06_精霊を使役する者
部屋の奥にいたのは十歳ほどの女の子二人。
近所に住んでいるようで、探検だと言って侵入したらしい。
侵入経路はゴローがお邪魔した民家の隣、屋敷の西側の裏にある勝手口とのこと。
少なくとも片方は随分と男勝りな子のようだ。
未だ満足に立てないナルコに子供たちを家まで送るよう指示を出して部屋から蹴り出し、ゴローは人形たちと対峙する。
「それで? お前ら一体何なんだ?」
――つかまった――
「誰に?」
――へんなの――
「名前は?」
――しらない――
意思の疎通こそできるが、会話は堪能ではなさそうだ。
「じゃあ、単刀直入に聞こう。俺に何ができる?」
――たすけて――
「助けられるんだな? どうやってだ?」
――まほう――
「魔法は使えねぇ。『逆流』も駄目なんだろ?」
ゴローは床に転がった唯一の人形を見やる。
――あってる――
「だろ? ……いや、この場合、方法が正しいって意味か?」
――あってる――
「やっぱそっちか! 『逆流』で合ってる! となれば俺にできるのは――威力の調整か、どこか別の場所に使うかだ。どっちだ?」
――よわく――
「決まりだな」
ヒアリングを終えたゴローは、早速一体目を手の中に招き入れる。
人形と一体になるようイメージし、『逆流』の時と違って少しずつ魔力を流し込もうとする。
「? 通らねぇ!」
何かに阻まれるような感覚。どうやらその力より弱いと、こっちの魔力は通らないようだ。
(重い扉を、押し開けるように……)
徐々に魔力の出力を上げていく。
しばらくすると、抵抗を抜けた感覚があった。
その魔力量をキープする。
「……何か分かるぜ。二種類の魔力。表面全体を覆ってるのが異質だ……」
――それ――
「この外側のだけ削り取ればいいんだな」
更に集中し、内部を傷つけないよう魔力の外皮を剝いでいく。
全ての人形に同様の処置を施す頃には、日が暮れようとしていた。
回数を重ねる毎に魔力の扱いに慣れ、一体あたりにかかる時間は減っていったのだが、いかんせん数が多過ぎたのだ。
それだけの時間、魔力のコントロールに精神を割いていたゴローは疲れ果てていた。
「おい、まだいるのか?」
部屋の入り口から顔だけ出して中を伺うのはナルコ。
人形たちがいないのを確認し、ようやく身を晒した。
「こっちはちゃんと送り届けたぞ。そっちは?」
「ああ、ナルコか。この通りよ」
ゴローは自身がもたれかかっている大きな袋を親指で指す。
「よし。報告に戻るぞ。帰りの馬車は用意した」
「サンキュー。よっと」
人形入りの大袋を軽々担いだゴローを見て、大事ないと判断したナルコは踵を返し先を行く。
彼女が、後を追うゴローの足が地に付いていないことに気付いて泡を吹くのは、自警団本部に着いてからのことだった。
「――で、命令無視で絞られて、こんな時間なワケね」
ゴローが語る長い一日の終わりを、エシュカがばっさり切り捨てる。
時間は深夜に差し掛かろうとしていた。
「いやまぁ、そうだけどよ! 見てみろよ中身!」
エシュカに渡した袋には、命令無視が響いて少々減額されたが、本来の四倍の報酬が入っている。
「んでもって、補充要員だ。ナルコ! そいつらも持ってきてくれ」
「ふざけるな! 断る!」
格納庫の入口から、話の長さに苛立っていたナルコが姿を現す。当然手ぶらだ。
「はじめまして、エシュカさん。ナルコ・オーリエールです。先輩方からお話はよく聞いています。しばらく勉強させて頂きます」
「うん。よろしく、ナルコ」
二人が挨拶を交わすのを尻目に、ゴローは入口の影に置いてある大袋を取りに行く。
「ったく、幽霊じゃないって分かったんだから怖がることねーだろ。それにこれからは仕事仲間になるんだぜ?」
「――何?」
「さぁ、お披露目だ!」
袋の口を緩めてやると、人形たちが一斉に飛び出した。
「ふやあっ!!」
幽霊ではないと知っていても一度感じてしまった恐怖心は簡単には消えず、ナルコは情けない悲鳴を上げ尻もちをつく。
袋から出た人形たちは、飛び回らずゴローの前に整列した。
「ちょ、ゴロー!? あんたそれ、さっきの話の? 持ってきたの!?」
「ああ。精霊だそうだ」
「精霊!? 精霊をこんなに!?」
「どうもこいつらを召喚して使役しようとした奴が失敗したみたいでな。不完全な支配でこの人形から出られなくなってたんだと」
屋敷から聞こえていた物音の正体は、精霊たちが人形から出たがり足掻いて暴れまわる音だったのだ。
「そりゃそうよ……。こんな数の精霊を同時になんて、魔力量も魔法制御技術も並外れた使い手じゃないと無理でしょ」
生命体とは別に、高次魔力存在と定義される精霊には、生半可な魔法は通用しない。
支配は不完全であっても、精霊の大量召喚と固着に成功した術者の実力は、相当高かったことが伺える。
「それでその不完全な支配を解いた礼がしたいって言うからよ。こいつらに手伝ってもらったら修理もすぐ終わると思ってな!」
「精霊を……労働力に、使う……?」
そんなことは考えたことも無かった。
人間はどこまで行っても『使われる側』だと思っていた。
精霊を使役しようとした魔法使いの話を聞いても、それは魔法を使える者だからこその選択肢であって、魔法を使えない人間には縁のない話だと、どこか遠巻きに見ていた。
恐らくそれは、エシュカに限った話ではなく、この世界の人間の多くは同じ視点にいる筈だ。
エシュカは、やはりゴローは別世界の人間なのだと再認識する。
「労働力って言うと、こいつらの善意に付け込んでるようで嫌だけどよ。人手が足りないのも事実だろ? ここはひとつ力を借りようぜ」
「……そう、ね。それじゃあ早速、手伝ってもらっちゃおうかな!」
とにかくまずは、目の前の問題を片付けようと気持ちを切り替える。
「よーし、お前ら! こいつがご主人様だ! ちゃんと言うこと聞くんだぜ!」
――おー――
ゴローの言葉に、右手を掲げて応える人形たち。
「返事がねぇぞナルコ! やる気あんのか?」
「貴様に言われる筋合いはない!」
「へいへい。じゃ、俺は宿に戻るから。あとヨロシク」
悠々と格納庫を出ていこうとするゴローの肩にエシュカの手が伸びる。
「おっと! 他人に修理を押し付けて、自分だけ暇してるのは――なんだっけ?」
朝、ゴローがヘンドリックに言った言葉だ。
喋り過ぎたことを後悔し、舌打ちするゴロー。
自分の発言には責任を持たねばならない。
「あんたはお風呂沸かして、溜まった洗い物と洗濯よ」
「はあ!? なんで俺がお前の――っつーかお前やってねーのかよ!!」
「はあ!? この男に洗濯させるんですか!? まさか私のも!?」
賑やか、と呼ぶには少々無理がある騒音が、夜の街に溶けていった。
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