14_シフトダウン

 ゴローとエシュカの連携技『ムーンサルト・アックス・ハンドル』で床に叩きつけられたオードンは、素早くその場を飛び退いて追撃を避ける。


「ッ……人間が……調子に乗るなよ……!」


「フゥ……なんてタフな野郎だ……!」


 互いに息を上げながら向かい合う。

 一見、ゴロー達が優勢に見えるが、その実そうでもない。

 『多重回路マルチサーキット』の『第二回路・通魔セカンド・イグニッション』は、謂わば切り札だ。

 通常の魔力伝達回路に二本追加することで三倍の出力を得るが、当然魔力の消耗も機体の負荷も比例する。

 魔力については精霊の影響で魔力量が跳ね上がったゴローなら賄えるが、機体負荷はどうにもならない。

 本来は『第一回路・通魔ファースト・イグニッション』でクリーンヒットを奪えなかった場合に、もう一度不意をつくための保険だったのだ。

 その切り札を切った上で倒しきれていない。

 更には一連の攻防により『第二回路・通魔』の機動にオードンの目が慣れ始めている。

 そして当たれば犬闘機の装甲を貫き、操縦者にまで致命傷を与えるオードンの攻撃力も健在だ。


「ゴロー……残念だけど……」


「ああ。仕方ねぇな……」


 ゴローは『多重回路』のつまみを戻す。

 『2』から、『1』へと。


「『第一回路ファースト』だけで、やってやらぁ!!」


「ちょっと!? そうじゃない! もう機体が――!!」


 オードンに向かい、直線で突っ込んでのストレートを放つゴロー。

 しかし、速度の低下により、オードンには避けられてしまった。


「どうした人間? 遅いぞ?」


 そして威力の無い攻撃は、反撃を許す。

 オードンはゴロー機の伸び切った右腕を目掛けて手刀を振り下ろした。


「――そっちもな!」


 既にオードンを通り過ぎていた拳が軌道を変える。外側に払うように振られた腕が、オードンを弾き飛ばした。

 手刀を止めはしたが、所詮は腕の力に頼った一撃だ。オードンは空中で難なく姿勢を整える。


「軽い!」


 今度はオードンが仕掛ける。

 爪を立てるように開いた右手が、犬闘機を縦に裂かんと振るわれる。

 その手を、ゴローは相手の外側から内側へ、右手の甲で流した。逸れた爪撃が床を抉る。


「お前こそ!」


 いなした右手を振り抜き、左の拳を放つゴロー。

 オードンも同じく左の拳で応じる。


「ゴロー! ダメ!!」


 エシュカの脳裏に、西門での戦いが思い起こされた。

 拳と拳がぶつかった瞬間、犬闘機の左腕が内側から破裂するように破壊された光景が。

 そんなエシュカの目の前で、ゴローの拳はオードンの拳の下に潜り込んだ。


「!?」


 若干下向きに角度を付けて打ち込まれたゴロー機の拳は、オードンの拳を前腕部装甲上で滑らせながら進み、腕ごと跳ね上げた。

 曝け出されたに、本命の右アッパーを抉り込む。

 だがオードンは翼を一度羽ばたかせ、距離を取って躱した。

 互いの攻防が休むことなく交わされる様を見ていたエシュカは、あることに気付く。


(ゴローの動きが、小さい?)


 一撃必殺のオードンの攻撃は、未だ『多重回路』を『第一回路』だけに減らしたゴローに命中していない。

 今更オードンがこの速度に追い付けない筈がないのに、だ。

 実際ゴローは当たってもおかしくないほど紙一重で避けている。

 いや、当たってはいるのだ。完全に避けてはいない。先んじて自ら当ててている。

 大きく避けられるほどの機動力を失ったゴローは、最小限の動きで最小限のダメージに抑える戦法に変えたのだ。それが、エシュカが感じたゴローの動きの変化の正体だ。


(動きが洗練されてる……つまり、今『第一回路』の動きに慣れてきたってこと?)


 これまでは『第一回路』で急に出力が倍になり、ゴローの脳はそれに順応しようと必死だった。

 しかし、『第二回路セカンド』の速度領域を体験したゴローの脳は、今度はその速度に慣れようとしたため『第一回路』の速度が遅く感じられるようになり、オードンの動きを見切って繊細な挙動で防御できるほどの余裕が生まれていた。

 高速道路から一般道路に下りてすぐは速度超過の違反をしやすいと教習所で教わった方もいるだろう。あれと似たことが起こっているのだ。


(これが本来の『第一回路』の動き……? 違う。全然副脚を使えてない。まだ上がある! でも、もう……!)


 ゴローの動作から無駄がなくなっていくにつれて機体負荷も少なくなっているのだが、『第二回路』による損耗を帳消しにはできない。

 もうどこが壊れてもおかしくない筈だと、エシュカは予想する。

 決定打が与えられない以上継戦能力スタミナ勝負になるが、それに付き合える状態ではなかった。

 エシュカはどうにか決着を急ぐ手段がないか探す。

 この部屋は地下に造られた巨大な空間。それも、部屋の奥の転送装置のためだけに造られたかのように、他に目ぼしいものは見当たらない。


(さっきあいつ、転送って言ってた……なら、もしかして!)


 他の場所に瞬時に移動できる魔法など、エシュカは聞いたことがない。

 自分の魔法の知識など高が知れていると自覚しているエシュカだが、賭けに出る。

 装置なら。機械なら。魔法を使えない人間にも扱えるのではないか、と。


「無駄だ! 人間如きにどうこうできる代物ではないわ!」


「なら、黙って俺と踊ってやがれ!」


 エシュカが転送装置に近付いたことに気付いたオードンが止めようとするが、ゴローが回り込んで行手を遮った。


(エシュカが何か狙ってんなら、俺はこいつを止めるだけだ!)


 オードンの戦闘スタイルはエシュカと似ている。

 全てを力に頼った戦い方だ。

 『潜在魅了・回帰レイテントチャーム・リバース』を会得したことにより今までの自分を容易に凌駕する物理的な戦闘力を手に入れたが、それまで支援に徹していたため近接戦闘の経験が圧倒的に足りていなかった。

 何よりその『力』だけで事足りていたのが大きい。

 新たな戦法を学ぶ必要が無かったのだ。

 ゴローとて格闘技の達人ではないのだが、それでも経験の差が二人の戦いを膠着させていた。


(どうなっている……!? あの限界を超えた機動力は相当魔力を消費している筈だ! この人間が精霊に似た魔力を持つとは言え、ここまでの長期戦に耐えられる訳が無い!!)


 精霊の魔力量をよく知っているオードンも、西門で『潜在魅了レイテントチャーム』をかけようとした時に殆ど魔力が空のゴローをただけでは、その身に何が起きていたかを窺い知れなかった。


(こいつと精霊との間で何が起こった!? どんな関係がある!? どんな共通点があると言うのだ!?)


 考えれば考えるほど、オードンの意識はゴローに集中していく。

 エシュカが犬闘機を降りていることにも気付かぬほどに。

 ゴローにもエシュカの動向を気にかけるほど余裕はない。オードンの攻撃を捌けてはいるが、空中を縦横無尽に動き回る相手に反撃を当てられずにいる。

 エシュカがやろうとしている『何か』を信じるしかなかった。

 しかし。


「おい!? 冗談だろ!?」


 ついに右主脚膝関節の中で、何かが折れる音がした。

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