02_冒険者

01_P級

 自警団本部に間借りして作られたゲルガー監察官の執務室にノックが響く。


「どうぞ」


 扉を開けて入ってきたのはヘンドリックだった。

 部屋を見渡し、ゲルガーの他に誰もいないことを確認すると、後ろ手に扉を閉める。


「悪いね、ヘンドリック。気を使わせて」


「よせよ、。お前ほどの地位になれば必要なことだ」


「あーあ、この罪悪感を消すには、辞任するしかないかな?」


 仕事の手を止め、両手を頭の後ろに回し伸びをしながら口をとがらせ冗談めかすクラウス・ゲルガー。

 その仕草に懐かしさを覚え、ヘンドリックは軽口を返す。


「ははは、馬鹿言え。罪悪感なんて大層なもんじゃねぇだろ!」


 笑い合い、一つ息を吐くと、ヘンドリックは真顔になって感謝の意を示した。


「それに、肩書を失おうと実績は変わらない。俺たち人間を、冒険者として対等に扱うことを認めさせた、お前の実績はな」


「それは君がいたからこそだ。だがまだ足りない。実際人間が冒険者になるにはハードルが高過ぎるし、冒険者ギルド内の確執も取り除けていないんだ」


「まあなぁ。犬闘機が無きゃ話にならんのは仕方ないにしても、この人間の国イベルタリアですら、地下闘技場やら奴隷やら問題抱えてんだし……そうだ、忘れてた」


 ヘンドリックは腰に下げた革袋から、明るい紫色の宝石が嵌められたブレスレットを取り出す。


「それは?」


「地下闘技場のオーナーから押収した物だ。これにだけ妙に執着してたのが怪しくてな」


「よし。ではギルドの鑑定室で詳細に調べよう」


 席を立ち、ポールハンガーにかかったシルクハットとステッキを手に取るクラウス。


「今からか? いや、こっちは助かるが」


「おいおい、私は冒険者ギルドの監察官だよ? こんなところに閉じ籠ってるより、ギルドに居るべきだろう?」


「けっ、悪かったな、こんなところで。……その色シュミ悪いぞ」


「君はセンスが悪いな」


 言い合いながら、二人は執務室を後にした。




 冒険者。

 街から街、国から国、更には未踏の地へと渡りその土地の住民に害をなすモンスターを討伐し、対価として金銭を受け取ることを生業とする職業である。

 時に自らモンスターの情報を探り、時にモンスターのテリトリーを長距離移動しなければならない冒険者は世界で最も危険な仕事とも言われる。

 そのため世界中の国々が共同で冒険者ギルドを立ち上げ、人員の管理や報酬の保証、ランク制による負傷リスクの低減に努めている。

 特に魔法が使えず身体能力も低い人間は、生身のままでは最弱と評されるモンスターにすら歯が立たないため、犬闘機に搭乗し戦闘が可能な者のみが冒険者として活動することを許される。


「なるほどねー」


 ゴローが目を覚ましてから数日。

 十分な休息を取ったゴローは、エシュカと共に冒険者ギルドに来ていた。


「あんた本当に分かってる?」


 冒険者登録用の窓口で説明を受けるも、気の無い返事をしているゴローに問い質すエシュカ。


「馬鹿にすんな。要は冒険者になれば国外に出て、最初に会った大男あいつを探しに行けるってことだろ?」


 人間にとってモンスター蔓延る国外は危険過ぎるため、基本的に国民が国外に出るには特別な許可が必要になる。

 冒険者ギルドに冒険者として登録することは、人間が能動的に国外に出るための数少ない手段の一つだ。


「違う。昔はそうやって自由に国を行き来できたりしたみたいだけど、今はギルドが管理してるの。ギルドが冒険者の能力に見合った依頼を提示して、依頼内容に則した場所が国外にある場合、そこへ行く許可が下りるってこと」


「なんだそりゃ? 全然冒険じゃねぇじゃんか!」


「そうでもないわよ。依頼はギルドが出してるのも多くて、そういうのは大抵未開の地の調査とかなんだから。十分冒険でしょ」


 そういった危険な依頼を新人が受けられないよう管理するのもギルドの仕事なのだが、当然それは黙っておく。


「……なるほど、確かに」


 簡単に丸め込まれ登録用の書類を書き進めるゴローに不安を覚え、窓口の職員がエシュカに話しかける。


「あの、本当にこの人大丈夫なんですか?」


 名札に『ティーレア』と書かれた女性職員は声を絞ったつもりだったが、そもそも耳打ちできるような距離ではないため、その言葉はゴローにもしっかりはっきり聞き取れた。


「おうコラ、そりゃどういう意味だコラ!」


「ひゃあ!」


「あんたは黙って書いてなさい」


「ちっ」


 エシュカに窓口の端へと押しやられ、舌打ちしながらも大人しく書類に向かい直すゴローに驚くティーレア。


「エシュカさんには、意外と素直に従うんですね……」


「そりゃあ、あたしはこいつの命を二回も救った恩人だからね! 乱暴に見えてその辺の義理はあるのよ」


「へぇ」


「それに、自分の食い扶持は自分で稼ぐって言ってるからね。目的と生活を両立させて、更にあたしへの恩や借金を返すには、冒険者になるのが一番ってワケ」


 ゴローはメタルバウトの優勝賞金から、それまで一か月分の生活費をエシュカに返すつもりだったが、それは全て予定外に損傷した犬闘機の修理費に消えてしまった。


「さっきの話だと、誰かを探しに行きたいんですよね? でしたら確かにそれが良いかと思います。冒険者として地道に依頼をこなして実力を伸ばし、ギルドの基準と照らし合わせて安全に探索できる範囲を広げていけば、きっと見つかります」


「そんな悠長にしてられっかよ。まぁいいぜ。策はある」


 こちらを見てニヤリと笑うゴローに、エシュカはジト目で返す。


「ふーん。ちなみに自分で依頼した案件は自分では受けられないけど」


「うっ……」


 図星だったようだ。


https://kakuyomu.jp/users/mippa/news/16816700429046364691


(それができたら、苦労しないのにな)


 ギルドが抱える問題として、人間の依頼は受注されないことが多い。

 他種族の冒険者は人間に指示されるのを嫌い受注を避けるためだ。

 そして犬闘機と戦闘力という制限から、人間の冒険者は非常に少ない。

 更にはその狭き門を潜れる力を持った人間は人の上に立ちたがり、同じ人間をも見下す傾向が強い。

 幸いギルドという組織は各種族平等の理念を貫いており、契約が成立した後での不正や不履行には処罰や保証が適用される。

 だが、冒険者それぞれにはまだ差別意識が残っているため、契約の前段階で人間に関わらないようブレーキがかかっているのが現状だ。


「しょうがねぇな。んじゃ、早いとこ探索範囲広げてもらうか」


 書きあがった書類をティーレアに渡す。

 本来なら書類の前に戦闘力テストをクリアする必要があるのだが、赤鬼バッドオーガを倒した実績をクラウスが証明したため免除されていた。


「腕の立つ方は歓迎しますよ」


 言いながらティーレアは小さな木箱を取り出した。

 木箱をカウンターに置き蓋を開けると、中には両端に穴が空いた拳ほどの大きさの金属のプレートが収まっている。


「なんだこれ?」


「ギルドプレートと言います。中央の宝石に触れてください」


 安っぽいプレートの表面には、中央に横長に細い長方形状の赤い宝石が嵌め込まれており、その左隣にPの文字が刻まれている。


「ギルドプレート?」


「冒険者であることを証明する為のものです。世界中どのギルドでも、依頼の受注や清算などの際に必ず提示して頂きます」


「国に出入りする時も必要だからね。絶対失くさないでよ」


「あいよ」


(つまりこれがパスポートってワケだ)


 得心したゴローはプレート中央の宝石に触れる。一秒ほどで指を離すと、赤かった宝石は緑色に変わっていた。


「はい、結構です。それでは登録して参りますので少々お待ちください」


 書類とプレートを持って奥へと姿を消したティーレアは二分と経たずに戻ってきた。


「お待たせしました。これで登録は完了です。こちらをどうぞ」


「サンキュー」


 差し出されたギルドプレートには、両端の穴に紐が通っていた。

 プレートを受け取ると、ゴローは首にかける。

 ゴロー達の後ろに誰も並んでいないのを確認し、今度は数枚の紙を取り出すティーレア。


「それでは『P級ペーパーランク冒険者』ゴロー・イーダさん。今ある依頼を見ていきますか?」


「勿論だ!」


 ティーレアの台詞にを感じたゴローは、生き生きと即答した。

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