13_魔王の呪い

 遥か古の時代。

 世界中の種族が結託し、魔王と戦った。

 最終的には、当時その膨大な魔力で使用する魔法と、魔法で操縦する戦闘巨人『魔励機ブレイズオーゼ』により世界最大の戦力を有していたが魔王を討ち取った。

 しかし、魔王は今際の際に、世界を呪う。

 以降数千年。現在に至るまで。

 『魔王の呪い』は全ての種族の力を削いだ。

 身体の構造や、寿命など無形のものまで、その種族の長所たる部分を脆く弱い人間に近付けさせたのだ。

 そして人間からは、人間を最強たらしめていた、魔法を奪った。

 彼等が産まれ来る子供達にまで呪いがかかっていることに気付いた時には、魔王は既にこの世にいない。

 だから。

 魔王と同じ種族を怨み、迫害した。


「――『魔王と同じ種族それ』が……『人間』」


 そこでエシュカは口を結ぶ。


「これは驚いた! そこまで知る人間が城の外で生きているとはな。王族はこの話を隠すためなら殺しを厭わん筈だが」


 魔王の時代から長い時を経て、人間への迫害は残っているものの、その理由は殆ど風化していた。

 世界でも列強とされる主要な種族の長ですらこの話を知らない時代へと変わったため、人間は『犬闘機』という力を持つことを許されたのだ。

 もしまた古の魔王が人間だったという話が広まれば、今度こそ人間は滅ぼされるかもしれない。

 それを恐れる人間の王族は、このことが明るみに出ない様、情報統制と口封じに躍起になっている。


(それは、お爺ちゃんのおかげ……)


 数年前、犬闘機製造の老舗である一等貴族ジュラ家において整備の腕を一人前と認められたエシュカは、王族専用犬闘機の整備への同行を許され、王城に入った。

 何度か同行する内に、好奇心から王城内を探検し始める。

 既に顔が知れているため、王城で勤務する者から咎められることもなく、自分が偉くなったようで気を良くしたエシュカは城の奥へ奥へと、回を重ねる毎に探索範囲を広げていった。

 ある日エシュカは隠された書庫を見つけてしまう。

 書庫に秘匿された資料に書かれていたのは、魔王の真実。

 嬉々として祖父ギャオロに伝えたエシュカは、それが命に関わる情報だと諭される。

 貴族街にいる限り、一生エシュカは真実を隠して怯えながら暮らさなければならない。

 孫娘の人生が、全て嘘で塗り固められてしまうのを看過できなかったギャオロは、架空の罪をでっち上げることでエシュカを平民街へ追放にがしたのだった。


(そして、『あの資料』にはまだ、続きがあった。だけど……)


 エシュカはゴロー機に目を向けるが、誰も気付かない。


「そこまで知っているなら、その先も……だろう? 先ほど私がしたのは異なる世界から転移した者。即ち、古の魔王と同じ『理を異にする者』だ」


「――!」


(くっ、やっぱりこいつも知ってた!)


「エシュカ」


 通信機が静かに、ゴローの声を伝える。


「お前、これを隠してたんだな?」


 初仕事の日の夜。エシュカは魔王の話をゴローに明かさなかった。

 自分が祖父から口止めされたことも、知っていることがバレたら命にかかわることも秘密にした理由ではあるのだが、やはり一番大きな理由はゴローが別の世界から来た『理を異にする者』だったからだ。


「ごめんね、ゴロー。でも……」


 エシュカは警戒していた。

 まだがどういう人間か分からない内に魔王の真相を話すのは危険だと考えていた。


「もし、ゴローの『本当の目的』が『魔王になる』ことだったとしたら。そう思うと、どうしても話せなくて……」


「気にすんな。おかげで俺も助かったのかもしれねぇしな。なんせ俺は口が軽いからよ」


 ゴローは蓋が開いたままになっている左の操縦桿の頭に親指を這わせる。


「そうさ。ここまでバレずに、捕まらずに、殺されずに来れたのも――」


 つまみの凹みに親指を合わせる。


「そして今ここで、オードンこいつをぶちのめせるのも――」


 クリック音が、一回。


「全部、お前のおかげだ! エシュカ!! 『多重回路マルチサーキット』――シフトアップ!」


 既に『1』を指していたメモリは、『2』へと移った。


『第二回路・通魔』セカンド・イグニッション!!」


 荒れ狂う憤怒と感謝の二重回路が機体を弾き飛ばし、ゴローとエシュカが通信で話している間も新たな魔王の芽を摘んだなどと講釈を垂れていたオードンと瞬時に肉薄する。

 引き絞られたままの右拳が、オードンの視界いっぱいに映り込んだ。


「――あ?」


 正に目と鼻の先、僅か十五センチにも満たない距離に現れた拳に目を見張るオードンだが、その間にもゴローは肩を入れ、拳に瞬発力を蓄えていく。

 ぎりぎりと音を立てるまで絞られた関節が、解き放たれる。

 腰の引き金を引く。肩の撃鉄が肘の雷管を叩き、拳の弾丸を撃ち出した。


「っらああッ!!」


 オードンは上半身を拳に運ばれ、壁まで殴り飛ばされる。


(さっきまでより……更に……!)


 翼で制動をかけながら後方へ宙返りし、壁を蹴って体勢を立て直――


(壁が、近い?)


 目算では壁に到達するまでもう数舜時間があった筈だが、オードンの足は既に壁に接している。


「――なっ!?」


 振り返るオードンの目には、今の今まで前方にいた筈のゴロー機が映った。

 オードンが壁だと思っていたのはゴロー機の主脚。

 自分で殴り飛ばしたオードンを追い抜く程に強烈な加速の衝撃を副脚で吸収しながら、ゴローは殆ど逆さまの姿勢でオードンの行く先に蹴りを滑り込ませていた。

 犬闘機の蹴りが振り抜かれる前に、オードンは主脚を蹴って飛び退く。


「くっ! だが! 上を取ってしまえば!!」


 翼を大きく広げ、天井付近にまで上昇するオードン。

 ゴロー機を見下ろしながら、魔法を編み始める。

 もともと攻撃魔法を得意としないオードンが何年か振りに編んだ術式は、威力こそ低いが弾速が速い光の矢。

 本来であれば隙を作らず連発できる類の魔法なのだが、オードンは式を編むのにほんの少し時間を要する。

 そして、ゴローにはその『ほんの少し』があれば充分だった。

 放たれた光の矢は地面に刺さって消える。


「見えているぞ!」


 ゴローが跳んだ先にオードンは再び光の矢を打ち込む。

 それでもゴローが動くのが一瞬速い。

 不規則に動いて照準を翻弄するゴローは、たまたま転送装置を背にする位置に着いた。


「ちっ!」


(あれを壊す訳にはいかん!)


 発動間近だった魔法を握り潰し、射線上に転送装置が入らないよう回り込む。

 それは、ゴローが反撃に移るための隙としては十二分だった。

 逃げるように進路を取っていた機体をオードンに向け直し、全力で跳躍。天井にする。


「……!」


 ここまででいくらかゴロー機の機動に慣れたオードンは、このくらいで意表を突かれはしない。

 防御を間に合わせる。しかし、カウンターを仕掛ける余力は無かった。

 天井を蹴ったゴロー機は空中で前転し、オードンに主脚の踵を叩き込んだ。


「がっ……! はっ!」


 地面に落ちる前に威力を殺し切り、未だ落下中のゴロー機を視界に捉えるオードン。


「貰った!!」


 犬闘機の瞬発力は反発でしか生まれない。手足が触れる物が無い空中では移動できないのだ。

 オードンはゴロー機の無防備に晒された背中――コックピットブロックへ襲い掛かる。


「ゴロー!」


「応!!」


 ゴロー機の下には、既にエシュカ機が控えていた。

 跳躍したエシュカ機は、上へ向けた両腕の前腕部装甲をゴロー機に踏ませる。


「なにぃ!?」


 エシュカ機を足場にして、もう一度ゴロー機は跳んだ。

 オードンが伸ばした腕は、再び上昇するゴロー機を捕らえられず空振る。

 ゴローはバク宙の要領で、落下しながら後ろを取った。


「お、おのれ――!」


 その両手は、右拳を左手で包んで振り上げられている。


「でぁあありゃあああッ!!」


 プロレス風に呼ぶならば、『ムーンサルト・アックス・ハンドル』だろうか。

 腕だけでなく自重を利用して高速で振り下ろされた一撃が、オードンの背を強かに打ち付けた。

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