07_出陣

 氷柱に磔になりながら反省するヘンドリックを尻目に、メルアはゴローを称賛する。


「失礼ながら、まさか貴方がここまでの働きをするとは思っていませんでした。私はただ、ローテーションでコピーした方が効率がいいくらいにしか考えていなかったというのに」


「そんな大したことじゃ……」


 事実、考え方はメルアの意図したもののままだ。ゴローはローテーションの人数を増やしただけにすぎない。


「そう言えば、ギルド長は? まだならそっち手伝った方がいいだろ?」


 これからここで行われるのは魔法の鑑定だ。ゴローにできることはない。

 ならば解析が中断されていた宝石の資料をまとめているであろうコートミューの助力に向かった方が良いと思っての提案だ。


「彼女がまとめてくれた資料ならもうここに。でも貴方たちが到着する直前に別件で呼び出されました」


「そっか。んじゃ今日はもう帰るかな……あっ」


 ゴローは思い出した。

 足が無い。

 ここまでヘンドリックの犬闘機にしがみ付いて来たのだ。だが、異様に溶けるのが遅い魔法の氷により、ヘンドリックが自由になるにはまだ相当な時間がかかるだろう。

 そうなると一般的な交通手段である馬車に乗ることになるのだが、金がない。魔力提供の報酬としてヘンドリックと二人してバラ撒いてしまっていた。

 ヘンドリックの言によれば、今回のコピーは監察官が主導する仕事であるため経費として請求すれば良いとのことだったのだが、氷柱に磔のあんな状態で経費の精算など要求できよう筈もない。


「……っと、そうだ。コピー機の使用料、こっちで立て替えてたんだけど……」


「ゴローさんが負担したのですか?」


 メルアの疑問はゴローというよりも磔にされたヘンドリックに向けられているように聞こえた。


「いや、足りない分を出したと言うか、足が出た分を出してもらったと言うか……」


「……魔力を買う際に折半したと」


「そう! そういうこと!」


「では経費として計上しますので、ここに詳細な金額を記入してください」


 メルアはスーツベストの内ポケットから色々と枠が描かれた紙束を取り出し、一枚千切って寄越す。領収書のようだ。


「インクとペンはそちらの台に」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 自分が使った金額なら分かるが、流石にヘンドリックの分までは把握していない。


「なあ!? 団長いくら出してた!?」


 天井のヘンドリックに問いかける。


(そういうことか! ナイスだゴロー!)


 恐らくこれはゴローの作戦だ。

 ヘンドリックはしばらく考えるそぶりを見せて、ゴローが意図している筈の答えを返す。


「いくらだったかなぁ? すまん、ちゃんと見てみないと分からん!」


 そんなことはない。いくら出したかくらい覚えている。つまりは嘘だ。

 そう。これは所持金を確認するために磔を解いてもらうという、ゴローからの助け舟なのだ。

 身を捩らせて身動きができないアピールも忘れない。


「じゃあ面倒かけて悪いけど、とりあえず俺のだけで」


「って、おい!?」


「うっせーな! 何だよ?」


「違うだろ!?」


「何がだよ!?」


「今のは所持金確認するために俺を下ろす流れだろ!!」


「どう飛躍したらそうなるんだ?」


「こちらが一括で計上するよう要求したのならまだしも、それは無理があるでしょう」


 呆れるゴローにメルアも乗っかる。


「だとさ」


「なら何でお前いきなり経費の話なんてし始めたんだよ!?」


「帰りの馬車賃ねぇんだよ。歩いて帰るのダルいだろ?」


「俺を! 下ろせば! いいだろ!!」


 来た手段で帰る。一番自然な形ではある。

 しかしゴローはヘンドリックのを短縮させる材料に心当たりがなかった。


「それはそうだが……」


 その時だ。

 館内に警報が鳴り渡る。


「――ッ!? なんだぁ!?」


 更にゴローが首から下げていたギルドプレートからも同じ警報が発せられた。

 ゴローは辛うじて冒険者登録時の説明を思い出す。


「これは確か……招集!」


 ゴローが記憶を確認している間に、メルアはヘンドリックを下ろしていた。


「ゴロー! 来い! ガレージ近くまで送る!」


 冒険者が招集される事態など一つしかない。

 モンスターの襲撃だ。

 それもゴローのような最下級ペーパーランクにまで招集がかかるのは、それだけ相手が大群で、こちらも頭数が必要であるということに他ならない。

 だが、だからと言って直接招集に応じたところで、戦えなければ意味がない。

 人間がモンスターと戦うには、犬闘機が必要なのだ。

 ヘンドリックに続き、ゴローは部屋を飛び出した。


「では、我々も急ぐとしよう」


 クラウスはアタッシェケースを広げて抱えながら出入り口へと歩を進める。その後を追うように書類や人形、宝石が飛来しては独りでにケースの中に収まっていった。

 ケースを閉じたクラウスの目の前に、一枚の紙が舞い降りる。

 人差し指と中指で挟み取ったその紙を一瞥すると、後ろを歩くメルアに振り返りもせず指だけで投げて渡す。

 それは、ゴロー達がコピーした戸籍簿の一枚。ある男のデータだった。

 メルアはベストの開き襟をつまみ、流れてくる紙を胸元に招き入れる。

 鑑定室を出る二人の表情が何時にも増して険しいのは、その男の名に覚えがあるからだ。

 口数少なく、二人は件の屋敷に向かう。 


 街はパニックに陥っている。

 かと思いきや、住民は冷静に避難所に移動を始めていた。

 イベルタリアでは、モンスターの襲撃は平均して年に数回くらいの頻度で起こる。

 だが毎回、冒険者たちにより平民街外壁の外で食い止められているため、住民たちにとって避難は形式的なものになりつつあった。

 危険な傾向ではあるが、結果的に落ち着いて避難ができている点を見ると善し悪しである。


「急げ! すぐに人でごった返す!」


 何故なら平民街東区域の避難所は冒険者ギルドだからだ。

 基本的に避難するのは平民街の外壁付近の住民たちだが、それだけでも相当な数だ。犬闘機の動線が確保できている内に離れないと身動きが取れなくなる恐れがある。


 なんとか冒険者ギルドの敷地を出たヘンドリック機は貴族街外縁の大通りを西に向かって走る。

 各方面の避難指定施設よりもイベルタリア中心部に近いこの辺りは、王国軍が防衛展開することを想定して作られているため道幅が非常に広い。

 そのため混雑も無く、ヘンドリックは最高速で飛ばしていた。

 十数分ほどで貴族街外縁を走破すると、東側と同じように、通りが平民街西門まで一直線に伸びる。

 その通りを大量の住民が避難のために使っているのだが、犬闘機が通るための中央レーンには誰も立ち入っていない。


「なんでこっちも避難してんだ? 襲撃は東側なんだろ?」


「さっき通信が入った。同時に西側からも来てるらしい」


「何!? じゃあこっちの守りはどうすんだ!? 冒険者はみんな東側に行っちまったんだろ!?」


 モンスターによる多方面からの同時侵攻。これは過去にも数える程しか事例がない。

 しかし、全く想定していなかった訳でもない。


「心配するな。こんな時は、が動く」


「あいつら?」


 普段は貴族街までの防衛にのみ注力し、平民街は管轄外と言わんばかりに姿を見せないが、被害が貴族街にまで及ぶことが想定される場合、先んじて事態に対処するため閉ざされた扉が開かれる。

 地響きを伴い、貴族街外壁と外縁の大通りとの間にある外堀に橋が架かる。橋の両脇には、大通りに向けて赤く点灯したランプが並んでいる。


「貴族街の扉が、開く……」


 跳ね橋に隠れていた巨大な扉が内側に開いていく。

 橋のランプがゆっくり点滅し始めた。


「見逃すなよ? 速ぇぞ」


 ランプの色が、緑に変わる。


 その瞬間、スキール音を轟かせ、走行形態の犬闘機が次々と飛び出した。


 ゴローは目を凝らしてなんとか形を捉える。犬闘機のようではあるが、かなり形状が違って見えた。

 気付けば、百機を越える犬闘機が眼前を通り過ぎ、貴族街の扉は閉じられようとしていた。


「そうか、あれが――」


「そうだ。あれが、『イベルタリア王国軍』だ」

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