05_糸を引く赤目の女

「おっさん、いるか?」


 自警団本部の団長執務室をノックするゴロー。

 呆れ声の入室許可を得て、無遠慮に入り込む。


「またお前は……俺の耳に入らん所でなら何と呼ぼうと構わんが、いい加減面と向かっておっさんは止めろ」


 実際は面と向かってではなく扉越しだが、本人の耳に入っている以上、それは屁理屈と言うものだ。早く本題に入りたいゴローは素直に従う。


「ああ、悪い、じゃあ団長で。ちょっとナルコと行ったあの屋敷の持ち主について調べてほしいんだが」


「生憎しばらく手が空かなそうでな」


 ヘンドリックは連日団員たちから寄せられる報告をまとめるので手一杯だった。

 以前、秘書やら助手やらを雇ったらどうかとクラウスに提案されたことがあるが、どうしても彼の隣に立つメルアのイメージが強く、ヘンドリックは頑なに拒んでいる。

 今となっては後悔しているが。


「それがどうも同じ件らしいぜ」


「何?」


 次の報告書に掛けたヘンドリックの手が止まる。

 ゴローは先ほどエシュカのガレージで行われた顛末を語った。


「なるほど。確かにそいつぁ最優先だ」


 腕輪の宝石と騒々人形に魔法をかけたのが同一人物とするならば、騒々人形のいた屋敷の住人こそが黒幕の最有力候補となる。

 ヘンドリックは執務机を埋め尽くした書類を手早く片付けてスペースを作ると、席を立つ。


「お前は手伝ってくれるんだよな?」


「いや、俺の仕事は調べるよう伝えることだから。『伝えました』って報告しなきゃならん。屋敷の時も命令無視で団長に怒られたろ? 今は冒険者ギルドの冒険者なんだから、今度はちゃんと従わないとな」


 面倒な調べごとは遠慮したいゴローは先ほどと打って変わって屁理屈を並べる。勝手な奴である。


「馬鹿言え。メルアの命令がそんなんで済むかよ。今戻ったところでどうせできることが無いお前は、次は俺を手伝えって命令されて送り返されるに決まってる。監察官たちの心象を落として、往復の馬車代を損するだけだぜ」


「っざけんな! 俺にだって魔法の解析――は、できなくても犬闘機の修理――も、触らせてもらえんけど次の冒険者の仕事の準備――は……もう済んでるけど他にも……」


「無さそうだな」


「ああ……無かった」


 観念したゴローはヘンドリックに連れられて駐機場にやってきた。


「おい、どこ行くんだよ?」


「どこって、役所に決まってるだろ。あの屋敷についてここで調べられることは、ナルコと行かせた時にもう調べてあるんだ。これ以上のことは役所の資料を当たらんと分からん」


 平民街は戸建てに済む住民の管理こそ国が行っているものの、それ以外は住民が流動的かつ流れが速いのでそれほど厳密ではない。

 役所は宿暮らしのゴローには縁の無い施設だった。


「犬闘機で行くのか?」


 自分の機体によじ登るヘンドリックに訪ねるゴロー。

 ヘンドリック機のコックピットブロックの両脇には、赤鬼戦の時ゴローとスリークに貸して、両方ゴローが折った直剣が新調されていた。


「ああ。コストはかかるがコイツは一種の身分証明ステータスだからな。コイツで乗り付ければ資料室に入るまでが楽になる」


 冒険者であればギルドプレートを照会すれば身元が割れるが、自警団や一般家庭にはそんな高等魔法を駆使したアイテムは無い。

 しかし入手方法が限られる犬闘機を所持していること、それを十全に扱える技術を持つことは、ヘンドリックの身分を裏付けてくれるのだ。


「しっかり掴まってろよ」


 走行形態に変形したヘンドリック機の主脚に乗ったゴローが返答代わりに片手をあげたのを確認して、ヘンドリックは機体を走らせる。

 自警団本部から役所はそう遠くない。街中なのでゴロー達が森へ向かった時ほど速度は出せないが、十五分ほどで到着した。


 ヘンドリックの思惑通り簡単に資料室に通された二人は屋敷の資料を探し始めた。


「東区画の記録は――こっちだな」


 巨大な本棚の迷路に頭痛を覚えながらヘンドリックの後に続くゴロー。

 本棚に並ぶのは本ではなく、番地ごとにファイリングされた戸籍簿だ。


(これなら俺いらねぇんじゃねーか?)


 番地のファイルには住人や改装記録などが時系列順に並んでいる。屋敷の住所はヘンドリックが当然控えてあり、その番地を見つけてしまえばあとは記録を書き写すだけだ。

 頭数がいる作業とは到底思えなかった。


(ま、楽に越したこたねぇか)


 恐らくガレージに残ったり鑑定室に押し掛けたりしていたら、クラウスやエシュカに色々と雑用を押し付けられていただろうことを考えると、こっちの方がサボれそうだ。

 向こうはその部屋や組織のボスがいるが、ここは管轄外。勝手に弄れる場所も物も少ないのだから雑用らしい雑用も無いのだ。


「お、あったぞ」


 ヘンドリックは立ち止まると、棚から一冊の分厚いファイルを取り出した。


「どうだ?」


 そのファイルを改装記録の付箋で開き、ゴローに見せるヘンドリック。

 建築図面が引かれたページの二階の間取りは、正しくゴローが見た通りのものだった。


「ああ、こんなんだった。ほぼ間違いないと思うぜ」


「よし。じゃあこのページまでコピー取って来てくれ」


「おう」


 重いファイルを受け取り踵を返したゴローは、足を踏み出す前に違和感に気付く。


「……い、今なんて? こっ、こコ、コピー?」


 聞き馴染みのある単語を認識したことで反射的に身体が動いた。

 聞く筈がないと思っていた単語を認識したことで動揺が生まれた。

 それは自然体であるが故の油断。

 反射だけであれば知っている体でどうとでもなる。

 動揺だけであっても素知らぬフリで胡麻化せる。

 両方出してしまったがために、その不審さが際立っていた。


「? 知らんのか? 知ってるふうに受け取ったじゃねぇか」


(やっちまった! 聞き返したのは最悪手!)


「いや、正直、やること思いつかなかったから、なんか頼まれねぇかなって身構えてたんだよ」


「ほう。そいつぁ殊勝な心掛けだ。今度からそういうのは表に出せ? しかしいくらコピーがすげぇったって、そんなにビビるこたねぇだろう」


「それは――雰囲気っつーか、な。こういう世界トコ慣れてないからよ」


「ははは、確かに! お前にこういう役所トコは似合わんわな!」


「だろ? はは……それで、コピーって?」


「こっちだ」


 再びヘンドリックが先導する。

 やがて本棚の林を抜けた先には、高さ二メートルに及ぶかと言う巨大な機械が鎮座していた。


「なん、だ、こりゃあ」


「すげぇだろ? これがコピー機だ!」


 ゴローの知っているコピー機とはかけ離れている。もしも先ほど知ったかぶっても、ここでまたひと驚きしてバレていたかもしれない。

 呆気に取られているゴローを尻目に、ヘンドリックは上機嫌で使い方の説明を始めた。


「まずは十分な紙があるかチェックする。大丈夫そうだな」


 ヘンドリックの説明を聞くに、どうやら使い方はゴローの記憶にあるコピー機と概ね変わらないようだ。

 違うのは印字の仕組みや動力で、魔力で動くとのこと。


「ゴロー、ここに手ぇ乗せてみ」


 言われるがまま機械の、手の絵が描かれた平面部に右手を乗せる。


「で、魔力を流す。『逆流』と似た感じでいい。あとはこいつが! 自動で! 必要な分を吸い出す」


「何? ――うお! ホントだ! 吸われてる……いや待て、ちょっと多くねぇかこれ? んでもって長ぇ!」


「途中で手ぇ離すなよ? 離したら最初からやり直しだぞ」


 魔力を吸う機械の駆動音を聞きながら待つこと約一分。

 ついに一枚の紙が吐き出された。


「どうだ、見ろ! 全く同じ書類がこんな短時間でできちまうんだ! 文字だけじゃない。図面だって寸分違わず同じものができる! こいつを使うと、まるで魔法を使ってる気分になるぜ……!」


 童心に帰ったような面持ちで得意げに語るヘンドリック。

 やはり、いや、魔法が身近にあるこの世界だからこそ余計に、人間にとって魔法は憧れなのだろう。


「他人の魔力でな……。しかし、これだけ使って、やっと一枚か……」


 ヘンドリックの耳に入らぬようため息を吐く。

 これとは比較にならぬほど高性能なコピー機を日常的に見てきたゴローからしてみれば、犬闘機の方がよっぽど魔法じみていた。


「よし、じゃあ次だ。セットは俺がやるからな。お前は魔力の供給に集中してくれればいい」


「あんた最初から俺を魔力電池タンクにするつもりだったな!?」


「俺じゃねぇ。メルアあいつが考えそうなことだ」


 メルアならヘンドリックが上げた赤鬼戦の報告書から、ゴローの魔力量が常人より多そうだという一文を目ざとく見つけているだろう。

 その前提で、ゴローがメルアに言われてこちらに来たとなれば、ヘンドリックは『こう使え』と言われているような気がしたのだ。


「ちくしょう!!」


 糸を引く赤目の女メルアに向けたゴローの嘆きは、コピー機の駆動音に吸われて消えた。

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