05_騒々人形
ゴローは右手に魔力を溜めながら、扉が開いている部屋はそのまま、閉まっている部屋は開け、鍵がかかっている扉は蹴破り、部屋の中を確認していく。
そして一番端の部屋には――誰もいなかった。
「くそっ! 向こうか!」
「ひゃああぁあ~!!」
「ッ!? ナルコ――だよな? 今の」
随分と気の抜けた悲鳴にゴローの力も抜けかけるが、なんとか踏ん張って西側を目指す。
結局屋敷の端から端まで走らされたゴローは息を切らしながら最西端の部屋へ飛び込んだ。
「……なんだ、これ?」
人形だ。
大小様々な子供用の人形が飛び回っている。
これも何かの魔法かと部屋を見渡し術者を探すが、腰を抜かしているナルコと、部屋の奥でうずくまっている子供が二人いるだけだ。
部屋の中に光源は無く、扉から差し込む光が届かない子供たちの様子は窺い知れない。
「おいナルコ! どうなってんだこれ!?」
「知らない……分かんない……やだ……」
人形から目を離さないよう注意しながらナルコに声を掛けるが、中身のある応えは返ってこない。
仕方なく一瞬横目で様子を伺うが、目を閉じて震えているだけで、動く気配もない。
(こいつまさか……いや、さっきの変な悲鳴からして間違いないか)
魔法やモンスターが当たり前に存在する世界でも、こういった訳の分からない現象を苦手とする人間はいるようだ。
(とりあえずナルコは放置だ。まずはあいつらを助けねぇと)
ゴローは意を決して人形が飛び交う部屋の中心部に向け歩を進める。
「おいガキども!!」
意図的に怒号を発すると、暗がりの中で子供たちの背中がぴくりと跳ねる。
「よし、生きてるな! 助けに来たぞ!」
縦横無尽に飛ぶ人形の中なので意味は無いが、つい屈んでしまうゴロー。
頭を低くしながら子供たちのもとへ向かう。
助けの言葉に反応してか、子供の一人が恐る恐る顔を上げる。
「危ない!!」
「!?」
顔を上げた子の叫びに反射して身を投げ出すが、後ろから飛んできた人形が背中に当たる。
「痛ってぇ! くそっ、木かよ!」
流石に異世界でソフトビニールは期待していなかったが、いくら覚悟を固めても痛いものは痛い。
ぶつかってきた人形は糸に吊られるようにゆっくり浮遊していくが、ゴローはそれを逃がさず掴む。
「魔法だってんなら、これで!!」
人形たちが魔法で動いているのなら、高圧魔力で術者の制御を弾き飛ばせるのではないかと考えたゴローは、手に持った人形が自分の一部であるかのようにイメージを固め、『逆流』を打ち込む。
すると人形は糸が切れたかのように脱力した。
「ビンゴ!!」
動かなくなった人形を放り捨てると、ゴローは勝ち誇るかのような笑みを浮かべ、次のターゲットを探す。
だがその笑みは、一瞬にして凍り付いた。
見ているのだ。
全ての人形が、ゴローより高い位置で静止して、見下ろしているのだ。
「へっ、対応が早ぇじゃねーの。不気味この上ないぜ」
『逆流』の使用工程は三つのステップに分けられる。
一つ、対象と接触する。
二つ、対象が自身と一体であると思い込む。
三つ、魔力を流す。
問題は二つ目のステップだ。どんなに習熟していようとここには少しだけ時間を要する。
瞬時に打ち込んでいるように見える使い手もいるが、それは一つ目と二つ目の工程を逆にして、接触前から相手の姿をイメージに落とし込むことで疑似的に短縮しているに過ぎない。
今、ゴローを取り囲んでいるのは大きさも違えば形も異なる二十余りの浮遊人形。
これらが同時に襲い掛かってきた場合、『逆流』を打ち込む隙は無いに等しい。
ゴローは手から力を抜き、顔の高さで構える。
(とにかく、掴んじまえば時間は作れる。問題は数だ)
その場でゆっくり回転するように周囲を牽制する。
視界の中の一体が、ゆらりと沈んだ。
(――来るッ!!)
動きを見せた人形は高速でゴローに迫る。
速いが、対応できるスピードだ。
ゴローは人形に向け、右手を伸ばす。が。
「ごはっ!?」
死角から突っ込んできた人形が右脇腹に刺さる。
可動部を避けた軽装のアーマーが裏目に出た。
どの人形にも刃物の装飾は無いため出血はしないが、伸びた腹筋を打たれたダメージは大きい。
倒れこそしないが、前方から迫るターゲットを捕まえられる状態ではなかった。
顔面への直撃を腕で防ぐ。
この攻撃を皮切りに、全ての人形が襲い掛かった。
「ぐっ! ……くっ!」
ある人形は叩き落とし、ある人形は躱し、その他多くの人形は歯を食いしばり耐えながら、なんとか壁を背にするゴロー。
――たすけて――
人形の猛攻の隙間から、ゴローは子供たちを見る。
どうやら人形は全て自分に向かって来ているようだ。
「ああ、待ってろ! すぐ助けてやる!」
――たすけて――
壁を背にするだけでは防げないと感じたゴローは、壁沿いに部屋の隅まで走る。
角に陣取り死角をほぼ無くすと、頭を守るよう両腕を高く構えた。
「もう少しだ! こいつら全部ぶっ壊してやるからな!」
――たすけて――
密集して飛び掛かる人形をまとめて振り払う。
自分から当てていける今ならば、革の籠手が頼もしい。
「頑張れ! あとちょっとだけ――」
――たすけて――
なんとか一体ずつでも、『逆流』で減らしていかなければ。
――たすけて――
なんとか……。
――たすけて――
「……………………」
――たすけて――
――たすけて――
「だああーっ!! うっせぇな! 黙って待ってろ!!」
再三に渡る助けを乞う声に辟易したゴローは、ついに子供たちを怒鳴りつける。
しかし子供たちは怯えてこそいるものの、不思議そうな目でゴローを見ていた。
「お兄ちゃん……誰とお話してるの……?」
「はあ!? お前たちに決まってんだろ!」
「私たち、何もしゃべってないよ……?」
「……冗談だろ? じゃあなにか? ありゃ仲間がやられたのを見た人形の命乞いだってか? 俺が、もう攻撃の意思はありませーんって言やぁ止まんのか!?」
ゴローは半ばヤケクソ気味に両手を大きく上げる。
すると人形たちはピタリと空中で停止した。
「……止まんのか」
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