09_森の狩人

 森の中を、歩行形態の二機が進む。

 通常森の中に入る冒険者は音や臭いを遮断する魔法などで自身の存在を隠すものだが、人間にはそれができない。

 他種族の冒険者ならば万が一モンスターに発見されても戦闘で対抗できる。

 対して魔法が使えない生身の人間がいくら痕跡を消そうとも限界があり、発見されようものならそれは確実な死を意味する。

 人間の場合、どうせ見つかるならば大きかろうと音が出ようと、犬闘機に乗っていた方が生存率が高いのだ。


「とは言え、慎重にね。森の中での戦いは基本的に不利なんだから」


「確かにな。討伐報酬も欲しいが、ここじゃ止めた方が良さそうだ」


 木々の合間を油断なく進む二人は、結局モンスターに遭遇せず薬草の群生地に辿り着いた。


 実のところ、森や街道周辺に多く生息する小型のモンスター達は自身より数倍大きな犬闘機を警戒していた。

 自然界において身体の大きさは彼我の戦力差を計る指標となる。取り分け野生に身を置く者ほど重要視する要素だ。

 これはモンスターにも言えることで、他の動物より例外が多いものの、基本的には同様の習性を持っている。

 二人がモンスターに遭遇せず目的地に到着できたのはこの習性によるところが大きい。


「綺麗……」


 上空から見たら、まるで陽光を照り返す湖のように見えるだろう。木々に遮られずに差し込む日光を受けて、瑞々しく輝く葉を持つ草が辺り一面に生い茂っている。


「はー……流石にこれを踏んでくのは気が引けるな。開けてるし、迂回しようぜ」


 エシュカの後ろから前方を覗き見たゴローは、急に明るくなった視界に目を細めると踵を返す。


「どこ行くの。これが依頼の薬草。見せてもらったでしょ?」


「んなこと言われても、流石にこの距離じゃ分からんって」


 犬闘機の高さからだと上からの視点になるということもあり、見慣れている者でなければ判別は難しいだろう。

 土台ゴローには無理な話だ。


「まぁ凄みがあるっつーか神秘的っつーか、言われれば納得だけどよ。しかし、こんだけ生えてんのに足りなくなんのか?」


「そうね……新人向けの仕事だし、足りないって言うのは使命感を持ってもらうための煽り文句だと思う。実際いくらあっても困らないし、平民街だと難しさの他に盗まれたりとかもあって、貴族街の一部でしか栽培できてないのは本当だし」


「マジか……そいつは一杯食わされたな」


「それじゃ、さっさと採取しちゃお!」


 エシュカは犬闘機の手で薬草を土ごと救いあげる。


「お、おいおいおい! まさかこれ、全部採るのか!?」


「当たり前でしょ。そのためにここまで来たんだから」


 この森はイベルタリアから少々離れているため、同じ依頼を受けるような駆け出しの冒険者の行動範囲からは外れている。

 そのため競合が少なく多量の採取が期待できることから、エシュカはこの森を選んだのだ。


「だとしても、少し残しとけよ。後々ここに薬草が生えなくなって困るのは俺たち冒険者なんだぜ?」


 薬草が乗った掌を揺すり、土を振るい落としてから背部のカーゴコンテナに入れる。


「う、それもそうね……」


 普段この森に寄り付く冒険者はある程度経験を積んだ者が多い。

 そういった旅慣れた者なら、これだけの群生地はマークしていることだろう。

 彼らが危機に瀕した時、頼りにしていた群生地に薬草が一本も生えていなかったらどうなるか。

 ゴローの指摘は正しい。しかし。


(こいつにこういう指摘されるの、なんか悔しいっ!)


 エシュカは一攫千金をセカンドプランに託し、間隔を開けながら採取を続ける。


 やがて二人は採取を終えた。


「よし、なんとか無事済んだな。こんだけ残しときゃ大丈夫だろ」


 採らずに残した薬草を踏まないように外周を採取したため、中央の大部分は手付かずになってしまった。

 しかしそれでも一般の冒険者が素手で採取するよりはずっと多く採れている。

 犬闘機の大きさというアドバンテージが遺憾なく発揮された結果だ。


「量は十分だと思うが、エシュカ、このあとどうすんだ? 他の群生地探すのか?」


「それなんだけど、別のもの探したいんだ。ちょっと付き合ってよ」


「ああ、いいぜ」


 ゴローが採った薬草もエシュカ機のカーゴコンテナに入っているのだ。一人で帰る訳にもいかない。


「探すのは、犬闘機よ」


 人間の冒険者は少ない。

 少ないだけで、前例が無かった訳ではない。

 国外にはモンスターとの交戦により故障した敗者の犬闘機が乗り捨てられていることがある。

 それらの所有者は逃げたか死んだか知れないが、どちらにせよ回収されていないのならば所有権は放棄したものと見なされる。

 イベルタリア周辺では王国軍が回収してしまうため、そういった残骸は残っていない。

 だが、ここまで離れていれば期待できるだろう。

 エシュカはそういった犬闘機を回収するつもりだった。

 特に魔力伝達回路に使われている『魔励金』は希少で非常に高値で売れるため、是非とも確保したい。

 それがエシュカがこの森を選んだもう一つの理由。セカンドプランだ。


「犬闘機の大きさは、採取では有利に働くけど、森の中での戦闘は不利も不利。負けた機体は多い筈よ」


(負けた機体、ね)


 エシュカは言葉を濁したが、要するにモンスターに殺されたということだ。


「魔力伝達回路は機体の中心部から全身に向かって張り巡らされてるの。取り外しには相応の時間がかかるし、作業中は犬闘機を降りなきゃいけない」


 頭数がある王国軍は残骸を丸ごと運んで、貴族街で解体しているが、たった二人ではそうもいかない。

 生身を晒すリスクがある以上、利益が大きい魔励金だけの回収に留めるのが懸命だ。


「だからあんたにはその作業中の護衛をしてもらうんだけど、森の中で犬闘機は――ね?」


残骸漁りミイラ取り残骸ミイラになるってことか」


「そ。と言う訳で、一旦森から出るよ」


 エシュカの提案で、二人は森の周辺を捜索することにした。

 森の外であっても、王国軍がここまで来る頻度は少ないため、残骸が回収されていない可能性は十分ある。


「おい、エシュカ。外まであとどのくらいだ?」


 森の外へと向かう途中、ゴローは頻りにその質問を繰り返した。


「もう、何回目? 遠足で歩き疲れた子供じゃないんだから」


「どのくらいだ?」


「……もうすぐよ。一体なんなの?」


「おかしいと思わないか? 小物一匹とすら出会わないんだぞ」


「そりゃ、小物は犬闘機を警戒して――」


「小物しかいないのか?」


「……もしかして、尾行つけられてる?」


「それか待ち伏せられてるか、だな」


 考えてみれば、あれだけ陽の当たる開けた場所で堂々と土を掘り返して採取していたのだ。

 気付かれていない訳がない。


「……ごめん、ゴロー。ホントはまだちょっと距離ある」


「オーケー。いい感じの距離になったら走って一気に抜けるぞ」


「この子はそういうの苦手なんだけど、仕方ないか」


 森に生きる警戒心の強いモンスターの足音など、犬闘機内に届く筈もない。

 それでも二人は先程までより一層、周囲に気を張りながら進む。


「…………」


 犬闘機の足音が沈黙を邪魔するが、二人の集中力は途切れない。


「…………」


 二人の慎重さは、そのまま移動速度の低下として表れていた。

 移動速度の低下。つまり動きが遅くなることは、何を意味するだろうか?

 『警戒』? まさしく今の二人がその状態だ。

 『安心』? そういうこともあるだろう。だが、現状にはそぐわない。


 獲物を狙う狩人は、それを『衰弱』と捉えた。


「――ッ! 走れ!!」


 ゴローは後方から迫る何かに気付いて叫ぶ。

 その一言で全てを察したエシュカは両前腕部の丸鋸を駆動させ、細かい枝を切り捨てながら速力を増す。


「ぐっ!」


 エシュカが拓いた道を行こうとするゴロー機の左肩が鉤爪に鷲掴みにされた。

 円柱型の肩部装甲はそう簡単には潰れないが、このままでは捕らえられてしまう。


「っの! 放せ!!」


 鉤爪を右手で掴み、『逆流』を放つ。

 しかし掴む力が弱まることは無かった。


「効かない!? いや、見てないからか!」


 ゴローはまだ相手の全貌を知らないため、魔力が右手で止まってしまったのだ。

 そうしている間に右肩にも爪が掛けられる。


「うおっ!?」


 両肩を抑え込まれ、強引に膝を突かされたゴローは、両副脚で後ろを思い切り蹴りつけた。


「ギャンッ!」


 相手の姿が分からないため賭けではあったが、確かな手応えと共に鉤爪が離れた。


「っし!!」


 後ろを振り向きたい衝動に駆られながらも、まずはエシュカに追い付くために走る。

 もしかしたら一人になるのを待っていたモンスターがいて、エシュカが襲われている可能性もある。


「エシュカ! 無事か!?」


 通信機で呼びかけると、すぐに返答があった。


「大丈夫、もうすぐ森を抜けるよ! そっちは!?」


「見えてきた! すぐ追い付く!」


 エシュカが先を行ったおかげで犬闘機でもかなり走り易い道になっているため、エシュカ機を視界に捉えることができた。

 エシュカ機との差はどんどん縮まるが、それでも敵との距離が離れる感覚はない。


「どんな奴?」


「結構でかい! 犬闘機の肩を上から抑えられる奴だ。あと鉤爪がある!」


「大柄で、鉤爪……。あ、森抜ける! 出たよ!!」


「よし! すぐ来るぞ! 構えろ!!」


 森を飛び出したゴローは空中で身を捻り、後ろを向く。


「さぁ! ツラ見せやがれ!!」


 次いで陽の下に躍り出た影は、蜘蛛のように山なりの関節をした毛深い四本足と、同じくらいの太さと長さの尻尾を持っていた。

 関節の一番高い地点は四メートル程だろうか。巨体と言って差し支えない体躯が地に落ちる。

 四足それぞれと尻尾の先端に生やした鉤爪で地面をしかと掴み、三対の赤い瞳が二人を見据えた。

 しかし。

 その目の下、口元から覗くのは牙以外の何物でもなく、隙間から唸り声が漏れる。

 どちらかと言えば、蜘蛛のような目と関節をした狼だろうか。


「『吠狼蜘蛛ハウルカルダイン』……!」


 エシュカの呟きに呼応するが如く、モンスターは咆哮を上げた。

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