八、再び食堂にて(三)

 リアムルは憤怒を目に宿しながら椅子から立ち上がるとクリスラに向き直った。

「さーて、兄さま」

 警察官の後についてこっそりと退室しようとしていた十三月家当主代行が呼び止められてビクリと身震いする。次男坊に一瞬、目をやると扉へ向かって一目散に駆け出した。

 美少年は叫ぶ。

「逃がすか!」

 童貞はオーダーメイドシャツのボタンを外す。すると、菱縄縛りで緊縛された上半身があらわれた。

 ああ、何ということだろか! 被害者が共用トイレで言った、「僕はこの事件を戒めるためにも準備が必要です」とは己を麻縄で縛って自戒することだったのだ!

 リアムルは菱縄縛りを解くと二つ折りにした麻縄の縄頭を投縄する。そして、吼えた。

「有末流緊縛術!! 寝狸!!」

 縄はまるで生き物のように美青年に絡まると四肢を縛り上げる。そして、次男坊は食堂のシャンデリアの上に縄尻を通し投げて狸を吊るし上げた。

 有末流緊縛術は誰もが理解できる美しく無駄のない形を特徴とする。

 その緊縛心得は次の三箇条にまとめられる。



 一つ、緊縛の研究を怠らぬこと。

 一つ、進化すること。

 一つ、美しい捌きを身につけること。



 これにより麻縄に生命を宿すことで、縄という生き物が被縛者の肉体を支配して独自のエロスを醸し出すようにするのだ。

 有末流緊縛術「寝狸」は猟師が仕留めた狸や猪の四肢を棒に結わいつけて、逆さ吊りにして運ぶ様子を真似たものだ。緊縛手順は被縛者の両腿を両腕で抱きかかえさせてから両手首と両足首を一本縄で拘束する。裸で縛れば、陰部が露出するため、実用性が高いことでも知られる。

 真犯人が慌てふためく。

「い、いつの間にこんな緊縛術を習得したのかーっ!?」

 緊縛術は他の芸事と同じように基礎の上に応用がある。そして、基礎を習得するためには反復練習が必要だ。有末流緊縛術でも「縄を使って二度とない造形美を創り出すためには、場の空気を支配する感性が必要となってくる。そのためには日々の訓練を怠ってはならず、基礎訓練の反復練習が必要である」と謳われる。門下生はそのために己の両足を自縄自縛して練習に励むのだ。麻縄で縛るとどのような感触がするのか、また、どのくらいきつく縛ると危険なのかを己の体で理解して、基本的な技術を自家薬籠中のものとするためには長い年月が必要なのだ。

 美少年にしてもまた、己を菱縄縛りで緊縛して戒めていたことからも分かるように自縄自縛を繰り返した末に技芸を身に着けたのだった。

 しかし、若き緊縛師は事もなげに言った。

「僕は天才だからさ。兄さまみたいな、何ちゃってS男とは違うの」

 何ちゃってS男とは己の言いなりになるパートナーがただ欲しいだけの自称S男性のことだ。彼らの多くは単に射精したいだけであり、パートナーを悦ばすつもりは微塵もない。そのため、緊縛術のような、練習が必要な性技術は覚えようとはしないものなのだ。「拘束具、目隠し、本番」、もしくは、「拘束具、バイブ、露出プレイ」はどれも練習せずにプレイすることができるため、「何ちゃってS男の三種の神器」と呼ばれる。クリスラは露出プレイこそはしなかったが、緊縛術も使えないのに拘束具、目隠し、本番、バイブを愛好しているので、何ちゃってS男の資格は充分にあるのだった。

 十三月家当主代行は縛めを振りほどこうと全力でもがく。

「な、なぜだ。なぜ、この麻縄は千切れないのだーっ! こ、これがロープトリックというヤツか!」

 魂の密室殺人事件にふさわしく、被害者の報復にはロープトリックが使われようとしているのだった。

 童貞は無慈悲に言い放つ。

「無駄だよ。それは僕という天才が縄煮した麻縄だよ。誰も引き千切ることはできないのさ」

 緊縛用の麻縄は緊縛師が己で加工する。そのための縄煮は軟質繊維の麻縄を三〇分ほど煮沸して流水で洗った後、陰干しする。そして、縄が乾いたら、馬油を塗って滑りをよくした後、毛羽を焼いて仕上げる。このイベントは縄煮会と呼ばれる。

 天才は緊縛の技術もさることながら、縄煮も卓越しており、その麻縄はおよそ常人が引き千切れるようなものではないのだった。

 「結びは文化のバロメーター」だといわれる。その精華である緊縛術を若干一三歳で習得したリアムルは真の教養人と呼ぶのにふさわしかった。緊縛術を学ぶと心が豊かになり、人間性が深まるのだ。次男坊の人となりは緊縛術で涵養されたものなのだった。

 美少年は執事に命じてテーブルを撤去させると高らかに宣言した。

「さて、それでは犯人も判ったことだし、復讐を始めようか。ヤス、ビデオを回して」

 ヤスは「ヘイ」と返事をするとビデオカメラを持って来て撮影を開始する。

 兄が髪を振り乱しながら抗う。

「日本の刑法では自力救済は原則禁止だ! 報復は犯罪だぞ! 分かっているのか? 仕返しするとお巡りさんに逮捕されるのだぞ!」

 童貞は薄ら笑いを浮かべながら応える。

「大丈夫ですよ。僕の陵辱は正当防衛です。だから、無罪です。警察に逮捕されることもありません。兄さまのインナーチャイルドまで犯してあげるね」

 美青年が驚愕する。

「な、何だと、正当防衛でレイプするというのかっ! 我が弟ながら、何と恐ろしいことを考えるヤツなのだっ! 私の内なる子どもの貞操だけは何としてでも死守してみせるっ!」

 若き緊縛師は吊られた男のズボンを一気に引き剥がす。すると、黒いボクサーパンツがあらわれた。いつになく、陰部が大きく膨らんでいる。股間をグッとアップするために寄せて上げるパンツを穿いていたのだ!

 真の教養人は構わずにパンツに手をかける。お尻が半分ほど露わになったところで、粘り気のある赤黒い血便がドロリと垂れ落ちてきた。肛門が吐血しているのだ。せっかくの寄せて上げるパンツが台なしだった。

 リアムルは下血に気づくと短く叫び、思わず後ずさる。

「こ、これは一体、何事だ!?」

 蚊柱烽火がすかさず解説する。

「それはアメーバ赤痢だな。クリスラくんは密室レイプをした際にアナリングスをしたと聞く。アヌスを舐めるのは性感染症に罹患するリスクが高い、危険な行為だ。大方、そのときにでも感染したのだろう」

 次男坊は「そんなバカな……」と目を見開く。

 アメーバ赤痢の潜伏期間は通常は二、三週間、長い場合は数ヶ月から数年にも及ぶ。だが、それを考えると、真犯人が強姦時に赤痢アメーバ原虫に感染したにしては発症が早すぎた。

 迷探偵も潜伏期間に気づいたのだろう、発言を訂正した。

「ならば、肛門拡張時にでも罹患したのだろう。リアムルくんに睡眠薬を盛ってケツの穴を広げるついでに、アナリングスもしていたのだ。きっとそのときに感染したに違いない」

 寝狸が神妙な顔をして話を合わせる。

「その通りだ。これはアメーバ赤痢だ。性感染症に罹患した私の命は後わずかだ。人生の最期に弟とファックしたくてな……。それで、無理やりレイプしたのだ」

 吊られた男がその場凌ぎの言い訳のためにお涙頂戴の浪花節を語り始めると一瞬、しんみりとした空気が場に流れた。

 しかし、十三月家当主代行の言い逃れは家令のセバスチャンが力強く否定した。

「いいえ、違います。肛門拡張のついでに弟さまのウンコの穴を舐めておられたことは事実ですが、その血便はアメーバ赤痢ではありません。それは痔ろうです。クリスラさまは長時間の座仕事のせいで若くしてイボ痔を患われたのです。帝政ロシアの皇帝、ピョートル三世は『痔ろうが悪化して死んだ』と言い伝えられていますが、ふつうは痔ろうで死ぬことはありません」

 多浪生はそれを聞くと驚いた顔で「当たった……」と呟く。他はすべて外れたが、兄が美少年の肛門拡張をしたついでにケツの穴を舐めていたことだけは当たったのだ。ナルシストはこれ以降、「十三月家熱海別邸密室レイプ事件の犯人が被害者の肛門拡張をしたついでにアナリングスをしていたことを推理したのは俺だ」と言って己の手柄を自慢することとなる。

 そんな蚊柱放火を放置して、家令は話を続けた。

「すでに、御当主代行さまは一五歳のときには切れ痔を患っておられました。そのときのことは今でも覚えております。本邸にあるクリスラさまのお部屋のトイレから悲鳴が聞こえましたので、私をはじめとした執事が数名、駆けつけましたところ、御当主代行さまは鬼気迫る表情で洋式トイレに跨っておられました。そして、『俺はもう切れたぜ! ブチ切れたぜ!』とおっしゃいました。クリスラさまの肛門はそうやってブチ切れてしまわれたのです。しかし、十三月家当主代行という過酷な業務により、クリスラさまは切れ痔だけでなく、イボ痔も患われてしまわれたのです。これを不幸といわずに何を不幸といいましょうか」

 美少年は話を聞く内にカピバラ警部補が言ったことを思い出した。「男は人生に一度は大きなウンコをひり出したせいで痔ろうになり、血まみれの大便を前に怯えるものだ」という人生訓は本当だったのだ。

 美青年もインターネットでは「初潮を迎えた少女もきっと同じ気持ちになるに違いない」と思って彼女たちに同情して涙ぐむのだろう。

 居並ぶ執事にしてもまた、男の子の日にはいつもボラギノールをアヌスに注入しているに違いなかった。

 それはまさに悪夢だった。

 老執事は童貞の方を向くと懇願するように言った。

「『男は愛する女の陰核を慰める』といいます。弟さまもどうせ逆レイプをするのであれば、クリスラさまの痔核を辱めてもらいたいのです。『雨降って痔固まる』といいますが、そうすればご兄弟もきっと再び仲直りできるはずです。ちなみに、『痔ろうの終わり』は英語でいうと『ジ・エンド』でございます」

 若き緊縛師は寝狸の肛門を陵辱する気は満々だったが、痔核をいじるのはためらわれた。そんなことをすれば、血便が止めどなく溢れ出してくるだろう。ついでに言うと、『ジ・エンド』は和訳しても『痔ろうの終わり』にはならない。痔ろうはそう簡単には終わらないのだ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりなのだ!

 真犯人が高笑いする。

「ハッハッハ! バレてしまっては仕方がない。その通りだ。これは痔ろうだ。そして、肛門に疾患があるときはお尻の穴で遊んではいけないのだよ。これはマニュアル本にも書いてあるアナルセックスのいろはだ。お気の毒だが、復讐は中止だな」

 確かに、マニュアル本には「アナルプレイを行う際に、最も注意すべきなのは疾患です」と書いてある。なぜなら、「軽度の肛門疾患であっても、アナルプレイをすべきではありません。確実に症状が悪化するからです」だからだ。これこそが本当に正しいセックスなのだ!

 勝ち誇った笑みを浮かべる吊られた男に、セバスチャンがお伺いを立てる。

「ところで、蟄居部屋での強姦の際に、弟さまが着用されていたセーラ服はどういたしましょうか? こちらは廃棄して、また改めて新調するという手もございます」

「それはクリーニングに出しておいてくれ! どうせ、すぐにまたプレイで使うことになるからな。あと、手錠などの拘束具も手入れしておくように。拘束具は私からリアムルへのクリスマスプレゼントだ!」

 十三月家当主代行の回答に静かに怒りを募らせる次男坊をよそに、家令が「かしこまりました」と言って頭を下げる。

 クリスラは日本を代表する財閥の御曹司なので、使用した拘束具も最高調度のものだった。そのため、保管する際は金や銀でできた拘束具の金属部は塩分で黒く変色しないように汚れを拭き取らなければならなかったし、また、天然皮革はクリームを塗らなければならなかった。本来であれば、所有者が己で手入れをするものだが、兄はやはり何ちゃってS男なので、拘束具の手入れも他人任せなのだった。

 老執事を下がらせると、吊られた男は白く輝く歯を見せながら美少年に笑顔を向けた。そして、次回のプレイについて提案した。

「次はローションプレイでいいよな! これからは二人で心ゆくまでレイプレイを楽しもうぜ!」

 ローションプレイは技術難度が高いため、プロでも指導を受けないと身につけることができない。さらに、ソープマットやラブマットを広い浴室に敷いて行う必要がある。そういった理由から、狭い蟄居部屋では一緒にプレイできなかったので、美青年には心残りがあったのだ。

 童貞は肩をわななかせながらも黙って聞いていたが、とうとう怒髪が天を突いた。

「よくもそんな寝言をヌケヌケと言いよるわ! 減らず口が二度と叩けないように痛めつけてくれようぞ! フラッシュバックで死ぬまで悶え苦しめ!」

 真の教養人はもとより、この兄貴と仲直りするつもりはなかったが、彼の痔核を辱める覚悟を決めたのだ。

 自分を虐めることを自虐というのであれば、痔ろうを虐めることは痔虐と呼ぶべきだろう。

 若き緊縛師は真犯人を痔虐する決意を固めたのだ。お尻のことだけにケツ意なのだった。

 リアムルは食堂にいた施設警備員の一人に声をかけると黒い警棒型スタンガンを借りる。警棒型スタンガンは長さ四〇センチメートル、直径四センチメートルほどのものであり、手元のスイッチを押下すると電気スパークが発生した。

 次男坊は不敵な笑みを浮かべながら寝狸と対峙するとバチバチと火花を散らす警棒を見せつけて威嚇する。

 吊られた男もさすがに怖気づく。剥き出しとなったお尻をもるんもるんと振りながら必死に命乞いをする。

「な、何なのじぇ。それは何だかとってもゆっくりできないよ。ゆっくりできないのは嫌なのじぇ。やめてよね、やめてよね」

 美少年は防犯用具をディルドとして使うつもりなのだった。クリスラもそれに気づくと力を振り絞って抗弁する。

「肛門疾患があるときはお尻で遊んではダメだって言ったでしょ。肛門移行帯は痛覚が鋭敏だし、仙骨曲は異物が引っかかると吐き気をもよおすから、何の準備もなしに張り型を突っ込むと激痛を味わっちゃうのよ。アナルプレイにおける最大の禁忌は挿入時の苦痛なのだからねっ! だいたい、消毒もしていないディルドにはコンドームをつけるべきでしょ!」

「あっそう。兄さまのレイプには気遣いがあったけど、僕はそんな気遣いはないの」

「それに潤滑剤はどうしたの!? 摩擦を防いで擦過傷を作らないためにもローションを塗るのがマナーでしょ!」

「潤滑剤は血便でぬるぬるに汚れているから、いらないよね」

「張り型は相手によってフィットする太さやサイズが違うのよ。金属製やガラス製のものは人肌に温めてから使うものだし、いきなり穴に挿入してはいけないの。大きく激しく動かすのもダメなのよーっ!」

 童貞は興味がなさそうに「ふーん」と呟くと警防型スタンガンのスイッチをひとまずOFFにする。そして、「えいやっ!」とばかりに十三月家当主代行のウンコの穴に警棒型スタンガンを突き刺すと再び電源を入れた。美青年は「あべべべべ!!」と口から唾を吐き飛ばし、お尻から血便を撒き散らしながら感電する。

 真の教養人は嬉しそうに言う。

「兄さまの名前はこれからは十三月ジロウだね」

 もしも、痔ろうを患うとジロウに改名しなくてはいけないのだとしたら、男はみんな名前がジロウになってしまうだろう。

 セバスチャンがただちに誤りを指摘する。

「リアムルさま、それは間違いです。クリスラさまは十三月ジロウにはなりません。御当主代行さまは成人した暁にはロシア国籍を取得して、名前もロシア風に十三月リアムルダイスキーに改めるつもりです。どうぞご了承ください」

 若き緊縛師はげんなりした顔で真犯人を見る。「こいつはダメだ。放っておくとまた同じことをやらかすだろう。何としてでもここで精神崩壊するまで懲らしめてやらないといけない」と決心した。

 もしも、寝狸が希望した改名がアナル責めダイスキーであれば、次男坊の不興をここまで買うこともなかっただろう。

 美少年は肛門に突っ込んだ警棒をさらに大きく激しく動かす。すると、吊られた男が「痔ろうが悪化する! 確実に症状が悪化する!」と言って悶絶する。しかし、童貞がアヌスをぐりぐりと掻き回しているとクリスラの直腸肛門内圧のせいで、防犯用具はボキリと折れてしまった。

 真の教養人は感心する。

「さすがは当主代行だけあって、素晴らしいケツ断力ですね!」

 永世七冠を達成したゲイポルノ男優、鬼畜眼鏡は『肛門に挿す際に、一番の決め手となるものはケツ断力だ』という。ホモセックスはケツ断の連続であり、ケツ断力が勝負を決するのだ。ケツ断をするときのよりどころは己のなかにある。だから、ケツ断には己の本質が出る。リスクを負ってケツ断する人がいないと社会も企業も現状打破はできないのだ。

 美青年は若干一八歳で十三月グループ総帥代行をも務めるだけあって、決断力だけでなくケツ断力にも優れていたのだった。

 しかし、寝狸は褒められても苦痛に歪む表情を浮かべるばかりであって、あまり嬉しそうではなかった。

 若き緊縛師は「兄さまは肛門のエリートだね。これからは汁男優ではなくて穴男優として生きて行くといいよ」と言ってあざ笑うと寄せて上げるパンツに再び手をかける。へし折られた警棒型スタンガンは血便が溢れ出さないように肛門に突き刺したまま放置しておき、勢いよくボクサーパンツを脱がした。

 吊られた男の陰部があらわになる。

 緊縛されて興奮していたのだろう。陰茎はすでに勃起していた。それはまるでクジラのようだった。

 美青年のファルスは血便とは異なる、黒柿色をした粘液で濡れていた。それは肛門性交をしたときについたリアムルの肛門汁だった。

 ああ、それこそはまさに、クリスラが真犯人であることを示す、言い逃れができない物的証拠なのだった。一物だけに物的証拠なのだ。

 さすがの十三月家当主代行も衆目のなかで男性器を晒されて小っ恥ずかしかったのだろう。照れ隠しを言った。

「そこでエレクチオンしているのはペニスではないよ! キャラクターなの! キャラクターが勃っているのよ!」

 「マンガはキャラクターだ」といわれる。キャラクター作りで大切なことはキャラ勃ちだ。兄は何ちゃってS男だが、勃起したチンコを見れば分かるようにこの歳ですでにキャラ勃ちをマスターしていたのだ。

 しかし、立派なのは陰茎だけではなかった。陰嚢もまた、たんたんたぬきのキンタマのように肥大していた。

 精液は睾丸に溜まる。加えて、若い頃は造精能力も高い。そのため、残精感も感じないほど蟄居部屋で放精したにも関わらず、この短時間でキンタマがザーメンで満杯になったのだ。

 哲学的な問いかけをしよう。タマタマは、なぜ、そんなところについているのだろか? それはタマタマそこについているだけなのだ。

 しかし、リアムルは寝狸のファルスを見てもまったく意に介さなかった。次男坊は吊られた男がそういうことで興奮する変態だということをよく知っているのだ。美少年は執事からビニール手袋をもらうと顔色一つ変えずに装着してクリスラのキンタマを両手でつかんだ。

「えっと、確か右に回すと、スピリチュアルが出るのだよね」

 童貞は陰嚢を右回しに捻り上げる。すると、グチャッと鈍い音がして、タマタマが一つ潰れた。

 平均的な睾丸は約五〇キログラムから約六〇キログラムの圧力をかけると破裂する。中学一年生男子の平均的な握力は約二四キログラムだが、リアムルは緊縛術を嗜んでいるため、両手を使えば、キンタマの一つぐらいは潰すことができた。ちなみに、アテネオリンピック陸上競技ハンマー投げ金メダリストの室伏広治は握力が一二〇キログラムを超える。鉄人室伏は両手を使えば、タマタマを同時に四個、握り潰すことができるのだ。

 十三月家当主代行の鈴口から重い射精音とともに、血の混じった精液が迸り出る。吊られた男は今まで体験したことがない快感にビクビクと体を打ち奮わせた。

 男は射精すると快感を感じるものだが、これはキンタマが潰れるときも同じだ。むしろ、睾丸が潰されると同時に、蓄えられた精液が一気に放出されるため、より強いオーガズムを味わうものなのだ。

 真の教養人は予想通りといった顔で頷く。

「やっぱり、兄さまは怪姦!我慢汁男優と同じ射精音だね」

 快感の波が引くにつれて、美青年が声にならない叫びを上げた。

 若き緊縛師はそれを見て言葉で嬲る。

「タマタマは二つあるから、一つぐらいは潰れても大丈夫だよ! 英語は睾丸を複数形で表現するけど、兄さまのキンタマはこれからは単数形で言い表さないといけないね!」

 そして、「悲鳴がうるさいなあ」と呟くと己の靴下を脱いで真犯人の口に押し込み、口枷にした。

 しかし、寝狸は弟の靴下でも興奮するのだ。吊られた男はペニスの強度をより高めながら泣き言を言う。

(手ぬぐいや靴下は唾液を吸収すると気道を塞いで窒息する危険があるの。だから、猿ぐつわに使ってはいけないのよ)

 次男坊はニッコリと笑うと「それぐらいは知っている」と応える。そして、家令に命じると一本鞭と革手袋を持って来させた。

 一本鞭は長さが三メートルはある黒い巻き鞭であり、革手袋もそれに合わせて黒色だった。

 美少年はビニール手袋を放り捨てると革手袋をはめる。そして、一本鞭を手に取ると空中で振って空打ちした。

 巷では鞭打ちは「中東あたりじゃまだ、鞭打ちの刑が残っとってなァ。刑の重さに従い、叩く回数が決められとるんだが……。これがまったくの無駄。ムダ……って。決められた回数に達する前に死んじゃうから。ヒャッヒャッ。ショック死ですな。激痛のあまり……。前面の数倍は強靭と言われる背面……、背中や尻を的にするんだが――。急所でもないそんな部分を叩くにもかかわらず、せいぜい十数回……、悪くすりゃ数回で――死に至る」や「弾丸やジェット機、火薬の爆発で生じる波動。音速を超えたことを知らせる波。そんな、火薬やジェットエンジンでしか出せぬハズの超音速。そんなスゲェものを――、人力で出せる道具が存在する。これだ。鞭……。こんな革のヒモがうまく扱えば――、その先端の速度は音速を超える。パアン。オホゥゥ。すッげ。ただ空中で振っただけ、何も叩いてはいない。なのに、耳を聾する破裂音。超音速を知らせる音だ」といった話がまことしやかに語られる。だが、当然、これは嘘だ。

 鞭打ちでショック死したりはしないし、その先端の速度は超音速に達したりはしない。

 しかし、「鞭打ちは鞭の制御が難しいため、下手くそがやると脇から横ざまに鞭を当ててしまうせいで、肋骨骨折や内臓破裂を招くことがある」というのは本当だ。

 童貞は精通を迎えたばかりの一三歳なので、鞭を振るうと不慮の事故が起きても仕方がないものと思われた。

 ところが、若き緊縛師は生き物のように一本鞭を操るとクリスラのケツを精確に打つ。叩かれる度に、十三月家当主代行はゆらゆらと揺れるが、狙いが外れることがない。実は教養があれば、巻き鞭を扱うことは造作もないことなのだ。教養はそのために身につけるものなのだ。

 兄が激しくたかぶりながら呻く。

(バラ鞭と違って、一本鞭は打撃面が細いからすっごく痛いの)

 真の教養人は冷たく笑う。

「本当は金属片や貝殻、骨片を鞭に編み込んで殺傷力を増したかったのだよね。金鞭でもよかったかな。台もちゃんと固定してさ、衝撃を逃さないようにするの。命だけは奪わないであげようというのだから、兄さまは僕に感謝してよね」

 美青年のお尻は鞭打つ内に真っ赤に腫れ上がり、やがて皮膚が破れて血まみれになった。そこでようやく、次男坊は手を止めた。

「ロウソクプレイがまだだったよね」

 美少年は執事の一人に命じて和ロウソクとライターを持って来させると巻き鞭と交換する。

 真犯人が青ざめた顔で猛然と抗議した。

(表皮が火傷する温度は約六〇度なの。だから、それよりも高い温度で溶けるロウソクはプレイに使っちゃダメなの。同じ場所にロウを垂らし続けたり、火で炙るのもダメなのよ。安全にプレイするためにもSMプレイ用のロウソクを使うべきなのよ)

 童貞はライターで点火しながら、事もなげに応える。

「和ロウソクだから大丈夫でしょ」

 和ロウソクは原料となる木蝋の融点が約五〇度から約五五度であるため、ロウソクプレイにもよく使われる。しかし、和ロウソクの芯は和紙だ。その発火温度は約二〇〇度から約二五〇度にもなる。

「えいっ! 火で炙っちゃえ!」

 若き緊縛師は吊られた男のお尻を和ロウソクの火で炙る。さらに、真の教養人は溶けたロウだけでなく、燃えた芯の欠片も寝狸の体に落として嬲り者にした。

 真犯人は絶叫するが、その股間ははちきれんばかりに堅立していた。

 クリスラは弟をレイプするようなサディストだが、同時に、嗜虐されて興奮するマゾヒストでもあったのだ。サドマゾヒズムだ!

 リアムルは和ロウソクを執事に手渡すと革手袋を外して十三月家当主代行の肉棒を素手でゆっくりとしごき始めた。

 性的興奮が限界を超えたのだろう。ゴキリと音がして、寝狸のチンコの関節が外れた。すぐに、大量の動脈血が海綿体洞に流れ込み、陰茎がバキバキと勃起音を立てながら、さらに一回り大きく怒張する。

 天を突くほど肥大した一物はもはやただのクジラではなかった。世界最大の動物種、シロナガスクジラを思わせるそれはシロナガスチンコと呼ぶのにふさわしい代物だった。

 シロナガスチンコを見た次男坊は京都弁で責め立てる。美青年は大阪弁で言葉責めにしたが、美少年は京都弁だ!

「ほら、兄さまももっといい声で鳴きなはれ! クソ食らいなはれ!」

 吊られた男は産卵中のウミガメのように涙を流しながら嬌声を奏で始めた。

(マッ、マッカー、マッカーサー……。マッカー、マッカーサー……。マッカーサー、マッカーサー……。マッカーサー、マッカーサー……)

 童貞は可笑しそうに笑う。

「あなたさまの嬌声はマッカーサーどすなあ」

 十三月家当主代行は嘲笑されながらも、「マッカーサー、マッカーサー」とかわいい声で鳴くのを止めることができない。

 一八八〇年一月二六日、アメリカ合衆国アーカンソー州リトルロックの兵営で陸軍軍人一家の三男坊として生まれたマッカーサー。過去二五年間で最高の成績を残してウエストポイントの陸軍士官学校を首席で卒業したマッカーサー。レインボー師団の参謀長として第一次世界大戦の最前線で戦ったマッカーサー。第一次世界大戦勝利への貢献により、銀星章七個、戦傷章二個、殊勲十字章二個、殊勲功労章一個、クロア・ド・ゲール章二個、レジオン・ドヌール章一個を授与されたマッカーサー。ウエストポイントの陸軍士官学校校長に赴任したマッカーサー。一九二四年夏に開催されたアムステルダム・オリンピックのアメリカ選手団団長に任命されたマッカーサー。そして、アメリカ代表選手を前に「我々は勝つことを目的にここへ来た」と語り、国別獲得メダル数でアメリカを一位にしたマッカーサー。史上最年少で陸軍参謀総長に就任したマッカーサー。世界恐慌の最中、第一次世界大戦の復員軍人が恩給支給の前倒しを求めて行ったボーナス行進に対して実力行使による弾圧を命じたマッカーサー。フィリピン駐留米軍事顧問団長に任命されたマッカーサー。日本軍がフランス領インドシナ南部に進駐したことにより、アメリカ軍に復帰し、極東における陸軍の総司令官に就任したマッカーサー。日本軍がフィリピンに上陸すると連敗を重ねて仲間内から「待避壕のダグ」と揶揄されたマッカーサー。バターン半島とコレヒドール要塞のアメリカ兵を見捨ててオーストラリアへと脱出し、記者団を前に「アイ・シャル・リターン」と語ったマッカーサー。南西太平洋方面連合軍司令官に任命されたマッカーサー。一九四四年一〇月二〇日、すでにアメリカ軍によって占領確保されたレイテ島に上陸し、「アイ・ハヴ・リターンド」とラジオ放送で宣言したマッカーサー。極東連合軍最高司令官に任命されて戦後日本の占領統治に取り組んだマッカーサー。朝鮮戦争において仁川上陸作戦を成功させたマッカーサー。しかし、アメリカ軍を中国国境付近まで前進させたせいで中国軍の参戦をもたらしてしまったマッカーサー。トルーマン大統領に一切、相談することなく、全面戦争の最後通牒のような声明文を中国政府に対して発表したため、全職務から罷免されてしまったマッカーサー。ワシントンD.C.で「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と演説して自らの軍務を締めくくったマッカーサー。マッカーサーは一九六四年四月三日、急性肝不全で八四歳の生涯を終えた。

 クリスラの嬌声を聞いた者は「日本を最も愛したアメリカ人」と称された、往時の彼の姿を思い出さずにはいられないだろう。

 それはまさに王者のアヘ声だった。

 やがて、轟くような射精音とともに、兄が放精した。シロナガスチンコが潮を吹き上げたのだ。

 その射精音はマッカーサー元帥も恐れたという戦艦大和の主砲音のようだった。

 リアムルは美青年の精液を手のひらにのせると窓にかざした。精液は潰れていない睾丸に溜まっていたものなので純白だった。

 次男坊は窓の外にちらちらと舞うものにふと気がつく。そして、感嘆した。

「ほら、見なはれ! 雪が降ってはる。白濁液のような、真っ白な雪が舞い落ちてきはるで!」

 外は粉雪が舞っていた。ホワイトクリスマスだ。「雨降って痔固まる」というが、降ってきたのが雪では痔ろうも固まらないだろう。その白さはどことなくザーメンを思わせた。

 熱海がある、東海地方は沿岸を流れる黒潮の影響もあって海洋性の温暖な気候だ。しかし、雪が降ったのだ。

 特に、静岡県の沿岸部は冬季の気温が高いのが特徴であり、台地では温暖な気候を利用してミカンやお茶の栽培が盛んだ。しかし、それでも雪が降ったのだ。

 この別邸で起きた忌まわしい陵辱事件を象徴するかのような、精液のような雪が降ったのだ。

 十三月家の夜はまだ終わらない。

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