08_初仕事(本業)

 その昔、様々な種族がそれぞれに国家を築き始めた頃、世界から爪弾きにされた人類は危険地域の中に壁に囲まれた街の跡を見つけて住み着いた。

 それが今のイベルタリア王国だ。

 現状、人類の領土は王国平民街の外壁までである。

 壁の外はどの国の領域でもない未開地区が広がっており、交易のためにいくつか舗装もされていない道が繋がっている以外は自然のままだ。

 開発が進まないのは単にモンスターの勢力が大きいためであり、他の国も同様の問題に悩まされていた。

 モンスターの動向には規則性が見られず、何時なんどき国が襲われるか知れない。

 なので局所に戦力を集中させた際に他方から襲われた場合のリスクが高く、各国の軍隊は防衛に徹していることが多いのだ。

 そんな情勢において、モンスターの能動的な討伐を担う、言わば遊撃部隊のような存在が、冒険者だ。


「なんだ、P級ペーパーか。まぁいい、通れ」


「……!」


 南門の番兵にギルドプレートを見せたゴローは黙ってコックピットハッチを閉じる。

 するとその様子を見ていたエシュカから通信が入った。


「ゴロー」


「あんだよ」


「『逆流』は効かないからね」


「効かない? 人間相手じゃ魔力に差がないからか?」


「違うの。途中で説明するからちょっと先行って。あたし出られない」


「おう」


 犬闘機による『逆流』で番兵をちょっと脅かしてやろうと画策していたゴローは気を削がれ、エシュカに従い機体を退かす。

 エシュカはゴローが止まっていた位置まで犬闘機を進ませると、操縦桿を離し機能を停止する。

 機能停止に伴い頭部が前方にスライドすることで露わになったコックピットハッチを開き、P級のギルドプレートを持ったエシュカが身を晒した。


「……お前もか? まぁ凄い機体だし、大丈夫だろう。通れ」


 今日のエシュカの機体は四足であることは変わらないが、前腕部外側の装備がトゲ鉄球から丸鋸に変更されている他、コックピットブロックの両脇にカーゴコンテナを搭載しており、見た目の厚みが増している。

 番兵が道を開け、再起動したエシュカ機が門を通る。


「んのヤロォ……機体で判断したらランクの意味ねーだろ」


「ほら、行くよゴロー」


 ゴローは自身を追い越してゆくエシュカを追って振り向く。

 そこに広がるのは強力なモンスターが跋扈する、人間にとっての死地だ。

 死地であるはずなのだ。

 だがゴローは眼前の景色に、文明の介在を許さない雄にして厳なる大自然に、心を奪われた。

 遠く聳える岩肌にも、迷わば出られぬ大樹林にも、人の身が隠れるほどの草原にも、恐怖どころか、美しさを感じる。


「…………」


「どうしたの?」


「いや、すげぇな……って」


「凄いって、何が?」


「……何だろうな。わかんねぇ!」


 見渡す限り自然しかない風景が存在するのは知っていたが、ゴローは肉眼で見たことは無かった。

 更にゴローは、産まれた国を出たことも無かったし、ましてやここは別の世界だ。

 色々な初体験が混ざり合い、ゴローは自らの目的を忘れそうになるほどの高揚感を言葉にできなかった。


「わかんねぇ、じゃ分かんないじゃない」


「いいんだよ! こういうのは分からんくらいが丁度いいんだ!」


「……? じゃ、行くよ?」


 走行形態のエシュカ機が未舗装路の一つを先導する。

 四足のエシュカ機は主脚と副脚を前後に伸ばすことでそれぞれの走行装置を接地させ、走行形態となる。


「……それで、『逆流』が効かないってどういうことだ?」


「人間相手に効果が薄いのは正しいんだけど、犬闘機が相手だとまた別の要因があるの。基本的に『魔力は無機物を通らない』っていう特性がね」


「……何?」


「だから犬闘機に打ち込んでも、操縦者まで届かないってワケ。分かった?」


「言ってるこたぁ分かるけど……じゃあ犬闘機こいつはなんで動いてんだよ?」


 こいつ、に合わせてゴローは床を踏み鳴らす。


「例外があるってこと。『魔励金まれいきん』っていう魔力を通す特殊な金属がね」


「金……そういうことか」


 ゴローは機体の右手を開く。

 同時に赤鬼戦で右手首から垂れ下がった数本の金の帯が脳裏に過ぎった。


「ご明察。魔力伝達回路はその魔励金でできてるの。でも魔励金は柔らかくて装甲には向かないから、装甲の内側を這わせるようになったんだって」


「聞いたような話だな」


「そりゃあね。犬闘機が正式に世に出たのは三十年前だけど、研究が始まったのは五十年以上前だもん。今のはお祖父ちゃんから聞いた話」


「なんだ、家族いたのか」


「あれ、言ってなかったっけ? あたし貴族街の生まれなの。で、あたしだけちょっと向こうにいられなくなってね」


「ふーん」


「なんか反応薄いじゃん」


「そうだなぁ。こっちは人間に貴賎はないって考え方に変わって随分経ってるからピンと来ない、と言いたいところだが……生憎なんも変わんねえ。貧富の差はあるし、生まれた家柄で決まっちまうことも沢山ある。『身分』ってステッカーを剥がして分かり難くしただけだ。だから、人間なんてそんなもんだって思っちまってな」


「ゴロー、あんた……人間を、諦めてるの?」


 疑問を口に出したエシュカは、自分の浅慮さを呪った。

 もしも、『あの資料』の人間とゴローに、魔法以外の共通点があるとしたら。

 もしも、答えがイエスだとしたら。

 自分の好奇心を優先したこの行動は、酷く危険なのではないか。

 エシュカの中で、最悪の可能性たちが繋がっていく。

 止めようとするエシュカの意思を喰らい、想像が成長する。

 停止信号を糧にした思考のループは、エシュカを咎める結果を出力する。

 何度も。

 何度も――


「いいや、違う」


 ――唐突に、ループは打ち切られた。


「そう思ったからこそ、抗う。少なくとも俺は、俺だけは、じゃねぇぞってな! 俺は人間だ。俺が俺を諦めねぇ限り、人間を諦めることにはならねぇ! そうだろ?」


「…………」


「そうなんだよ! お前は気付いてないのかもしんねーけど、俺はこの世界に来てそれを証明された!」


「証明?」


「ああ。俺は頭がいい方じゃねぇから言葉で説明されてもしっくり来ねぇ。だがな。そいつは目の前に現れた。すげぇ説得力だったぜ。お前が見せてくれたんだ!」


「……!」


「そうだ! 犬闘機こいつだ! 人間が諦めなかった結果が、ここにある!」


「確かに……人間の境遇に抗おうとしなきゃ、犬闘機を造るなんて言い出さない筈……」


「だろ? だから俺はこいつが気に入ったんだ」


「ふふっ、なんか安心した」


「安心か。そうだよな。こんなすげぇ答えが待ってるって分かってりゃ、不安もなくなるぜ」


(そうじゃないんだけど……ま、いいや)


 全く的外れな共感をしているゴローだが、エシュカは気にしないことにした。

 それよりも自分たちは今、人間が抗った成果として国の外、モンスターの領域にいるのだという誇りを感じる方が大切だと思ったから。


「ん? ああ、そうか! 貴族だからお前、ヘンドリックのおっさんに『お嬢』なんて呼ばれてんのか。似合わねーと思ってたんだ!」


「なにをー!?」


 余韻を台無しにするゴローの言葉にエシュカは機体を急旋回させ、両手の丸鋸を起動させて威嚇する。


「おいやめろ! 魔力は温存するんだろ!?」


「……覚えてなさいよ」


 再び旋回し、前を行くエシュカ機。


(お前の機体、そこらのモンスターよりよっぽど怖ぇよ……)


 赤鬼以外のモンスターを見たことが無いゴローだったが、謎の確信があった。


 今回二人が冒険者ギルドで受けた依頼は、王国南西部の森林地帯に群生する薬草の採取だ。

 ごく一般的な数種類の薬草は国内で栽培されており、需要と供給が国内で完結する。

 だが今回の依頼の品は、効果こそ高いものの栽培が難しく国内の生産では供給が追い付かない上位品だ。

 これは、兵士や冒険者など危険な仕事に従事する者が常備する即効性の回復薬の主な原料になっている。

 比較的近隣で採取できることに加え、冒険者に自身の生死に直結する知識を身に付けさせることにもなるためP級の仕事に分類されるが、少々難易度は高めだ。

 冒険者になりたての者は皆この依頼で野生の薬草の繁殖条件やその見分け方、また森に生息する手強いモンスターから逃げること、生き残ることを学ぶのだ。

 そのためこの依頼の依頼主は冒険者ギルドそのものであり、違約金は無く、報酬も歩合制である。


 休みを入れながら一時間ほど犬闘機を走らせ、二人は目的の森に到着した。

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