04_踊るムラサキオヤジ

 ゴローが騒々人形ポルトマタについて話し終えると、実際に見せる流れになった。

 一同はエシュカのガレージに集まる。


「いや、これは……冗談と断じていた訳ではないが……」


「ええ、俄かには信じられませんね……」


「本当に、これが全て精霊なのか?」


 ガレージ内を飛び回る人形たちを目の当たりにしたクラウス、メルア、コートミューの権力者三人は、揃って目を見張る。

 人形がひとりでに宙を飛んでいることに、ではない。もっと別のものが見えているのだろう。


「正直、俺もこいつらが言うことを信じただけで、実際にあんたらが思ってる精霊かどうかは分かんねーけどな」


 人形の中に何が入っているかをゴローが知る術はない。そのため彼らが言うことを鵜呑みにしていたのだが、ゴローには彼らが嘘を吐いているとは思えなかった。

 と言うより、恐らく『嘘という概念』を持ち合わせていないのだと感じていた。

 なのでゴローは彼らを疑いはしない。ゴローにとって分からないのは『精霊という存在』の方なのだ。


「調べさせてもらっても、構わんかね?」


「手荒なことは――」


「しないとも。何も干渉はしない。『視る』だけだ」


「分かった。エシュカ! ちょっと一体こっちに回してくれ」


「りょーかーい。じゃあ、キミはゴローの方お願いね」


 折角ガレージに帰ってきたので、騒々人形に新たな指示を出していたエシュカが、その内の一体をゴローに飛ばす。

 ゴローを経由して人形を受け取ったクラウスは、それをじっと凝視する。


「なんてことだ……本当に高次魔力存在の固着に成功している」


 精霊という存在については、まだ謎な部分が多い。

 分かっているのは生命体ではないこと。魔力のようなもので形作られていること。そして、通常の空間では存在を保てないことくらいだ。

 これらを総合して、便宜上『高次魔力存在』、通称『精霊』と呼称される。


「確かに、固着しています。こんな術者がこの国にいたなんて……私がもっと広く情報を整理できていれば」


「君は私が命じた通り、奴の死後を洗っていたのだ。ゴロー君の話だと――」


「…………」


 ゴローはふと、クラウスとメルアが人形に釘付けになっている様を、やや遠巻きに見るコートミューに気付いた。


「ギルド長はないのか?」


「フッ、分からんか?」


 自嘲気味に笑みを浮かべるコートミュー。


たところで分からんのだよ、私では。監察官とは、それほどの高みなのだ」


「……マジかよ」


 冒険者ギルドの一拠点を司る長。その実力がどれほどのものか、エシュカ以外の冒険者と轡を並べたことが無いゴローでは正確に想像することができない。

 しかし長年喧嘩に明け暮れた勘が、コートミューから強者の気配を感じ取っていた。ともすれば、クラウスよりも。

 だがそれは誤りだった。クラウスやメルアがコートミューより劣っているのではない。強すぎてゴローの尺度からはみ出していたのだ。


「ゴロー、そっちどんな感じ?」


 一連の指示を終えたエシュカがゴローの元へとやってくる。


「あんな感じ」


 少しでも手掛かりを見つけようと必死な監察官組を顎で指すゴロー。


「もし時間かかりそうなら、さっきまでやってもらってたトコのチェックしちゃおうと思うんだけど」


 人形に集中していたクラウスがエシュカに気付いた。


「ああ、エシュカ君! この人形、数日借りられないだろうか? 詳細に解析すれば何か分かるかもしれない!」


「もちろん、捜査のため、ですよ! 捜査の!」


 メルアが念を押す。表情があまり変わらないため、明らかに興奮しているのに熱心さだけがぶつかってくるのは若干怖い。

 ゴロー達も薄々感付いていることだが、改めてコートミューは小声で警戒を促す。


「気を付けろ。嘘ではないが精霊の研究もしたい筈だ。いつ戻ってくるか分からんぞ」


「コートミュー君! 私の前で内緒話などできはしないぞ! 変なことを吹き込むのはやめたまえ!」


「はーい、すいませーん」


 ガレージ内の音程度なら余さず拾えるであろうクラウスの忠告に、謝る気が微塵も感じられない、言葉だけの謝罪を投げるコートミュー。

 しかし既に、ゴローは心を決めていた。


「悪いけど監察官、早いとこコイツ直さなきゃならんから、それは勘弁してくれ」


 これは建前だ。だが丸っきり嘘と言う訳でもない。

 犬闘機は人間の冒険者にとって武器や鎧などではなく、自分の体そのものと言っても過言ではないのだ。無ければ何も始まらない、始められないものだ。

 実際、二十体以上いる騒々人形の一体がこの場を離れても、作業効率は殆ど低下しないだろう。問題なのは低下の程度ではなく、低下するという事実だ。

 体が資本の他種族の冒険者に準えれば、体調管理と同じだ。有事への対応や、美味しい仕事を逃さぬよう、常にコンディションを整えておく必要がある。

 そのために一刻も早い修理が望まれるのだ。


 本音は騒々人形、つまり精霊が実験動物的な扱いを受けそうなのを嫌ってのことだった。


「ぐぬぬ……なら、ここで解析しよう! それならいいだろう! 数日世話になるよ!」


「いい訳あるか! 我儘言うな、おっさん!!」


「いやだー! 精霊なんておいそれとお目にかかれるものじゃないんだぞ!!」


「駄々をこねるな!!」


 勢いでクラウスをおっさん呼ばわりしたゴローだったが、クラウスがこうも取り乱すのは誰も想定していなかったのだろう。お咎めは無かった。


「ねぇ、ゴロー。あれじゃダメかな?」


 エシュカは一つ、心当たりを思い出した。


「あれ?」


「ほら、あんたが知らずに『逆流バックフロー』打っちゃった、あれ」


 それは屋敷で最初に捕まえた、木製の人形。

 『逆流』を打って以来動くことは無かったのだが、あの屋敷に一体だけ置き去りにするのも忍びないと、ゴローが他の騒々人形と一緒に持ち帰っていたのだ。

 作業に関わっていない人形なら、効率の低下も何もない。


「何? 動かなくなったというやつか? あるのか?」


 エシュカも小声で話していたが、やはりクラウスには聞かれており、今度はそちらに興味を示した。


「変わり身はえーな」


「はい。役に立つかは分かりませんけど、それなら」


「この際何だっていい。精霊を研究するチャンスだ」


「本音を隠せ本音を」


 犬闘機パーツの保管棚に座らせてあった一体の人形を持ってきたエシュカは、クラウスに手渡した。


「どうぞ」


「おお! ありがとうエシュカ君! やった! まさか人間の国で精霊と関わることができようとは……!」


 受け取った人形を掲げながら小躍りし始めるいい歳のおっさんクラウスを、冷たい視線が囲む。クラウスの興奮に当てられ、既にメルアも舞い上がっていた自分を恥じ、冷めきっていた。


「まずは現状の把握です。少し視てみましょう」


「そうだな。では……っ!?」


 掲げた人形を下ろし、一目視たクラウスは綻びていた顔を強張らせる。


「……見つけたぞ」


 ゴローが全力の『逆流』で雑に吹き飛ばした最初の人形には、不完全な魔法を丁寧に削り取った他の個体と違い、魔法の残滓が観測できた。


「コートミュー君、直ちに戻り鑑定室を押さえてくれ。途中までのデータでも照らし合わせれば癖の違いくらいは分かるだろう」


「了解」


 コートミューがガレージを出るのを見送る。

 すぐに外で雷が落ちたような轟音が響いたが、クラウスに気にした様子は無い。


「とは言え、こんな高度な術式で編まれた魔法がこの短期間で二つも見付かったのだ。十中八九同一人物で間違いない」


「お、おう」


 どちらに突っ込めばいいやら迷ったゴローはタイミングを逸し、クラウスの真剣さに呑まれるばかりだ。


「ではメルア君。我々は戻って解析だ」


「はい。それではエシュカさん、人形お借りして行きます。ゴローさんはラスティーヤ自警団長に件の屋敷の住人について調べるよう伝えてください」


「よしきた!」


 仕事を与えられたゴローは監察官組に続いてガレージを出て行った。

 思わぬ結果とメルアの計らいで修理する時間を得たエシュカは気合を入れる。


「よぉーっし! さっさと仕上げるかぁ!」


 だが、工程の全てを終わらせられるほど、世界は多くの時間を与えてはくれなかった。

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