11_誤解のままに
ゴローを拾いに向かう途中、コートミューは前線に上がる冒険者が急に増えたことに違和感を覚えていた。
冒険者たちは使える魔法も魔力量も個人差があるため休息の時間もまちまちだ。
一応どの冒険者も戦線に復帰する際には周りの冒険者に声を掛け、複数人で復帰するよう心掛けてはいるが、それでもまばらになるのが常である。
それがどうだ。
今すれ違った、戦線に向かう冒険者は十人にもなる集団だ。
更には魔力量が異常だった。
戦闘が開始してから一時間余り。いくら魔力回復のために休息すると言っても一時間では大した量にはならない。
しかし彼らの魔力量はほぼ全快と言っていいほどだ。
十人の冒険者が戦線復帰のタイミングを示し合わせるのは有り得ない話ではないが、魔力の回復量は現実的に不可能だと言わざるを得ない。
考えられる可能性は一つ。
最初から戦闘に参加していなかったということだ。それしかない。
それしかない――筈なのだが。
「どうなってるんだ……?」
また、新たな集団とすれ違う。
皆、魔力は全快近い。
合わせて二十人近く。
こんなにも招集をボイコットした冒険者がいたことにコートミューはショックを受けた。
(私か? 私に不満があるのか?)
「マルベリー! あいつらの前に出ろ!」
「ええ!?」
「あいつらを止めるんだ!」
「は、はい!」
エシュカは機体を冒険者たちの進路上に滑り込ませる。
急に進路を変えて自分たちの前に躍り出た犬闘機が砂煙を上げて停止したことで、冒険者たちも視界を失い止まらざるを得なかった。
「っぶねーな! 何考えてんだ! 人間!」
「おい」
コートミューがパルチザンの石突でコックピットブロックを叩くと、音の広がりを視覚するかのように、砂煙が晴れていく。
「ああ!? ――ッ! ギ、ギルド長!?」
エシュカ機のコックピットブロックの上で、パルチザン片手に仁王立ちするコートミューの形相を見て、冒険者たちは言葉を失った。
「お前達。今まで何をしていた?」
「……何って、魔力切れで、休んでました」
「だが随分と魔力量が多いな。一時間で回復できる量じゃない」
「それが、救護班の野戦病院で人間が魔力を分けてくれてるんです」
その突拍子もない言い訳にはコートミューも唖然とした。
本来魔力とは大気中に遍在しているもので、それを身体が取り込み蓄積することで自分のものとしている。
取り込んだ魔力はその個体の体内に堆積し易いように最適化されるため、魔力は自分固有のものであるという認識が一般的だ。
魔力を他人に譲渡するなどという話は聞いたことがなかった。
「どんな理由で戦闘に参加しなかったのかは知らんが、もう少しマシな嘘を吐け」
「ほ、本当なんです! なんか、コピー機が誰にでも使えるなら、魔力ってものの本質は同じ筈だからできる、みたいなこと言って」
「そんな理屈が通るか馬鹿者。戦闘でお前とお前の立ち位置を入れ替えたらどうなる?」
コートミューは二人の冒険者を指差した。一撃の重そうな両手剣の使い手と、片手にバックラーを構えた小回りの利きそうな直剣使いだ。
この二人に限って言えば、直剣使いが盾で攻撃を捌いている隙を突き、両手剣使いが大振りの一撃を入れるのがセオリーだろうが、逆では成り立たない。
「モンスターと戦う冒険者という本質は同じでも、役割が違うのだ。魔力も個々人に最適化され、同じ魔法でも習得の難易度が違っている以上、その役割は異なる。他人に与えられる訳が無い」
「俺達だって、できるとは思ってませんでしたよ。でも、何故かあいつにはできるんです。こればかりは、見てもらうしかありませんよ」
「……仕方ない。今回は騙されてやる。次は無いぞ」
「本当なんですって」
「いいから行け!」
釈然としない様子で冒険者たちは犬闘機を避け、前線へと向かった。
だが釈然としないのはコートミューも同じだ。
「すまない、マルベリー。先に野戦病院に寄ってもらえるか?」
「うーん、多分それ、ゴローです」
「確かに人間とは言っていたが……」
「タイミングから見て、可能性は高いと思います」
「よし、ならば行こう」
「了解」
エシュカ機は再び走り出した。
門へと向かう当初の進路から少し逸れ、救護班が展開する野戦病院に着いた二人は、それぞれの目的に目を光らせる。
二人の目的は、ある一点で交差した。
「御無事でしたか、ギルド長」
「ああ。丁度良かった。マルベリー。彼女が救護班の指揮を執っている
「よろしくお願いします。マルベリーさん」
「先日冒険者登録しました、エシュカ・J・マルベリーです。よろしくお願いします」
「ここの情報は彼女に集まる。早速だが、ゴローという人間の冒険者はいるか?」
「流石、お耳が早い。こちらです」
二人がシンディーに案内され壁際まで行くと、見覚えのある姿を見つけた。
「ゴロー!」
「ん、おお! エシュカ! ギルド長も!」
エシュカの声に気付いたゴローは三人の方へ駆けてくる。
「無事だったか!」
「それはこっちの台詞よ。あんた生身なんだから」
「お知り合いでしたか。でしたら私は負傷者の治療に戻りますね」
「ああ。ありがとう、マルレチカ」
シンディーの見送りもほどほどに、ゴローに向き直るコートミュー。
「ゴロー・イーダ。君も無事で良かった。不躾だが聞きたいことがあってね」
「だろうと思った。ゴローでいいぜ」
「フッ、話が早い。だが私も混乱していてな。何せ魔力の譲渡など前例がない。何から聞けばいいのか分からずにいるのだ」
「簡単だぜ。誰が使ったって魔力は魔力だ。コピー機が誰にでも使える様にな」
「そこだ。何故機械と同じ理屈が私たちに通用する?」
「え?」
「コピー機が誰にでも使えるのは魔励金が持つ魔力の
それはゴローにとって思いもよらぬ事実。
確かに、ゴローも犬闘機を起動させる特訓の終盤には、エシュカの実機で訓練していた。
勿論、起動には成功した。しかし、だからこそゴローは魔力の質に差が無いと誤解してしまったのだ。
だが、それでは実際に譲渡できている現実の説明が付かない。
まして、ゴローが魔力や魔励金について知っていることなど――
魔力 :魔法を使うための力。体内に大量にある。
魔励金:無機物には通らない筈の魔力を通す特殊な金属。
――このくらいのものである。
そのためコートミューの説明に理解が追い付かないゴローはエシュカに救いを求める視線を送る。
「……すみません、ギルド長。こいつの野蛮な頭じゃ説明するのは難しそうですし、とりあえず貰ってみてはどうでしょう?」
「な、何?」
(ぅ……こんな時、監察官がいれば喜んで被検――体になるのは私か。あの人等はきっと
魔力の譲渡という未知の領域。
その観測のために自らの身を差し出すなど、よほど献身的な者か、探求者でなければ尻込みするのが道理。
どちらでもないコートミューはそれでも、泳ぎかけた目を意地でゴローに向ける。
「そう、だな。できるか?」
「できるけど、俺ももう残り少ないみたいだ。あまり溜まらないかもしれん」
「事実の検証だ。量は問わん」
「了解。じゃあ、手を」
言われるがまま、差し出されたゴローの右手を掴もうとしたコートミューの手が伸びると、ゴローはコートミューの手ではなく、手甲を固定するベルトの間を掴んだ。
「ん、そこなのか」
「ああ。さっきまでやってた感じ、籠手とか手袋の中に金属が仕込まれてると上手くいかなくてな。いちいち聞くのも取ってもらうのも面倒だったもんで、つい」
「なるほど、そういうものか」
魔力が無機物を通らないという定説は、魔法を使える者には全くの無関係であるため知らない者も多い。
と言うより、本来魔法と言う形に変換されて放出されるのが魔力であって、魔力が魔力のまま体外に流出してしまう人間という種族が異常なのである。
これもまた犬闘機開発と同じように人間が境遇に抗い、自分にできることを研究した結果、明らかになったのだ。
「じゃあ、始めるぞ」
ゴローはイメージを固めると、魔力を流し始めた。
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