10_すべきこと

 S級ストーンランク冒険者は『シンディー・マルレチカ』と名乗った。

 彼女に従い、簡易寝台や重傷者を運ぶ力仕事や、回復魔法の手が足りない負傷者に回復薬を配ったりといった雑用をこなしていたゴローは、壁際で座り込んでいる、特に怪我をしている様子もない冒険者達に気が付いた。

 妙なのは誰もそれを咎めようとせず、更には作業の合間に見る度、人数が増えていることだ。


(ただフケてるってワケじゃなさそうだが……何なんだ?)


「ゴローさん、こちらへ」


「! おう」


 シンディーに呼ばれ、彼女が傍らに立つ簡易寝台に向かう。


「……! これは……」


 目の前の寝台に横たわっていたのは……いや、これは横たわると言えるのだろうか。

 人間を基準に考えれば、あまりに小さく、あまりに足りない。


「亡くなりました。ベッドを空けてください」


 それはまるで、『物』を片付けろと言っているように無情で、ゴローは我を忘れ掴みかかった。


「てめぇ! そんな言い方――っ!」


 されるがままに胸ぐらを掴まれたシンディーは信念の籠った瞳でゴローを真っ直ぐ睨み返す。

 そのが、ゴローに語りかけていた。


 貴方は、その程度の覚悟で、戦場に立ったのですか? と。


「ぐっ……く……っ……」


 歯を食いしばり、精一杯の虚勢を張るも、情に任せた非難はシンディーから送られる圧倒的な現実に打ち砕かれる。

 耐え切れず、ゴローは目を伏せ、シンディーを下ろした。


「次の負傷者が、助かる命が、待っています」


「……悪かった」


 ゴローは丁寧に遺体をシーツで包むと、慎重に抱え上げ、用意されている仮の棺へと運ぶ。


(貴方の目は、言動ほど荒んでいない。何を隠してるか知らないけれど、損な人……)


 その背に向けたシンディーの目は、同情の色を湛えていた。


 仮の棺は外壁のほど近くに並べられていた。

 端からいくつかの棺には蓋がされている。既に何人か命を落としているらしい。

 恐らく順番通り使うのだろう。端に近い開いた棺に遺体を下す。


「お前……人間かぁ」


 棺の蓋を閉め、手を合わせていると、壁際で座り込んでいた冒険者の一人が立ち上がり、ふらふらとゴローに向かってきた。

 鎧を脱いで休んでいたその男の首からは、『C級』クロスランクのギルドプレートがぶら下がっていた。


「またか……。だったらなんだよ?」


「おかしいと思わねぇか?」


「何が?」


「自分の身も守れねぇお前ら人間の住処を守るためによぉ! 他種族オレたちが死ぬのはおかしいだろっつってんだよ!!」


 その言葉に運んできた遺体が脳裏に浮かび、一瞬納得しかけたゴローは迫るC級冒険者の拳に反応できず、まともに受けて地面に転がった。


「……違う。ここはお前自身が住む街だろ」


 一撃貰った頬と、悪化した首の痛みに顔をしかめながら、ゴローはゆっくりと立ち上がる。


「自分で自分の家を守ることの何がおかしい!?」


「うるせぇ! こんな街、住みたくて住んでんじゃねぇ!!」


 ゴローは繰り出される前蹴りを脇に抱えて躱すも、C級冒険者はゴローの身体ごとその足を更に高く上げ、軸足を半周させて空中に弧を描き、ゴローを地面に叩きつけた。


「俺だってなぁ! こんな姿で――お前ら人間みたいな姿で産まれなきゃ、こんな街来なくて済んだんだよ!!」


「ぐっ……かはっ」


「俺の故郷くにはここじゃねぇ……ここじゃ、ねぇんだ」


「おい、もうやめとけ」


 気付けば他の冒険者たちも集まり出していた。


「こいつ、監察官のお気に入りじゃねぇか」


「そうか? 人間がこんなとこにいる訳ねぇだろ」


「機体捨てて逃げてきたんだろ」


「んじゃマジモンかよ。よせよせ、関わるな」


「人間が良く逃げ切れたもんだ……」


 口々にゴローの存在は周りの冒険者に伝播し、人だかりに誘われた新たな冒険者もゴローと距離を置いて立ち止まる。

 ドーナツ状に広がった集団の中心で、ゴローは再び立ち上がった。


「待てよ……。勝手に被害者面しやがって……」


「あ? 被害者だろうがよ!」


「いつもは人間が被害者なんだろ。こんな時くらい矢面に立てや」


「てめぇ……! モンスターと生身で戦ったこともねぇ人間が、知った口を!!」


「人間にとっちゃなあ! モンスターもてめぇらも変わんねえんだよ!!」


 ゴローは拳を振りかざし飛び掛かるが、放った拳はC級冒険者にかすりもしない。

 ダメージの残る身体を無理矢理動かし、できる限り隙を消すゴロー。

 『C』クロス『P』ペーパーの一つ上のランクだ。

 実力差がある以上、大振りの攻撃は当たらないと踏んだゴローは小さな動きを心掛ける。

 何度拳を振るっただろうか。

 何回蹴りを薙いだだろうか。

 だがそれでも、ただの一度も当たりはしない。

 拳は全て躱され、蹴りは全て防がれる。

 ゴローが不意打ちのダメージと首の痛みで本来の実力の半分も出せていないとは言え、多くの攻撃は捌かれた上でカウンターを貰うほどに圧倒的だった。

 倒れ、転がり、そしてまた――


「俺の、世界くにだって、ここじゃねぇ……。勝手に、連れて来られ……来たくて来た訳じゃねぇのに、ボコられ……気が付きゃ帰り道も……分かりゃしねぇ」


(こいつ……死なねぇよう加減してはいるが、まだ立つのか……)


「なあ……お前を捨てた国は、そんなに良い所か……?」


「ああ、良い国だ」


「その良い国を、遠巻きに見てりゃ満足か?」


「言ったろ! こんな姿で産まれなきゃ――」


「そんなもん、諦める理由にならねぇ!」


「じゃあどうする!? 認めねぇ奴、全員ぶっ倒すか!? 夢は寝ながら見るもんだ!」


「なら、夢を見せて寝かしつけてやるまでだ!」


 C級冒険者の目は、ゴローの魔力が動くのを捉えた。


(来るか、『逆流』! しかし何故今まで使わなかった?)


 彼は人間を脅威に感じたことはなかったが、それでも『逆流』への警戒は解かなかった。

 だからこそ、拳にだけは触れぬよう、頑なに躱し続けたのだ。

 生まれつきの能力の低さ。それは魔力にも現れている。

 怪我人と言う訳でもないのに壁沿いで休む冒険者たち。彼らは魔力量が少なく、コートミューが大規模掃討魔法を放つまでの一時間を稼ぐ間に、魔力が切れてしまった者たちだ。

 基本的に魔力を回復する方法は休息しかないため、再び戦線に復帰できる程度の魔力が回復するまで休んでいたのだ。

 ゴローを除く全ての冒険者がその事情を把握し、またいつ自分の身に起きないとも限らないため、誰も咎めはしない、暗黙の了解だった。

 そんな魔力が空に近い今『逆流』を受ければ、どれほどのダメージを負うだろうか。

 頭が結論を出すより先に、身体が反射し、回避行動に移る。


「選べ! 抗うか! 逃げるか!」


「――ッ!」


 その言葉を認識した刹那。

 思考が、反射を越えた。


「ナメんなあ!!」


 全ての回避命令を削除。

 浮かせた足はもう一度大地を踏みしめる。強く。深く。

 上体をやや前傾に、腕を交差して真っ向から受け止める姿勢を作った。

 ゴローもそれに応え、一番ガードが厚い両腕の交差点に『逆流』を打ち込む。


「……ぅ! っく……!!」


 脳を揺らす衝撃が全身を駆ける気持ち悪さ。

 歯を食いしばり眩暈と吐き気に抵抗するが、立っていられず膝を突く。


「『漢』、見せてくれるじゃねぇか……」


 ゴローもまた限界だ。背中から大の字に倒れる。

 入れ替わりに、頭を振り、笑う膝を力づくで抑え込んでC級冒険者が立ち上がった。


「ちっ……殴る蹴るしか……知らねぇのか」


「へっ……どんな世界どこに居ようと、喧嘩しか脳が無ぇ俺は、喧嘩しか脳が無ぇのさ!」


「ったく、とんだ狂犬に絡んじまった。これじゃ魔力回復どころか……ん?」


 ふと、身体を巡る力に気付く。これは。この力は――


「魔力が、戻ってる……?」

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