04_初仕事(副業)
「最近、この平民街で種族を問わず失踪事件が多発している」
仕事を求めてヘンドリック率いる自警団を訪ねたゴローは、新人自警団員のナルコと共にある依頼を解決することになった。
「冒険者ギルドに警備の依頼を出してはいるが、まだ成果は無いに等しい」
ヘンドリックは、執務机の上から一枚の紙を手に取る。
「そんな折、空き家の筈のある屋敷から物音が聞こえると、近隣住民から報告があった」
その紙――自警団に寄せられた報告をまとめた報告書を、机越しにナルコに手渡す。
「お前たちに頼みたいのは、まず報告が事実であるか確認することだ。失踪事件との関連性は定かじゃないが、繋がっている可能性はある。悟られないよう慎重にな」
「場合によっては長丁場になりますね」
「ああ、そのつもりで行け。で、次だ。物音を確認したら発信源を探れ。そしてもし屋敷に誰か居るのを確認したら、速やかに報告に戻れ」
「手を出すな、と?」
救出任務だと思い込んでいたナルコは、報告書から目を離した。
「その通りだ。一連の失踪事件の根っこが全て繋がっていた場合、恐らく冒険者ギルドと合同で当たらなきゃならないほど大規模な何かが動いているだろう。だが、現段階でそこまでの人員は割けない」
「それでとりあえず偵察か」
それまで大人しく話を聞いていたゴローがナルコの隣まで歩み寄り、報告書を渡せと言わんばかりに手を差し出す。
「そうだ」
報告書を受け取ったゴローは、一見して読む気が失せたのだろう。
内容にざっと目を通すフリをして、素知らぬ顔でナルコに返した。
「けどよ、一つ問題があんだよ。大問題だ」
「……言ってみろ」
「俺は多分、偵察に向いてない」
「んなこたぁ、一目見りゃ分かる」
「んだと!? だったら――」
「ゴローだけじゃない。ナルコも向いているとは言い難い。だから、今回はそれでいい」
「どういうこった?」
「万が一、屋敷に黒幕に繋がる何者かがいたとしても、お前らを偵察だとは思わないってことだ」
平民街の東の端から外壁に沿って南下していくと、件の屋敷が見えてきた。
南向きに建てられたその屋敷は、周囲の建物から頭一つ飛び出た三階建てで、見えているのは屋敷の裏側だ。
その段階でゴローは馬車を降りて徒歩で屋敷へと向かい、ナルコはそのまま馬車で屋敷の正面側へと移動する。
二人は屋敷の表と裏から物音を探り始めた。
屋敷の側面と接している外壁沿いの通りは犬闘機がすれ違えるほど広く、そこから分岐した屋敷の正面を通る道も犬闘機と馬車ならすれ違えるだけの広さがある。
その二面以外はすぐ隣が建物になっているため、恐らく通報したのは隣接した民家の住人だろう。
(ってことは、相当近付かないと聞こえないかもな)
通りから物音を察知するのは難しいと判断したゴローは、屋敷の裏の民家を訪問する。
「ごめんくださーい」
「はーい、どちら様?」
現れたのは、恰幅のいい中年女性だった。
雰囲気に粗暴さが滲み出ているゴローを見て訝しがっている。
「自警団の者です。裏の空き家から物音がするって通報があったんで、確認に来たんですけど」
ゴローはあらかじめ取り出しておいたヘンドリックの確認印が入った報告書を一緒に見せることで、不信感を拭うことに成功した。
「ああ、それ! 私がお願いしたのよ」
「あ、そうなんですね! 家のどの辺りから聞こえるんです?」
「それがまちまちなのよ。一階でも二階でも、昼でも夜でも。聞こえないことの方が多いには多いんだけど……」
「まぁ、不気味ですよね。実際に聞こえた場所、見せてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
女性に招き入れられたゴローは一階の壁越しに屋敷に面した部屋を回りきり、二階へと上がる。
「ここでもなの」
「音の聞こえ方も?」
「変わらないわ」
ゴローは参っていた。
いろいろな部屋で聞こえているなら、音の大きさや方向などからある程度発信源を絞り込めると思って案内してもらったのだが、どこもかしこも変わらず真正面から聞こえているとのこと。
(移動しているか……それとも相当な大所帯か……)
それに壁はかなり頑強な作りになっており、屋敷の壁と合わせて二枚を越えてくるような音量ならば、外でも聞こえるのではないか。
そう考えたゴローは一旦外で張り込むことにして、女性に礼を言いかけた、その時――
「きゃああああああ!!」
「わあああああああ!!」
(――悲鳴!? 女、いや、子供か!!)
ゴローはすぐさま中年女性を見る。
驚き、戸惑い、目を見張る女性は、ゴローの視線に気付くと勢いよく首を横に振った。
異常であることを確認したゴローは民家を飛び出し、屋敷の正面へ走る。
ゴローが屋敷の側面に沿って角を曲がると、入り口前にナルコが到着したところだった。
「ナルコ!! 鍵開けろ!!」
ヘンドリックは屋敷内に誰もいないようであれば物音の原因を突き止めるようにと、屋敷の鍵をナルコに渡していた。
しかし二人に課せられたのは、屋敷に誰かがいた場合は報告に戻ることであり、たった今その存在が明らかになったのだ。
彼らはヘンドリックに報告する義務がある。
(知ったことか!!)
恐らくゴローがそう考えていることは、ナルコにも分かっていた。
そしてナルコは――
「貴様に言われるまでもない!!」
――屋敷の入り口を開け放った。
だから、二人とも偵察に向いていないのだ。
ナルコの後を追い、屋敷に突入するゴロー。
「ゴロー! 二階だ!!」
「分かってる!!」
入口正面の階段を駆け上がる。
二階の廊下は窓が南に備えられているため明るいのだが、いくつかの部屋のドアが廊下側に開いており見通しが良いとは言えない。
「おい! そっちじゃねぇ!」
いくら大きな悲鳴と言えど、部屋をいくつも隔てては届かない。
屋敷の作りが東西に広いのに、その東半分ほどの広さしかない裏の民家にいたゴローに聞こえたと言うことは、悲鳴の主は東側の部屋のどこかにいるはずだ。
しかしナルコは迷いなく西側へ行こうとした。
「何を言っている!? 物音はこっちから!!」
「馬鹿! 悲鳴はこっち――」
「――――」
顔を見合わせる二人は、互いがそれぞれ『別の音』を聞いていたことに気付く。
「「任せた!!」」
『被害者』と『加害者』の可能性に行き着いた二人は背を向けて駆け出した。
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