第23話 帰れない家   エルミナ視点

「え、帰らないの?」


もうすぐ建国祭。

国の祝日を祝うため、王立学院も休日扱いになる。

貴族はもちろん一般家庭でも家族でこの日を迎えられたことを祝うのだ。

街はここぞとばかりにお祭りムードで盛り上がるのだそう。


建国祭自体は一日だが、各地から生徒が集まるこの学院では行って戻って三日間の休みがある。

その間、授業はないが家が遠い者などもいるため、学生が生活できる状態は保たれる。


建国祭は春。

学院に入学・進級し、ちょうど慣れてきた頃にこの祝日があるため、ほとんどの生徒が親に顔を見せに帰る。

親としても子どもの生活の様子が気になっていることだろう。

久しぶりにすごせる家族との時間を楽しみに、学院はここのところ賑やかだった。

そんな学院の様子と違い、一向に荷造りに手をつけない私に、荷造りを終えたイブが気付いたのだ。


「うん。ここに残るわ。特に行くところもないし」

「え…?」


しまった。最後のは余計だった。撤回するには…もう遅そうだ。


「ねぇ。いやじゃなければ話、聞くけど」


その目が『いやじゃなければ』とは言いつつも話せ、そう言っている。

特に隠すことでもないと、私はイブに自分の話をすることにした。



***



私は幼い頃、病弱だった。

病弱といっても生まれながらに疾患があるというわけではない。体は健康だ。

ただ幼い頃の私はよく風邪を引き、長引いた。

子どもなら珍しいことではないと医者は両親にたびたび説明したが、両親はそんな私に疲弊していた。


後に侍女から聞いた話によると、母は侯爵家に子どもを一人しか産めなかったことを長い間親族や何の関係もない外野から責められ続けていたそうだ。

しかもその子供は女児だった。後継としては使えない。

そんな娘が、たびたび寝込んでいては神経質にもなるだろう。今ならわかる気がする。

私は世話をしてくれる侍女と医者、そして家庭教師以外の接触を禁じられた。

少しでも病気にかかるリスクを減らすためだと言われた。

それでも健康状態を保てない私に、母は疲れ果てていた。


「もういや。どうして私ばかり――」

「――あの子が子どもを産めるまで世話すればいいだけの話だ。辛抱なさい――」


母の泣き喚く声。

父の言葉が本心なのか、母を宥めるための言葉なのかはわからなかった。

直接その言葉をぶつけられたことは一度もない。

いつも遠くに聞こえる、両親のやりとりを聞きながら私は育った。



クライン侯爵家は裕福だった。恵まれていた。

だけど寂しかった。

体調が悪いのも苦しかったが、いい医者に診てもらえても、いい薬を飲めても、寂しさは消せなかった。

みんな私の部屋には入らない。誰も私に触れてくれない。親でさえも。

ただ、抱きしめてほしかった。大丈夫だと、手を握って欲しかった。



そして10歳のとき、私は婚約した。

身体が出来上がり次第、すぐにでも子どもを産ませるためだったのだろう。

侯爵家の後継を生むため。


クライン家は古くから続く由緒正しい家系だという。

父は血統にはこだわりがあったのだろう。養子を迎えたりはしなかった。


結婚して、子どもを産むこと。

婚約することで私は両親に必要とされていると思えた。嬉しかった。

嫌われないように、笑顔を貼り付けた。

具合が悪く見えないように、しゃんとするようにした。



そこで、彼に出会った。


彼は私を躊躇なく連れ出した。両親や、大人に管理された世界から。

二人で気のむくまま走り回った。

転べば、腕を引いて起こしてくれた。

大丈夫だと、ほしい言葉をくれた。

私にとって、彼は特別だった。


彼との婚約が決まってから、私と両親の距離は縮まった。

体調のいい日には遠い領地の視察にも連れて行ってもらえるようになった。

母とも一緒にお茶をすることが増えた。

母にも笑顔が増えた。


そして私がまた風邪をこじらせたとき。

ルディウスが王立学院に入学すると知った。

出発する前に彼が会いに来てくれたのを今でも覚えている。

「迎えに来るから。元気になれよ」

そう約束した。

そして私は彼の入学とほぼ同じくして、視察で訪れていた遠い領地に療養に出された。


幸いなことに、療養生活は私を強くした。

自然に囲まれた場所がよかったのか。

子どもながらに感じていたストレスから離れられたからだろうか。

もしかしたら体が成長して、抵抗力がついただけかもしれない。

もうしばらく体調は崩していない。


そこから両親とはほとんど会っていない。

そもそも同じ屋敷に住んでいても、顔を合わせるのは限られた時間だけだった。



この距離感が、私には大事に思えた。

これが崩れると両親は病んでしまうから。刺激してはいけない。

だから、私は帰らない。

彼と――ルディウスと一緒にいたいから。間違っても婚約が白紙になんてならないために。

父にとって適当な、すぐに子作りできる男性を連れてこられたりしたらたまらない。

両親の心変わりだけは、絶対に避けなければ。



私が好きなのは、ルディウスだけだから――


私の面白くもない話を聞いて、イブは私を力いっぱい抱きしめてくれた。

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