余裕の笑みを見せる。


「本当は貴様など今すぐこの世から消したいのだが……我慢してやる。貴様をにえに召喚する精霊がどれほどのものか、楽しみだからな」


「贄だぁ?」


「そうだ。貴様を調べ尽くしたら、新たな精霊召喚に使ってやる」


「ってことは、二十三人の失踪者は……!」


 ゴローの中で、失踪者の行方がはっきりする。

 精霊を喚び出すために殺したと、オードンはそう言っているのだ。


「なんだ、今更気付いたのか?」


「……ッ!」


(まだだ、抑えろ!)


 ここまでの嫌悪と憤怒を、何故抑え込めたのか、ゴロー自身も不思議に思う程だった。


「さて、終わりにしよう」


 事も無げにオードンが言い放つ。オードンにとってゴローは特別ではあるが、ただのであることもまた事実なのだ。

 エシュカの策はまだ実らないらしい。

 ゴローは更に時間を稼ぐため、ある決心をした。


「いや、もう一つ、言っておかなきゃならねえことがある」


「いらん。貴様の頭の内など、後々いくらでも喋らせられる」


「そう言うなよ。素直に自分から秘密を明かすって言ってんだからよ」


「くどい。また命乞いに繋げるだけだろう」


「逆だ」


「……逆?」


 オードンの眉が小さく動くのを、ゴローは見逃さなかった。

 餌に食いついたのを確信したゴローは、今度こそ釣り上げんとする。


「お前は俺を殺す。いや、だったか?」


 一度は陸に上げた魚だ。強まった警戒心を解すよう慎重に言葉を選ぶ。


「……まさか」


「そうよ! 俺は、お前がさっき偉そうに殺した奴と同じだ。この世界の人間じゃねえ」


「『理を異にする者』……!」


 オードンの目の色が変わる。ただでさえ、ゴローが何故精霊に似た魔力を持つのか分からないところに、異世界から転移したと言う。レアケース過ぎて何から調べるべきか、オードンは混乱せざるを得なかった。


「そうだ、それだ。お前、あの後『新たな魔王の芽を摘んだ』とか言ってたろ? 身体を調べるだなんて悠長にしてたら魔王になっちまうかもしんねーぞ?」


 貴重なサンプルを調べもせずに殺せというゴローの要求を鼻で嗤うオードン。


「人間がそう簡単になれるものかよ」


「どうやったらなれるんだ?」


「……つくづく馬鹿だな」


 そもそも、オードンは魔王になる可能性がある者を消したのだ。魔王を生み出したくないオードンが、魔王になる可能性があるゴローにその方法を教える筈がない。


「やっぱ魔王にゃ敵わねぇってか」


「別世界の人間に察しろと言うのも酷か。いいだろう、教えてやる」


 的外れなゴローの指摘に呆れたように鼻を鳴らし、得意げに語り始める。


「私の『潜在魅了・回帰レイテントチャーム・リバース』は数千年の刻を超え、『魔王の呪い』以前の、真なる姿を呼び起こすことに成功した」


(その割には、よく見る吸血鬼像って感じだが……まぁ、ここじゃ違うかもしれないしな)


 言うほど人間の姿形と離れていないオードンのビジュアルにツッコみたくなるゴローだが、まだイベルタリア以外の人々を知らない上に、『魔王の呪い』を受ける前の姿も知らないのだ。安易な決めつけはできない。

 それに何より、ここまで順調に時間稼ぎが成功しているのだから、自ら台無しにすることも無いだろう。


「私だけが『魔王の呪い』を克服し、そして精霊の持つ強大な魔力と『潜在魅了レイテントチャーム』により世界中のモンスターや様々な種族を従え、忠実な軍隊に変えられる」


 いくらオードンでも、個人の魔力では同時に操れる人数は限られている。そこを精霊の魔力で補うために精霊召喚を行ったのだった。


「ここまで言えば頭の悪い貴様でも分かるだろう。誰が最も魔王に近いのかがな!」


「でもお前は『理を異にする者』じゃないんだろ? なれるのか?」


「魔王が世界を支配するのではない。支配した者が魔王。それだけの話だ」


(正論っぽいけど、なんか説得力に欠ける言い回しだな……)


 ゴローの胸中など露知らず、オードンは話を切り上げる。


「これで、支配される貴様にも箔が付いたろう」


 オードンの目に、紫色の火が灯る。


「確か……ゴローと言ったな?」


 ゴローの視線がその揺らめきを捉えた瞬間――


「さようなら、ゴロー。今後ともよろしく」


 ――彼の意識は、霞んで消えた。

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