02_エシュカの試験
「お、来たね、二人とも」
依頼を選んでいると、後ろから声を掛けられた。
「あ、ゲルガー監察官。と、団長」
エシュカは振り返り、帽子を取ったクラウスと、ついでのように扱われて不服そうなヘンドリックと挨拶を交わす。
「君。ローマン監察補佐官を呼んでくれ。あと鑑定室を使いたい」
「は、はい。ローマン監察補佐官と、鑑定室ですね。ただいま」
クラウスに頼まれたティーレアは窓口の更に奥の部屋へと姿を消した。
「さて、改めて初めまして、ゴロー君。冒険者ギルド監察官、クラウス・ゲルガーだ」
ゴローへと向き直ったクラウスは右手を差し出す。
「どうも、ゴローです。話は聞いてます。色々とありがとうございました」
握手に応じ、頭を下げるゴロー。
赤鬼討伐の際、気を失ってしまったゴローは、クラウスの姿を見ていない。
目を覚ました時、エシュカからクラウスが取り計らったことで犬闘機や賞金が手に入ったことを聞かされていた。
「ふふ、意外だな。あの戦闘やヘンドリックの話からもっと荒っぽい人間だと思っていたが」
その言葉はゴローよりも、むしろエシュカに向いていた。
「あ、あはは」
「まぁ、丁寧に礼を言えってのはエシュカの入れ知恵だが、感謝してるのは本当だぜ」
「ああ、分かっているとも」
感謝が伝わったことを確認すると、ゴローはヘンドリックに顔を向ける。
「そうだ、おっさん。赤鬼にやられたあいつは?」
「あいつは何ともないがな。随分と態度が違うじゃねぇか。ラスティーヤさん、だろ」
ヘンドリックがゴローを窘めると、クラウスはこれ見よがしに茶化しにかかる。
「やめとけよ。慣れない呼ばれ方をするとむず痒くなるぞ。現に私は、君に『ゲルガー監察官』と呼ばれる度にそれを味わっている」
「お前は! どうしてそう! 余計なことを!」
「ラスティーヤ自警団長! 口を慎みなさい!」
その言葉は、まるで鞭のように鋭くしなやかに空を切り、ヘンドリックを打ち付ける。
「げ……」
窓口の脇にある関係者用の扉が開き、一人の女性が現れた。
女性のストレートに下ろしたセミロングの銀髪を、エルフを想起させる長く尖った耳が前後に切り分けている。
暗く深い赤色の瞳は、暖色であるにも拘らず凍てつくかのような冷たさを放っていた。
大柄なヘンドリックに迫る長身を、氷の如くカッチリとしたネイビーのスーツベストとパンツで包んでいるが、ワイシャツの袖にあしらったフリルが女性的な柔らかさを差しており、全体の『冷たさ』を『美しさ』に昇華させている。
女性は静かに扉を閉めると、ヘンドリックを睨み付けながら歩いて来る。
「お待たせしました~……」
窓口の中には、ティーレアが恐る恐る戻ってきていた。
「二人とも、紹介しよう。私の補佐をしてくれているメルア君だ」
空気を読まずに、と言うより気勢を削ぐためにあえて紹介を挟むクラウス。
ゴローとエシュカはクラウスの横顔に、巻き込むなよ! という抗議の視線を送る。
「こちらが先日の赤鬼を倒したゴロー君と、その時サポートメカニックとして付いていたエシュカ君だ」
二人の視線など意に介さず、クラウスは紹介を続けた。
機先を制されたメルアは軽く咳払いを挟んで名乗る。
「冒険者ギルド監察補佐官、メルア・ローマンです。優秀な乗り手と聞き及んでおります。お二人とも冒険者に?」
「はい、そのつもりです。ゴローはもう済ませてまして、これからあたしの戦闘力テストです」
エシュカの返答にメルアは眉を顰め、クラウスに問い質す。
「受けさせるんですか? てっきり免除されるものかと」
「彼女だけはね。あの時私が見た限りの情報では戦闘力は測れないと、ヘンドリックが言っていた」
頷いて、説明を引き継ぐヘンドリック。
「ああ。普通は副脚の扱いに慣れた奴でも変形には手間取るもんだ。まして空中での変形なんてのは自警団じゃ俺しかできん」
副脚は元々人間には付いておらず、犬闘機の物しかイメージできないし、する必要が無い。
しかし主脚となると、『乗る』ではなく自分の身体を犬闘機と『繋げる』イメージで動かす『この世界』の人間は、自分の足と犬闘機の主脚との感覚の差異に戸惑ってしまう。
跳躍している間の空中では、更に変化し続ける重力が時間制限を感じさせることで焦りが生まれ、集中力が乱れてイメージを固められず、変形難度は飛躍的に上がる。
「あれをやってのけるとは、お嬢の操縦技術の高さは申し分ない。だが、戦闘となれば話は別だ。着地に失敗したことからも、戦闘機動の経験が少ないのが分かるからな。だからテストを受けてもらう」
「なるほど」
ヘンドリックが説明している間に、クラウスは再び受付の前へ行く。
「君、鑑定室は空いていたかな?」
「はい、押さえてありますので、いつでもどうぞ」
「ありがとう」
説明が終わったのを見計らい、クラウスはヘンドリックとメルアに呼びかける。
「ではそろそろ行こうかヘンドリック。メルア君も頼む。見てもらいたい物があるんだ」
「おう。じゃ、引き留めて悪かったな。頑張れよ、お嬢」
メルアが出てきた受付脇の扉から奥へ行く三人を見送りながら、ゴローが疑問を漏らす。
「そう言や、あの監察官って人間なのか?」
「違うわよ、魔法使ってたから。でも種族までは……」
「お二人がそう思うのも無理ありませんね。見た目は人間と変わりませんから」
「何? 見た目で区別付かねぇ奴がいるのか!?」
「いますよ? どんな種族にも、たまに産まれて来ちゃうんです。人間と似た外見の子が」
ティーレアによれば外見が人間に近しいほど、その種族としての力が弱い傾向にある。
そういった者達は故郷で爪弾きにされ易く、結果『自分より弱い者』がいるイベルタリアに流れ着くことが多いとのことだ。
「ゲルガー監察官は『
「へぇ、あのハデなおっさんがねぇ」
「あれ、もしかして、ティーレアも?」
他種族のそういった事情はエシュカも知らなかったため、人間だと思って接していたティーレアが何者なのか興味本位で尋ねる。
「はい。私は『
ティーレアは言いたく無さそうに言葉を渋る。
「知らなかった……結構長い付き合いなのに」
「それはまぁ、事を構えようとしなければ、いらない情報ですからね」
「けど、冒険者やってく上では厄介だな。見た目で分かんねーと」
「大丈夫ですよ。それはこの国――と言うか、この街だけの悩みですから」
「確かに、一つの国にこれだけ多様な種族がいるのは、ここくらいよね」
「そっか。じゃ俺達には関係ないかもな。とりあえず他んトコで犬闘機に乗ってない人間は人間じゃねぇってワケだ」
「いや、犬闘機で乗り入れられる国なんて――」
「あ、エシュカさん。準備ができたみたいです。演習場に向かってください」
「ん。りょーかい。じゃあ行ってくるわね」
「あー、俺も行くぜ。一人で依頼見ても善し悪しが分からん」
二人は通り向かいの演習場へ行くため、ギルドを後にした。
登録者用受付の前には誰もいなくなり、他の窓口の職員や冒険者の喧騒が、ようやくティーレアの耳に戻ってくる。
「……ふぅ」
「ティーレア、ちょっとこっちお願ーい」
「あ、はーい」
席を立ち、ヘルプに向かう。
ティーレアの勤務時間は、まだまだ終わらない。
演習場は、大闘技場の舞台より一回り狭い砂地の広場になっていた。
砂は敷かれているだけのようで、地面は犬闘機で歩いても支障がない位の固さを持っている。
その演習場の中心に仁王立ちする男が一人。
男の名はトートネス・ドミネール。
冒険者ギルドに登録する冒険者であり、ギルドからの依頼を受けた、本日の試験官である。
(さっき見た資料によれば、次の受験者は女の子! そして人間! つまり弱い! でもなぁ~! 可愛かったらどーしよっかなぁ~? ここで不合格にしちゃうよりはぁ……合格させて恩を売ってぇ、俺が責任をもって手取り足取り教えてあげましてぇ! 立派な冒険者に育て上げる! うん! だよな! 冒険者になる前にファーストコンタクトを済ませる! こーいうトコで差が出るんだよねぇ~!)
腕を組みながら
「来たか」
ゆっくり目を開くと、丁度歩行形態に変形するところだった。
地面の感触を確かめながら歩いてくる犬闘機を見て、試験官の口が自然に開いてゆく。
(あれ? 犬闘機って、こんなにデカかったっけ?)
頭頂高は一般的な犬闘機と変わらず、トートネスが感じたのは錯覚なのだが、そう思うのも仕方ないほどにゴツかった。
全体的に装甲が足されており、中でも目を引くのは前腕部装甲外側に付いたトゲ鉄球と、変形後も接地している、主脚をまるまる移植したかのような副脚だ。
四足歩行と呼ぶに相応しいその機体はトートネスから少し距離を取って止まる。
すると、機体の後ろから一人の男が現れた。ゴローだ。
「ほい、これ」
「あ、どうも」
ゴローに渡されたのは『106』と書かれた番号札。
「あー……っと、エシュカさん?」
「なワケあるか。あっちだ」
親指で肩越しに背後の犬闘機を指差す。
(は? じゃあ何こいつ? 彼氏? え? カップルで受験しに来たの? 舐めてるの? ……オーケー、使うか)
トートネスは腹を決め、『鎧』を『起動』する。
すると鎧の随所に散りばめられた透明なドームが青く光る液体で満たされた。
(この鎧は物理攻撃を無効化する『スライムアーマー』。この効果を起動している間は自分の魔法ですら壊れるくらい魔法に弱くなるが、人間相手なら関係ない。スライムは王国軍すら避けて進軍する人類の天敵だ。人間のテストでこれは使うまいと思っていたが、君が悪いんだぜエシュカちゃん!)
「試験開始だ! どこからでもかかってきたまえ!」
「はーい」
犬闘機のスピーカーから間延びしたエシュカの声が響くが、その声はトートネスに届く前に轟音にかき消される。
「へ?」
気付けば目の前に高速回転する鉄球が迫っていた。
スライムは二メートルを超える液状の体内に小さな核を持っており、核を捉えていない物理攻撃は効果が無い。
更に核は体内を自在に動いて攻撃を躱すため、物理攻撃で倒すのは相当の実力か時間が必要になる。
代わりに魔法には滅法弱く、攻撃能力が無い筈の照明魔法などでもダメージを受けて体液が気化するほどだ。
スライムアーマーに核は無い。無敵の物理耐性だ。
と、トートネスは思っていたが、実際はアーマーの装備者が核となる。
それまでの戦闘ではその強力な物理耐性によりダメージはほぼゼロにまで軽減できていたため気付けなかったのだ。
故に今回、彼は学んだ。
スライムアーマーは物理ダメージを軽減するが、運動エネルギーは管轄外なのだと。
「おぶぅっ!?」
自身の肩幅ほどの直径を持つ鉄球が直撃したトートネスは、弾き飛ばされ演習場外に消えた。
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