11_遺跡の踊り子

 木々の合間を縫うように。

 オードンは森の中を飛ぶ。


(こんな筈では……)


 腹部の風穴を手で押さえているが、傷口が大き過ぎて翳していると言った方がしっくり来る。

 『潜在魅了・回帰レイテントチャーム・リバース』で止血や痛覚を誤魔化しながら飛んでいるが、重傷だ。

 傷口は塞がっておらず、血液を滴らせながら山道に入る。


(何故、転送が起動しない……?)


 オードンは眼前に迫る幹の一本一本を忌々しげに睨みつけながら躱していく。

 やがて森が途切れる。そこには深い渓谷が横切り、森を分断していた。


(装置の存在がバレて、叩くために別働隊を……? いや、数日前に来た連中には隠せている筈だ)


 渓谷を渡らず、地形のまま谷底に向かって飛ぶオードン。

 山を登ってきた者から隠すかのように、崖の真下の岩肌に巨大な門が構えられていた。

 しかし、それが門だと判断できるのは縁取る支柱や装飾からのみで、肝心の扉は崩れて灯りのない横穴が一層暗く口を開けている。


(とにかく転送装置に何らかの異常が起こったのは事実! あれさえ無事ならまだ、負けではないのだ。あれさえあれば……!)


 オードンは歯を食いしばりながら巨大な横穴へと飛び込んだ。



 入り組んだ森で早々にオードンを見失ったゴローは、地面に落ちた真新しい血痕を頼りに追跡を続けていた。

 だんだんと地面が明るくなるのに気付いて視線を上げれば、視界が開けようとしていた。


「よし、森を抜ける! 一気に追い付くぜ!」


 後方から追いかけるエシュカに状況を伝える。


「気を付けてよ!」


「おうよ!」


 走行形態に変形し、返答に乗せた威勢のままにゴロー機は陽の元へ飛び出す。

 その先の大渓谷に気付かずに。

 陽光に目が慣れた時には既に、目の前に大地はなかった。


「が、崖だあぁっ!!」


 減速をかけるが制動し切れずゴロー機の主脚が虚空に投げ出される。


「うお! っとお!!」


 咄嗟に歩行形態に変形し、副脚を淵に引っ掛けるものの、犬闘機の重さには耐えられず岸壁は崩れた。


「待て待て待て!!」


「ほら、だから気を付けろって言ったじゃん」


「言ってる場合か!!」


「え、やだ、ちょっと、あんた落ちたの!?」


「落ちてんだよ今も!!」


 副脚を含めた六肢を総動員してもがき、なんとか岩肌に正面を向けることに成功したゴローは全身で張り付いてどうにかブレーキをかける。


(何かないか? 足場になりそうなトコ!)


 藁にもすがるような心境で下を見る。


「ある!」


 まだ遠いが、崖が段になっているのを見つけた。この距離からはっきり見えるのだから、足をかけるくらいの幅はありそうだった。


「なんか、道みたいなのが見える!」


 段との距離が近づくにつれ、人間一人ならばギリギリ歩けそうな幅があるのが分かる。

 その段はそこにだけあるものではなく、渓谷に沿って見えなくなるまで途切れずに続いていた。


「道? そんな所に?」


「爪先くらいしか乗らねぇけど、とにかく止まってくれれば!」


 主脚の内側を岩壁を擦り付けながら滑り落ちるゴロー機の、両足の爪先と踵が一本の直線で結べる程に開いた足が、ついに段に到達する。


「よし、止まっ――」


 犬闘機は全高五メートルと、巨大ロボと呼ぶには小型に過ぎる。

 これには魔励金を含む鉱石『魔励鉱』の採掘のため、狭い坑道を行き来できる様に全高の低い四足獣型が採用されたルーツがある。

 まだ『犬闘機』の名が付けられる前。開発初期の犬闘機だ。

 この犬闘機により採掘効率が上がり、坑道が広くなるにしたがって犬闘機も大型化し二足/四足可変型へと進化した。

 操縦者の魔力で動く犬闘機はジェネレータやエンジン、バッテリー等を積まないため胴体にスペースがある。

 そこにコックピットを作るのだが、入り切らない。

 坑道を広げるのも限界で、これ以上の大型化もできない。

 故に、収まり切らなかったコックピットブロックが背部に突出するシルエットになり、副脚もあるため犬闘機はのだ。

 その重さで、渓谷を背にするゴロー機の上体は、崖から離れた。


「――お、おい! 嘘だろ!?」


 ゴローは慌てて両手と副脚で段差を掴む。

 主脚の踵が段差の上に残っており、尻だけ落ちてる不恰好な体勢ではあるが、六点で支持できているため安定した。


「っぶねー……!」


 とは言え一時凌ぎに過ぎない。

 段差の上に戻るのに都合の良い地形は無いかと辺りを見ると、段差が続く先にポッカリと横穴が空いていた。

 きっちり四角く切り取られた横穴は、遺跡かトンネルかといった人工物を思わせるが、今ゴローにとって重要なのは、その横穴の周辺は少し足場が広いということだ。


「ねぇ、ゴロー!? 大丈夫なの!?」


「ああ、多分な。ちょっと広い足場を見つけた。そこまで行ければ一先ずは大丈夫だろう」


 ゴローは手足をずらしながら慎重に進み、横穴の前に辿り着く。

 極力胸部装甲が邪魔にならないよう足場の広がり始めのカーブを利用して登る。ついにゴローは窮地を脱した。


「お? エシュカ、見えてるか?」


 仰向けに横たわったゴローは、崖の上にエシュカ機と思しき影を見つけて手を振る。


「見えてるわよ。で、どーすんのよ、そんなとこ落ちて!」


 影は手を振り返してくれるが、通信機から聞こえてくる声は呆れ果てていた。

 もう、オードンを追うどころでは無くなってしまったのだ。


「……悪い」


「あたし助け呼んでくるから、そこでじっとしてなさいよ?」


「それなんだが、ここにトンネルみたいな穴空いててよ。もしかしたら麓まで繋がってるかも……し……」


 目の前にあるのは犬闘機でも通れそうな巨大な横穴。


「中がどうなってるかなんて分かんないでしょ!? 危ないから動かないでよ!」


「…………」


 支柱に囲まれ、四角くくり抜かれた、まるで扉の無い門のような横穴。


「ちょっと、聞いてるの? ゴロー!」


「……ここだ」


 その入り口に、血痕が落ちていた。


「奴はこの中だ!!」


「え……ホントなの!?」


「まだ新しい血痕だ。間違いねぇ! 行くぞエシュカ!!」


 エシュカの返事も待たず、ゴローは門を潜った。



 そこは巨大な空洞だった。

 床、壁、天井に至るまで全て人工的に造られた整然さを持っている。

 所々崩れており、それでいて何の音もない静かな空間は、遺跡と呼ぶに相応しい、かなりの年月を感じさせる。

 空洞に出入り口は無い。しかし、ある一方の床が一段高くなっており、柱が四本、正方形を象る様に立っている。

 更にその四本の柱の内側は円形にもう一段上がり、円と柱の表面を淡く青白い光が行き来する。

 光が集まる円の中心には、小さな影が蹲っていた。


「……ぅ……ぐす……わっ!」


 泣き声を上げていた小さな影の下に光が入り込むと、影は驚いて立ち上がる。勢い余ってよろけるが、倒れずに踏みとどまった。


「わぁ……! すごぉい!」


 光に照らされ、影の全貌が明らかになる。

 子供だ。現代人で言えば、まだ小学校にも上がる前だろう。

 簡素な白のワンピースと、同じくらい白い肌。

 大きなエメラルドグリーンの瞳は、地面を走る光を追って忙しなく動いている。

 足元を光が通れば、小さな身体は飛び跳ねて、肩甲骨辺りで切り揃えられた栗毛が浮かんで波打ち、艶やかな輝きを撒き散らす。


 頬に涙の跡を残しながら、楽しげに光の軌跡に翻弄される無邪気な踊り子の舞台に、一人の観客が訪れた。

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