七、再び食堂にて(二)
リアムルが正解を口にする。
「今回の密室レイプ事件の真犯人は兄さまだと思う」
それを聞いた十三月家当主代行が思わず立ち上がり叫んだ。
「ち、違う! 私ではない! 私は何もやっていない!」
蚊柱放火が肩をすくめた。
「やれやれ、あなたも犯人だったのですね。犯人はみんなそう言うのですよ。しかし、まさかヤスさんとクリスラさんが共謀して犯罪を犯していたとはさすがの俺も気がつきませんでした」
迷探偵の脳内では「私は何もやっていない!」と言う人はすべて犯人になるらしかった。だが、それでは人類のすべてが犯人となってしまうだろう。
美少年が一喝する。
「お前は黙っていろっ!!」
急に怒声を浴びて多浪生が思わず泣きべそをかく。「そんな大声で叱らなくてもええやんけえ」という顔で立ちすくむ。
しかし、こういう手合いは厳しく叱りつけなくてはいけないのだ。放っておくと際限なく図に乗るから、頭ごなしに叱責しないといけないのだ。言わないと分からない馬鹿にはビシッと言うべきなのだ。
次男坊は話を続ける。
「よくよく考えると変だったのだよね。冬休みはいつもは南国か雪国ですごすのに、今年はそのどちらでもない、『熱海の別邸に行こう!』と言い出したのも兄さまだったし、犯人からの脅迫状が届いたら、それをぐちゃぐちゃにして丸めた後、慌てて手のひらで皺を伸ばして自分の指紋しか検出されないようにしたのも兄さまだったし、僕が『レイプって何?』と質問したら、兄さまはとても熱心にレイプについて語っていたし、そのときに、『ビデオカメラで撮影してインターネットの無料エロ動画サイトにアップロードすれば、さらにバッチグーだぜ!』と言っていたし、実績がないのに自信だけはある迷探偵が警護に参加することを認めたのも兄さまだったし、犯人が犯行予告した時間に僕を蟄居部屋に閉じ込めたのも兄さまだったし、その蟄居部屋には警護の者は同室させずに、僕が一人で泊まるように仕向けたのも兄さまだったし、部屋には防犯カメラが設置してあるから、『きっとカメラが犯罪を防止してくれるに違いありません』と言ったのも兄さまだったし、『さらに、万一に備えての切り札もあります』と言って缶バッヂを手渡したのも兄さまだったし、蚊柱放火が『リアムルくんが蟄居部屋に宿泊すると彼の自室には誰もいないことになる。そうなると、強姦魔も蟄居部屋に隠したことに気づくのではないかな?』と疑問を口にしたときに『弟の部屋には私が身代りに泊まろうと思います』と言い出したのも兄さまだったし、蟄居部屋は天井の四隅だけでなく、ベッドの天蓋にも防犯カメラが設置されてあったし、しかも、その防犯カメラは暗視機能がついていて、暗闇のなかでもバッチリ撮影できるものだったし、用意された寝衣に着替えようと思って手に取るとパジャマではなくてセーラ服だったし、犯人も兄さまと同じように『チェリーボーイのペニスを見ると目が潰れる』と言っていたし、犯人がオイルマッサージを始めたときに、僕は『シーツがオイルでベトベトになってしまう!』と思ったけど、ベッドシーツには防水加工がされてあったから大丈夫だったし、さらに、ベッドシーツが僕のオシッコで水浸しになったけど、その下には代わりの新しいベッドシーツがあらかじめ敷いてあったし、犯人はBGMとして大音量でアニメソングを鳴らしていたけど、兄さまがお気に入りの曲と同じものだったし、犯人にお尻をつねられて、僕が思わず『痛い!』と叫んだら、彼は『痛かったか。すまん!』と言って謝っていたし、犯人はときどき大阪弁を忘れていたし、犯人はロウソクプレイをしたけど、蟄居部屋には住宅用火災警報器が設置されていなかったし、兄さまは亜樹直・原作のマンガ『神の雫』がお気に入りだけど、犯人も僕の精液を飲んだときにこのマンガを真似してポエムを語っていたし、僕が『うわぁーん!! 助けて、お兄さま!!』と叫ぶと犯人の一物がさらに怒張したし、僕のお尻に挿してあった一輪の薔薇はこの邸宅の庭に咲いていたものだったし、その薔薇についていたメッセージカードを素手で握り潰したのも兄さまだったし、蟄居部屋の木扉は破城槌でないと破壊できないぐらい堅固なものだったし、事件の後、僕が応接室で聴取を受けていると兄さまは『ミルクコーヒーとミルクティーとホットミルクのどれがいい?』と言ってミルクをゴリ押ししていたし、記者会見の会場がいつの間にか大広間に準備されていたし、僕が知らない間に、兄さまは卒業文集をカピバラ警部補に手渡していたし、兄さまはプロの音楽家に頼んで僕の卒業文集に曲をつけさせると、さらに、マスコミがその音声ファイルをダウンロードできるようにしていたし、兄さまが『ちょっと待ったあぁああああーーーー!!』と叫びながら音頭を取る小神輿に乗せられて、僕は記者会見場に入場することになったし、そもそも、『ホモに襲われたときは被害者自らがみんなの前に顔を出してその被害を報告しなければならない』などという家訓は聞いたことがなかったし、クリスマスのダンスパーティーの招待客が秘かに外で待機していたし、ダンスパーティーは今年からテレビで生放送することが決定していたし、記者会見の司会者は兄さまがやることになったし、兄さまは『不躾な質問や無礼な物言いがあったら、私が司会者としてすぐに止めに入るから大丈夫だ。何も問題はない』と言っていたのに、むしろ、ノリノリでマスコミに加担していたし、『レイプ事件が本当にあったかどうかを確認するためだ』と言ってKKO先生の診察を受けさせられたし、KKO先生はユーチューバーのノリで実況中継をしながら診察していたし、しかも、極太ディルドほどの大きさがある直腸肛門内圧検査器具を使って僕にフラッシュバックを起こさせたし、KKO先生が退散しようとすると兄さまはそれを引き止めて僕の童貞痕を調べさせたし、犯行の様子を撮影した動画が守衛室のパソコンからインターネット上に流出してしまったし、兄さまは流出した僕の全裸写真をノートパソコンのデスクトップに壁紙登録していたし……。
これらはすべて、犯人が兄さまだと考えるとつじつまが合うのだよね。
つまり、記者会見の最後に、兄さまが叫んだ敗北宣言は本当は勝利宣言だったわけだ」
美青年が激しく抗議する。
「それはただの情況証拠にすぎない! 情況証拠は弱い証拠だ。そんなもので犯人を決めつけるのはおかしい、間違っている!」
証拠は要証事実との関係から直接証拠と情況証拠に分かれる。
直接証拠とは要証事実を直接証明する証拠だ。一方、情況証拠とは要証事実を直接証明することはできないが、間接事実を証明するのに用いられる証拠だ。情況証拠は間接証拠とも呼ばれる。
具体的には、直接証拠は被害者や目撃者の犯行目撃証言、被告人の自白といったものだ。一方、情況証拠はアリバイ証言や指紋といったものだ。つまり、物証はすべて情況証拠だ。
しかし、情況証拠は決して弱い証拠ではない。何となれば、日本の裁判所はたとえ被疑者が犯行を否認していたとしても、情況証拠だけで死刑判決を下すこともあるのだ。例えば、特定危険指定暴力団にも指定された九州最大の暴力団組織「工藤会」のトップ、野村悟もそうやって首吊りの刑に処せられたのだ。
この兄貴は情況証拠が何かが分かって言っているのだろか?
カピバラ警部補が口を挟む。
「クリスラくんにはちゃんとしたアリバイがあるぞ。確かに、この邸宅が停電したとき、彼は弟くんの部屋に独りで引きこもっていたがな。ワシが部下を派遣して安否を確認すると部下は『部屋のドアは開きませんでしたが、ノックするとなかから声がしました』と言うておったぞ。そして、みなが協力して破城槌で扉を破壊しようかという頃合いになってから、クリスラくんは蟄居部屋の前にあらわれると声をかけて一同をまとめてくれたのじゃ」
「つまり、兄さまにはアリバイはないということですね」
童貞が冷静に突っ込むとげっ歯類は「そんなことは考えもしなかったわい」といった顔で驚く。
十三月家当主代行が必死に抗う。
「蟄居部屋は密室だったはずだ。それでは、私はどのようにして密室に侵入したというのだ!」
「そんなものは兄さまが十三月グループ総帥代行なのだから何とでもなるでしょ。KKO先生が採取したという暴漢の精液も同じだね。大方、他の誰かのものとすり替えたのでしょ」
被害者は悪あがきする血縁者を無慈悲に切り捨てた。そして、とどめを刺した。
「それに、犯人はわざと声を低くして大阪弁を使っていたけど、声は兄さまのものと同じだった」
声が同じであれば間違いない。真犯人はクリスラだったのだ。
美青年の抗議がピタリと止む。彼は両手をテーブルについて俯いたまま、真冬にもかかわらず脂汗をタラタラと流す。
そんな真犯人を横目に見ながら、現場責任者がリアムルに質問した。
「君のお兄さんが世間を騒がせた怪姦!我慢汁男優の正体だというのかね? しかし、あの強姦魔はもう二〇年は犯行を続けておる。つじつまが合わないのではないかな?」
次男坊はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、兄さまは怪姦!我慢汁男優ではありません。カピバラ警部補が応接室で言われたように、兄さまは彼の名前を騙っていただけです」
大ネズミは「なるほど、なるほど」と言って大きく頷くと十三月家当主代行に問いかけた。
「クリスラくんはどうしてこんなことをしたのだね?」
ナルシストもいつの間にか立ち直ると傴僂と一緒になって責め立てる。馬鹿は一喝されたくらいではへこたれないのだ。
「そうだそうだ。刑事ドラマでも追い詰められた犯人は動機を説明するぞ! 船越英一郎も『追い詰められた犯人は動機を喋りたくなるものだ』と言っていたぞ!」
刑事ドラマでは追い詰められた犯人は、なぜ、自ら動機を語り出すのだろか?
「サスペンスドラマの帝王」と呼ばれる俳優、船越英一郎はかつて真犯人として一度だけ大波を受ける断崖に追い詰められたことがある。そのとき、この名優は「実際、立場逆転してクルッと一八〇度向きを変えて(崖を)背負ってみたら、退路も何もかもすべて断たれるっていう状況。そして、情熱を持って自分と向き合ってくれる人がいるっていうことの嬉しさで(動機を)つい喋ってしまう……。喋りたくなるんですよ」と悟ったという。
追い詰められた犯人は動機を喋りたくなるものなのだ。
三人の追及を受けて、美青年もとうとう観念したようだった。船越英一郎が言うような心境になったのだ。彼は口を開いた。
「『すべてのセックスはレイプだ』という言葉を知っているか?」
カピバラ警部補が「それがどうした!?」と詰め寄る。
すると、真犯人が腹の底から絶叫した。
「すべてのセックスはレイプなのだ!! だから、レイプではないセックスはセックスではないのだよぉおおお!!!!」
「すべてのセックスはレイプである」はフェミニズムの理論家、アンドレア・ドウォーキンとともに語られる言葉だ。
性交に関する彼女の理論をホモに応用すると次のようになる。
セックスは攻めが受けを所有する行為だ。
セックスの間、攻めは受けのなかに存在しており、その体は受けを覆い、押し潰すと同時に貫いている。
攻めが受けの上位にあり、かつ、内側にもあるという、この身体的関係が攻めによる受けの所有なのだ。
攻めは貫くことによって受けを占領して支配し、受けに対する優位を表現する。
攻めの貫きは受けが征服者に降伏することであり、自己を譲り渡すことだ。
セックスは受けを植民地化するために力ずくでなされる暴力的な行為であり、略奪の一形態だ。
攻めであるとは攻撃的、かつ、暴力的なことだ。
そのため、攻めが攻めらしくあるためにセックスの最中は受けは個人としての属性を消さなくてはならない。
そのようにして犯されるなかで、受けは所有され、明確な個人として存在しなくなり、支配されるのだ。
つまり、すべてのセックスはレイプなのだ。
ドウォーキンの理論を聞いて「これは理論というよりはポエムかエッセイの類ではないか?」と思う人がいるかも知れない。
本当のところ、フェミニズム理論は理論というよりもポエムかエッセイの類なのだ。それは自然科学をはじめとした偉大な学問の権威を借りるために「理論」と名乗っているにすぎないのだ。
文系は馬鹿だが、その馬鹿の文系のなかでも飛び抜けた馬鹿が集まるのが社会学だ。「社会学者を見たら馬鹿と思え」だ。文系のゴミ箱、社会学に押し込められた女性学は理論がどういうものなのかがあまりよく分かっていないのだ。
あるいはまた、この理論を聞いて「リバーシブルやマゾヒズムはどうなるのか?」と思う人もいるかも知れない。リバーシブルは攻めも受けになるし、受けも攻めになるから、どちらか一方が他方を支配するという関係にはない。また、マゾヒズムは被嗜虐性愛というように嗜虐されることで性的に興奮する性癖だ。そのため、被嗜虐性愛者にとっては性交時における所有、占領、支配、降伏、暴力、略奪といった行為はあくまで本人が望んだプレイでしかない。
しかし、そのような疑問は抱いてはいけない。そもそも、ドウォーキンもそこまでは考えていなかったのだ。場合分けもろくにできない人はどんなに理論的考察を重ねても「馬鹿の考え、休むに似たり」にしかならないのだ。フェミニズム理論は真面目に検討するとすぐにボロが出る代物なのだ。
「現代では当然」といわれるフェミニズム的価値観の内実は実際にはそのようなものにすぎないのだった。
フェミニズム理論を信じる人は馬鹿と気違いしかいない。だが、クリスラは馬鹿だから、この理論を真に受けてしまったのだ。彼は続けて言った。
「私は弟を愛していた。愛するが故にセックスしたかった。しかし、すべてのセックスはレイプなのだ。だから、セックスするためにはレイプするしかないのだ。レイプではないセックスはセックスではないのだよ。
リアムルの部屋から蟄居部屋まで、私はそのために隠し通路を作ったのだ。そして、『怪姦!我慢汁男優の犯行だ』と思わせるために犬や山羊の尻穴を犯して邸宅の周りに放畜したのだ。口が臭くなるように歯磨きもしなかった。なぜなら、セックスが気持ちよかったら、それはレイプではなくなるからな。
私がどのような気持ちでそうした準備を進めていたのかが理解できるか? 『弟とセックスできる!』と思ってウキウキした気分でした。そう、ただ奪うことだけがセックスなのだよう!」
もしも、すべてのセックスがレイプであるならば、レイプではないセックスはセックスではないこととなる。これは論理的には正しい。
「すべてのセックスはレイプである」と似た言葉には、例えば、「死ぬこと以外、かすり傷」というものがある。このセリフを言う人はかすり傷でなければ死んでいるのだ。もしも、彼がかすり傷一つ負わないでいると「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで……」と言われてしまうのだ。これも論理的には正しい。
しかし、これらは前提が間違っているため、論理的には正しくても、結論は間違っているのだ。
そもそも、論理的に正しいかどうかと現実にも当てはまるかどうかは別の話なのだ。仮に、論理的に正しければ現実にも妥当するのであれば、地球平面説も現実に当てはまることとなってしまう。しかし、地球平面説がどんなに論理的に正しくても「地球は平面である」ということにはならない。理論が現実にも妥当するかどうかを確かめるためには検証という作業が必要なのだ。
ところが、頭が悪い人は「論理的に正しければ、現実にも当てはまる」と勘違いするのだ。
フェミニズム理論は非実証主義の産物であり、地球平面説と同じだ。
本件は間抜けがフェミニズムを信じたが故に引き起こされた悲劇だったのだ。
しかし、フェミニストは十三月家当主代行を非難することはないだろう。なぜなら、フェミニストの大半は強力効果論の信奉者でもあるからだ。強力効果論とは「マスメディアは人々の態度や行動を意のままに動かすほどの影響力を持っている」という考えのことだ。これによると、例えば、ボーイズ・ラブを愛読する少女はたとえキンタマがなくても、コンテンツに影響されてホモになるのだ。同様に、例えば、コミック百合姫を定期購読するオッサンはたとえチンコがついていたとしても、影響されてレズになるのだ。本人の意志とは無関係にメディアに影響されるとはそういうことだ。多くのフェミニストが真に受けている強力効果論はそのような恐ろしい屁理屈だ。だから、性犯罪者が「フェミニズムが『すべてのセックスはレイプである』と主張するから、それに影響されて強姦したのだ」と言えば、フェミニストはきっと「ああ、そうであるならば仕方がない。フェミニズムに影響されてレイプしたのであれば、悪いのはフェミニズムであってあなたではない。あなたは影響されたにすぎないから、無罪放免だ。しかし、フェミニズムはそのような悪影響を人に与えるくらいだから、何としてでも表現規制しなくてはならない」と言うに違いないのだ。知らんけど。
美青年の自白に気圧されながらも蚊柱放火が疑問を口にした。
「それではどうしてクリスマス・イブを犯行日に指定したのだ!?」
「それはクリスマスが初エッチの日だからだ!」
クリスマスはイエス・キリストの誕生日だ。しかし、日本では、なぜ、それがセックスする日となってしまったのだろか?
これは来日したキリスト教の伝道者に責任がある。
彼らは日本人の前で性倫理の話しかしなかったのだ。これは今でも同じだ。
つまり、「聖書には『だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである』と書いてあります。姦淫とはセックスのことです。いやらしい目で女を見る人は心のなかで彼女とセックスしたのです。聖書には『それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである』と書いてあります。セックスはお嫁さんとしかしてはいけません。婚前交渉をしてはいけません。オナニーの語源となったオナンくんはセックスのときに膣外射精をしたので神さまに殺されました。セックスは必ず中出ししましょう。そうしなければ、オナンくんのように、マスターベーションの代名詞として己の名前を呼ばれるという辱めを未来永劫、受け続けることになります。都市ソドムとゴモラ、および、その周辺の町は不自然な肉の欲の満足を追い求めたため、神さまは永遠の火の刑罰を与えて見せしめとしました。東京の秋葉原は現代のソドムとゴモラですが、神さまがなかなか滅ぼそうとしないので私たちが滅ぼします。ポルノは偶像礼拝です。偶像礼拝は避けなければいけません。セックスの目的は出産であり、出産が目的の場合のみセックスができます。中絶はセックスの唯一の目的を阻むのでしてはいけません。聖書には『不信者と、つり合わないくびきを共にするな』と書いてあります。キリスト教徒はキリスト教徒でない人と結婚してはいけません。肉親とセックスしてはいけません。お母さんとセックスしてはいけません。お継母さんとセックスしてはいけません。お伯母さんやお叔母さんとセックスしてはいけません。腹違いであってもなくても姉妹とセックスしてはいけません。息子の娘や娘の娘とセックスしてはいけません。お父さんの兄弟のお嫁さんとセックスしてはいけません。息子のお嫁さんとセックスしてはいけません。兄弟のお嫁さんとセックスしてはいけません。娘とその母親と一緒にセックスしてはいけません。女とセックスしたときはその孫娘とセックスしてはいけません。お嫁さんが生きている間はお嫁さんの姉妹と結婚してセックスしてはいけません。他人のお嫁さんとセックスしてはいけません。生理中の女とセックスしてはいけません。なぜなら、生理中の女は不浄だからです。聖書にはそう書いてあります。ホモセックスはしてはいけません。男も女も動物とセックスしてはいけません。モレク神の信徒とセックスする人は殺します。イタコや占い師を慕ってセックスする人は殺します。人妻が不倫したときは間男ともども殺します。男が人妻とセックスしたときは姦夫姦婦ともに殺します。男がお母さんやお継母さんとセックスしたときは二人とも殺します。男が息子のお嫁さんとセックスしたときは二人とも殺します。男と男がホモセックスしたときは二人とも殺します。男が女とその娘を一緒に娶ったときは三人とも火刑に処して殺します。男も女も獣姦した人は殺します。まぐわった獣も殺します。姉妹の肌を見た男、兄弟の肌を見た女は殺します。男が生理中の女とセックスして、彼女の肌を露出させたときは二人とも殺します。着衣ハメなら殺しません。女装男子も男装女子も禁止です。旦那が『お嫁さんが処女でなかった。大嫌いだ!』と言い出して、それが本当だったときはお嫁さんをみんなで石打ちの刑に処して殺します。一方、それが嘘のときはお嫁さんのお父さんとお母さんは『これが私の娘の処女の証拠です』と言って破瓜の血の跡がついた布団をみんなの前で広げなくてはいけません。そして、旦那はみんなから打ち懲らしめられるか、または、お義父さんに罰金を支払います。その旦那はお嫁さんと生涯、連れ添わなくてはいけません。婚約者がいる処女が他の男と町内でセックスしたときはそれが和姦であっても強姦であっても二人とも石打ちの刑に処して殺します。『なぜ、強姦であっても女を処刑するのか?』と思うかも知れませんが、これは町内にいたのに叫ばなかったからです。町内で起きた性犯罪は抵抗しなかった女性にも責任があります。聖書にはそう書いてあります。一方、婚約者がいる処女が野っ原でレイプされたときは男だけを殺します。女性は処刑されたくなければ、町内ではなくて野っ原でレイプされましょう。婚約していない処女が男とセックスしたときはそれが和姦であっても強姦であっても彼女はその男のお嫁さんとならなくてはいけません。彼女は辱められたので、一生、その男と連れ添わなくてはいけません」という話ばかりをするのだ。
キリスト教はユダヤ人の迫害と性風俗産業の排撃ぐらいしかやることがない宗教だ。来日した伝道者が性倫理の話しかしない理由は単に、日本にはユダヤ人がいないからにすぎない。
しかし、これを聞いた日本人が「なるほど。キリスト教はセックスの宗教なのだな」と勘違いしたのも仕方がないことだろう。「嫌よ嫌よも好きのうち」だ。キリスト教は「愛の宗教」だというが、キリスト教の愛とは性愛のことなのだ。
さらに、キリスト教は結婚前の女性の純潔や貞操を重視する。キリスト教徒は処女膜を崇拝するという奇習があるのだ。
キリスト教倫理が広まるまで、本邦では処女膜などは一顧だにされなかった。それはせいぜい、性交のときに挿入の邪魔をする厄介物ぐらいにしか思われてこなかった。
ところが、伝道者がしきりに「処女、処女」と言うので処女膜がくぱぁっとにわかに脚光を浴びる。それは初鰹と同じような縁起物とされたのだった。
こうして、イエス・キリストは八百万の神々に迎え入れられて初エッチを司る、処女膜の神さまとなったのだった。そして、日本ではこの神さまの誕生日であるクリスマスはセックスする日となったのだった。
しかし、この勘違いも悪いことばかりではない。
なぜなら、セックスする日が決まることで締め切り効果が生じるからだ。
締め切り効果とは人は制限時間を設けた方が集中力が高まり、生産性も向上するという効果のことだ。
例えば、アナルローターを初めて肛門に挿入するときも締め切りを設定した方がお尻の穴に入れやすくなるのだ。
キリストの誕生日は初エッチの日でもあるため、童貞や処女も「やれやれ、締め切りがあるならしょうがないな」と観念して性交に励むようになるのだ。
真犯人がクリスマスを犯行予告日としたのも無理がないことなのだった。
それまで静観していた美少年が質問する。
「兄さまはどうして僕にセーラ服を着せようと思ったのさ」
「……夢だったのさ。セーラ服を着た弟とセックスすることがな。リアムルは制服ブレザーしかない学校に進学してしまったが、どうしても夢を叶えたかったのさ」
童貞は全身に鳥肌が立つ。「質問しなければよかった」と後悔しつつもさらに尋ねた。
「だったら、最初から頭を下げて頼めばよかったじゃないか」
「『陵辱したいから、セーラ服を着てください。お願いします』とでも言って頼むのか!? そんなことを言ったら、二度と着てくれなくなるかも知れないだろ!」
確かに、そんな頼み方をすれば、着てもらえるものも着てもらえなくなるだろう。そういう理由でセーラ服を着せられるのは誰だって嫌なものだ。
「そもそも、どうして僕の服のサイズを知っていたのさ」
採寸に協力したわけでもないのに、パジャマ代わりに渡されたセーラ服がどうしてピッタリのサイズだったのかが被害者には謎だった。だから、問いかけたのだった。
十三月家当主代行は鼻血を垂らしながら恍惚とした表情で答えた。
「リアムルが自室で眠っている間に秘かに測ったのだ。『コスプレプレイをするときは衣装のサイズフリーという表記を信じてはいけません』と、マニュアル本にも書いてあったからな」
次男坊はまさか己が寝ている間に兄が寝室に忍び込んできて、こっそり採寸していたとは思いもしなかった。彼はさぶイボをさすり、言葉を失う。代わりに、迷探偵が再び質問した。
「『レイプは性欲ではなくて支配欲によるものだ』といわれている。君は本当は支配欲が原因で強姦したのではないか?」
そう問われた美青年は鼻血を拭い止めると激昂した。
「そんなものは性欲に決まっとるだろがぁあああ!! チンコが支配欲で勃起するかぁあああ!! チンコを何だと思っとるのじゃぁあああ。このボケカスがぁあああ!! まったく、ボケにカスがついとるわい!!」
「性犯罪の動機は支配欲だ」と言う人がいる。
しかし、おちんちんは支配欲では勃起しないのだ。例えば、仮に、あなたが冬の夜道を一人で歩いていたら、ペニスをフル勃起させた全裸のオッサンが鼻息を荒くしながら襲いかかってきたとしよう。彼が「犯行の動機は性欲ではありません。支配欲です」と言い訳したとして、果たしてそれを信じることができるだろか? あなたが大阪人でなくてもきっと、「何でやねん! だったら、何でチンコが勃っとんねん! おちんちんは支配欲では勃起せえへんやろ!」というツッコミを入れてしまうだろう。
人によっては「でも、痴漢犯罪者は犯行時は勃起しない人が多いらしいよ」と言うかも知れない。しかし、痴漢犯罪者はその体験をズリネタにして後でマスターベーションに耽るために猥褻行為を行うのだ。どちらにしても動機は性欲だ。
そもそも、性犯罪は加害者が年を取って性欲が衰えるとともに犯行件数も減少するのだ。「性犯罪の動機は支配欲だ」という理屈ではこの単純な現象を説明することさえできない。それとも、「支配欲もまた性欲と同じように加齢とともに衰えるものだ」とでもいうのだろか?
この辺りのつじつまを合わせるために「性欲はそもそも支配欲だ」と言い出す人もいる。
しかし、これを言う人はセックスが下手くそなのだ。
例えば、将棋には「棋は対話なり」という言葉がある。バランスがよい対人ゲームは己がやりたいことをやるだけではなかなか勝てないものなのだ。相手の意図を読み取ってそれに応えるように指し手を決めないと勝てないのだ。同様に、セックスは対人ゲームの一つだ。だから、上手にプレイするためには相手の意図を読み取らないといけない。「棋は対話なり」をもじっていうのであれば、「セックスはコミュニケーションだ」となるだろう。
「性欲はそもそも支配欲だ」と言う人は相手を支配するためのセックスしか知らないのだ。
それでは、例えば、「コミュニケーションは相手を支配するためのものだ」と言う人がいたとしよう。それはどういう人だろか? 彼は間違いなく、コミュニケーションが下手くそだろう。
同じように、「性欲はそもそも支配欲だ」と言う人はセックスが下手くそなのだ。
真犯人はそのようなセックスが下手くそな連中の戯れ言ではなくて「弟を陵辱したのは性欲が動機だったのだ!」と力強く断言したのだった。
多浪生が重ねて問いかける。
「それならば、なぜ、記者会見の場に弟を引きずり出したのか? なぜ、陵辱動画を外部に流出させたのか?」
「せっかく弟を陵辱したのだ。みんなに知ってもらいたかったからに決まっとるだろがぁあああ!! 素敵な思い出はみんなと共有したいという優しい気持ちが分からんのかぁあああ!! このアホンダラがぁあああ!! まったく、アホにンダラがついとるわい!!」
「肛門拡張もせずにいきなりアナルセックスをして、リアムルくんのウンコの穴が裂けたらどうするつもりだったのだ!?」
十三月家当主代行が応えようとしたが、家令のセバスチャンがそれを遮り間に割って入る。そして、サングラスを外すと鋭い目で睥睨しながら代わりに答えた。
「その心配はありません。実はリアムルさまには毎晩、睡眠薬を盛っていたのです。そうしておいて、クリスラさまは夜な夜な弟さまの寝室に忍び込んでは肛門拡張に勤しんでおられたのですよ。だから、いきなり肛門性交をしても弟さまのアヌスが傷つくことはなかったのです」
美少年は思い当たる節があったので顔が青ざめる。「小学生の頃は便秘がちだったのに、どおりで最近はお通じがよくなったわけだ」と思った。肛門拡張によってケツの穴が広がったおかげで、ウンコが出やすくなっていたのだ!
この暴露にはさすがの兄も慌てたのか「爺や!」と短く叫んで叱責する。セバスチャンが弁解した。
「みなさまは勘違いしておられますが、クリスラさまは絶対の安心安全を確認された上でレイプに及んだのです。そこだけは分かっていただきたいのです」
ナルシストが家令に質問する。
「じゃあ、なぜ、睡眠薬で眠らせている間に犯さなかったのか?」
「それは眠っている間に犯したのでは反応がなくてつまらないからですよ」
蚊柱放火が怒気を感じて思わず左隣を向くと童貞の目が怒りに燃えていた。
被害者が釘を刺す。
「爺やも知っていて見逃したのだから同罪だよね。後で覚悟するように」
老翁はすでに腹を括っていたのだろう。「かしこまりました」と一礼して控える。
迷探偵が頭を振って嘆いた。
「分からない。いくら、『すべてのセックスはレイプだから』といって、どうして、愛する弟を強姦するのか!? どうして、『みんなに知ってもらいたいから』といって記者会見場に引きずり出したり、陵辱動画を流出させたりするのか!? 俺にはまったく理解できない!!」
無理もないのだ。常人には変態は理解できないものなのだ。多浪生が頭を抱えて思い悩むのも当然だった。
すると、それまで腕組みをして黙っていたげっ歯類が号泣しながら口を開いた。
「いいや、分かるぞ! クリスラくんの気持ちはとてもよく分かる!」
ナルシストが戸惑いながら尋ねる。
「ど、どうして、カピバラ警部補は真犯人の気持ちが理解できるのですか?」
現場責任者は親指でビシッと己を指差すと答えた。
「なぜなら、ワシが怪姦!我慢汁男優だからだ!!」
場が静まり返る。
「何だ、お前だったのか」「そうだ、私だ」というやり取りがお笑いコンビ、モンスターエンジンの声で脳内再生された。
茫然としている一同を置いて、大ネズミは美青年に向き直ると教え諭すように語り始めた。
「光りあるところに影があるように、和姦があるところには強姦があるものじゃよ。
勘違いするものもおるがな、和姦の反対語は洋姦ではない。強姦じゃ。
陵辱の深さは愛の深さを表すものじゃ。男子たるもの、レイプの一つもできなくてはいかんよなあ。レイプは生き甲斐じゃよ。
『乳繰り合うのも他生の縁』というじゃろ。陵辱し、されるのも前世からの深い因縁のおかげなのじゃよ。
『リンカーンもすなる輪姦というものをワシもしてみんとてするなり』じゃ。ハムを油で揚げた輪姦がアブラハム・リンカーンじゃよな。
『浜の真砂は尽きるとも、世にホモネタの尽きることはなし』じゃな。
試しに、共感を十回、繰り返して言うてみなされ。
共感、共感、共感、共感、共感、共感、共感、共感、共感、強姦。
するとほら、共感が強姦になるじゃろ。レイプで大切なのはな、相手を思いやる心じゃ。『傾聴、受容、強姦』じゃよ」
傴僂の話を聞く内に、真犯人が大声を上げて泣き崩れる。健常者には理解不能だが、変態同士、お互いに相通じるものがあるのだろう。
カピバラ警部補が話を続ける。
「若い頃は和姦なんて分かんないものじゃよ。お尻のことは知りませんじゃよ。睾丸無知というじゃろ、キンタマは何も知らないものじゃよ。古代ギリシャの哲学者、ソクラテスもこれを称して『無知の無知はムッチムチのキムチ』と言うたのじゃ。
じゃがな、歳を取れば分かると思うが、陵辱されることで守られる貞操もあるのじゃよ。薄汚れたレイプはワシだけでええ。君は清く正しいレイプに励みなされ。
クリスラくんもリアムルくんを抱いて、ますます弟くんのことが分からなくなったじゃろ。
抱く前より抱いた後の方が分からなくなるのがよい受けじゃよ。ケツとケツでつながるのが本当のケツ縁者じゃよ。
頭とキンタマはどちらもタマがついておるじゃろ。
古代ローマの英雄、カエサルも『来た、見た、勃った』と言うておるじゃろが。
中出しは中で出すことだけではないのじゃよ。
こぼれたミルクを嘆いても無駄なように、破れたパンツを穿いても無駄なのじゃ。
失くしたボールペンを探しとったら、お尻の穴に入っとることもよくある話じゃろ。
今後は心を入れ替えて、そのような陵辱に邁進しなされ。落ち込んどるからといって、オチンコ出とるわけではないじゃろ。明るく生きようじゃないか。ゴーイング・マイ・ウェーイ系じゃよ。ウェーイ!」
十三月家当主代行はすすり泣きしながら小声で「……はい」と応える。どうやら説得されたようだ。変質者はこういう言葉で説得されるのだ。
その後もげっ歯類は「チンコとキンタマは二つ合わせてチンタマと呼ぼうと思う」や「ワシが『チャンコにはチンコがついとらんのに、なぜ、チャンコと言うのじゃろか?』と呟いたら、部下が『二つはまったく関係ないですよね』と言いよったのじゃ。『分かっとらんなあ』と思うたよ」と言って美青年を説諭した。
そうして最後に、感極まった二人は至上の愛、ロマンティック・ラブについて斉唱した。それは愛について書かれた世界的ベストセラーの一節だった。
あらゆる不安は孤立から生まれる。そして、不安は恥や罪を生み出す。
「孤立を遠ざけて他人と融合したい」という思いは人の最も強い欲望だ。
この欲望こそが人々を結束させるのだ。
人は融合が達成できないと発狂してしまうか、さもなければ破滅してしまう。
この世に愛がなければ、人は一日たりとも生きることはできないのだ。
愛は人のなかにある能動的な力だ。
愛は人と人とを隔てる壁を壊して結びつけるものだ。
愛は陥るものではなくて自ら踏み込むものだ。
愛は与えるものであり、与えられるものではないのだ。
愛は能動的に相手のなかに入って行くことだ。
その結合によって、私はお前を知り、己を知り、人を知るのだ。
愛こそが他の存在を知る唯一の手段だ。
愛は愛を生む力だ。
愛せないとは愛を生む力がないということだ。
愛の行為は結合の体験へと思い切って飛び込むことだ。
性的欲求こそは愛による合一への欲望のあらわれなのだ。
そして、それこそがロマンティック・ラブだ!
クリスラはお巡りさんの温もりに触れて嗚咽を上げる。一方、げっ歯類は「お尻成分が足りないのはケツ分不足じゃよ」と言って真犯人に慰めの声をかけると彼から離れて蚊柱放火の前に進み出た。そして、手錠をかけられるように両手を差し出した。
「いやはや、ワシとしたことが大失態をやらかしましたな。本当は最後まで隠し通すつもりだったのじゃよ。それが若者の熱意に当てられて年甲斐もなく熱くなってしまいましたな。正体がバレてしまっては仕方がありません。名探偵さま、どうぞワシにお縄をかけてください」
怪姦!我慢汁男優は観念したようだ。世紀の連続強姦魔が逮捕される瞬間がとうとうやって来たのだ。
しかし、迷探偵は鼻で笑うとそっぽを向いた。
「さーてね、何のことでしょうか。俺は何も聞いていませんよ。いやいや、毎日、徹夜で受験勉強に励んでいるせいか、最近、耳が遠くなりましてね。カピバラ警部補が何を言っていたのかがよく聞こえなかったのですよ」
多浪生はどうやら温情を施すつもりらしかった。現場責任者の説得に心を揺さぶられたのは十三月家当主代行だけではなかったのだ。
大ネズミは目を見開くと「探偵さん……」と呟く。
ナルシストが言葉を続ける。
「一つ質問させてください。怪姦!我慢汁男優があらわれるときは獣姦されたケモノが犯行現場付近でしばしば見つかると聞いています。あれもヤツの仕業なのですか?」
「ああ、そうじゃよ。もうすぐ犯行予告日時を迎えると思うとな、矢も盾もたまらずファックしたくなってしもうてな。辺りをうろついとる野良犬や野良山羊を獣姦していたのじゃよ。ケモノには悪いことをしたと思うが、ワシは気持ちよかったのじゃ」
最悪だ。こんなレイパーはさっさと死刑にした方がよい。強制性交等の罪は五年以上の有期懲役だ。だが、幅広い教養や豊かな人間性を備えていなければ合格できない新司法試験に受かった今の裁判官であればきっと、法定刑を超える判決ぐらいは気軽に出してくれるだろう。
しかし、蚊柱放火は「……やはりね」と呟くと得心がいったように頷いた。何が「やはり」なのかは一般人には理解できないが、彼は連続強姦魔を見逃すことに決めたようだった。さらに、言葉を続けた。
「ふふ、『遺伝子を憎んで人を憎まず』ですよ。すべては遺伝情報が悪いのであって、あなたが悪いのではないのです。
あるいは、『脳みそに原因がある』といってもいいでしょうね。あなたに原因があるのではなくて、あなたの脳みそが原因なのです。あなたは脳みそが命じた通りにやったにすぎないのですよ。
だから、今日のところはあなたの男気に免じて見て見ぬ振りをしてあげましょう。しかし、次に会うときは容赦しませんよ!」
傴僂が情けをかけられて自嘲する。
「ワシは自由意思でレイプしとるつもりだったのじゃがな。まさか遺伝子のせいだとは思わなかったな。まあ、『生物個体は遺伝子が移動する際の乗り物にすぎない』ともいうしな。困った遺伝子さんじゃよ。
あるいは、脳みそに原因があるかも知れないのか。脳みそとは生まれる前からのお付き合いじゃが、いつも手を焼いておったのじゃよ。こいつも困った脳みそさんじゃな。
フェミニズムは『強姦も社会に影響された結果だ』と言う。ワシの犯行もワシが悪いのではなくて、本当は社会が悪いのじゃろな。フェミニズム理論は実は正しかったのじゃ。
朝日新聞も『犯罪は社会にも責任がある』と言うとる。社会には朝日新聞社も含まれる。誰かの犯罪は朝日新聞社の責任でもあるのじゃ。
もしも、ワシが犯した野郎どもが慰謝料を請求してきたら、朝日新聞社に支払ってもらうように伝えてくだされ。なぜなら、ワシの犯罪は朝日新聞社にも責任があるからな。
……しかし、ワシもお目こぼしをされるとは落ちぶれたものよなあ。じゃがな、ワシもまだまだ現役じゃ。次こそは手加減なしじゃ。首を洗って待っとれよ!」
迷探偵も自信満々にニヤリと笑い返した。
「ええ、期待していますよ! 俺も次こそは決して手を抜きませんよ!」
カピバラ警部補は並み居る警察官に「お前ら、帰るぞ!」と声をかける。ヤスもようやく解放された。そして、公僕は一人残らず、げっ歯類と一緒に食堂から出て行ってしまった。
美少年はその様子を眺めながら、「いや、逮捕しろよ」と心のなかで突っ込むが放っておく。どうせ放置したところで、あの二人はまた明日も警視庁で再会するのだ。それよりも兄貴の処罰の方が先だった。
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