02_ギルド長

 自警団の犬闘機隊でも、モンスターとの戦闘経験があるのはヘンドリックを含めた元冒険者のごく少数のみである。

 ヘンドリックが犬闘機隊を増やしたがっていることもあり、メタルバウトで手に入る機体は新たな人員に譲って、冒険者時代に愛用していた第七世代を使っている者もいる。

 赤鬼は知ってか知らずか、戦闘経験の無い者を優先的に狙い、犬闘機隊は確実に数を減らしていった。


(またか……! ってことは西側こっちの襲撃は人為的なものか!?)


 ヘンドリックの脳内で、目の前の敵とメタルバウトに乱入した赤鬼が重なる。

 どちらも本来赤鬼が持つ筈のない、作為を感じさせる戦い方をしていた。

 思い出されるのは砕かれた宝石に込められた精神支配系の魔法。

 この赤鬼が操られているならば、術者が近くにいるのではないか?


(術者――つまり、黒幕が動いた……?)


 ヘンドリックは隊の各機に通信で赤鬼に止めを刺さぬよう指示を出し、周囲を探る。

 黒幕に悟られないため赤鬼を浅く斬り付けながらそれらしい場所に目を配るが、何処にも誰も見つからなかった。


(どさくさ紛れに入ってきてはいないか。ならまだ外に!)


 赤鬼の攻撃を避けた勢いを利用して門を通り外へ出ると、今度はしっかりと辺りを警戒する。

 黒幕を探すためでもあるが、モンスターがいないことを確認する意味が強い。

 周囲に気配は無い。

 なのでヘンドリックは探すまでも無く真正面から向かってくるモンスターの群れと対峙した。


第二波おかわりとは、気前がいいじゃねぇか……!)


「敵第二波を確認した! 全機、赤鬼を仕留めて門前に集合!」


 ヘンドリックの命令に、返る声は例外なく動揺に塗れていた。

 彼等はあくまで冒険者なのだ。中には一度もモンスターの襲撃を経験せずに辞めた者もいる。

 しかもそれはヘンドリックとて同じこと。メタルバウトの赤鬼が久々の対モンスター戦だったのだ。

 加えて自警団ではモンスター戦よりも、職務上多い市街地での他種族戦を想定した訓練に重きを置いている。

 そんな者たちに、対モンスター戦を前提に訓練している王国軍を下したモンスター達と戦えと言っているのだから無理もない。


「心配も不安も置いてこい。ここから先、必要なのは誇りだけだ。あとは全て、置いてこい。それが、俺たちの壁になる」


 静かに諭すヘンドリック。その声に、いざとなれば機体で門を塞いで果てる程の覚悟を感じ取った団員たちは全員、憎らしくも少しだけ懐かしい大地に足を踏み入れた。

 ヘンドリック含め、冒険者資格を持たない彼らは国外に出ることを許されてはいない。

 それでも。

 だから。


「俺ってば見る目あるねぇ!」


 誇るのだ。

 仲間も、自分も。


「そんじゃ隊長自ら一番槍、行ってみるかぁ!!」


 その時、恐怖を抑え込んで踏み出そうとしたヘンドリック機の目の前に、蒼い閃光が落ちてきた。

 光の中の人物が頭を振れば、靡く蒼髪が紫電を散らす。

 コートミュー・ラッセル、到着である。


「その誇り、私が継ごう!」


「ギルド長!」


「『霆進サンダーボーン』!」


 パルチザンを正面のモンスター群に向けて構え、再びの『霆進』で突貫を仕掛けるコートミュー。

 雷が如き速度で王国軍の残骸とモンスターを弾き飛ばしながら進み、敵陣中央に飛び込んだ。


「『電檻敷スパークレイン』!!」


 逆手に持ち替えたパルチザンを振り下ろして地面を突く。

 すると彼女を中心とした円形範囲が一瞬光り、大気の膨張音が轟く。

 半径にして十メートル程だろうか。いくら知性を持つように見えるモンスターであろうと電撃の速度から逃れられた者は無く、範囲内のモンスターは焼滅した。

 更に、膨張した大気に弾き飛ばされた王国軍機が範囲外のモンスターを巻き添えに吹っ飛ぶ。

 本来より一回り広い範囲を焦土に変えた一撃だったが、コートミュー以外に灰塵の中で動く影が一つだけあった。


「――ッ!」


 即座に地面からパルチザンを引き抜き、警戒するコートミュー。

 ところが灰の中から現れたその顔は、コートミューの見知っただった。


「あ、貴方は……。何故こんなところに……?」


 地味な色合いの厚手の外套に身を包んだ人物と対峙するコートミューが止まったのを見て危険を察知したヘンドリックが機体を走らせる。


「馬鹿! 何故じゃねぇ! モンスターの群れそこにいたんだ!!」


「え……」


 人を襲わないモンスターなどヘンドリックは見たことが無い。何より今回は襲撃だ。第一波で既に襲われている。

 戦い方が賢くなろうとモンスターはモンスターだ。そんな中で一人、襲われずにいる者が果たして味方だろうか。

 冒険者や王国軍はモンスター退治の専門家だ。それ故に、対人戦に疎い。

 逆に自警団は対人戦ばかり経験してきた。その違いが二人の判断速度を明確に分けたのだ。

 コートミューはヘンドリックの言葉に振り返り、目を離している。

 敵ならば動くのは今だろう。

 電磁外套があるため迂闊に触れることはできないが、はそれも重々承知している筈だ。

 まだ遠い。コートミューの速さを思い知らされる。


「流石は人間冒険者第一号。危機感知能力に優れている」


「――ッ!」


 分かっていた。そこに彼がいることが何を意味するのか。コートミューにも分かっていた。

 一瞬だけ、ココロとアタマを繋ぐのを躊躇ってしまっただけなのだ。

 ようやく戦闘態勢に入り直した時には全てが手遅れだった。


「遅い」


 男の瞳に、紫色の火が灯る。

 遠目には、何も起こっていないように見えた。

 しかしその術式は静寂のままに起動し、粛々と効果を発現していく。

 走行形態でコートミューの元に向かうヘンドリックは、突然寒気を感じ、その直感に従い舵を切る。

 刹那。犬闘機の肩部装甲が輪切りにされた。

 気が付けば、ヘンドリックの視界からコートミューが消えている。

 ヘンドリックはすぐさま跳躍し歩行形態に変形しながら空中で反転。後ろを向く動作の中で直剣を交差して構えた。

 ヘンドリック機が振り返り切る前に直剣をパルチザンが叩く。コートミューが『霆進』を使い往復してきたのだ。

 『霆進』の速度もさることながら、受け止められたのは偶然だとしても反応できたこと自体が異常だ。その男に対する危機感で神経が鋭敏になっていたヘンドリックの奇跡的な読みだった。


「どういうつもりだ、ギルド長……!」


 進行方向が同じだったため交差した直剣をパルチザンの鉤爪に当てて勢いを殺ぐことに成功したヘンドリックは真意を問う。


「いや……ギルド長『オードン・ユデルネン』!!」


 ――後ろにいる、紫色の目の男に向けて。


 冒険者ギルドと自警団は元々交流が厚い訳ではないが、支部長の名前くらいは知っていた。

 そしてそれは最近の失踪者事件を追っていた際に思い出した、数年前の失踪者の名でもあった。

 時期が離れていたため関係があるとは思っていなかったが、その男が敵として目の前に現れた今、噂通りの使い手であれば、否が応でも関連付いてしまう。


(こいつが――黒幕だ!!)

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