03_カタナとカネと

 ゴローとエシュカ、二人の冒険者登録が済んでから三日が過ぎた。

 まだゴローの犬闘機の修理が済んでおらず、二人とも冒険者としての活動はできないでいる。


「うーん、思ったよりかかるなぁ……」


 少々安請け合いし過ぎたか、と後悔するエシュカのガレージに、ゴローが陽気な笑顔を浮かべてやってくる。


「よー、エシュカ! 調子はどうだ?」


「あんたねえ! 少しは手伝……わなくていいわ」


 最初はゴローも手伝う気でいたし、エシュカも手を借りるつもりだった。

 だが、万年金欠でバイクも弄ったことが無かったゴローに、ロボの修理は荷が勝ち過ぎていた。

 丸一日分の作業を台無しにされたエシュカはそれ以来、ゴローに修理は無理だと悟ったのだ。

 しかし、手伝えと言いかけてしまう程に人手が欲しいのは事実でもあった。


「悪かったって。やっぱ一筋縄じゃいかねぇんだな」


「これも人間の冒険者が少ない理由の一つよ。生身のように回復薬ですぐ治る訳じゃないからね」


 相手が相手だっただけに、今回は損傷が激しい。

 犬闘機は頑丈さに重きを置いて造られているため、そうそう壊れはしないが、良い状態をキープするのにはメンテナンスが必要だ。

 冒険者の活動をしながら万全の状態を維持し続けるのには金も時間もかかる上、修理ができる場所も限られる。


「で? あんた何しに来たの? それにその恰好……」


「そう邪険にすんなよ。今日はこいつを、渡しに来た」


 ゴローが差し出した布袋を受け取ったエシュカは、その重みと感触に覚えがあった。


「どうしたの? このお金」


「どうしたって、そりゃお前――」




 その日の朝。


「はっはっはっはっ!! それで、修理の邪魔だって追い出されたのか!」


 ――ゴローは自警団本部の執務室に来ていた。


「うるっせぇな! しょーがねぇだろ! あんなもん俺の――いや、あんなもん触ったことねぇんだからよ!」


「まぁそう怒るなよ。で、お嬢のご機嫌取るために働きたいと」


「いや、そう言う訳じゃねぇんだが……。全部あいつに押し付けて、俺だけ暇してんのは、ダセェだろ」


「そりゃそうだ。ま、あん時は助かったし、丁度人手も欲しかったところだ。やってもらうかね」


「みんな出払ってるのか?」


「逆だ。地下闘技場の件がようやく一段落してな。それまで働き詰めだった連中に休んでもらってるのさ」


「それで人手が、ね。どうやら俺の仕事はシフト管理みたいだな」


「けっ、余計なお世話だ!」


 二人が言い合っていると、執務室の扉がノックされ、訪問者の中性的な声が割って入る。

 ゴローはその声に聞き覚えがあった。


「ヘンドリック団長。オーリエールです」


「お、丁度いい。入ってくれ」


「失礼します」


 扉を開けて姿を見せたのは、腰までまっすぐに伸びた黒髪を首の後ろで結び、大人びた雰囲気を醸し出しているが、その顔にはまだあどけなさが残る少女だった。

 芯の入ったような堂々とした立ち姿は彼女の身長を高めに錯覚させ、大人びて見える一因を担っている。

 自警団からの支給品であろうレザーアーマーはまだ新しく、彼女が入団して間もないことを示しているが、着られているような印象を感じさせない。

 ベルトに吊るされた鞘は細く、下に向かって僅かに沿っており、まるで打刀――日本刀のようだ。

 あたかも『静』を体現したかのような少女は、ゴローの顔を見るや否や『動』へと切り替わる。


「貴様は! ここで会ったが百年目! 覚悟!!」


 腰を落とし鞘に手をかけた少女は、一足で入口から応接用のテーブルを踏み、ゴローに切りかかる。

 が、刀を抜き切る前に、ヘンドリックが咄嗟に投げたインク壺が手に当たり、刃は空を切った。

 インクを撒き散らしながら跳ね上がったインク壺が視界に入ってきたことで、少女は反射的に目を瞑り、息を止める。

 額にインク壺が当たった痛みと共に顔にインクがかかるのを感じ、少女はバランスを崩して転倒した。


<挿絵|https://kakuyomu.jp/users/mippa/news/16816927859992665925


「おぅふっ!!」


「……ぶっふ! だぁーっはっはっはっはっは!!」


 妙な悲鳴と共にヘンドリックが爆笑する。

 少女が袖で顔を拭い、恐る恐る目を開くと――


「わらい……ごと、じゃ……ね、ぇ……」


 ――そこには黒く染まった股間を抑え、のたうち回るゴローがいた。


 着替えを与えられたゴローは、さながら自警団のようなレザーアーマー姿になっていた。

 彼は同じく着替えて床掃除をさせられている少女を指差しながら、ヘンドリックに抗議する。


「ふざけんな! この辻斬り女と組めってのか!?」


「誰が辻斬りだ!!」


「うるせえ、辻金的魔!! 黙って掃除してろ!!」


「きんっ……! それは! 私のせいじゃ、ないだろう!」


 恥ずべき攻撃金的に頬を染める様は、『大人びた雰囲気』をすっかり失っていた。

 上司に責任を擦り付けるようで一瞬躊躇するが、言い切る。


「待て待て、落ち着け。とりあえず早いとこ掃除を済ませてくれ、ナルコ。話が進まん」


 ヘンドリックが窘めるも、その陰でゴローが得意げに見下すような笑みを浮かべていては、収まるものも収まらない。


「くっ……!!」


 恥じらいを怒りで上書きし、それでも自分が不当な行動をしたと自覚している彼女は、握った拳を誰でもない、床に打ち付ける。


「さて。彼女はナルコ・オーリエール。メタルバウトの準決勝でお前と当たった」


「あ? ああ! そういうことか!」


 ナルコがゴローの姿を知っており、ゴローはナルコの声にしか覚えが無い理由がはっきりした。

 しかしあの時、恥をかかされたのはゴローの方だ。

 いや、正確には、勝手に恥をかいたのだが。


「でも、恨まれるような覚えはねぇぞ?」


 結果としてはゴローが勝ったものの、それは試合だ。

 競技の勝敗で恨み、報復を考えるような歪んだ性根を持つ者は、ヘンドリックが取り仕切る自警団には存在しない。


「ああ、その通りだ。さっきのは八つ当……ケジメだ、彼女にとっての。気は済んだだろ?」


 最後の問いは、ナルコに向けてのものだ。


「……はい」


 ナルコの返答からは反省の色が見て取れる。

 とは言えゴローにしてみたら到底納得できるようなものではない。


「ヒト殺しかけてケジメだぁ? その言葉、八つ当たりと並ぶほど安かねぇぞ」


「それは彼女も分かっているさ。まあ、ここまで直接的な手段に訴えるとは思わなかったが、未然に防げなかった責任は俺にある。そこでだ」


 ヘンドリックは指を三本立てる。


「今回の仕事、報酬額は元の三倍出そう。無論お前の総取りだ」


「金の問題じゃねぇ!」


「だが必要だろう。これは詫びだ、呑んでほしい」


 四本目の指を立てる。


「……命の対価だぜ?」


「そこは俺が助けた」


 五本。


「ちっ。……ならこっちからも条件がある」


「待て、流石にこれ以上は呑めんぞ」


「いいや、呑んでもらう。そいつだ」


「は?」


 ゴローが指差した先には、ナルコがいた。


「そいつに修理を手伝わせろ」


 ゴローはまだナルコを信用できていなかった。

 もし本当に敵意が無いのなら、単に修理を手伝う人手になる。

 そしてまだナルコに敵意があるのなら修理に臨む態度で分かるだろうし、何か工作しようものならたちまちエシュカにバレるだろう。

 どちらにせよ損はしない条件だ。

 心配なのはエシュカだが、ケジメと言う以上、関係のないエシュカが被害を受ける可能性は低い。


(完璧な作戦だ……!)


 この仕事中に敵意を露わにする可能性もあるが、まあその時はその時だ。


「ちょ、ちょっと待て! 私はまだ犬闘機の修理など――」


「だからこそ、いい機会だ。学んで来い」


 ナルコは自警団内での犬闘機操縦試験で上位三名に残り、メタルバウトへの出場権を得ている。

 ヘンドリックの見立てでは、メタルバウト優勝は時間の問題だった。

 そんな彼女が今の内に犬闘機の構造について勉強するのはメリット以外の何物でもない。

 実際に犬闘機を運用するようになった時、応急修理とまではいかないまでも、故障個所の特定や分析に役立つ知識だ。

 勿論、自警団内でもそういった教育はするが、プロの下で故障した実機を相手にマンツーマンで実践経験を積んだ下地があれば、その後の理解力は他者を圧倒するだろう。

 全てにおいてナルコの得、ひいては自警団の、そして団長であるヘンドリックの得になる条件だった。


「全く、粋なこと言うじゃねぇか、ゴロー!」


「?」


 呵々と笑いながら肩を組んでくるヘンドリックに、ゴローは戸惑いと疑問の目を向ける。

 眉を顰めるゴローの顔を見て、ヘンドリックは悟った。


(あ、こいつ分かってねぇ)

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