12_理を異にする者

 どうやら円台の方がこの部屋の『奥』に当たるらしい。

 何故なら、出入り口の無い対面の壁が、引き戸よろしく開きだしたのだ。

 犬闘機も余裕を持って通れる程の出入り口が出来上がり、オードンが姿を現した。

 『潜在魅了・回帰レイテントチャーム・リバース』を解いたオードンは、元の姿に戻っている。


(やはり『潜在魅了・回帰あの』姿でも回復薬は効かんか……)


 『潜在魅了・回帰』を使えるようになって以来、オードンの身体には回復薬が効き難い。

 恐らく回復薬が作用する細胞の基部と、『潜在魅了・回帰』により呼び起こした遺伝情報が合致せず、術を解いても何らかの影響が残っているのだろう。


(私だけの回復薬を作った方が早いかもしれんな……)


 未来の研究に思いを馳せるも、すぐにそれは頭の隅に追いやられることになった。

 回復薬の空き瓶が、オードンの手から滑り落ちる。


「馬鹿な、転送陣が、装置が稼働している……?」


 転送装置を囲む柱には青白い光が上り下りしている。

 オードンは何者かの影響で装置が止められたものだと思っていたが、どうもそうではないらしい。


「では、何故――?」


 柱から視線を下ろすと、装置の中心に立つ小さい、小さ過ぎる影と目があった。


「す……っごぉい!!」


「……な、に?」


 影を正確に認識すべく近付こうにも、脳が歩行信号を出してくれない。

 ようやく前に出せた足は全く上がらず、転がった回復薬の空き瓶を蹴る。

 その音と感触で脳が再び動き出した。


(子供……? 何故こんな所に……いや、どうやって入った!?)


 この遺跡には侵入者を拒む様々な仕掛けが施されており、それ等は冒険者ギルドの調査隊から転送装置を隠し切る程に強固なものだ。

 子供が迷い込めるような場所ではない。


(しまった、装置の確認を急ぐあまり、仕掛けを止めたままだったな)


「おじちゃんがしたのー!?」


 存外近くで声がしたことに驚けば、少女は手が届くほど近くに寄って来ていた。


「――はっ? な、何をだ……?」


「かべ! ごーってうごくの!!」


「あ、ああ……」


「すごいねー!!」


 純粋に輝く翠玉からは意図らしい意図が読み取れない。


(迷い込んだのではないとすれば……まさか別世界の……『理を異にする者』!)


 転送装置は何時でもオードンが戻って来れるよう待機状態にしてあった。その状態の転送装置は他の装置からの転送要求を受け付けない筈なのだ。

 何が起こったのか推測するオードンは、ある伝説を思い出す。

 いや、この遺跡を利用する以上、常に意識はしていた。

 これまでの数年間、そんな兆候は無かったのだが、ここに来て真実が証明されたと言うのか。


「お前は……どうやってここに来た?」


「ここ? えっとね……」


 オードンの問いにキョロキョロと辺りを見回す少女は、すぐにまたオードンを見上げる。


「ここどこ?」


「……思い出せ」


「……そうだっ! あのね! おっきいね! 犬さんにね! 食べられちゃうと思ったの!!」


(巨大な犬……犬闘機か? いや、あれがそんな形をしてたのはずっと昔の話だ。モンスターか?)


 そもそも少女が『理を異にする者』ならば犬闘機など知らないだろう。

 それに、この少女のスケールならば普通の大型犬でも不思議はない。

 犬はあまり重要ではなさそうだ。


「犬さんいないねー! よかったぁー!」


「それで?」


「それでねぇー。もうだめだーって思ったら、あそこにいたの」


 少女は振り向いて装置の円台を指差す。


(ああ、そうか……)


 黙っているオードンが理解していないと思った少女はオードンの手を引き、一段上がっている床の前まで連れて来る。


「この上だよ! まるのまんなか!」


「……分かった」


 オードンにとって重要なのは、伝説の真偽ではない。

 少女が『理を異にする者』か探ったのは、ある一点を確認するため。


「お前が、割り込んだのだな」


 クラウスに開けられた風穴が痛む。

 回復薬が効き難い身体と言えど、質の良いものならば傷を塞ぐくらいの効果は得られる。

 しかし失った血肉を再生するには至らず、覗けばまだ向こう側が見えるのだ。

 辺りが薄暗く、少女はその事に気付いていないようだが。


 少女は言った。

 気付いたら、そこにいたと。

 やはりオードンが転送で逃げようとしたまさにその時、有り得ない筈の割り込みが発生したのだ。


(こんな……こんな小さなものに邪魔されて、死にかけたのか……)


「こんな!!」


 オードンは少女の首に手を伸ばす。



 ゴロー達はオードンの血を辿り、全速力で遺跡を駆ける。

 道中の仕掛けが停止していたため何の妨害もなく、普段は巧妙に隠されている転送装置の間に到着することができた。

 部屋の奥で発せられている青白い光が逆光となり、ただでさえ薄暗い室内には『誰かがいる』程度にしか認識できない。

 だが、他の名を呼ぶ理由も無い。


「オードン!!」


 ゴローの声に気付いてか気付かずか、オードンは片手で持ち上げていたを高く放り投げた。


(人形――?)


 小さな、ヒトの形をした影。


「『潜在魅了・回帰』」


 ゴローの気が逸れた隙に、オードンの影に再び翼が備わる。


(――なワケ、ねぇだろ!!)


「シフトアップ! 『多重回路マルチサーキット』! 『第一回路・通魔』ファースト・イグニッション!!」


 呆けた考えを振り切り、ゴローは走り出した。

 青白い光が少女の顔を照らし、混ざり、緑青のような色を返す双玉が、ゴロー達を捉える。


 二つの影が、動く。


 少女が伸ばそうとした短い手は。

 何かを紡がんと開きかけた唇は。

 重力を振り解き自由を得た髪は。

 痛み苦しみ悲しみを湛えた涙は。


「止めろおおおおッ!!」


 交差する爪撃に、百八ひゃくやつに裂かれて光と散った。


「…………!」


 少女の光は音も無く部屋中を漂い、転送装置の間を照らす。

 漆黒の翼も。その持ち主の表情さえも。


「おおおおっ!!」


 オードンの行動を止めようとした勢いのまま、オードンを殴ることへ目的を変える。

 平原で見せたスピードを予期していたオードンは、打ち下ろされたその拳を片手で受け止めた。


「…………」


 何も言わず、ただ犬闘機を見るオードン。


「……なんだてめぇ……そのツラぁ?」


 間近に迫り、はっきりと見えたオードンの顔に浮かぶのは、ゴローと寸分違わぬ感情。


 即ち、怒り。


「てめぇがキレんのはスジが違ぇだろうがコラあッ!!」


 ゴローは拳を引き、副脚で着地しながらのドロップキックを放つ。

 副脚の着地補助により、通常より低空で放ったドロップキックをオードンは飛んで躱す。


「あっては、ならんのだ」


「ああ!?」


 体重を預けた反動で跳び、主脚で着地するゴロー機。


「私が……『魔王の呪い』をも克服したこの私が! あんな矮小な生物によって死に絶えるなど! あってはならんのだ!!」


「――!?」


 『魔王の呪い』

 エシュカはその響きに覚えがあった。

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