第13話 反省と過去③ ルディウス視点
婚約も成立し、俺とエルミナはたびたび遊ぶようになった。
エルミナの体調に配慮して、場所はいつもクライン侯爵家の屋敷だった。
庭を散策することもあったが、この日はエルミナの風邪が治ったばかりだというので書庫で本を読むことにした。
本を読むより、動いて遊ぶほうが好きだったが…それよりもエルミナが好きだったから、一緒にいられるならなんでもよかった。
侍女のマリアがお茶を持ってくると、少しお菓子を食べて休憩して。
またマリアが部屋を出て行ってからも二人で本を見て回った。
難しい本も多かったが、エルミナは異国の本も読めるようになりたいのだと教えてくれた。
俺の好きな本も聞かれたが…答えられなかった。それが少し恥ずかしかった。
本当は本より馬が好きなんだというと、大げさなくらい感激していた。
彼女は会話の中で、否定することをしない。
すべて肯定してくれて、認めてくれる。応援してくれる。それがすごく心地よくて、嬉しかった。
しばらくすると部屋の外で、何か言い争うような声が聞こえてきた。
声の主は侯爵夫妻――エルミナの両親だった。
聞いてはいけない、そう思って俺たちは顔を見合わせたが、もう出て行けるような雰囲気ではなかった。
「もう…もういや!!どうして私ばかり!!あの子、また寝込んだのよ!!」
「――――」
「あなたはそうやって全部私のせいだって言うのね!!」
エルミナの母親が叫ぶように言葉を吐き散らす。
「静かにしないか。だから何度も言っているだろう。あの子が子どもを産める年になるまで育てろ。それ以上はお前には望まない。そうしたらもう自由にしたらいい。お前が産めないんだ。あの子が産むしかないだろう。そのためにこんなに早く婚約させたんだ」
「あなた…なんてひどいことを――!!」
「お話中、失礼致します!旦那様、奥様、そろそろヴィクトール家のお迎えがいらっしゃる時間ですわ!」
マリアが侯爵夫妻の会話を遮った。侍女の振る舞いとしてはありえないことだ。
なぜか――彼女は俺たちがすぐ近くの部屋にいることを知っていたからだ。
さっきの嵐のようなやりとりが嘘のように静かになった。
おそらく侯爵夫妻をマリアが上手く誘導し、書庫から遠ざけたのだろう。
静寂を取り戻した書庫で、エルミナからはなんの感情も読み取れなかった。
もう…聞き慣れている内容だったのかもしれない。
俺はただただ悔しかった。
もうその時にはすでに俺はエルミナのことが大好きだったし、将来夫婦になるのだと理解していた。
自分を否定されたように感じていた婚約も、むしろ今では彼女に出会えて幸運だったと思っている。
だから自分の大事な人のことを、そんな風に言われていることに腹が立った。
俺は態度に出してしまっていたのだろう。
「ルディ、ごめんね。うちのことに巻き込んで…ごめんね」
エルミナが小さい声で、俺にだけ聞こえるように謝った。
そのエルミナの白い手を取って、ギュッと握った。
「大丈夫だ」
上手い言葉が思いつかなかった。でも心配いらない。巻き込まれたなんて思っていない。
エルミナの大きな瞳から、ポロポロと涙が零れていたのがすごく痛々しくて…でもすごく綺麗だった。
マリアが侯爵夫妻の会話を遮ったことがエルミナにとってよかったのか、悪かったのかはわからない。
だけど、俺の覚悟はそこで決まった。
俺はクライン家に入っても、爵位は継げない。
継ぐのはエルミナの子――クライン侯爵の血を継ぐ男児だ。
だから今後彼女がどんな扱いを受けようとも、俺は俺の力でエルミナを守っていく――そう心に決めた。
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