08_昇雷葬・怒鎚

 少し間が差して王国軍を全速力で追ってみるが、差は開くばかりだ。

 王国軍が通過し、平民街外壁西門が閉ざされる。


「犬闘機って、あんなスピード出るのか」


「そう思うのも無理はないが、あっちが現行の『第九世代J-OE9』だ。俺たちの『第八世代J-OE8』が旧型なんだ」


 王国軍の新鋭機に舌を巻いている間に、ヘンドリック機は自警団本部に繋がる交差点に到着した。


「ゴロー、悪いがここまでだ」


「サンキュー、団長。助かったぜ。丁度お迎えも来たみたいだ」


 大通りをこちらへ向けて走る機影が一つ。


「ゴロー! 団長!」


 ヘンドリック機の隣で機体を止めるエシュカ。

 ゴローはエシュカ機の主脚に飛び移った。


「お嬢! 状況は分かってるな!?」


「はい。でも……」


「よし、じゃあゴローを頼んだぞ!」


「待てコラ! 逆だろ普通!」


 挨拶する間も惜しんでヘンドリックは自警団本部へ機体を走らせる。

 状況を鑑みて抗議の声をスルーされた苛立ちを飲み込み、ゴローはエシュカに訪ねた。


「エシュカ、俺の機体は?」


「ごめん! まだ無理! 今、操縦席を直すために外しちゃってるの」


 思わず機体の両手を合わせてしまうエシュカ。金属と金属の衝撃音を間近で聞かされたゴローはたまらず耳を塞ぐ。


「~~~~っ! しゃあねぇな。もう結構な時間が経ったがバックレるワケにもいかねぇし、とりあえず行くか!」


 戦う手段がない人間に何ができるかは分からないが、支部のトップであるコートミューや、その組織を取り締まるクラウス達に行動を知られている以上、この招集を無視するリスクは大きい。

 冒険者資格を剝奪されるような事態になれば、また国外に出る手段を探さねばならないし、そんなものはそう都合良くありはしない。


「了解! 飛ばすよ!」


 エシュカは機体を発進させる。しかしその速度はヘンドリック機と比べ少々劣る。

 犬闘機による戦闘での基本となる格闘術が不得手なエシュカは、力に頼った重武装を好む。

 そしてその重武装を扱うには機体にもパワーが必要であるため、エシュカ機は機動力を捨て、超パワー偏重のスペシャルなセッティングになっていた。


 貴族街外縁を回り、平民街東門まで続く直線に出た二人は、壁外の空に急速に暗雲が立ち込め始めるのを見る。


「なんだ……? さっきまであんな雲出てなかったぞ」


 エシュカが東門へと機体を走らせてから二十分以上経つが、少し前までは晴天だった。それどころか、暗雲は正面方向の一部分に限って発達しており、そこ以外の空は変わらず晴れたままだ。

 更に数分。エシュカ機が東門を抜ける頃には、暗雲は不自然なほどに一定範囲から出ないよう凝縮され、円柱と呼ぶに相応しい厚みを持っていた。

 巨大な暗雲の真下は丁度前線のようで、距離があるため詳細には見えないが、多種多様なモンスターの大群とそれを食い止める冒険者たちが入り乱れている。


「おい、止まれ! 危ないぞ!」


 王国軍の番兵がエシュカ機を制止する。本隊が出陣しようと、彼らの持ち場はここなのだ。


「何が起こってるんだ!?」


「あれだ! もうすぐ撃つぞ、大規模掃討魔法!」


 番兵が空を指さした先には、青白く淡い光を身に纏う、一人の女性が浮いていた。

 目を閉じた女性はパルチザンを両手で握り、刀身の面を顔に向け身体の前に構えている。

 渦巻く暗雲が作り出した風に蒼髪が踊る。

 時折、髪と髪の間で電光が弾け、枝角へと集まっていく。

 女性の名はコートミュー。

 冒険者ギルド、イベルタリア支部ギルド長『儘曇航ラディアージュ』コートミュー・ラッセルである。


「総員退避!」


 コートミューがパルチザンを片手で軽く一振りすると、戦場に一筋の稲光が落ちる。

 それが合図なのだろう。前線でモンスターを抑えていた冒険者たちが一斉に後退する。同時に後方から魔法の援護が入り、追撃するモンスターの足を止めた。

 冒険者たち各々が防御魔法を張り始める。


昇雷門ヘヴンズゲートオープン!」


 空ではコートミューが右手に持ったパルチザンを高く掲げ、発動態勢に入った。

 風が止み、暗雲に吸われるように空気が動く。

 暗雲の底面に魔法陣が展開し、暗雲の中心部、深く暗い渦の彼方から稲光が漏れ始める。


「ゴロー! あれ絶対ヤバい!」


「だろうな!」


 生身で余波を受けては助からないと悟ったゴローは街の中に逃げ込もうと振り返るが、既に門は閉ざされていた。


「やっべ」


 エシュカ機のカーゴコンテナにでも隠れようとするゴローに、コックピットハッチを開けたエシュカが手を伸ばす。


「入って!」


「え、そっちか?」


 本来一人乗りとして設計されている犬闘機のコックピットは酷く狭い。

 だが赤鬼戦であのときゴローは知った。上手くすれば成人男性二人が入れることを。


「早く!」


「お、おう!」


 ヘンドリックとエシュカの体格差を考えれば、入れない道理はない。

 問答する時間を惜しんだゴローは、エシュカの手を取り機体をよじ登ると、コックピットハッチに滑り込んだ。

 エシュカの足の間に身体をねじ込み、割座のように両膝をついて爪先を後方に向けると、セーフティバーに後頭部を押し付けて衝撃に備える。つもりだったのだが、返ってきたのはセーフティバーにしては柔らかな弾力。


「ちょっと!?」


「悪い! もっと下か」


 通常の犬闘機より低めに調整されたエシュカのセーフティバーに頭を合わせる。


「『昇雷葬フューネラル――」


 最終工程の声が聞こえる。

 今にも大規模掃討魔法が放たれようとしているのに、ハッチが閉まる気配は無い。


「どうした!? 早く閉めろ!」


「黙ってて!」


 慣れない状況と焦りで集中が乱れ、上手く犬闘機を起動できない。

 機体に魔力を流すためにはイメージからゴローの存在を排除しなければならないのだが、密着する身体の感触を無視するだけでも難しいのに、声を掛けられては困難を極める。


「…………」


 ゴローもその難しさを感じ取り、僅かにすら動かぬよう呼吸を止めた。


「……よし! 閉めるよ!」


 犬闘機の起動と共にコックピットハッチが閉じていく。普段は気にならない速度のハッチの動作が急にもどかしく感じる。


「――怒鎚レヴィン』!!」

 コートミューが掲げたパルチザンを振り下ろす。

 ハッチが閉まる直前の一瞬、犬闘機の頭部越しに見た前線の空に光の束が昇るのが見えた。

 光が差す隙間がなくなり、一瞬コックピット内が暗闇に包まれたその時、機体に轟音と共に衝撃波がぶち当たる。


「おい、流されてんぞ!?」


 衝撃波は並の犬闘機を吹き飛ばすほどの凄まじさだった。

 重装備のエシュカ機は強靭な副脚が支えているが、浮き始めるのも時間の問題だろう。

 天に昇る稲妻の竜巻は雲の円柱を削り取りながらエネルギーを空に逃がしているようで、暗雲が消え去るまではこの状況が続くと見られる。


「踏ん張れ! 飛ばされるな!」


 エシュカ機の後ろには東門が軋んでいる。吹き飛ばされた犬闘機がぶつかる勢いによっては開いてしまうかもしれない。

 正味一時間をかけて放たれたコートミューの大規模掃討魔法『昇雷葬フューネラル怒鎚レヴィン』により前線のモンスターの大多数は消滅すると思われるが、万が一にもモンスターに門を越えられる訳にはいかない。

 このままエシュカ機が飛ばされ、門へと衝突することは、その万が一を生み出すことに他ならないのだ。


「大丈夫。これくらい、どうってことない!」


 エシュカは機体の腰を落として両腕を地面に突き立てる。

 吠狼蜘蛛を倒してからゴロー機の修理にかかりきりで、換装する時間が無かったエシュカ機の両腕装備は丸鋸のままだった。

 地面に刺さった丸鋸をスパイク代わりにしたエシュカ機は、未だ止まぬ衝撃波の中を前進する。

 雷の嵐が立ち上る戦場へ、一歩、また一歩と確実に歩を進める犬闘機の姿は、自身の身を守るのに手一杯でその場を動けない他の冒険者たちを驚愕させた。

 冒険者の中には犬闘機を知る者もいるが、そのパワーは彼等から見ても異質だった。


「お、おい? どこまで進む気だ?」


「これ一発で全滅って訳じゃないでしょ? 残りを片付けなきゃ」


「戦闘に入る前に降ろしてくれるんだよな? この姿勢もうキツいぞ」


「え? あ、そっか」


「頼むぜホント」


 群を抜いたパワーの前に心配事が吹き飛んだ今、起動前の緊張感は何処へやら。

 稲妻を喰らい尽くした雷雲が散り、青空が帰ってくるに従い、二人の気持ちも晴れていった。

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