07_次の一手

 冒険者ギルド イベルタリア支部に、前冒険者ギルド長オードン・ユデルネンの捜索依頼が出された。

 種族を問わない二十三件の失踪事件の犯人であると公表し、国内の全冒険者が受注できる、事実上の指名手配である。

 イベルタリア平民街は自警団と低ランクの冒険者が捜索に当たり、国外を高ランク冒険者が捜す。

 百機もの犬闘機を全滅させられた王国軍も協力的だが、戦力の補充が追い付かないため、貴族街と王城での捜索を行っている。


「でも、大丈夫なんですか? 精霊達はここにいるんだから、街の中に高ランクの人達を集めておいた方がいいと思うんですけど……」


 エシュカのガレージには、ゴローとエシュカ、そしてクラウスがいた。


「心配には及ばんよ。奴の呼吸音を聞いた限りでは、まだ全快まで暫くかかる筈だ」


「そんな弱っていながら、あれなのかよ……」


 ゴローは素手で犬闘機を破壊するオードンとの戦いを思い出す。


「うむ、そこが少々引っ掛かる。昔のオードンは、肉弾戦は苦手だった筈なんだがね……。何にせよ、奴が全快するまでに国内は洗い終わる。それからが勝負だ」


「また、治りきってないのに襲ってきたりは……?」


「無いとは言い切れないが、気を逸らせた結果がこれだ。同じ轍を踏むとは考え難い。それに、その時のために私がここにいるのだよ」


 冒険者ギルド関係者の罪を暴くためとはいえ、モンスター襲撃の防衛現場を後回しにしたことに、クラウスは少し負い目を感じていた。

 防衛戦への参加は監察官の仕事ではないのだが、もしクラウスが対応できていたならば、王国軍にあれだけの被害が出ることはなかっただろう。

 それに、ゴローの機体も。

 既にエシュカ機とヘンドリック機の修理が完了しており、空いたスペースへ比較的損傷が軽微な王国軍機を運び込んで修理を行っている。

 損傷が激しいゴロー機も収容は済んでいるが、何から手を付ければ良いか、エシュカも迷うほど酷い状態だ。


「そんな悠長にしてていいのかよ!? そいつの怪我が治る前に倒しちまった方がいいんじゃねぇか!?」


 何もできない歯痒さから、語気を荒くするゴロー。


「国内が洗い終わってからってことは、あんたはこの国に奴はいないと思ってる! そうだろ!? あんたがそう思うだけの根拠があるんだろ!?」


「無い、と言えば嘘になる」


「じゃあ――」


「――だが、まだ心当たりでしかない。現在この国の最高ランク、S級ストーンランクのシンディー・マルレチカ君を筆頭に調査隊を組んで向かわせている」


 クラウスとしてもイベルタリア国内を戦場にするのは避けたい。

 なので先手を打てるならオードンの寝ぐらを襲撃したいのだが、西門の戦闘でオードンが脱出に使ったあの魔法が気に掛かっていた。

 もしもクラウスが懸念している通りのものだとしたら……。


(すまない、ゴロー君。守らねばならんのだ。この国も、も)


「! 他の高ランク冒険者を国外の捜索に回したのは、カモフラージュも兼ねてる訳ですね?」


「ん? ああ、そういうことだ。納得してくれたかね、ゴロー君?」


「ああ、まあ……」


「では次に、君の身体に何が起こっているかについてだが」


「う……」


 ゴロー達はコートミューの口止めに失敗していた。

 しかし、コートミューからゴローの魔力変容を聞いたクラウスは、同時に詰め寄ったゴロー達から精霊絶滅の危惧を訴えられ、公表しない判断を下したのだった。


「検査の結果、ゴロー君の魔力は大気中に偏在する魔力、つまり個々人に最適化されていない魔力と似たものに変化していることが分かった。これは精霊を構成している魔力と非常に近しいと思われ――」


 簡単にまとめると、ゴローが人形に『逆流バックフロー』を打ち込んだ時、人形がゴローと繋がったことで人形に閉じ込められていた精霊の逃げ道ができた。

 精霊は人形から逃げ出そうとゴローの魔力を溯る内に、ゴローの魔力と同化してしまった。

 しかし、ゴローの全身に溶け出した精霊の魔力は膨大で、ゴローに最適化された魔力を薄めてしまったらしい。

 これにゴローの身体が対応したのか、はたまた急激な変容に機能が麻痺したのか、薄まった状態を最適化状態と認識。

 この薄まり具合は、正常な他人の中に入ると、大気中の最適化されていない魔力と誤認されるほどであったため、改めてその人の魔力として最適化できてしまった。

 こうして魔力の譲渡が可能になったのだと言う。

 

「――説明を付けるとすれば、こんな所だろう。まだ仮説に過ぎないから、無理に理解することはないがね」


「……なんとなく、絵の具に大量の水を混ぜたから殆ど透明なくらい色が薄くなった、ってのは分かった」


 精霊についての推測が多分に混ざった説明であるため、ゴローだけでなくエシュカも難しい顔をしているが、ニュアンスは伝わっていたようだ。

 それで良いと判断したクラウスは本題を切り出す。


「よろしい。そしてオードンは、そんな君の魔力に興味を示している」


「多分な。俺が『逆流』使った直後から急に雰囲気変わったし」


「そこでだ。街を戦場にしないためにも、ゴロー君を餌に奴を釣れないかと考えている」


「か、監察官! そんな――」


 冒険者ギルド長を務めたほどの実力者に対し、無力な人間を囮に使うと言うのだ。

 ゴローが魔力を分けたコートミューが『潜在魅了レイテントチャーム』に抵抗して打ち勝ったことから、ゴローの魔力が『潜在魅了』への対抗策になり得る可能性は確かにある。

 だが、足りない。可能性でしかない以前に、オードンなら生身のゴローなど『潜在魅了』を使うまでもなく、触れるだけで殺せるのだ。

 誰がどう見ても無謀な試みである。……しかし。


「いいぜ! 上等だ!!」


 拳で掌を打ち鳴らし、ゴローは笑う。

 戦う術が無いからと、このままオードンが捕らえられるのを黙って見ているのは癪だったのだ。  


「ゴロー!? あんたあんなにバラバラにされてまだ戦う気!?」


「二回目だぜ。今更だろ?」


 今回の負けは、この世界に来て初めて出会った大男に負けて以来、二度目の敗北である。

 ゴローにとってそれは、リベンジする相手が一人増えただけ。

 そしてこの話に乗るのは、返せる借りから返すだけ。それだけの話だ。


「違うでしょ!? 最初の大男とは生身で戦って生きてるの! でもオードンは素手で犬闘機真っ二つにしちゃうんだよ!? 絶対オードンの方が強いじゃん!!」


「わぁってるよ、俺じゃあいつに敵わねぇってことくらいな。だが、手も足も出なかったってのは納得いかねぇ。囮でも何でも、奴に一発クリーンヒットキレイなのを入れてやらんと気が済まねぇんだよ」


「そんなこと……機体も無いのにどうする気よ?」


「実はそれの打診も今日の目的でね。ゴロー君の機体は直せそうかな?」


「各部位を丸々取り寄せないとなりませんし、かかる時間も殆ど一から組むのと変わりません。これなら新品を買った方が早いです。ただ、可能か不可能かで言うなら、可能ではあります」


 エシュカは、オードンが回復するまでの時間を気にするなら止めた方がいいと含んで報告する。


「残念だが、王国軍があれだけの被害を受けたため、貴族街の工場は軍の立て直しに全力を注いでいる。こちらに回せる部品も機体も無い」


「だと思います」


 クラウスの情報に、エシュカは安堵した。

 生身の人間では脆過ぎて囮にすらならないため、犬闘機が無ければこの計画は破綻する。

 計画は変更を余儀なくされ、ゴローは囮の任から外れるだろう。


「無論、そこで引き下がる私ではない。ゴロー君の機体のためであれば、西門の残骸は全て自由に使えるよう話をつけた」


「えっ」


「エシュカ君が快く王国軍機の修理を引き受けてくれていることが大いに影響したよ。その話が出た途端、二つ返事で了解してくれた」


「それって……」


「ああ。王国軍再編のための製造ラインを指揮するのは、一等貴族ジュラ家当主『ギャオロ・ジュラ』殿だ」


「……お爺ちゃん……」


 余計なことを、と思わないでもないが、本来有り得ないほどの大盤振る舞いだ。

 自分を貴族街から祖父の計らいには、孫娘を案ずる慈しみが表れている。

 それを想えば、恨むに恨めないエシュカだった。

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