08_四人だけの最終作戦
西門前の残骸は既に王国軍による回収が始まっており、襲撃時より大分片付いていた。
それでも第九世代の下半身や最新型の副脚、何よりもそれらの中に魔力伝達回路――魔励金が残っていたのが大きい。
王国軍にとっても魔励金は最優先回収対象なのだが、今回は回収に割ける人員が少ない上に軍の立て直しが急務であることから、一番回路が太いコックピットブロックのみ全回収し、他のパーツはそのまま再利用できるほど状態が良い物だけの回収に留めたようだ。
ゴロー達は残されていた修理が必要なパーツをかき集め、ゴロー機の修復に努めた。
そしてついに。
「おーい、
「お! サンキューおっちゃん!」
「売っておいてこんなこと言うのもなんだがよ、あんま頻繁に飲むもんじゃねぇぞ」
「怖えこと言うなよ……。けどまぁ、大丈夫だ。これが最後だから」
「……できたのか」
「ああ。届けてくれなんて無理言って悪かったな。お陰様でこの通りだ!」
ゴローの後ろに立つ犬闘機は、頭部、右腕、
そんな機体を嬉々として紹介するゴローとは裏腹に、道具屋のオヤジはいい顔をしない。
「囮になるんだろ? 自分の棺桶こしらえて、何がそんなに嬉しいのやら」
「墓は生きてる内に買うもんだろ」
「けっ、縁起でもねぇ」
「な~に、死ぬつもりなんか更々ねぇよ!」
「その言葉、忘れるなよ。そんじゃ、まいど」
道具屋のオヤジが帰る。
必要な物は揃った。
「準備は良いね?」
「ああ」
背後から声を掛けるクラウスに、静かに答えるゴロー。
「では明朝、作戦決行だ」
翌日。
平民街西門を通り、作戦に向かったのは四人。
最高戦力、クラウス・ゲルガー。
戦力次点にして相性有利、メルア・ローマン。
囮役、ゴロー・イーダ。
そしてクラウスとメルアの運搬役、エシュカ・J・マルベリーである。
冒険者ギルド長のコートミューですら一度完全に操られ、
「本当に良かったのか? エシュカ君を連れてきて」
クラウスはエシュカ機のカーゴコンテナの中で一人、問う。
クラウスとメルアはコックピットブロック両脇のコンテナにそれぞれ入っているため、答える者はいない。自分への問いだ。
作戦会議の中で、ゴローが国から離れた所を一人でうろうろしてるのは違和感しかないと、危険を承知でエシュカが同行を申し出たのだ。
クラウスもメルアも最初は止めたのだが、魔力を通さない犬闘機の中ならばオードンの魔力感知にも引っ掛からない。つまり、近くに居てもゴローという餌の邪魔にならないと言われて了承した。
クラウス達が近くに居られれば居られるほど、ゴロー達の危険はなくなるのだから。
ならば、とゴロー機にカーゴコンテナを装備すれば、機動力が落ちる。
機動力が落ちれば生存率も下がる。それを避けるため、クラウスはエシュカの随伴を許可したのだった。
(いかんな。風が無いとどうも調子が狂う)
灯りが無く、外が見えない密室であるコンテナの中は不安を煽る条件が揃っている。
クラウスはあまりにも露骨に自信をなくした自分を嗤った。
そんなことはいざ知らず、エシュカ機の先を行くゴローは、機体の機動をテストしていた。
「走行形態は速くなってるだけだから簡単なんだけど、な!」
先程から必要以上に右腕が上がったり、腰が落ちたりするのが目立つ。
「ゴロー、アジャスト取ってあるから、バランスは意識しないで」
「お、おう……」
第九世代は強度を落とさず重量を減らすことを主目的に開発されているため、下半身が軽いことによる重心の違いや、左右の腕の重さの違いが挙動を乱すのはゴローも理解できた。
だが折角理解できたそれを、今までの乗り味と変わらないよう調整してあるから忘れろというのは中々に難しい。
明らかに軽くなった動作が、忘れた端から思い出させるのだ。
機動力の上昇はオードンへの対抗手段であるため、ここはゴローが順応するしかない。
(あいつ相手に多少装甲盛ったところで焼け石に水だからな……。それは分かってるんだが!)
実際のところ、これを解決できるのは時間だけだ。
そして今は、その時間が無い。
とにかく目的地までの限られた時間でどれだけゴローが習熟できるかで、囮として機能する時間が変わるのだ。
「次、秘密兵器、試してみて!」
「待ってました!」
ゴローは、クラウス達にも秘密の機構を起動する。
これはゴローがオードンに一撃入れるための機構である。
当然、作戦にそんな行程は無いため、エシュカによって秘密裏に組み込まれたものだ。
売り言葉に買い言葉の中で出た「一発
「いい? ほんのちょっとだけだよ? 機体への負荷が増えてるから、無理したら壊れちゃうからね!」
「大丈夫だ。何が大事かくらい、分かってるさ」
カーゴコンテナ内の二人には見えも聞こえもしないやり取り。
人間だけの機動試験は、恙無く終わった。
暗闇の中で時間の感覚を失いかけていたクラウスのコンテナ内に、ついにエシュカから通信が入る。
「監察官。予定のポイントに到着しました」
「よし! 早速ゴロー君に始めてもらってくれ」
「了解」
作戦は、メルアが冒険者ギルド長時代のデータからオードンの魔力感知範囲を割り出し、潜伏拠点から感知範囲内で戦闘に適した平原を選定。
平原に到着したら、ゴロー機の無事だった右手で『逆流』のプロセスに入り、魔力を外から知覚できる状態を作り出す。
あとは餌に食い付くのを待つだけという単純なものだ。
ゴローはなんとなく、右手を高く掲げる。
スマホなどの通信が繫がり難い時、物理的に高い方が電波が入り易いと思い、空に掲げるアレである。
魔力感知に対して意味があるのかは、まだ誰も調べたことがない。
(そういや、スマホも財布も、全部置いてきちまったなあ……ま、いらねぇか。ここじゃどうせ使えねぇし)
「ゴロー! ちゃんと周り見てよ!?」
ゴローが上の空なのを察したエシュカが喝を入れる。
「っと、悪い」
我に帰ったゴローは辺りを見回す。
ここは遮蔽物が無い平原だ。どこから来ようと接敵まで猶予がある。
今はまだ、オードンの姿は無い。
「監察官、オードンの潜伏先って、どっちにあるんですか?」
「平原の北、森を抜けた山の中だ」
「ゴロー! 潜伏先は北側! 目を離さないでね!」
コンテナとの通信はコックピットとの間だけのものなので、エシュカが中継を担う。
「よっしゃ! いつでも来やがれ!」
感知され易いように掌を北の山へと向けるゴロー。
これもただの思い込みなのだが、図ったかのようにタイミング良く、その男は現れた。
「貴様ら……私をおちょくっているのか……!?」
モンスターを引き連れず、一人で森から飛び出したオードンが猛スピードで迫る。
「監察官! 来ました! は、速い!!」
「よし! ハッチ開け!」
クラウスの合図でカーゴコンテナのハッチが開き始めるが、既にオードンはゴローの至近距離まで接近していた。
「これがお望みなんだろう!?」
牽制に『逆流』の準備が整った拳を振るうゴロー。オードンに掴まれないよう慎重に距離を見極める。
「ほう。クラウスの奴に教わったか。自らの特異性を」
ゴローは魔力の消耗を抑えるために一旦『逆流』のプロセスを解き、全開の戦闘機動で大きく動く。
既にゴローの意識は全てオードンに向いており、機体のバランスを崩すことなく、現行型の機動力を遺憾なく発揮できている。
「どうかな!?」
追撃に来るオードンを迎え撃つように、ゴローは再び『逆流』の構えに入る。
右手に魔力が通ったことで一瞬オードンの気が引かれた。
「ここだ!!」
オードンを追従していたエシュカ機から、クラウスとメルアが飛び出す。
ゴロー達の危険を最小限に留めるため、奇襲で終わらせる。
これが作戦の最終行程だ。
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