03_露見する計画
騒々人形がいたという屋敷の二階を調査していたクラウスとメルアは、部屋の床板の下に敷かれた魔法陣を発見、解析を進めていた。
「結界、ですね」
「ああ。今は機能していないが、随分と強度の高い結界だ。かなりの時間をかけて編まれている」
「でしたら、外れですか。精霊の召喚、固着、支配なんて大魔法を使えば痕跡が残らない筈ありませんから」
「そうとも言い切れないな」
「
別の場所を視ていたメルアが小走りにクラウスの元へとやってくる。
「いや、それはまだだが……部屋の扉、何か変じゃないかい?」
メルアはクラウスの言葉に釣られて扉を視るが、魔法の痕跡は見当たらない。
「扉が……どうかしましたか?」
「このフロアのドアは全て廊下側に開くようになっている。何か事情が無い限り普通は逆だ」
通常、外に開く扉が設置されるのは、部屋の広さが十分に取れない場合が多い。特にトイレなどは中で人が倒れたりしていた場合、その人に扉が当たって開けず救助できないといった致命的な事態に繋がるため、外に開くよう作られている。
しかし、この部屋の広さなら扉が内側に開いても何の問題もない。むしろ家族で暮らすことを前提に建てられたような屋敷なのだから、廊下を通行する者の妨げにならないよう内開きにする方が自然だ。
メルアは床に置かれたアタッシェケースからゴロー達がコピーした書類を取り出した。
「! 確かこの扉が改装された時期は――前冒険者ギルド長、オードン・ユデルネンが在任しており、ここに居住していた時期と重なります。……となると、事情とは?」
「きっと部屋内に痕跡を残さないための結界だろう。空間維持とでも言うべきか。この時、扉が内側に開いては結界に干渉してしまう。それを避けたのだ」
「そんなに前から計画されていた……いえ、ですが、精霊研究のためとなれば、そのくらい時間をかけて備えるのは珍しくないのでは……?」
「その通り。だが、真っ当な研究なら痕跡を隠す必要などないだろう? なのに奴は数年に渡り行方をくらませているばかりか、手放した屋敷を他人が購入できないよう裏工作までする徹底ぶりだ」
「確かに……」
「残念だが、
「……でも、オードンが黒幕なら、こんな結界を張るほど隠したがっていた人形を、なぜ放置したのでしょう?」
「……何?」
「支配こそ失敗してますけれど、召喚と固着には成功しているんですよ? 精霊はここにいたんです。それを回収せずに一体どこへ――」
「――それだ!!」
「え?」
「奴の目的だ! 決まってるじゃないか、諦める訳が無い! そうだ。放置していたのではない。何か理由があって動けなかったんだ。そして動けるようになった奴は状況を知り、消せる証拠を消した。ならば、すぐにでも精霊を取り戻しに来る!」
見えかけていた一本の道に囚われ、結果的に遠回りをしていたと気付いたクラウスは早口でまくし立てる。
「と言うことは……!」
「ゴロー君たちが危ない!!」
コートミューとヘンドリックの戦いは数分に及んでいた。
(何故だ……何故……?)
対応が遅れ、パルチザンを直剣ではなく前腕装甲のパタで逸らすヘンドリック。
(何故、俺はまだ、生きている……?)
たかが数分と思うかもしれないが、音速を越える相手の攻撃を捌き続けているのだ。
コートミューの直線的で大味な動きと、ヘンドリックの並外れた直感と幸運、そして隊員たちに庇われて紙一重の防戦が成り立っていた。
もはや自警団犬闘機隊はヘンドリック機しか残っていないが、幸い隊員たちは無事だ。
「おいギルド長! いい加減目ぇ覚ませ!!」
「……!」
ヘンドリックの呼びかけに、眉を動かしたのはモンスターの群れと共にいた男、前冒険者ギルド長オードンだった。
(口を開く余裕が生まれた? 人間の思考が追い付いたとでも言うのか?)
オードンが推測する間も二人は切り結ぶ。ヘンドリックは自覚できていないが、だんだんと受けが間に合って来ているのが分かる。
「くっそ!
「言わねば分からんか?」
「ちっ! さっさと術を解け!!」
「人間一人仕留められないばかりか会話まで許すとは……私の後釜がこうも弱くて良いものか……」
「私が弱いか?」
「何?」
コートミューは、ヘンドリックとオードンが直線上に並ぶよう位置取りし、ヘンドリックを狙うと見せかけてオードンの眼前に迫ると、パルチザンを振るう。
間一髪で刃の範囲外まで逃れたオードンからは、まだ余裕の表情が崩れないものの、多少の狼狽が見て取れた。
「術が解かれた……?」
浮遊する高さを合わせ、再びヘンドリックと並び立つコートミュー。
「すまない。面倒をかけたな、自警団長」
「どうってことないさ。それより、今のが?」
オードンがギルド長の席にいた時代に冒険者だったヘンドリックは彼の得意とする魔法を知っているのだが、実際に見たことは無かった。
と言うより、魔法の使えない人間に視えるものではないのだ。
「ああ。あれが噂の『
『
西門を襲撃したモンスターは全てこの魔法でオードンの支配下にあったため、あたかも知性を持つように見えていたのだ。
「なるほどな。だが、相手の目を見なきゃ使えないって噂も本当なら、あんたに効かない以上あいつに勝ち目はないな」
「いや、私の方は当てにしないでほしい。私はあれほどの魔法を跳ね退ける術を持たない。何故
オードンに届かぬよう小声で不安を吐露するコートミュー。
相手の精神に干渉するタイプの魔法は、術者が対象を何かしらの感覚で認識していなければならないことが多い。
どの感覚で捉える必要があるかは行使する魔法によって異なるが、コートミューの速度なら術者が魔法を編む間に認識範囲から外れることが可能であり、これを基本的な対策として自身の戦術に組み込んでいる。
そのため実際に精神干渉を受けてしまった場合の対抗手段は最低限の防壁しか持ち合わせていなかった。
(だがやはり、良く分からないことは良く分からないものが原因なのだろうな)
ゴローから受け取った魔力。心当たりがあるとすればそれだが、断定はできないし、次も抵抗できる保証はないのだ。警戒するに越したことはない。
「そうか、なら仕方ない。だが俺たちが有利なのに変わりは無い!」
「それはどうかな? こちらにはまだ駒があることを忘れていないか?」
オードンの周りには『
「そんなに集めたらまた一網打尽だぞ」
「できんよ。
「何、本当か!?」
「ああ、その通りだ。今の私ではその数のモンスターにも梃子摺るだろうな」
ここで見栄を張っても味方の目算を狂わせるだけだと判断したコートミューは素直に肯定する。
元々分け与えられた魔力が少なかったのもあるが、イベルタリアがいかに小国と言えど国の端から端までを目いっぱいの速度で飛行し、小規模だが範囲魔法でモンスターを倒し、更には操られたことによるヘンドリックとの交戦と抵抗で殆どの魔力を消費してしまっていた。
「私から伝える手間が省けた。礼を言うぞ、先代」
「口が減らん奴だ。悪いが、おしゃべりに付き合う時間は無い。行け」
オードンを避けながら、モンスターの行軍が始まった。
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