06_タイムアップ

 犬闘機が浮いた。

 ゴローとオードンが対峙したことで、二人を避けた他のモンスターと交戦していたエシュカ達には、そう見えた。

 スローモーションかと疑うほどゆっくりと仰け反りながら浮遊するゴロー機。

 対象的に高速で飛び上がる影がゴロー機と交差する。

 上を取ったオードンはゴロー機の顔面を鷲掴みにすると、そのまま急降下し地面に抑え付けた。

 背中から叩き付けられたゴロー機は地面を削りながら数メートル滑り、王国軍機の残骸にぶつかり止まる。


「いいだろう! 貴様がその気なら、引きずり出すまでだ!」


 オードンはコックピットブロックにアクセスするのに邪魔な頭部を両手で持ち、引き抜こうと力を込める。


「さっ……せるかぁ!」


 右側の副脚で地面を蹴り、生まれた捻りを利用して右拳でオードンを殴り飛ばすゴロー。

 その勢いを殺さずに、一回転しながら立ち上がる。

 回転を止めた時にはもう、オードンは地面を蹴り、再びゴロー機に迫っていた。

 なんとか左腕を差し込み、頭部の破壊は免れるも、既に砕かれている左腕はいとも簡単に引き千切られてしまう。


(こいつ! どっから出てんだこのパワー!?)


 右手一本で犬闘機の腕を後方に投げ捨て、左手を伸ばす。狙いは変わらず、頭部だ。

 ゴローは咄嗟に両足を前に投げ出し、機体を沈ませ回避する。

 同時に副脚で機体を弾ませることで、その場で後転する勢いを利用してオードンを背後から蹴りつけた。

 コートミューが『霆進』でかき分けた残骸の山に突っ込むオードン。

 すぐさま残骸どころか機体丸ごと投げつけてくる。


(中の人脱出してんだろうな……!?)


 第九世代犬闘機J-OE9第八世代J-OE8に比べてスリムではあるのだが、その質量が飛んでくるとなれば、受け止める訳にもいかない。

 ゴローは副脚を巧みに使い、回避に集中した。だが、それこそがオードンの狙いだった。

 投げつけられる犬闘機に紛れてゴロー機に接近したオードンは、右主脚を抱えると大きく飛び跳ねる。

 

「う、おわあああ!?」


 犬闘機一機を軽々と大空へ持ち上げたオードンは、抱えた主脚を担ぐように肩に乗せると、地面に向けて振り降ろす要領で投げ飛ばした。

 重力に逆らえない犬闘機は速度を増しながら地面に叩きつけられるが、その瞬間に転がることで衝撃のベクトルを変える。

 何度もバウンドして王国軍機の残骸に突っ込み、やっと止まった。

 しかし、宙を蹴るかのような速度で急降下するオードンが、俯せで止まってしまったゴロー機の右主脚膝関節を踏み抜く。右主脚は残骸の一部になり果てた。

 腕一本足一本を失ったゴロー機はコックピットブロックを晒している。


「そうか、わざわざ入口を開ける必要は無かったか」


 コックピット周りの装甲を剥ぐのならば、どの方向からでも良いことに気付いたオードンが、俯せに横たわる機体の上を歩く。


「っのぉっ!!」


 ゴローは右手で地面を押し、跳ねた上半身でバランスを崩させたところに、上体を捻って右肘をオードンに叩き込む。

 しかし、オードンがその場で跳躍したことにより肘鉄は空を切った。勢いで仰向けになった機体にオードンが着地する。


「往生際が悪いぞ、人間……!」


 オードンが爪先を機体の腹部に突き入れる。


「だあっ!!」


 脇腹を破ってその足を振り切ると、返す踵で反対側も裂き、最後に腰部装甲を蹴り飛ばして犬闘機を上下に真っ二つにした。


「なん……だ、そりゃあ……!?」


 最早動かせるのは首と右腕しかない。

 残った部位は奇しくも、野戦病院で見た遺体と同じ部位だった。

 小さな遺体を自分に重ねてしまったゴローの戦意が急速に萎えていく。


(なんなんだ、こいつ……? こんなの、アリかよ……?)


 ゴロー機の胸部に立ち、見下ろすオードン。


(こいつ……あのデカブツよりも、ずっとやべぇ……)


 オードンは再び犬闘機の頭部に手を伸ばす。


(終わるのか……ここで……)


 ゴローの脳裏に、この世界での思い出が飛び交い始めた。

 これが走馬灯かと、冷めきった目でそれを見る自分がいる。


 森に逃げ込んで、いつの間にか雰囲気が変わって。

 見たこと無いデカブツに会って、違う世界とか言われて。

 ボコボコにされて、気付いたら牢屋で。

 出られたと思ったら、リングで闘わされて。

 エシュカが脱出計画を持ちかけてきて、逃げ出して。

 犬闘機を見せられて、魔力とかこの世界のことを教わって。

 起動訓練の合間に、街を案内してもらった時――


「目を開けろおっ! ゴロおおぉっ!!」


 悲鳴のようなエシュカの叫びが、ゴローの意識を呼び戻す。


「――ッ!!」


 そうだ。まだ早い。

 まだ、右腕が


「ぅぉおおおおっ!!」


 肩の力だけで右腕を振る。

 それだけでは受け止められて終わりだろう。

 だが、それでいい。

 諦めて終わりを待つより、自分から終わりに向かって進むのだ。

 ゴローは足掻くために、犬闘機を止めた。



(右腕! 使うか!?)


 オードンは『逆流』を期待して、向かってくる右拳をる。

 魔力が視られさえすれば、ゴローを引きずり出す必要も理由もなくなるのだ。

 しかし、その拳から魔力は観測できなかった。


(ちっ……ならば)


 右手を犬闘機の頭部に食い込ませながら、左手でゴロー機の拳を受け止める体勢を取る。

 その時、犬闘機の停止プロセスで頭部が変形し、バイザーが下りてオードンの右手を挟んだ。


「っ! 何が――!?」


 オードンの意識が頭部に向く。

 その間にも動力が切れた右拳が慣性のままに迫るが、同時に次の停止プロセスも始まる。

 腕を引き抜くため力を入れようとしたオードンの足元の装甲が開き、バランスを崩す。

 乗り降りの邪魔にならないよう、その位置まで頭部が移動するのだ。


「こんなものぉっ!」


 移動する頭部に押され、右腕を引き抜いたものの空中に投げ出されたオードンを、右拳が捉えた。


「があっ!」


 殴り飛ばされ、地面を転がるオードン。

 力を失った腕が胴を叩く音で、ゴローは機体の再起動を試みる。

 

「……駄目か!」


 ついに完全に機能を停止した犬闘機からなんとか這い出たゴローはオードンを飛ばした方へ目を向ける。

 オードンはなんとか立ち上がるところだった。


(? そんなにか……?)


 ふら付きながら、膝を押さえて立ち上がるオードン。

 それが不思議だった。最後の一撃は、オードンなら片手で止められる程度の悪足掻きだった筈なのだ。

 だからゴローは、迂闊にも目を離せずにいた。


「見るな、ゴロー! 隠れてろおぉ!!」


 ゴローは知らない。オードンの名も、肩書も、魔法も。

 ゴローが危険を認識しないままオードンに気付かれるのは最悪だ。

 ヘンドリックはなんとか危険をゴローに伝えるため、リスクを承知で外部スピーカーを使った。


(! 見てるのか……こっちを!)


「団長?」


 人間に魔法への抵抗力は無い。

 当然、『潜在魅了レイテントチャーム』も防げない。

 

「終わりだ――!」


 オードンの目に紫色の火が灯る。

 その目が、ゴローに向けられた。

 ヘンドリック機の方を向いていたゴローが、オードンに向き直る。

 まだ、ヘンドリックの伝えた危険を認識するには時間が足りなかった。

 そして、ゴローの視界は紫に染まる。


 ――濃紫に。


「そこまでだ、オードン・ユデルネン」


 冒険者ギルド監察官、クラウス・ゲルガーのマントが、ゴローの視界を遮っていた。


 宙に立つクラウスの濃紫のマントが、ゴローの目の前ではためく。

 マントはオードンの視線を絶ち、『潜在魅了』からゴローを守っていた。


(やはり現れたか、クラウス・ゲルガー!)


 オードンは焦っていた。

 なにせ精霊の支配に失敗した際に重傷を負ったオードンが身を隠し、数日かけてようやく動けるまでに回復したと思ったら、街に監察官が来ていたのだ。

 クラウスに見つかる前に精霊を回収するため、急いで行動に移ったのだが。


「『時間切れタイムアップ』だ」


 まだダメージを抱えた状態でクラウスを相手取る訳にはいかないオードンは、予め術式に編み込んでいたキーワードを呟く。

 言葉を交わす間もなく、オードンの姿は光の粒となって消えた。

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