03_人間の国、人外の街

01_風に語れば

 吠狼蜘蛛ハウルカルダインの換金と、仕事の成果報告と報酬の受け取りを冒険者ギルドで済ませたゴローとエシュカは、その合計金額の多さににやけながら帰路についていた。


「やっぱ一匹丸ごとだといい金になるな!」


「薬草も動き回った割には傷んでなかったし、上々だね!」


「なぁ、吠狼蜘蛛でこの値段だろ? 赤鬼バッドオーガはどのくらいだったんだ?」


「んー、赤鬼はねぇ。えっとー、どのくらいだった、か……なぁ……?」


 エシュカは気付いた。

 気付いてしまった。

 赤鬼を倒し、ヘンドリックに自宅に送られた翌日、運び込まれた優勝賞品の修理に取り掛かり……。


「どうした?」


「――ってない」


「え?」


「素材の換金どころか、討伐報酬も貰ってない!!」


「何ぃっ!?」


 機体をドリフトさせ急旋回した二人は、冒険者ギルドにとんぼ返りする。

 営業している間、開きっ放しの扉を肩を怒らせながらくぐった二人は受付に詰め寄った。


「おい! あのムラサキオヤジはいるか!?」


「ゲルガー監察官は今お忙しくて――」


「ふーん。私たち誰とは言ってないんだけど、ティーレアはゲルガー監察官だと思ったんだ」


「え、いえそれは単に色が……」


「それも含めて報告すっからよ、監察官呼んでくれや」


「そんな、ひどい!」


「それには及ばないよ」


 後ろから聞こえたクラウスの声に、ゴローとエシュカは振り返る。が、そこには誰もいなかった。

 辺りを見回すも、冒険者が出入りしているばかりで、クラウスの濃紫色のタキシードは見当たらない。


「今の声、間違いねぇよな?」


「うん。監察官のだと思ったけど……」


「風が声を運んでくれてるのさ。だから私はそこにはいない。悪いね、本当に忙しいんだ。要件は手短に頼む」


「お、おう……」


 ゴローは普通に音が空気中を伝わることの延長なのだろうと無理矢理自分を納得させるが、想像もしていなかったクラウスの能力の片鱗に動揺を隠せずにいた。

 とりあえず受付を占有している理由が無くなったので壁際に寄り、なんとなくやや上を向いて虚空に話しかける。


「あの、赤鬼討伐の報酬とか貰ってないのを思い出したんだが、気のせいじゃないよな?」


「……そうか、すまない。あの時の君は冒険者ではなかったから、漏れてしまっていたようだ」


「あ、そっか」


「冒険者登録の日にでも払っておくべきだったんだが、あの時も立て込んでいてね。……そうだ。もう危険は無いし、見てもらった方がいいな」


 クラウスの独り言まで風に乗って届く。案外融通が利かない能力なのかもしれない。


「明日、時間を作っておくから、また来てくれるかい? 当事者である君たちには見ておいてもらいたい物があるんだ」


「ええ、大丈夫ですよ」


「ではまた明日。討伐報酬は用意させてあるから受け取ってから帰ってくれ」


「ありがとうございます」


 会話の終わりを告げるかのように、二人の耳元で風切り音がした。

 一息吐いて視線を下すと、周りの冒険者から奇異の目で見られていることに気付く。


(あー、そりゃそうだ)


 二人並んで何もない空間と会話している様は、さぞかし危ない光景だったろう。

 居心地が悪くなった二人はティーレアから報酬を受け取ると、逃げるように冒険者ギルドを後にした。

 支払いの手続きを締め、受付業務に戻ろうとしたティーレアの耳元で、思い出したように風が鳴る。


「ところでティーレア君。君も私に何か言いたいことがあるようだね」


「……今日のお召し物も素敵です」


「ありがとう」


 自称、忙しい男の律儀な追及をなんとか躱したティーレアは、ため息と共に机に突っ伏した。


 

 エシュカのガレージに帰ってきた二人は、騒々人形ポルトマタにシャッターを開けてもらい、中に入る。

 犬闘機から降りたエシュカは、ゴロー機の前で騒々人形を呼び集めた。

 目的は無論、背中に大穴の開いたゴロー機の修理指示だ。


「エシュカ。俺、回復薬買いに行ってくるぞ」


 修理となればゴローはやることが無いため、二人とも使ってしまった回復薬を補充しておこうとエシュカに声をかけた。


「あ、ちょっと待って。あたしも行く」


「いいのか? いなくて」


「うん。とりあえずは背中の装甲外してもらうだけだし、大丈夫。むしろあたしがいてもしょうがないくらい」


 エシュカ一人では分厚い装甲版を持つことすらままならないが、騒々人形は空中で直接取り外し作業が可能な上、持ったまま自由に移動できるパワーもある。

 ガレージには高所作業台やクレーンもあり、かつてのエシュカはそれらを使い作業していたのだが、騒々人形が来てからは使用頻度が激減していた。


「ほー、頼れるねぇ!」


「早く行こ。すぐ終わっちゃうだろうし」


「そうだな、もう店も閉まりそうだしな」


 二人は夕暮れの街へ繰り出すと馬車を拾い、まずは冒険者向けの道具屋へ向かった。

 イベルタリアの平民街は犬闘機の台頭により一度拡大されたため広大になったが、街中の単純な移動に犬闘機を持ち出す者はいない。

 それもその筈。犬闘機を動かす度にかかるメンテナンス費用を考えたら馬車の方がずっと安上りなのだ。そして費用をケチってメンテナンスを怠れば、いざと言う時に命取りになるのは言うまでもない。

 街中で犬闘機を見かけるとしたら、王国軍の番兵か自警団のものくらいだろう。


「北側行くからまさかとは思ったけど、本当にここで買ったの?」


 馬車が停まったのは平民街の北側、貴族街の外堀沿いにある寂れた道具屋だった。

 街の中心部と言っても過言ではない立地の割りに繁盛していないのは北側に位置するためだ。

 平民街の北側区画は単純に治安が悪いため一般人が寄り付かず、観光客が目当てとする大闘技場は南側にあるので南周りの道を選ぶ。南側に人が流れることで大闘技場周りが発展し、更に人が集まる。

 その店が商売を続けていられるのは、貴族街から平民街東門に抜ける大通り沿いにある冒険者ギルドで、西門から出るような依頼を受けた冒険者達の一部が寄ってくれるおかげだった。


「そうだぜ?」


「お店なら冒険者ギルドの近くにもあるのに」


「あそこじゃ遠いだろ。ここが一番近いらしいぜ」


 エシュカのガレージは西門に続く大通り沿い。この道具屋はガレージから冒険者ギルドに行く道程の丁度中間地点にあるのだ。


「誰から聞いたの?」


ガレージの近くあの辺歩いてた奴。そう心配すんなよ。効いただろ?」


 品質に疑いようがないのはエシュカも目の当たりにし、体感もしていたため納得し、ゴローの後に続いて店に入る。

 店内は物が多い割りに殺風景で、十分な照明が確保されているにも関わらず薄暗く感じた。


「おっちゃん! また来たぜ!」


「ん? おお! 生きてたか、P級人間ペーパーマン!」


 店の奥から顔を出したのは髭にまみれた男性だ。伸ばしっ放しの髭や髪に隠れて顔は殆ど見えないが、白髪の混じり具合から初老くらいだろうか。

 身長はエシュカより若干低く、男性としては非常に小柄だが、肩幅の広さと恰幅の良さで貧弱さを感じさせない。


「勝手に変な呼び方すんなって! 俺はゴローだ!」


 抗議こそしているが、ゴローの言葉が怒気を孕んでいないことにエシュカは気付いた。ゴローは笑みを浮かべながら店主と話を進める。


「すっげぇ効き目だぜ! おっちゃんの回復薬! 見ろよ、傷が完全に塞がっちまった!」


 店主に背中の傷口を見せるゴロー。確かに傷は塞がっていたが、その跡はまざまざと残っていた。


「ほら見ろ、言ったろ? 高くても効き目が良いやつにしとけって」


「全くだ。命拾いしたぜ。ってなワケでもう二本くれ」


「また二本か? なるほど、そっちの姉ちゃんもか。どれ、傷口はどこかな?」


 カウンターをエシュカに近付いた店主は、腰を屈めて露出した腹部に顔を寄せる。


「ちょ、見せる必要ないでしょ!」


 見た目と裏腹の素早さに反応が遅れたエシュカは腕で腹を隠し、ゴローの方へ後退った。


「そんなことは無い! 自分が売ったもんがちゃんと機能するのか責任持って確認せにゃならんのだ」


「ゴローので確認できたよね?」


「サンプルは多い方がいい。個人差もあるからな。ささ、見せてごらん」


 鼻息荒く力説した店主は、腰だめに構え掌を上にした両手を上下に仰ぐ。その手は服をめくれと言っていた。


「おっちゃん、そいつは怪我してねぇぜ。間違って飲んじまったんだ」


「何!? それは冒険者として致命的だ。姉ちゃん、悪いことは言わん。もう止めた方がいい」


 ゴローの余計な説明に、興奮していた店主の目は良くも悪くもすっかり憐憫の眼差しに変わってしまった。


「はいはい。いいから早くして。まだ他に行くとこあるんだから」


 このまま付き合っていてはいつ終わるか知れないと焦るエシュカは強引に切り上げる。

 二人はなんとか回復薬を購入し、次の店へ向かうのだった。

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