12_変容

「凄いな……本当に魔力が溜まっていく。よし、とりあえずこんなものでいいだろう」


 コートミューはゴローによる魔力の譲渡を一分ほどで中断させた。


「いいのか? 流石はギルド長ってくらい、まだまだ容量空いてたぞ?」


「ああ、検証だと言ったろ。どれほど時間をかけても、魔法に変換できなければ意味がない。試すだけならこれで十分だ」


「そうか」


 コートミューが魔法を使うために少し距離を取ろうと背を向けると、エシュカがゴローの袖を引いた。


「ねぇ、ゴロー? あんた今さらっと言ったけど、魔力量が見えてるの?」


「いや、見えちゃいねぇけどよ。相手の容量に対してどのくらい魔力が入ったかってのはなんとなく分かるんだ。ほら、水筒とか中が見えない容器に水を注いでくと、溜まり具合でだんだん音が変わるだろ? あんな感じでな」


「へぇ……あんたも随分馴染んだのね。あたしそんな魔力の出し方知らないよ?」


「そう特別なことじゃないぜ。騒々人形の時と同じだ」


「あの時は精霊のインパクトで流しちゃってたけど、普通やろうと思ってできることじゃないからね、それ」


 護身術である『逆流』は、出力の調整を想定した技ではない。

 元々殺傷力がない上に、使う時は使い手が身の危険を感じているのだから、相手を気にかけ加減してやる余裕など無いのだ。

 その『逆流』の出力、時間、流れ全てをコントロールすることは一般人は試みたこともないだろう。

 犬闘機を起動、運用できる人間になら可能ではあるが、それでも人形の表面を覆う魔力の層だけを削り取るという繊細な魔力操作は容易ではない。


「確かに難しかったけどよ。騒々人形が細かく口挟んでくれたから何とかなったんだ。あれと比べりゃ空の容器を満たすくらい簡単だぜ」


「……ねぇーー」


「行くぞー、気を付けろー!」


 気付けばかなり離れていたコートミューの呼びかけに、エシュカの疑問は遮られる。

 押し黙るエシュカの隣で、ゴローは手を挙げて応えた。


「『電磁外套プラズマコート』!」


 コートミューが一言紡ぐと彼女の身体を青白く輝く光の外套が包み込む。

 大規模掃討魔法を放つ時、宙に浮いていたコートミューが纏っていたものだ。


(……拒絶反応からの暴走は、ないか。制御できるか?)


 コートミューの爪先が地面から離れて暫く浮遊すると、空気を振動させながら唐突にその姿が消えた。


「え……!?」


「上だ!」


 ゴローの言葉にエシュカも上を向くと、青白い光が直線的な軌道で縦横無尽に飛び回っていた。

 光は一度止まると、流れ星のように前線に向かう。

 ピンチに陥っていた冒険者たちを何人か雷撃の魔法で救い、戻ってきたコートミューはゴローたちの目の前に急降下し着地寸前で停止すると、電磁外套を解いた。

 浮力が消え、地に足を付けたコートミューはパルチザンに縋り付き、力なく膝を折る。


「ギルド長!?」


「おい、大丈夫か!?」


 倒れんとする身体を両手で支え、四つん這いで踏み止まるコートミュー。


「つ、使えた……」


「お、おう。だから言ったろ?」


「何故使える……?」


 コートミューの膝を突かせたのは身体的なものではなく、それまで自分が学んできた知識が、積み重ねてきた常識が崩れた重みだった。


「た、たまたまですよ、ギルド長! コイツちょっと特殊と言うか、変なんです。あたしには、と言うか普通の人間にはこんなことできませんよ!」


 一向に顔を上げる気配がないコートミューに見かねたエシュカは励まそうとするが、人間が持つ魔力の知識では説明できず、ゴローの異常性を説くしかなかった。


「人を変人扱いすんな! っつーか、お前ならできると思うぞ。やってみろよ」


「え、えー? 確かにできたら凄いけどさぁ……」


「細く長く『逆流』を打ち続けるイメージでな」


 ゴローに促され、エシュカが背に手を乗せると、コートミューは弾けるように立ち上がった。


「おい! 何をさも当然のように私で実験しようとしてる?」


「そりゃあ、ギルド長しか魔法使えねぇもんな?」


「魔法使えるか試さないと出来てるかどうか分かりませんよね?」


 もう一度触れようと伸びたエシュカの手を叩き、パルチザンを拾うと目の前の地面に突き立てる。


「ええい触るな! いいか? 結局やってることは護身術の応用なんだ。本質としては攻撃だと言うことを理解しなくてはいかん!」


 パルチザンを回り込もうとするエシュカを常に正面に見据えるよう移動しながら諭そうとするコートミュー。だが。


「けど、検証するって言い出したのもギルド長だもんな?」


「ゴローの成功例だけじゃ検証できてませんよね?」


 同一の魔力源から複数の種族に魔力の譲渡が成功したという結果は出たが、それが個人の特別性によるものか、人間ならば誰にでも可能なのかの検証の方が重要だ。場合によっては人間の優位性が認められ、世界が一変することも有り得る。


「う、それはそうだが、待ってくれ。あれはな? 自分ではないものが入ってくる異物感がだな! 結構気持ち悪いんだ!」


「じゃ、いきますよ〜」


「ああもう、分かった! 一思いにやれ!」


 エシュカは、コートミューが使命感と嫌悪感の間で葛藤している隙にパルチザンを回り込み肩に手を置く。観念したコートミューの許可を得て、魔力を流し込んだ。


「う、うえぇ……」


「なんか俺ん時より苦しそうだな。もっと絞れるか?」


「こ、こうかな……?」


 エシュカが魔力を制御しようと力み、額に汗の玉が浮かぶ毎に、少しずつコートミューの表情が和らいでいく。


「ど、どうですか?」


「いや、これは……駄目だな。『逆流』の威力調整はできているが……魔力は入ってきたそばから消滅している」


 それを聞いて、エシュカは諦めて手を離した。結果としては予想通りだったため、特に落ち込むような様子はない。


「やっぱりゴローがおかしいんですか?」


「おかしい訳じゃねぇだろ。言い方考えろ」


 ゴローは眉根を寄せ、口をへの字に曲げて抗議するも、取り合ってもらえなかった。


「それを確かめるには、二人が互いに送ってみる必要があるな」


「えっ」


 二人とも『逆流』を受ける感覚を思い出して顔を顰める。

 が、ゴローはその感覚の出どころが気になり記憶を辿った。

 そう、ゴローが『逆流』を受けたことのある相手はたった一人しかいないのだ。


「待った。俺はエシュカの『逆流』を受けたことがある。その時は魔力が増えたりはしなかったぞ」


「そっか。あんたに『逆流』教えた時の。じゃあ、あたしもあんたの『逆流』受けたじゃん。……あれ? あの時あたしの魔力、回復なんかしてないよ?」


「何ぃ? どういうことだ……? ゴロー、ちょっと今マルベリーに魔力送ってみろ」


「おう」


 エシュカの手袋に金属が入っていないことを知っているゴローは、エシュカの手を取り間髪入れずに魔力を流す。


「えっ嘘……なんで!?」


 魔力の回復を感じ取ったであろうエシュカの反応は、コートミューを一つの仮説に導いた。


「つまり、ある時点でゴローの魔力が変容した、ということか……」


「な、なんですか? 魔力の変容って」


「さぁな。そんな話聞いたこともない。……だが、良く分からないことは、良く分からないものが原因だろう」


 エシュカの手を離したゴローは考えるまでもなく口を開く。そんなものの心当たりは一つしかない。


「『騒々人形ポルトマタ』……いや、『精霊』か」


「調べてみないことには何とも言えないが、恐らくな」


「これ監察官に知られたら、あんた解剖されるんじゃない?」


 鑑定室の作業台に固定される自分の姿が容易に想像できてしまったゴローは震えあがった。


「げ……じゃあこの件は内密に、ってことで」


「そうはいくか。私から報告を上げておく」


「そんな殺生な!」


 今までに存在しなかった時間経過以外の魔力回復手段の発覚は世界を震撼させる事実である。

 公表するかは置いておくとしても、コートミュー一人で抱えるには重過ぎる秘密だった。

 この件に関わった冒険者たちをどう探し出し、どう口を止めるか考えあぐねていると、シンディーが慌てて駆けてきた。


「どうした、マルレチカ? 血相を変えて」


「ギルド長。たった今、伝令が入りました」


 息を整える間も惜しんで、シンディーはただ一言、告げる。


「西門、陥落です」




犬闘機 第三章『人間の国、人外の街』 了

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