09_秘密兵器『多重回路』
オードンの背後から奇襲攻撃をかけるクラウスとメルア。
しかし。
「だから、おちょくっているのかと聞いているだろう!」
知っていたと言わんばかりに空中で反転し、同時に二人を叩き落とすオードン。
一撃で仕留めるつもりでいた監察官の攻撃を相手に、二つ同時に押し勝つなどとは本人達も予想していなかった。
すぐさま二手に分かれるクラウスとメルア。クラウスはエシュカを背に守るように立つ。
「やはり、バレてましたか」
想定より相手が強いことを悟られないよう、平静を装うメルア。
「当たり前だ。露骨過ぎるわ」
「まぁ、針はかからなかったが、魚は陸に上がった。釣りは成功じゃないかな?」
「何を馬鹿な。魚を釣り上げるだけで満足する奴が何処にいる?」
どうやら彼等の間では持ち帰るか食べるかするまでが釣りのようだ。この世界でも世界中探せばスポーツフィッシングを趣味にしている者がいるかもしれないが、あまり広まってはいないらしい。
(多分水の中にもモンスターいるだろうし、しゃあねぇよな……)
一瞬川釣りの風景を夢想し懐かしむが、ゴローは食べるための釣りしか経験がないため切り替えも早かった。
「今いるのがまな板の上だって気付かせてやるよ!」
「ほざけ」
おしゃべりの空気を断ち切り、第二ラウンドが始まる。
オードンはまず、最大戦力のクラウスを狙う。
力が強過ぎる故に、周りが迂闊にカバーに入れず、必然的に一対一に持ち込めるためだ。
数的不利を無視して最大戦力を倒すチャンスを見逃す筈がない。
「メルア君」
「はい」
風で言葉をシールドし、メルアにだけ合図を渡す。
オードンが近接攻撃主体のスタイルで戦うというゴローの話の確証を得たメルアは、オードンの予想に反しクラウスの援護に入った。
メルアは地を走る氷の波に乗るようにクラウスの背後に回り込み、クラウスはオードンを後ろのメルアへと受け流す。
勢いのままメルアに攻撃対象を変えたオードンの手首を素早く鎖で巻きつけ、オードンがそれを認識するまで隙に拳を顔面に叩き込むメルア。
しかしオードンは顔面への一撃に怯まずメルアの手首を掴むと、引き込んで無理矢理背負うように投げつける。更に鎖を掴んで未だ空中のメルアを引き寄せると、その鎖を握ったままの拳でメルアの腹部を殴りつける。
オードンの拳が当たった瞬間、メルアの姿が砕け散った。
「――氷像か!」
「大当たり」
クラウスの声と共に風が吹き付ける。砕けた氷の塊は無数の拳と刃物となり、オードンを襲う。
オードンの後ろではメルアが氷の槍を生成する。氷塊の奔流から逃れようと後ろに跳べば串刺しだ。跳ばずとも、メルアから刺しに行く。
だが、オードンは前に出た。微かに開いた視界から大きめの氷塊を狙って砕き、弾けた破片で氷の嵐を瞬間だけ相殺すると、前方に頭を庇っている腕から飛び込んで地面を転がり体勢を立て直す。
その意図は軌道修正。クラウスに再び接敵するための行動だ。
吹雪のような横殴りの氷塊を抜けたオードンは、クラウスに飛び掛かり、ラッシュをかける。
(……これは、ギルド長時代のデータは当てにならんな。一体何が……?)
ステッキを巧みに使い、オードンのラッシュを捌くクラウス。
捌くだけで手一杯のクラウスを援護すべく、氷の槍を片手にメルアがオードンの背後に走り寄る。
メルアが突き出した氷槍は一瞬だけ振り向いたオードンの裏拳に割られるが、瞬時に氷が成長して折れ口が鋭く尖り、武器としての役目を取り戻す。
短い刺突剣のようになった槍を手に、メルアはクラウスと二人掛かりでオードンを攻める。
それでも、クラウス一人で防戦一方だったのが、互角の攻防に変わるのが精一杯だった。
(す……すげぇ)
オードンに決定打を与えるには、あと一手が必要なのだが、ゴローは監察官たちの戦闘に圧倒され、手を出せずにいた。
攻守が激しく入れ替わる戦闘を見切れず、どこで手を出せばいいのか分からないでいる。
「ゴロー」
そんな時、エシュカから通信が入った。
「どうした?」
「どうしたじゃないでしょ。あそこに入るには、やるしかないんじゃないの?」
「……そうだな。秘密兵器使うにはちょっと早い気もするが、仕方ねえ!」
「でも、一本だけだよ」
「何!? 足りないだろ!」
「
今はゴローが自力で逃げ回れるため、全力でオードンを戦えてるクラウス達ですら攻め切れないでいるのだ。
動けないゴローを守りながらでは押し負けるだろう。
「……分かった。一本だな」
ゴローは左手の操縦桿の頭にある蓋を親指で開け、その指で中のつまみを回す。
カチッとクリック音が一回鳴った。
「シフトアップ、
ゴローはもう一度機体を起動させるイメージで、『二本目の魔力伝達回路』に魔力を流す。
西門での戦いで、ゴローは力不足を痛感した。
オードンに一撃入れるにはパワーもスピードも足りない。そして、オードンの攻撃に耐えられるだけの装甲も。
しかし、現状装甲はどうにもならない。素材そのものを変えない限り、これ以上はどうしてもスピードとトレードオフになってしまう。
そこでエシュカは、自分の機体にも施してある、魔力伝達回路の複数搭載を行った。
エシュカ機は重い機体を動かす力を得る為に組み込んだが、ゴロー機には装甲を追加しないことでスピードとパワーの両立を目指したのだ。
「――
回路が一本増えれば二機分の動力を得られる一方で、消費する魔力も倍になる。ゴローの魔力がごっそり減った。
外観は何ら変化なく、魔力も外から観測できないまま、性能だけが跳ね上がる。不意を打つにはこの上ない機構だ。
地味なのであまりゴローの好みではないが、四の五の言ってはいられない。
とにかくオードンを倒すべく、ゴローは二倍の力で大地を蹴る。
テストで二倍速の感覚を掴んでいたおかげで、一気に最高速に達するゴロー機。
爆速で駆ける機体は瞬く間にクラウス達との距離を詰めた。
「こっちを向けええぇッ!!」
ゴローは不意打ちを捨て、自分の存在を主張する。
機体速度が上がっても、目で追える速度は変わらないのだ。
クラウス達の攻防を見切れていないゴローは、強引に自分に注目を集めて戦闘を止め、誤爆を防ぐことを優先した。
「血迷ったか、人間!」
人間を、犬闘機を脅威と見ていないオードンはゴローを見もしない。
となれば戦闘は止まらない。
それでも、クラウス達には伝わった。
「つれないなぁ、オードン」
「貴方の目的は彼でしょう?」
クラウスとメルアはオードンの攻撃の反動を使い、意図的に距離を開ける。
「馬鹿め! 人間に何ができる!?」
その距離が詰まるまでに、ゴローを排除できると判断したオードンは振り返り――
「ぉおっらあっ!!」
思いもよらぬ速度で迫っていた鉄拳に上半身を打たれた。
ゴローは拳の軌道を変え、オードンを地面に叩きつける。
「――がっ……!!」
何が起こったのか理解が追いつかぬまま、オードンは大きくバウンドした。
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