04_旧人類の遺産

01_西門陥落

 人間の国『イベルタリア』の西側は見た目ほど広くない。

 右手には北の山々が峰を連ねており、左手には山から貴族街外堀に引き入れた川が平民街を通って流れ出ている。

 その山と川の間に陣を敷いていた百機を越えるイベルタリア王国軍の『第九世代犬闘機J-OE9』隊は、既に壊滅していた。

 動けるのは僅か三機。しかし対するモンスターも赤鬼バッドオーガ青鬼ブルオーガの一体ずつを残すのみだ。

 普段であれば一対一でも勝てる相手だ。その上数的有利も取れている。勝利は目前だ。

 だが三機の操縦者は、この戦場ではその目算が当てにならないのも目の当たりにしてきた。事実として全滅と言っても過言では無い大損害を被っている。


 終わってみれば三機がかりで青鬼を仕留めるのがやっとで、赤鬼は受けた傷をものともせずに悠々と門へ進む。

 鉄製の落とし格子に角を叩き付け、傷付いた部分を折ると、残りを力任せに引き千切っていく。

 鉄格子の破壊を必要最小限に止めると、壁のような石造りの門扉に角を突き立てる。

 鉄板に突き刺さる強度を持つ赤鬼の角は、正確に石と石の間に突き込まれ、効率的に扉を壊していく。

 本来赤鬼はここまでの知性を持ち合わせてはいない。異常な行動だ。

 これは今回西側を襲撃した全モンスターに当て嵌り、故に王国軍は歴史的大敗を喫してしまった。


 そしてついに、石の扉が崩される。

 突進の勢いのまま巨体がもう一枚の落とし格子に突っ込むと、鉄格子がひしゃげた。

 その瞬間、鉄格子の隙間に刃渡り二メートルの直剣が差し込まれる。

 直剣は狙い澄ましたかのように赤鬼の骨の隙間すら通り抜け、内臓に刃を届かせた。

 不意の痛みに反応して赤鬼が後退したことで致命傷にはならなかったものの、僅かな隙を縫った正確な一突きは、相当な腕を持たねば成し得ぬ一撃だ。


「ま、不意さえ打てりゃ、このくらいはな」


 門の先、平民街で待ち受けていたのは直剣二刀を構える犬闘機が率いる軍団。


「ここから先は俺たちの管轄だ。命が要らんなら入って来い」


 先頭に立つはヘンドリック機。

 並ぶは自警団、犬闘機隊である。



 西門陥落の伝令により、野戦病院は緊張感を増していた。


「陥落って、あっちは犬闘機が百機くらい出てったんだぜ? しかも俺たちのより新しい奴」


 現行機との性能差を垣間見たゴローは俄かには信じられなかった。


「ゴロー! 事実は事実だ。それより残りの魔力、全部寄越せ!」


 事態は急を要する。コートミューの語気から改めてそう感じ取ったゴローは、すべきことに集中する。

 門を破って入ってきたモンスターは誰かが倒さねばならない。

 しかし東の前線で戦っている冒険者達にその場を離れてもらっては困る。

 野戦病院も機能していなければならない。少しは人員を割けるが、ここにいるのは後方支援を専門にしている者ばかり。生存者の捜索と手当てで手一杯だろう。

 犬闘機が無いゴローは戦力にならず、エシュカの機体も一度武装の手入れが必要。

 となれば援軍として動けるのは一人しかいない。

 それに――


「私でなければ間に合わん!」


「――よし! 急ぎだからな。多めに流すぜ!」


「それでいい。やってくれ」


 地面に刺したパルチザンにしっかりと身体を預けて差し出されるコートミューの手。今度はその手を握り返す。

 ゴローは言われた通り、残り少ない全ての魔力を託した。自分が前線に立てない不甲斐なさと、悔しさを込めて。

 考えてみれば、ゴローが思い詰めることではないのだが、彼は状況に酔っていた。

 言い換えれば、士気が上がっていたのだ。


「くっ……おおおっ!」


 魔力を受け取ったコートミューは併発する眩暈や吐き気を気迫で振り払う。


「離れろ! 『電磁外套プラズマコート』!」


 蒼電が三度コートミューの身を包む。

 ゴローとエシュカが離れたのを確認して、次の術式に移る。


「耳を塞げ! 三、二、一、『霆進サンダーボーン』!!」


 丁寧にカウントダウンに合わせて指を折るコートミューを見ていた二人は、雷が落ちたような轟音と衝撃に、耳を押さえた手に力を入れ目を瞑る。

 振動が身体を駆け抜けた後、耳鳴りを感じながら少しだけ目を開くと、既にコートミューの姿はなかった。


(この音……! そうか、あの時ガレージの外でこれ使ってギルドまで行ったんだな。どうりで仕事が速ぇ訳だ)


 ゴローが納得していると治りかけの聴覚が微かに意味のある音を拾った。


「……ロー! ――っち!」


「エシュカか?」


 隣を向こうとするゴローの腕が無理矢理引っ張られる。


「いつまで耳塞いでんの! あたし達も行くよ!」


 ゴローの腕を掴んだまま引きずる勢いでエシュカは進む。


「お、おい! 行くってどこに!?」


「あたしんに決まってるでしょ! 家壊されちゃたまんないもん!」


 エシュカのガレージは陥落した西門から伸びる大通り沿いにある。となれば被害を受けている可能性は高い。


「それに、無事なら戻る頃には終わってる筈だよ!」


「! そうか!」


 走行形態のまま東門の脇に停めてあった自分の犬闘機に乗り込むと、エシュカは機体を起動させる。


「おーい! あんたたち、待ってくれ!」


 二人を呼ぶ声に振り向くと、数人の冒険者が追って来ていた。


「西門に向かうんだろ? 俺たちも連れて行ってくれないか?」


「えっ? えっ?」


 いきなりのことにエシュカは戸惑う。

 それもその筈。この『いきなり』は今この瞬間だけのものではなく、冒険者たちが人間を避けていた年単位の時間を経た上での『いきなり』なのだ。


「さっきの殴り合い、見てたんだ。そしたら、じっとしてられなくてよ」


「どっちも戦場だし、ここにいても魔力回復まで何もできないんだ。それなら移動時間に使った方がいいだろ?」


「よし、乗れ!!」


 混乱するエシュカに代わり、ゴローが即決する。


「ちょ、ちょっと! ゴロー!?」


「急ぐんだろ? 問答してる暇はねぇ」


 時間が無いのは事実だ。今は一刻も早く出発せねばならない。


「もう! 分かったわよ! 落ちても知らないからね!」


「聞いたな!? 早く乗れ!」


「でも本当に全員乗って大丈夫――」


「うるせーな! 置いてくぞ!!」


 ゴローの一喝で冒険者たちが犬闘機に群がる。

 その間にエシュカは番兵に通信を送り開門を要請した。

 犬闘機の走行速度は、コートミュー等の例外を除けば他の冒険者より断然速い。

 それを熟知しており、既に西門の状況が伝わっているであろう王国軍の番兵は一も二も無く要請に応じ、門を開く。


「これで全員だ! エシュカ! こいつのパワーを見せてやれ!」


「よーし! しっかり掴まっててよ! ――発進!!」


 ゴウと音立て煙立て、エシュカの犬闘機は定員オーバーなどものともせずに飛び出した。

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