09_できること
コートミューの一撃はモンスターの大群のおよそ半数を消滅させた。
「大勢は決した! 総員、残党を掃討せよ!!」
上空でコートミューが鬨を上げると、冒険者たちは攻勢に転じる。
これは彼女がイベルタリアの冒険者ギルドに赴任して以来、恒例の流れだ。
モンスターと冒険者が再び前線を作り出すのを尻目に、魔力を切らしたコートミューは地上に降り立つ。
そんな彼女の視界を、一機の犬闘機が通り過ぎて行った。
「今のは……!」
コートミューの知る限り、今イベルタリアで活動している冒険者の中で、常に四本足で歩く犬闘機に乗る者は一人しかいない。
その者の名は、エシュカ・J・マルベリー。
昨日初仕事を終えたばかりのルーキーがモンスターの群れに単騎で突っ込んでいく。
「おい! 馬鹿、戻れ!」
エシュカ機の行動は自殺行為にしか映らない。
止めようと声を張り上げるコートミューだったが、既にその声を犬闘機内のエシュカに届けるだけの魔力も残っていなかった。
「誰か! あの人間を援護しろ!」
他の冒険者に呼びかける声も同様だ。
戦場を飛び交う怒号と鳴り渡る剣戟に砕かれ、声はただの音と散る。
元々冒険者は群れて戦うものではない。数人でパーティを組むことはあれど、軍隊のような指揮系統は存在しないのだ。
故に命令、指令を伝える手段は限られており、今この場にその手段は無い。
ならば。
コートミューはパルチザンを担ぎ、駆け出す。モンスター相手に魔法無しでどこまで通用するかは不明だが、顔見知りが死に行くのを見ながら自分は魔力回復のために休むなど、できよう筈もない。
(監察官も一目置く者だ。個人的な肩入れを咎められたら彼等のせいにしてやろう)
そう思うと、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
眼前の犬闘機は望外にも善戦していた。
走行形態の機動力を活かし、すれ違いざまに丸鋸で切りつけるヒットアンドアウェイに徹している。
丸鋸を掻い潜ったモンスターに組み付かれても、群れからしっかり距離を取り、引き剥がしては力任せに群れに向かって投げ返す。
モンスターの仲間意識がどのようなものかなど知る由もないが、奴等も突然自分に向かって飛んでくるものが味方だとは思わないのだろう。一時的な同士討ちを発生させることに成功していた。
「ふっ……やるじゃないか」
力任せで危なっかしいが、同時に頼もしい力だ。
何度目になるか、丸鋸でモンスターの足を狙うエシュカ。
ゴローに教わった戦法にも慣れてきて、より深手を負わせるために、まず足を掴んでから刃を押し当てる余裕が生まれていた。
引き摺るようにバックしながら反撃を受けない絶妙なタイミングで手を離す。
「――ッ、よし! 次!」
その時、コックピットブロックの上に何かが落ちてきたような衝撃があった。
(取り付かれた!? どこから!?)
「聞こえるか!? エシュカ・J・マルベリー!」
「ギルド長!? なんでそんなとこに!?」
「加勢に来た――つもりだったんだが、君が存外やるものだったのでな。少し魔力が回復するまで休ませてもらいたい」
「そこで!? っ! しまっ――」
コートミューに気を取られていたエシュカは飛び掛かるモンスターに気付くのが遅れた。
「無論、タダでとは言わん」
パルチザンの一振りでモンスターを軽く払い退けるコートミュー。
「
攻め手を任せて経験を積ませつつ、自分は休みながら必要とあらば新人を守る。
寄生と言えば聞こえは悪いが、即席の連携として見ればそれなりに合理的だ。
「折角ですけど、丸鋸が限界なのでそろそろ一旦手入れに戻らないと。ゴローも心配だし」
「何? 彼が来ているのか?」
状況で見ても記録で見ても、エシュカとゴローが組んでいるのは明白だ。しかしそれらしい機体は見当たらない。
「はい。まだ機体の修理は終わってないけど、招集は無視できないって……」
「生身で、ここにいるのか!?」
モンスターとの戦場に生身の人間が赴けば、そこには死あるのみ。
ならばガレージでゴローが言っていた通り、一刻も早く修理を終わらせるべきだ。
「何故……そんな馬鹿な真似を?」
「招集に応じない場合、冒険者資格が剥奪されることもあるって、登録の時に言われましたから、多分それだと思います。私たちは冒険者でいる必要があるんです」
「戦えない理由がある者に罰則など与えはしない。規則を見直す必要があるな……。とにかく、戦線を退くなら保護に向かおう」
「了解」
コートミューを乗せたエシュカ機は反転し、平民街東門へと進路を取った。
エシュカに敵を深追いさせないための一撃離脱を指南し別れたゴローは、無理な姿勢で衝撃を受けたため痛めた首を抑えながら門の脇の集団に向かって歩いている。
遠目からでも次々と負傷者らしき者達が担ぎ込まれているのが見て取れることから、野戦病院のようなものだろうと踏んでいた。
痛み止めなんかがあれば欲しいと言うのも本音だが、ゴローが自分にできることを考えた結果だ。
(あんだけ頻繁に出入りしてんだ。人手はいくらでも必要な筈だ)
今ゴローにできるのは恐らく救護活動に手を貸すくらいだろう。彼に医療の心得などまるでないが、人を一人移動させるだけでもそれなりの体力を使うものだ。それならば生身の人間でも多少は提供できる。
野戦病院とは言えあの衝撃波の中で仮設テントなどは建てていられる筈もなく、野ざらしで入口らしい入口も無なかったのでゴローは手近な冒険者をつかまえることにした。
「おい、あんた。何か手伝えることはないか?」
「ん? 魔力切れか? なら適当に……って何だ、お前人間か」
話しかけた冒険者はゴローが人間であることに気付き、露骨に落胆する。
ゴローが人間であることを断定できるのだから、彼は人間ではないのだろう。ゴローには人間と区別がつかないが。
この世界で暮らして二か月近くになるゴローだが、本人が自覚していないところで未だ人間以外の種族との接触に抵抗を持っていた。そのため、選べるならば無意識的に人間と見紛う外見の者にばかり声を掛けてしまっている。
しかし、そういった者ほど種族特有の能力が低く、人間の姿を『弱さ』と捉えていることが多いため、自分より弱い人間を見下すものなのだ。
そして当然ゴローは見下されるのを良しとしない。それがまた他種族民の劣等感に触れて火花を散らすことになる。
「こんなとこで人間も何も関係ねぇだろ。手ぇ貸せることがあんのか、無いのか聞いてんだよ」
「いらんいらん、人間なんざ何の役にも立ちゃしないんだからな」
「……そうでもないぜ? 証拠に、
ついカッとなって拳に魔力を込めるゴロー。相手を睨みつけると同時に体格をイメージに焼き付け、『逆流』の準備を整える。
「貴方たち! 何を騒いでいるのです!?」
もう一言あれば手を出していただろうと言う時に叱咤の声が飛び、二人の意識はその声の主へ逸れた。
一見して修道服のようなモノトーンのローブに身を包んでいるが、フードや十字の意匠も見られない。首から下がっているのは『S』と刻まれたギルドプレートだけだ。
身体のラインが出ない筈の服装が部分的に敗北している様から、その人物が女性であることが見て取れる。
赤味がかった金髪は整然と切り揃えられており、温厚そうな顔つきに凛々しさを与えていた。
眉根は引き絞られ、口元はきつく結ばれているが、それでもなお厳しく見えないのは若さだろうか。十代後半のように見える。
「指示された負傷者への処置は済んだのですか?」
「いえ、こいつに止められて……」
「では行きなさい」
「は、はい」
冒険者の男が逃げるように立ち去るのを見届けて、
「それで貴方は……ああ、人間の方でしたか」
「そうだ。手伝いに来た」
「……え? 手伝いに? どうしてそれで口論になるのです?」
彼女が見たものとゴローの話は噛み合わず、必死に釣り上げていた眉尻が下がる。
「知るかそんなもん」
「ああ、
「やっぱあんじゃねーか、あんにゃろう……っ痛」
ゴローは痛む首を押さえながら、先導するS級冒険者に続き歩き出した。
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