04_無自覚のカウントダウン

 更なる重武装の運用を前提にチューンされているエシュカ機のパワーは、数人の冒険者がしがみ付こうと歯牙にもかけず、安定した出力でガレージまで走り抜けた。


「門の外にモンスターが見えるぞ! 急げ!」


 道中でエシュカ機に整備が必要であることを伝えていたため、冒険者たちは機体を降りて走り出した。


「ありがとうな、P級ペーパー!」


「お前らも、大して魔力回復出来てねぇんだから、無理すんなよ!」


「余計なお世話だ、人間!」


 軽口を交わして見送ると、ゴローはガレージのシャッターを開け、エシュカ機を迎え入れる。

 無事入庫したのを確認するや否や、エシュカが降りるのも待たずに奥で修理されている自分の機体に駆け寄った。


「おーい! みんな! 終わったか!?」


 ゴローの呼び声に騒々人形が集まってくる。


 ――できた――


 ――おわった――


「おっしゃ! エシュカ! 終わったってよ!」


 ここまで戦闘に参加できなかったことで気が逸っていたゴローは随分とはしゃいでいる。

 犬闘機を降りてゴロー機に向かうエシュカにもその声は聞こえている。

 改めて言うまでもなく、意識しなければ声が届かないなんてことは起こり得ない距離だ。

 聞こえていて当たり前。なのだが、欠けていた。


「――やっぱり」


「おいエシュカ! 先に行くぜ! 早いとこ整備済ませちまえよ!」


「ねぇ、ゴロー」


 機体に乗り込もうとするゴローに向けて、野戦病院で聞こうとしていた質問を、エシュカは改めて口にした。


「あんた、あの子たちの声、聞こえるの?」


「……あ?」


 口元が緩んだまま、なんとも締まりのない疑問符を返すゴロー。


「どういう、意味だよ?」


「なんとなく、分かってたけどね。あんた、『聞いた』とか『口を挟む』とか、まるでこの子たちが喋るみたいに言うんだもん」


 エシュカは集まったまま宙に浮く騒々人形の所まで進み、その内の一体を手に取る。


 ――えしゅか――

 ――おわった――

 ――つぎ――

 ――つぎ――


 今度はエシュカの周りを囲み、口々に指示を乞う騒々人形。


「みたい、って何だよ……喋ってるじゃねぇか。それにお前だっていつも指示出してるだろ?」


「こっちの言葉が通じてるのはジェスチャーで分かるから。それに筆談もできたし。でもね、声は聞こえない。少なくとも、あたしとナルコは聞いたこと無いよ」


「別にいいじゃねぇか。そいつ等も喋るのは得意じゃなさそうだしよ。あんま変わんねぇって!」


「問題は聞こえないことじゃなくて、聞こえちゃってること。多分これもギルド長が言ってた『魔力の変容』が原因でしょ」


「……言われてみりゃ、聞こえ始めたのはあの時――」


 ゴローの脳裏に屋敷での出来事が蘇る。

 最初に聞こえたのは人形たちが助けを求める声。

 それは人形の一体に『逆流』を使った直後と言っていい。


「――マズい。マズいマズいマズい! これだけは絶対公表しちゃいけねぇ!」


 魔力変容により魔力の譲渡が可能になったことで、今はまだ知る者が少ないため大事にはなっていないが、ゴローは世界の常識を覆してしまった。

 これがただゴローが特別なだけならどうと言うことはない。

 しかし、コートミューとの検証により、恐らく『原因は精霊』であるという仮説が持ち上がってしまった。

 精霊研究にさほど熱心ではないコートミューだから何事も無かったが、ここから先、精霊研究に意欲的なクラウスに、ひいては冒険者ギルド全体に情報が届けば、『精霊を使った人間の魔力変容』の研究が始まるだろう。

 世界中の精霊研究者が『人間の魔力が変容する原因を作る』方法を探すとなれば、ゴローが行った『精霊』に『逆流』を使うという手段に行き着くのにそう時間は要らない筈だ。

 そうなれば、あとはどんな人間も魔力の譲渡が可能になるのか、実験あるのみ。その過程でどれほどの精霊が犠牲になるか知れない。

 否。それどころか精霊が『非生命体』と分類されているこの世界では、それは『犠牲』ではなく『消費』でしかないのかもしれない。

 この価値観の違いが、ゴローは許容できなかった。

 意思の疎通ができる。精霊に情が移るにはそれだけで十分だったのだ。

 召喚魔法で勝手に呼び出され、勝手な実験で殺される。

 予想される精霊たちの未来に、自分の境遇を重ねたゴローは断固阻止を決意する。


「い、いきなり何?」


 唐突に切羽詰まった声色で頭を抱えるゴローに驚いたエシュカはとりあえず様子を見るために駆け寄った。


「駄目だ。ギルド長を止めねぇと……! クソっ! どうしてもっと早く気付けなかった!?」


「ちょっと落ち着きなさいよ! 一体どうしたって言うの!?」


「このままじゃ精霊たちが消えちまう……と、思う」


 ゴローは頭の中でシミュレートした結果をエシュカに語る。話を聞いている内に、エシュカも騒々人形とのコミュニケーションの中で精霊に命を見出していたことを自覚した。


「でも、流石に全滅なんてことにはならないんじゃないの?」


「お前は薬草を根こそぎ全部採ろうとしただろ?」


「う……」


「それに、精霊がどうやって数を増やすのかも何年生きるのかも分からないんだ。減ったらずっとそのままかもしれない。猶予はない」


 導火線には既に火が点いている。止めるには爆薬に到達する前に火を消すしかない。

 今回の戦いが終わるまでがタイムリミットだろう。


「分かった。とにかくギルド長に本気で秘密にしておいてもらわないとってことね」


「ああ。だから俺、先に――」


「待ちなさい。本当に犬闘機に乗れるだけの魔力ある?」


「ぐっ」


「こっちの整備が終わるまでゴローは休んでて。みんな! 次はこっち!」


 武装を換えている時間は無いため、騒々人形には丸鋸の刃だけ交換するよう指示を出し、その間にエシュカはゴロー機のチェック作業に入った。


「こうしている間にも、ギルド長なら……」


 ゴローは王国軍の実力を知らないため正確な比較はできないが、コートミューの実力は目の前で見せられたため、信頼している。

 王国軍を壊滅させたモンスターに後れを取ることはないと予想していた。であれば、ちょちょいと捻ってその足で報告、なんてことも有り得る。


(その前に話さねぇと! そのためには、魔力がいる! 早く溜まれ!)


 犬闘機のコックピットブロックの上に寝転がるゴロー。

 焦っても何も変わらないと自分に言い聞かせ、目を閉じた。

 視覚による情報が途切れたことで、自分の内面を知覚する。


(……ん? んん?)


 自分の魔力量が、徐々に増えているのが分かる。

 この世界に来るまでは有り得なかったその感覚も、今では慣れたものだ。

 だが、おかしい。


(魔力の回復が、早過ぎる)


 また魔力変容の影響かとも思ったが、これまで回復速度が変わることはなかった。

 原因が分からずにゴローが頭を悩ませている間にも、魔力が溜まっていく。


「ゴロー! 修理完了! 動かせるよ!」


 コックピットから這い出たエシュカがチェックの終了を告げる。


「っしゃあ、サンキュー! 行くぞ!」


 跳び起きたゴローはエシュカと入れ替わるようにコックピットへ滑り込んだ。


「ちょ、ちょっと! まだあんたの魔力が――」


「問題ない! 早く降りろ、起動するぞ!」


「分かった! 分かったわよ! もう!」


 胸部から腰部、主脚へと軽快に飛び降りて着地したエシュカは、自分の機体へ駆ける。

 のんびりしていたらゴローがガレージの壁をぶち抜いて出て行きかねない。

 エシュカ機の作業は刃の交換だけだったので既に終わっていた。手早くチェックして乗り込む。


(あのバカもだけど、あたしもそれなりに消耗して……あれ?)


 犬闘機を起動させる際に意識せざるを得ない魔力残量。

 エシュカもゴローから魔力を譲渡されたとは言え、その前に戦闘機動を行っている。

 当然と言えば当然だが、犬闘機は各脚部の走行装置を駆動させてただ走行するよりも、全身の関節を動かす戦闘機動の方が遥かに魔力を消費する。

 そのためエシュカの魔力残量も、ゴローからの魔力譲渡を受けて尚、六割程まで減っていた。

 しかし今、魔力残量は七割を超えている。


「どうしたエシュカ! 早く行け!」


「ご、ごめん。なんか魔力の回復が早くて、びっくりしちゃった」


「お前も? じゃあやっぱこれは俺が変な訳じゃねぇのか」


「そっか、あんたも。だからもう、動かせたんだね」


「そういうこった。訳は知らんけどな」


 エシュカはガレージのシャッターを開け、外へ出ると戸締りのために脇へ退避する。


「ゴロー!」


「おう! 行くぜぇっ!!」


 甲高いスキール音と共に白煙を撒き散らし、ゴロー機がガレージを飛び出した。


「あ! こらぁっ!! この中でタイヤ空転させるまわすなって言ったでしょー!?」


 シャッターを操作しながらゴローを叱り付けるエシュカ。

 降りるシャッターの隙間から、ガレージ内の騒々人形に向けて手を合わせる。


「ごめん、みんな。掃除お願い!」


 シャッターが閉まり切る。

 やっぱり返事は聞こえなかった。

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