02_前進前例
諸々の買い物を終えた帰路。
エシュカは気になっていたことをゴローに訪ねた。
「あんた、あのエロオヤジと随分仲良さそうだったけど、何かあったの?」
回復薬を買った道具屋の店主とのことだが、エシュカはゴローが最初に来店した時のやり取りを見ていないため、ゴローのフレンドリーさに違和感を覚えていたのだ。
「んー、強いて言やぁ、似てるんだよな。前、世話んなった人に」
「前って言うと……」
「ああ。ここに来る前だ」
乗客が別の世界だのと話していても真に受ける御者はいないだろうが、追及されても面倒なためお互い馬車では濁して話すよう意識している。
「命の恩人、と言ってもいいくらいの人でな。最初あのおっちゃん見た時はびびったぜ!」
「まさかその人もか、って?」
「そうそう! 実際そういう噂とか無いのか?」
「……あたしが知ってるのは、一つだけ」
「あるのか――ぅわっとお!?」
進行方向を背に座っていたゴローが思わず立ち上がった瞬間、馬車が停止し、ゴローはバランスを崩す。
「お客さん、ちゃんと止まるまで座ってないと危ないですよ。さ、着きました」
「……ああ。今度から気を付ける」
向かいに座っていたエシュカの隣に積まれた荷物に倒れ込んだゴローの頭のすぐ脇では、両手で抱える程の大きさの鋭い突起物が袋を突き破っていた。
倒れた場所が少しずれていたら、折角補充した回復薬も用を成さない事態になっていただろう。
荷物をガレージに運び込み、エシュカは騒々人形に新たな指示を出していた。
ゴロー機の修理と、更なる改造だ。
指示が一段落付いた頃合いを見計らい、ゴローはエシュカに声を掛ける。
「……なあ、他にこっちに飛ばされた奴がいるって話、マジか?」
ゴローは転移する直前の状況から、あまり元の世界に戻りたいとは思っていない。
だが、何故自分なのか、何が原因なのかには興味があった。他に転移した人間がいるのなら、その者との共通点から転移のきっかけが掴めるかもしれない。
「そうは言ってないでしょ。あたしが知ってるのは……それこそ、おとぎ話みたいなものよ」
「どんな?」
「……やっぱダメ。言わない」
「はあ!? なんで!?」
「だってあんた口軽そうだもん」
「そんなの関係――待て。……口が軽い奴に、話せない?」
それはつまり、この話が広まってしまうと、何かエシュカにとって良くないことになるということだろう。秘密にする必要があるのだ。
「……はぁ。ゴローって変なとこで察しがいいよね。頭悪いのに」
赤鬼に『逆流』を使った時や吠狼蜘蛛の追跡に気付いた時など、戦いに関した察しの良さには気付いていたエシュカだが、そこを拾われるとは考えていなかった。
溜め息を吐き、一メートル四方ほどの適当な木箱に飛び乗り、腰掛ける。
「素直に誉めとけ。んでもって胡麻化すな」
「今朝さ、あたしだけ貴族街に居られなくなったって言ったよね?」
森に向かう途中の話だ。
「マジかよ……これ絡みなのか」
「そういうこと。それでね、あたしはその話が本当かどうか調べたかったの。もし、他の国に同じような話が伝わってたら、真実味が増すでしょ?」
「それで、国外に出るために冒険者に?」
「うん。でも、その前に気になる噂が聞こえてきた……」
「……?」
「地下闘技場に《異世界からの襲撃者》が現れたって噂!」
「――ははっ! ははは! そうか、だから!」
「まさか本物だとは思わなかったけどね!」
意味ありげな沈黙を作っていたエシュカが突然破顔したことで、ゴローも気が抜けた。ようやく話がゴローの記憶と繋がり、二人して笑い合う。
「……でも、まだ外に出る気ってことは、俺じゃ証明にならないんだろ?」
「……多分ね。まぁ、一次試験突破って感じかな。あ、戦闘力は完全に合格。一人旅のつもりだったから戦力が不安だったんだよね。あたし貴族のか弱いお嬢様だから、荒事の経験なんてありませんの」
「どの口が言いやがる。丸鋸突っ込んでやろうか?」
「え、怖。あんたそういう趣味?」
「おまえがやったんだろ! ……何にせよ、利害が一致してるようで良かった。まぁしばらくはヨロシク頼むぜ、相棒!」
ゴローの気分は、エシュカが何故ここまで協力してくれるのか分からないという不安が一気に解消されて晴れやかだった。
エシュカしか頼れる人がいない状況で、返す当てのない借りを作り続けることにはゴローもプレッシャーを感じていたのだ。
「いやぁ、流石にそういう猟奇的な人とは契約解消したいかなー、なんて」
「ああそうかい。 んじゃまた明日な」
エシュカは口にしなかったが、一応世界間転移の前例があるという収穫を得たゴローは、それ以上は聞かず機嫌良く宿へと帰っていった。
「すまない、もう少しだけ待ってくれないか――だそうです」
冒険者ギルドには、パーティメンバーとの待ち合わせだったり、即席のパーティを組んだりする者のために待合スペースが設けられている。
クラウスとの約束通りギルドに来たゴローとエシュカは、今日も受付にいるティーレアに促され、待合スペースのテーブル席で待っていた。
「なんか、平和だな」
「え、どしたの? いきなり」
「いや、地下闘技場とかでの扱いを考えると、人間ってだけでもっと絡まれるもんかと」
「さっき絡まれたじゃない。乗り合いの馬車で」
今回は冒険者の仕事をする訳ではないので、ゴロー達は平民街の西門と東門を往復している乗合馬車に乗って来た。
その途中で乗車してきた男に席を譲れと絡まれたため、先手を取って『逆流』を打ち込んだ隙に車外へ投げ落としたのだ。
「だからだ。ここにいる見るからに荒くれ者って感じの連中が、ガンくれるだけで突っかかってこねえのが不思議なんだよ。こういう文化があるのは確認済みなんだがなぁ」
「あんたねぇ……。まぁ、自分たちが世話になってるギルドの超お偉いさんの目の前で迂闊なことはできないでしょ」
超お偉いさんとは勿論クラウスだ。監察官が来ているタイミングで問題を起こせばどうなるか。
この場にいる大多数が故郷を追われ人間の国に流れて来たが、人間の下で働くことをプライドが許さなかった者達だ。冒険者でいられなくなったその先など想像したくないだろう。
「なるほど。弱い者イジメは先公に隠れてやるってワケだ。くだらねぇ。変わんねぇな、何処の世界も」
「その発言が一番迂闊なの。昨日のこと忘れたの?」
ここは風を介して会話することができるクラウスの御膝元だ。もし彼が今のゴローの言葉を聞いていたら、その違和感から色々なことに感付くかもしれない。
「あ……っと、準備できたみたいだな。ほら来たぞ、あの、あの……助手の人」
失態に気付き反射的にギルドの奥に繋がる扉に目を向けたゴローは、こちらに歩いてくるスーツルックの女性と目が合った。
「ローマン監察補佐官」
「そう、それだ」
「お待たせしました。お二人ともこちらへどうぞ」
メルアに先導され、二人は受付脇の扉からギルドの奥へと進む。
それを見送った冒険者たちは次々に不可解さを口にした。
「監察補佐官が使いに出される人間って、なんなんだよ……」
「知らねぇのか? あいつら、こないだ監察官と直接話してた奴等だぜ」
「なんかすっげー睨まれてたんだけど、俺なんかした?」
「あの扉入るっつったら相当だぜ……やべぇのに目ぇ付けられたな」
「おいそれマジかよ? 俺も滅茶苦茶見られてたんだけど!」
「俺も俺も!」
ざわついた冒険者たちは、やがて一つの結論に行き着く。
「あいつらとは、関わらないようにしよう」
権力の前に、全会一致でプライドが投げ捨てられた。
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