四、大広間にて
応接室での事情聴取は十三月クリスラ、十三月リアムル、カピバラ警部補、蚊柱放火の四人だけで行うこととなった。
他の警察官や執事は被害者の気持ちに配慮して立ち会わないこととなった。その一方で、兄は弟の付き添いとして参加が認められた。また、迷探偵はげっ歯類が助手として同席を求めた。
美少年は朝と同じように白のオーダーメイドシャツと紺地のチェックズボンという姿でソファに腰かける。その顔は青ざめており、さらに時折、お尻をもじもじとさせていた。
無理もないのだ。彼は残便感を感じているのだ。残便感は聞き慣れない言葉かも知れない。しかし、オシッコがないのに尿意を感じることを残尿感というのであれば、ウンコがないのに便意を感じることは残便感と呼ばざるを得ない。次男坊は事件の際に肛門に異物を挿入されたが、アヌスには直腸肛門反射があるため、仮に、糞便が溜まっていなくても、事後には残便感を感じるものなのだ。このクソっ垂れ野郎め!
クソっ垂れ野郎は丁寧語でいうと「彼はウンコを垂らしている男です」だ。ウンコを垂らしてんじゃねーよ!
リアムルがカピバラ警部補に事件であったことを少しずつ話し出すとクリスラは立ち上がってポットを手に取った。気を利かせてお茶を入れようというのだ。三人に尋ねた。
「ミルクコーヒーとミルクティーとホットミルクのどれがいい?」
次男坊はそれを聞いた途端、思わず吐き気をもよおす。強姦魔が最後に言ったセリフ、「ああ、サンクチュアリがミルクティを吐き出しとるわぁ」を思い出したのだ。
(どうして……全部、ミルクなんだ……!?)
朝食はいつもブラックコーヒーだったではないか。どうしてこのときに限ってミルクなのか?
(いやいや、兄さまもきっと僕のことを心配してくれているのだ)
童貞は己にそう言い聞かせるとミルクコーヒーを頼んだ。
聴取が一通り済んでも「お巡りさんはこんな薄汚れたボクのことを信じてくれるのだなあ」という気分にはならなかった。
ナルシストが首を傾げる。
「それにしても不思議なものだな。アナルセックスのためには確か浣腸をしなければいけなかったはずだ。それもなしに肛門性交をするとは正気の沙汰とは思われない」
げっ歯類が事もなげに応える。
「いやいや、酷い便秘でもなければ、アナルセックスは浣腸などしなくてもいいのじゃよ。浣腸が必須だというのは俗説じゃな」
多浪生が目を見開くと現場責任者が言葉を続けた。
「『アナルは恥だが癖になる』じゃよ」
テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』が視聴率二〇パーセントを超える大ヒットを記録したのは本件の約二年前のことだ。さり気なく呟かれたこのセリフは最新の流行を取り入れたものだった。
それだけを話すと、大ネズミがやおら立ち上がる。蚊柱放火が尋ねる。
「どこに行くのですか?」
「記者クラブでこれから会見をしないといけないのじゃよ。実は今日こそは快姦!我慢汁男優を捕まえられると思っていたのでな、大広間をお借りして記者を集めておったのじゃ。残念な結果に終わったが、呼んだ以上は記者会見をしなくてはいけないのじゃよ」
傴僂は「そんじゃ、ばいちゃ」と挨拶をすると三人を残して部屋を出て行った。
大広間は館の二階にある。
会場の広さは一〇〇畳ほどあり、灰色のクッションフロアマットが敷かれている。
ホテル業者であれば、「懇親会やパーティーはもちろんのこと、会議やスクール、会食など、ご内容やご要望に応じて会場をアレンジします。多彩なパッケージプランもご用意しており、ご希望に合わせてご提案します」というポエムを書くだろう。
今晩は、大広間には一〇〇を超えるパイプ椅子が並べてあり、マスコミ各社が腰をかけていた。日本を代表する財閥の御曹司のもとに、ホモからの強姦予告が届いたのだ。そのため、記者も男性しかいなかったが、事件に対する世間の関心の高さが窺われた。
間もなく、カピバラ警部補が入室すると正面の長机に着席する。げっ歯類はドキュメントケースを傍らに置くと真面目な顔で口火を切った。
「それでは記者会見を始める。が、残念なお知らせをしなくてはならない。つまり、童貞が非処女になってしまったのじゃ。それがホモの怖さじゃ。最近のインターネットでは童貞といえば性体験がないものと決め込んどるが、必ずしもそうではないことをゆめゆめ忘れないでいただきたい」
記者はざわつきながらも必死にメモを取る。
日本の大手マスコミには調査能力などはないのだ。「事件記者ではなくて警察記者だ」としばしば揶揄されるが、彼らの取材対象は事件ではなくてお巡りさんなのだ。記者は大本営が発表したニュースをそのまま記事にすることが仕事だ。だから、警察の広報担当者がどんなにツッコミどころが満載な会見をしても、途中で遮らずに最後まで話を聞かなくてはならないのだ。
「しかし、心配はいらん。犯人は大阪弁を喋ったというからな。大阪人の犯行だと考えて間違いないじゃろう。ところで、諸君はカッパドキアを知っとるかね?」
現場責任者が大広間をぐるりと見回すと朝日新聞が挙手した。大ネズミが指差し当てると彼は座ったままメガネをクイッとして応える。
「カッパドキアは小アジアの内陸地域ですね。古代ローマ帝国による迫害から逃れるために、初期キリスト教徒が住んだという地下都市、洞窟ホテル、そして、奇岩の谷を観覧する気球ツアーで有名なところです」
傴僂が深く頷く。
「うむ、その通りじゃ。さすがは朝日新聞じゃ。誰も頼んでいないのに国民の代表を自称するだけのことはある。カッパドキアは外国じゃが、『河童、どきや!』と言うように、通行の邪魔になるぐらい河童がたくさんいる大阪の名所でもあるのじゃ。そのことからも分かるように、大阪は日本ではなくて外国じゃ。大阪人による犯罪は日本人の犯罪ではなくて外国人犯罪なのじゃ。今回の事件は日本人が犯した犯罪ではないから、日本の治安が悪くなったわけではないのじゃよ。分かるな?」
カピバラ警部補は謎の理屈で「日本は安全だ」と繰り返す。警察は「日本の安全神話は守られている」と強調しなくてはならないものなのだ。
記者たちは話の先を促すために曖昧な態度で相槌を打った。
「それでは事件の概要を説明しよう。被害者のプライバシーに配慮して、加害者は御座候の黒あん、被害者は白あんに置き換えさせてもらう」
会場の者は「御座候? 何だそれは?」と互いに顔を見合わせる。
御座候は今川焼き、大判焼き、回転焼き、二重焼き、太鼓焼き、おやき、あじまんとも呼ばれる、小麦粉を主体とした生地に餡子を入れて金属製焼き型で焼成した和菓子だ。御座候は主に兵庫県で使われる呼称だ。恐らく、げっ歯類の出身地もその辺りなのだろう。
現場責任者は懐から取り出した手帳を見ながら語り出した。
「白あんがセーラ服姿で寝ていると黒あんが忍び込んできて手早く縛り上げてしまったのだ。
黒あんは淫靡な笑みを浮かべて言い放つ。
『わざわざ新大阪駅店まで買いに来てやったんやあ。できたての御座候をたっぷりと味わわせてもらうからなあ』」
大ネズミは顔を上げると解説を入れた。
「御座候の新大阪店は新大阪駅三階のおみやげ&飲食街にあるのじゃ。じゃから、一旦、改札の外に出なくてはならないのじゃよ。御座候は税込みで一個九五円じゃが、新大阪店まで買いに行くと交通費分だけ余分にかかるのじゃな。関西人といえども、食べたいときにいつでも食べられるものではないのじゃ」
記者たちは「俺たちは御座候新大阪店の場所を聞きに来たんじゃねぇー!」と思いながらも必死にメモを取る。傴僂はそれを了解の意に解釈すると話を続けた。
「白あんはもちもち肌に透き通るようなあんこが魅力的だった。それを黒あんに狙われたのだ。
白あんは包装紙を引き剥がされて紙箱も解体されると身も心も丸裸にされた。
黒あんはおもむろにヘソを舐め始める。
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
白あんはあまりにも気持ち悪くて生地全体に鳥肌が走ったのだった」
カピバラ警部補は再び解説を入れる。
「ワシはな、御座候は大きくかじりつくのが大好きじゃ。まだ温かくて柔らかい、焼き立ての生地に歯を立てるのじゃ。そうするとな、溢れ出た甘いあんこで、口のなかが一杯になる。みなさんもそうやって食べるのが大好きじゃろ? 御座候のヘソを最初に舐め始めるなどという変態は黒あんぐらいじゃよ。
ところで、御座候のヘソとはどこなのか? 一説にはヘソは皮膚の最も薄いところじゃという。そうであるならば、あんこが一杯に詰まった生地の中央がヘソだろう。黒あんはヘソのゴマがなくなるくらいにまで白あんのヘソを舐め回したという。案外、綺麗好きじゃよな。
しかしな、御座候は生地の中央にゴマなどはまぶしていないのじゃよ。じゃから、もしかすると、本当は二人とも御座候ではないのかも知れんな」
げっ歯類は独りで勝手に納得すると「うむ」と頷く。
会場の者は「加害者を御座候の黒あん、被害者を白あんと呼ぶことに決めたのはお前だろ。『うむ』じゃねーよ!」と思うが、拗ねて帰られると困るのでツッコミを入れることもできない。事件記者ではなくて警察記者であるというのはかくも無情なことなのだ。
現場責任者は再度、手帳に目を落とした。
「次はくすぐり責めだ。
黒あんは包装紙をテーブルに大きく広げるとさぶイボを立てた白あんをその上に寝かせた。そして、蜂蜜をたっぷりとかけて生地全体にすり込む。
白あんはこしょばくて笑い転げた。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
ついには上の衣と下の衣の継ぎ目からあんこをお漏らししてしまったのだった。
白あんは恥ずかしさのあまり茫然自失とした表情だった」
大ネズミがまた顔を上げる。
「御座候はくすぐり責めにするとあんこを漏らすのじゃよ。みなさんは知っとったか? ワシは知らなかったわ。今度、試しにこしょばしてみようかな。
黒あんは白あんのキンタマをいじって玉音も鳴らしたそうじゃ。御座候にもふぐりがついているとは知らなかったな。これも今度、買って調べてみたいものじゃな」
記者たちが沈黙しているのを勝手に同意と解釈すると傴僂は手帳のページをめくった。
「そして、ローター責めだ。レイプ目をした白あんの穴にさらにアナルローターを挿入したのだ。
スイッチをONにすると、ローターが振動してあんこがよくほぐれた。
さらに、鞭で打って生地を扁平にする。
それからロウソクに火をつけてロウを垂れ落としたというがな。ワシはこれは嘘だと思う。ロウソクの火で炙ったというのが正解じゃろう。なぜなら、御座候にロウを垂らして食べてもおいしくはないからな。しかし、火で炙るとおいしくなるのじゃ。
白あんは火炙りの刑に処せられる間、M字開脚をしながらこれまでの罪を謝ったというな。
御座候はあると食べてしまう罪な焼き菓子じゃからな。謝る気持ちも分からんでもないな」
カピバラ警部補はコホンと小さく咳払いした。
「扁平となった衣が焼けて香ばしい香りを立て始めると黒あんはアツアツの御座候を取り上げて陰部をさすって放精させた。そして、白あんが吐き出したあんこを綺麗に舐めとってしまったのだった。
舌にねっとりと絡みつくあんこをお腹一杯になるまで食べて、黒あんもさぞかし胸焼けがしたことじゃろな。
そろそろ頃合いだ。黒あんは白あんの穴からアナルローターを引き抜くと代わりに己の陰部をあてて無理やり挿入した。そのせいで、白あんのお尻には大きな穴が空いてしまったのじゃ。
黒あんは白あんのなかに目一杯、放精しながら叫んだ。
『明日はお尻から御座候が出てくるぜ!』
御座候の黒あんは小豆が濃いいのじゃ。黒あんが混じった白あんはさぞかし小豆の味がすることじゃろな。
黒あんが去ってから、ワシらが部屋に入ると白あんはお尻の穴からあんこを垂れ流しておったのじゃが、そこには一輪の薔薇が深く挿さっておったのじゃ。
要するに、御座候の黒あんはまったくもってけしからんヤツだということじゃな」
現場責任者は語り終えると満足気な顔で辺りを見回した。
「話は以上じゃ。何か質問はあるかね?」
大広間はどんよりした空気で覆われていた。
これは日本記者クラブ記者会見ではよく見られる光景だ。
記者クラブはマスコミだけでなく、官公庁にも利点が多い制度だ。なぜなら、この制度は公共的な情報を効率よく市民に伝達できるだけでなく、大手マスコミを抱え込んでいれば、己に都合がよいように情報を操作することもできるからだ。
その代わり、役所は記者クラブの欠点も甘受しなくてはならない。
例えば、東京新聞の望月衣塑子記者は内閣官房長官記者会見の席で「問題提起をさせていただいている」と豪語して自説を開陳したり、事実誤認や憶測にもとづく質問をしたりして、当時の菅義偉官房長官からお叱りを受けていたが、官公庁はこうした不勉強なお笑い芸人による勘違いも我慢して聞かなくてはならないのだ。
しかし、これはマスコミの側も変わらない。
日本では記者クラブが大きなニュース源であり、記者であるとは記者クラブで発表されたニュースを垂れ流すということなのだ。
そのため、会見を行う担当者が勘違いして自作のポエムを発表したとしても、最後まで耳を傾けなくてはいけないのだ。
テレビ報道記者が一人、恐る恐る手を挙げて質問した。
「東京湾テレビです。その……語られた内容は事実なのですか?」
「うむ、被害者から聴取した話とだいたい合っている」
「だいたいかあ……」と記者席から、溜め息が漏れる。
別の新聞記者が勇気を振り絞って挙手した。
「東日本新聞です。申し訳ありませんが……どうして御座候で言い換えたのですか?」
勇者は誰もが疑問に思ったことをストレートに聞いた。彼の名前は全国のマスコミ関係者にこの一件で広く知れ渡ったのだった。
大ネズミは顎をしゃくると応えた。
「よい質問じゃ。実はな、先日、久しぶりに関西にある実家に帰ったのじゃ。帰宅したのは深夜じゃったから、両親はすでに寝とった。ワシはな、『何か食べるものがないかなあ』と思って冷蔵庫を開けてみたのじゃよ。するとな、ああ、何ということじゃろか! 冷凍室のなかに凍った御座候を見つけたのじゃ。ワシはな、御座候が食べたかったなあ。じゃが、それは母上が召し上がるためにきっと大切に取っておかれたものなのじゃ。そう思うと食べることができなかったなあ。じゃから、今回の件では二人を御座候に言い換えたのじゃよ」
沈黙が会場を再び包み込む。
傴僂は言葉を続けた。
「実はな、最初はギャルで言い換えようとも思うとったのじゃ。ところで、みなさんはギャルと御座候の違いが分かるかな? 分からんじゃろうなあ。ワシはな、御座候は黒あんが好きじゃが、ギャルは白ギャルが好きなのじゃよ。試しに、ギャルで言い換えたバージョンも披露することにしよう」
周りが制止するよりも早く、カピバラ警部補はまた語り始めた。
「中華人民共和国の最高指導者であった鄧小平はかつてこう言った。『黒いギャルも白いギャルもネズミを獲るギャルはよいギャルだ』とな。
ところが、我が家の白ギャルときたら、食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返したせいで、ネズミを獲るどころか、ふつうのギャルの倍は太ってしまったのじゃ。
『太ましいギャルほどかわいい』というがな、医者から肥満を注意されたこともあって、ワシが『少しはダイエットをさせた方がよいかな?』と思案しとるというのに、本人は少しも気にする様子もなく愛嬌を振り撒いとる。
たまに大きな物音がすると野生を思い出したかのような素振りを見せることもあるがな。あんなのは格好だけじゃ。いつもはポリタンクのような腹を見せながら幸せそうな顔で寝転んどる。
それと比べると庭先によく顔を出す、近所の黒ギャルはスラリとした痩せた体つきをしとった。
あれはやはり野良ギャルだからじゃろな。野生では家ギャルのように、そんなにブクブクとは太りはしないものなのじゃよ。
黒ギャルは敏捷な身のこなしで知らない間にあらわれては、また知らない間に去って行くのじゃ。決して警戒を解かない鋭い目つきは自然界の厳しさを我々にも思い出させてくれるな。
そんなある日のこと、玄関先で、二人がバッタリと出くわしよったのじゃ。
我が家の白ギャルはもともと引きこもりじゃから、お外には出かけずにいつもお家のなかでゴロゴロしとる。
しかし、その日は玄関がたまたま開いとったので好奇心から外へ出てしまったのじゃな。
ワシが駆けつけたときは黒ギャルが白ギャルに対して威嚇の声を上げているところじゃった。
黒ギャルには白ギャルがまるでエイリアンのように思われたことじゃろう。
何せ、己の倍は体重があるのじゃ。それでいて確かにギャルの形をしておるからな。
黒ギャルは声を荒げてはいるが、心なしか怯えているようにも見えたな。
一方の白ギャルはしきりに尻尾をバタつかせとるものの、さして慌てる様子もない。
もともと大人しい性格の子なのじゃよ。生まれたときから家ギャルとして育ててきたから、ケンカの仕方も知らないのじゃな。
と、見とる間に、黒ギャルが俊敏な動きでジャブを繰り出しよった。
初撃に当たって驚いたのじゃろう、白ギャルは二本足で立ち上がると両手を大きく広げた。
そして、そのまま黒ギャルに覆いかぶさるように倒れ込んだのじゃ。
黒ギャルがパニックになったのも無理はない。
イギリス陸軍の特殊部隊SASでさえ、『格闘戦では三〇キログラム以上の体重差を克服することはできない』と教えられとる。
自然界では太っとるということはそのまま強さを意味するのじゃ。
絞め技や関節技を習得していれば、話はまた違ったかも知れないがな。じゃが、黒ギャルは知らなかったようじゃな。
黒ギャルは必死に暴れ回ると白ギャルがひるんだ隙に下から抜け出して一目散に逃げ出しおった。
戦いは我が家の白ギャルが勝ったのじゃ。
これが本当のキャットファイトというヤツじゃな」
記者たちは「俺たちは猫の話を聞きに来たんじゃねぇー!」と思いながらも必死にメモを取る。明日の朝刊は黒ギャルと白ギャルのキャットファイトがきっと一面を飾ることだろう。
げっ歯類はさらに重苦しい空気が立ち込めた大広間を見回すと照れ隠しに弁解した。
「陵辱ばかりだと飽きると思ってな。バトルに仕立てたのだが……どうじゃろか?」
会場の者は「『どうじゃろか?』じゃねーよ」と思うが、ぐっとこらえる。これがマスコミの仕事なのだ。警察の広報担当者がサービス精神旺盛なのはありがたいが、空気が読めないサービスはただの嫌がらせでしかない。しかし、記者クラブ制度ではこれも我慢しなくてはならなかった。望月衣塑子記者の質問を聞いていたときの菅義偉官房長官のような気持ちで、マスコミも記者会見に耳を傾けなくてはならないのだった。
そんな空気のなかでも先ほどの勇者は手を挙げた。
「御座候や黒あん、白あん、ギャルといった言葉の繰り返しが多いように思われますが、問題はないのでしょうか?」
「小説の文章を書く際に最も大切なことは同じ言葉をできるだけ使わないことだ」といわれる。言い換えができない作家は幼稚だとみなされてしまうのだ。勇気ある者はそこが気になったのだった。
他の記者は「問題はそこじゃねーだろが!」と思うが、口には出さない。勇者も現場責任者と同じくらい空気が読めないこともたまにはあるのだ。
大ネズミは答えた。
「うむ。実はな、ワシもそこがすこーしだけ気になっとったのじゃ。小説のルールのことはワシもよく知っとる。実際に、繰り返しが多い文章は『下手くそだ』という印象を与えるからな。じゃがな、ワシは『まあ、いいか』と思って気にしないことに決めたのじゃ」
東日本新聞は傴僂の返事に顔色を失うと「気にしないことに決めたのか……。気にしないことに決めたのなら、仕方がないな」と呟きながら着席した。
別のテレビ報道記者が尋ねる。
「富士山テレビです。すみません。今、インターネットで調べたところ、御座候のあんこは黒あんと白あんではなくて、赤あんと白あんとなっていますが……どうしますか?」
富士山テレビの指摘に、カピバラ警部補も慌ててスマートフォンを取り出す。携帯情報端末をしばらくいじった後、照れくさそうにペロッと舌を出すと謝った。
「うむ。確かに間違っとるな。うっかりミスじゃ。許せ」
みんな、げっ歯類を許した。
他のテレビ報道記者が質問する。
「毎朝テレビです。あのー、番組用に卒業文集のようなものはありませんか?」
卒業文集は事件や事故が起きた際にテレビがこれを全国放送することで日本人全員の前で当事者に赤っ恥をかかせるために文部科学省が日本中の小中学校に書かせているものだ。
密室レイプ事件という世間の耳目を集めた事件被害者についてはお茶の間のみなさんのためにも是が非でも卒業文集を全国放送しなくてはならないだろう。毎朝テレビは「そういうものがないか?」と問うたのだった。
ようやくまともな話が出たので、大広間の空気も和らぐ。
現場責任者は応えた。
「ない……と言いたいところじゃが、実は十三月家当主代行のご好意により、被害者の小学校の卒業文集を借りることができたのじゃ。タイトルは小学生らしく『思い出と夢』じゃな」
大ネズミはそう言うとドキュメントケースから卒業アルバムを取り出してページをめくる。「試しに読んでみよう」と言うと十三月リアムルの卒業文集を朗読し始めた。
OMOIDEとYUME 十三月リアムル
小学校の入学式 初めて歩いた桜並木 好き
新しい学校 新しい先生 新しい友だち マジ感激
それも今ではいいOMOIDE
これから迎える卒業式 も一度、歩く桜並木 好き
OMOIDE 胸一杯に抱え 俺たちの歩む未来 きっと始まる明るい期待
YOYO YOYO チェケラッチョ
小学校のOMOIDE 何が一番かと聞かれたら、これ 長野の夏キャンプ 四年生のときに行ったんだあ
お日さま輝く湖 カヌーを漕いで釣り遊び 水遊び 釣ったイワナは塩焼きさ 満腹になったら昼寝さ
夕食は炭火でバーベキュー お肉うまうま
夜はキャンプファイヤー 満天の星空を見上げたんだあ
きっと死ぬまで忘れない 心に残る、いいOMOIDE
そして、俺のYUME YUMEは十三月家を守ること
十三月家はSEKAI最高の財閥
未来の当主は兄貴 でも、兄貴はちょっと頼りない
だから、俺が守るんだぜベイビー
二人で財閥を盛り上げよう!
それが俺のIKIZAMAだYO!
傴僂は読み上げながら号泣した。文章の最後辺りは嗚咽でよく聞き取れなかった。朗読を終えると口を開いた。
「できそこないの歌詞のような素晴らしい卒業文集じゃないか。花を愛し、星を愛した、いたいけな美少年が強姦されたのじゃ。みなさんはこのような鬼畜な所業を果して許せるじゃろか? いいや、許せないじゃろう。日本警察は必ずやきっと怪姦!我慢汁男優を逮捕しますのじゃ!」
会場の者もその言葉にもらい泣きした。
カピバラ警部補が「他に、何か質問などはあるかね?」と言って大広間を見回すと勇者が再びおずおずと手を挙げて尋ねた。
「どうして、卒業文集がラップなのでしょうか?」
「うむ。十三月家は日本を代表する財閥グループだけあって、ご子息も名門私立小学校に通っておられたのじゃ。そこでは主体性と創造力を育むことを教育理念に掲げておってな、何でもその一環として卒業文集もラップで書かせたということなのじゃよ」
勇気ある者はためらいながらも続けて質問する。
「学校の指示だったとしても、テレビニュースなどで紹介されるのは生徒個人ですよね。それが全国放送されたら『彼は卒業文集をラップで書いた馬鹿だ』と日本人全員から思われませんかね?」
「確かに、そうかも知れんな。しかしな、名門私立小学校に通うような生徒はいずれは各界で活躍する高額所得者となるのじゃよ。卒業文集で笑われるのも有名税というヤツじゃ。お給料をたくさんもらうのだから、税金が少しぐらい多くても別に構わないじゃろ」
げっ歯類がからからと笑うと勇者はやはり腑に落ちない顔をして着席した。
別のテレビ報道記者が挙手する。
「読毎テレビです。ラップなのに微妙に、韻が踏めていないように思われるのですが、そこは問題ないのでしょうか?」
「実はな、ワシも最初、読んだときはそこが気になったのじゃ。恐らく、韻を揃えるのが段々と面倒くさくなったのじゃろな。初心者というものはそういうものじゃよ。許してやれ」
みんな、十三月リアムルを許した。
現場責任者が付言する。
「そういえば、言い忘れておったわ。卒業文集については十三月家当主代行が弟のために秘かにプロの音楽家に頼んで曲に仕立て上げたということじゃ。音声ファイルをダウンロードするためのアドレスも教えてもらっとる。テレビやラジオ番組でぜひとも流してやって欲しいとのことじゃ。それがきっと被害者の慰めにもなるじゃろうからな」
記者席からは「それは被害者の慰めではなくて、羞恥プレイではないかな」という戸惑いも見られた。しかし、事件報道というものは社会全体で事件を共有して社会の教訓とし、検証や再発防止につなげるためのものだ。被害者家族がプロの音楽家に頼んで卒業文集を曲に仕立てたというのであれば、それを全国放送しないわけにもいかないだろう。マスゴミの仕事とはそういうものなのだ。
大ネズミが会場をぐるりと見回す。
「それでは他に質問がないようなら、記者会見はここまでとしよう」
一同が荷物をまとめて席を立とうとしたそのとき、大広間の大扉が荒々しく開いた。十三月クリスラの声が大きく響き渡る。
「ちょっと待ったあぁああああーーーー!!」
兄が先頭で音頭を取りながら、ちょっと待ったコールとともに、執事が担いだ小神輿が次男坊を乗せて会場に入ってきた。
傴僂が慌てふためきながら十三月家当主代行に話しかける。
「ど、どうしたというのじゃ? ワシがせっかく御座候に言い換えてまで被害者のプライバシーを守ろうと努力したのに、本人が出てきては元も子もないではないか! 御座候新大阪駅店の場所まで教えたのじゃぞ!」
そう問われて、美青年が苦渋の表情を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。御座候新大阪駅店の場所は私も知りませんでした。ですが、十三月家には『ホモに襲われたときは被害者自らがみんなの前に顔を出してその被害を報告しなければならない』という家訓があることを先ほど思い出したのです。例えば、女子は初潮を赤飯で祝いますし、男子は精通を白子ご飯で祝います。それと同じように、初めて陵辱された日はみんなに報告しないといけないのです」
カピバラ警部補はその返事に驚愕した。
ああ、何ということだろか! 現代日本を代表する財閥グループ、十三月家にはこれほどまでに過酷な家訓があったのだ。名家の子息として生まれることは決して楽なことばかりではないのだ。しかし、決まりである以上は仕方がない。童貞自身が記者会見しないわけにはいかないのだった。
クリスラは配下の者に命じて司会者台を持って来させると部屋の正面角に設置させて自らが台に立つ。マイクやノートパソコンなど、司会に必要な道具はすでにセットされており準備万端だ。
美少年も小神輿から降りるとげっ歯類が座っていた長机に交代して着席する。現場責任者は記者席のパイプ椅子を借りると司会者台の斜め向かいの席に座った。
すると、大扉が再び開くと今度は色とりどりのドレスや燕尾服に身を包んだ老若男女がテレビカメラとともに会場に流入してきた。
大ネズミがやはり狼狽する。
「こ、これは何ごとじゃ!? 彼らは一体、誰なんじゃ!?」
兄がまたしても悩まし気な表情を浮かべて答えた。
「実は、本日は怪姦!我慢汁男優が逮捕された暁には『当初の予定通りにクリスマスのダンスパーティを開催しよう』と思っていたのです。彼らは弟を驚かすためにこっそり待機していた招待客です。今年からはテレビで生放送することも決定していたので、テレビカメラも一緒です。長い間、外で待たしても申し訳ないので部屋のなかに入ってきてもらいました」
大広間はすでにパイプ椅子が足りずに立ち見が出るありさまだった。しかし、テレビカメラマンは迅速に準備を整えるとすぐに生放送を開始した。
美青年がマイクを握る。
「本日、司会を務めます十三月家当主代行の十三月クリスラといいます。どうぞよろしくお願いします。さあ、それではリアムル、みなさんに自己紹介をするんだ!」
長机に座った次男坊は心配そうな面持ちで兄を窺う。美青年は何も言わずに自信満々の顔で親指を立ててみせる。
「……覚悟はいいか?」「……うん」というやり取りが目と目で交わされた。
美少年はクリスラが「不躾な質問や無礼な物言いがあったら、私が司会者としてすぐに止めに入るから大丈夫だ。何も問題はない」と太鼓判を押すから記者会見に臨んだのだった。
しかし、この兄貴がまともな援護を本当にするのだろか?
童貞はおずおずと自己紹介を始める。
「は……はじめまして十三月リアムルといいます。今日、僕は怪姦!我慢汁男優にレイプされました。事件の概要はすでにカピバラ警部補から伺っていると思いますので質疑応答から始めたいと思います。質問のある方は挙手してください。質問は一人につき一つまででお願いします」
あらかじめ原稿を用意しておいたのだろう。セリフが棒読みだった。
次男坊の言葉に応えるように記者席から次々と、手が挙がる。
傴僂が一通り概要を説明したとはいえ、事件被害者が目の前にいるのだ。聞きたいことは山ほどあった。
美青年がそれらを一人ずつ順に当てていく。まず最初にテレビリポーターが当たった。
「桜川テレビです。今回の事件、ご心労お察しします」
桜川テレビリポーターが一礼するとそれに合わせて、美少年も頭を下げた。
「さっそくですが質問です。リアムルくんは童貞だったと聞いていますが、それは本当ですか?」
美少年は赤面して答える。
「……本当です」
「では、セックスは体験したことがないということでよろしいのですね?」
「……はい」
リポーターは「ご心労お察しします」と言うわりには相手の気持ちに配慮する様子がまったくなかった。マスゴミにとってはニュースのネタが手に入ればよいのであって、被害者の気持ちなどは本当のところはどうでもよいのだ。
さらに追加で尋ねた。
「もしかして、アヌスもバージンだったのですか?」
「お尻の穴は処女に決まっているよーっ!」
リアムルは思わず叫んだ。
肛門は処女であっても処女膜はないのだ。菊門に処女膜があると大変だ。もしも、そんなものがあれば、毎朝、大きなウンコをする度に膜が破れて大量出血してしまうだろう。
十三月家当主代行が質問者を注意する。
「質問は一人一つまででお願いしますよ!」
桜川テレビは「すんませーん」と言って謝ると罰が悪そうな顔をして着席した。
次の記者が当たる。
「奥多摩新聞です。普段、マスターベーションはしますか?」
「……しません」
司会者が一喝する。
「美少年が自慰するわけがないだろ! アイドルだってウンコしないんだぞ!」
現実にはアイドルもウンコするし、美少年も自慰するのだ。
この風説は正しくは「童貞はオナニーをしない」だ。女も処女の内はセックスの気持ちよさが分からないからマスターベーションはしないものだ。それと同じように、男も童貞の内はチンチンをいじったりしないものなのだ。
奥多摩新聞記者は怪訝な面持ちで席に着いた。
次の人が当たる。
「毎毎新聞です。卒業文集には桜並木のことが歌われていましたが、これは小学校の校門まで続く桜並木のことだと思います。そのくだりは校門と肛門を掛け合わせたダジャレなのでしょうか? つまり、弟くんのお尻の穴は桜色ですか?」
次男坊は驚いてクリスラの方を見る。まさか、卒業文集が配布されているとは思わなかったのだ。十三月家当主代行が余裕の笑みで頷いてみせる。大方、親切心で貸し出したのだろう。しかし、他人に己の文章を読まれることほど、小っ恥ずかしいことはないのだ。文集はろくに韻も踏めていないラップなのだから尚さらだった。
被害者は小声で返事をした。
「……違います」
その答えを聞いて、美青年が若干、興奮しながら横槍を入れる。
「私はリアムルのアヌスは桜色だと思うぞ!」
「兄さま!」
美少年は司会者を嗜める。まさかクリスラがノリノリで卑猥な質問に加担するとは彼も思いもしなかったのだ。
毎毎新聞記者がさらに質問する。
「卒業文集には『小学校の一番の思い出は長野県での夏キャンプだ』とも書いてありましたが、陵辱された後でもやはりもう一度、キャンプに行きたいと思いますか?」
「……暴漢にまた襲われると嫌なので、しばらくはキャンプには行きたくないです」
「『将来の夢は十三月家を守ることだ』とも書いてありましたが、それは今でも変わりませんか?」
「……はい、変わらないです」
「やはり、レイプされた後も『YOYO、YOYO、チェケラッチョ』という気分ですか?」
発言を聞いて、会場がドッと笑う。
童貞は顔を真っ赤にしながらも努めて冷静さを装って答えた。
「……違います」
「卒業文集がラップだというのはどういう気持ちでしたか?」
「知りません。先生が『卒業文集はラップで書きましょう』と言ったから書いただけです」
その回答を聞いた毎毎新聞記者が急に怒り出した。
「先生から言われたからやったとは何事だ! 先生が『死ね』と言ったら、お前は死ぬのか? 主体性や創造力を育む教育理念はどこに行ったのだ! まったくもってけしからん! 一体、教育を何だと思っておるのかね!」
マスゴミは己のことを棚に上げて他人を叱りつける習性がある。それに釣られて言い返すと相手の思う壷だ。あることないことを書き立てられて社会的生命を絶たれてしまうのだ。
次男坊はジッと沈黙して耐えた。すると、毎毎新聞記者は返事がないので憤慨しながら着席した。
これを契機としてふざけた質問が続く。リアムルはそれに対して一つずつ丁寧に応えた。
「――新聞です。『ホモはナンパする前にホルモンを食べる』といいます。これは『お尻の穴を掘るもん』というゲン担ぎのためだそうです。性犯罪者のキスもやはりホルモンの味がしましたか?」
「ホルモンの味はしませんでしたが、口臭がキツかったです」
「――新聞です。総理大臣の答弁についてどう思いますか?」
「はい?」
「社説で使いたいので『金玉虫色の答弁です』と言ってください」
「そんな虫は知りません」
「――新聞です。『お金持ちが食べる白玉ぜんざいは白色ではなくて金色だから金玉ぜんざいだ』というのは本当ですか?」
「嘘です」
「――テレビです。『犯人に犯されて、お尻に穴が空いた』というのは本当ですか?」
「お尻にはもともと穴が空いているものです」
「――テレビです。私の近所のお坊さんは『結婚までは童貞を守らないといけない』と言っています。童貞を失ったことについてはどのように感じていますか?」
「童貞はなくしていません」
「――新聞です。『犯人はアヌスに薔薇を一輪、挿して去った』ということですが、明日の新聞の見出しに使いたいので『私のことは嫌いでも、薔薇のことは嫌いにならないでください!』と言ってもらえますか?」
「嫌です」
「――テレビです。『レイプされると受精しやすくなる』といいます。犯人には中出しされたそうですが、今まで無精卵しか産んだことがないと思いますが、初めて有精卵を産むにあたってどのような気持ちですか?」
「いつも卵を産むときと違いはありません」
「産んだ有精卵はどうするつもりですか?」
「……食べます」
観客はその回答を聞いて驚きの声を上げた。
テレビリポーターがさらに問いかける。
「それは残酷ではありませんか?」
「鶏も『有精卵は栄養たっぷりだ』といいます。だから、産んだ卵もゆで卵にして食べるつもりです」
「人の卵は鶏卵とは違うでしょ! 何と残酷なことをするのだ! 一体、どんな教育を受けてきたのだ!」
テレビリポーターは半ば切れながら言い放つと席に着いた。
会場は性犯罪被害者がまるで人非人であるかのような雰囲気だった。
美少年が思わず弱音を吐く。
「こんなのセカンドレイプだよう!」
フェミニズムを学ぶと「私はあなたの発言が気に入らない」ということを表現するために「それはセカンドレイプだ!」と言うようになる。彼らはファーストレイプされたことがなくても「セカンドレイプされた!」と主張するのだ。ファーストがなくてもセカンドがあるくらいだから、世の中にはきっとサードレイプやフォースレイプされた人もいるのだろう。強姦は一から順に数えなくてもよいのだ。だから、例えば、一、一、二、三、五、八、一三、二一、三四、五五、八九、一四四、二三三、三七七、六一〇……の順番で陵辱されることはきっとフィボナッチ数列レイプと呼ぶに違いないのだ。知らんけど。
このように、「私は強姦されたことはないが、セカンドレイプされた経験ならある」と自負する人は多いが、次男坊が記者から受けた嫌がらせは間違いなく本物のセカンドレイプだった。
十三月家当主代行が場を仕切り直す。
「記者の方も聞きたいことは山ほどあるでしょうが、冗談はほどほどにして、もう少し真面目な質問もお願いしますよ!」
質疑応答が再開される。
「――テレビです。一般に、『男はセーラ服に欲情する』といいます。事件当時、セーラ服を着ていたということは犯人を誘っていたのではないですか?」
「誘ってなんかいないよう! 置いていた服を着ただけだよう!」
「――新聞です。火がついたロウソクからロウを垂らされたときの気分はどのようなものでしたか? やはりアロマテラピーのように、心も体もリラックスしたのでしょうか?」
「ロウが垂れ落ちてくる度に痛かったです」
「――テレビです。『強姦魔に愛撫されてエクスタシーを感じた』ということは実は襲われて喜んでいたのではありませんか?」
「喜んでなどいません」
「犯人に愛撫されてどう感じましたか?」
そのセリフを耳にした美青年が急に身を乗り出すと鼻息荒く質問に口を挟んだ。
「私もその辺りを詳しく聞きたいぞ!」
「兄さま!」
次男坊は司会者を叱責するとしぶしぶ答えた。
「色んなところを触られて気持ちが悪かったです」
「それは『性犯罪者の愛撫でエクスタシーを感じた』というのと矛盾しませんか?」
「エクスタシーなんて感じていないよう!」
「――テレビです。暴漢に挿入されたときはどのように感じましたか?」
「お腹のなかでうにょうにょと動いて不快でした」
「――テレビです。強姦被害に遭うというのはやはり被害者の側にも落ち度があります。何か、貞操観念などには問題はなかったのでしょうか?」
「犯人には『男の尻穴には貞操などないのだ』と言われました」
「――新聞です。性暴力を受ける側にも当然、問題はあります。リアムルくんはどうして強姦魔に抵抗しなかったのでしょうか? 本気で抵抗していれば、事件も未然に防げたのではありませんか?」
「縛られていたので抵抗できませんでした」
「――新聞です。暴漢に無理やり挿入されて、やはり、『身も心も穢れてしまった』と思っているのでしょうか?」
「……」
美少年が涙目で口ごもると兄が代わりに答えた。
「コンドームもつけずにアヌスにチンコを挿入した性犯罪者の方が陰部がウンコまみれになっていて穢れていると思いますね!」
クリスラの回答はまったく何の擁護にもなっていなかった。
次の質問者が当てられる。
「西海テレビです。レイプ事件などというものが本当にあったのでしょうか? 話だけを聞いていると、嘘をついているようにも思われます」
被害者はあまりにもあまりな質問に口を開けたまま絶句する。
十三月家当主代行の目がキラリと光った。
「そうまで言うのなら仕方がありません! 十三月家お抱えの侍医を呼んで確認してもらいましょう。弟の直腸から犯人の精液を採取すれば、みなさんもきっと納得するはずです。ええ、確かに、みなさんの前で採取するのですから、ごまかせるはずがありません。そして、お巡りさんにそれを提供しましょう。そうすれば、性犯罪者を特定するためのDNA検査も実施できて一石二鳥です!」
すぐに長机が運び出されて、代わりに、簡易ベッドが置かれる。その周囲をカーテン生地のついたてで隠した、簡易診療室が完成するとリアムルはベッドの上に寝かされた。
間もなく、白衣姿の侍医が大広間に到着した。頭が薄く禿げ上がり醜悪な笑みを浮かべる、よく肥え太った中年男だ。医者はKKOと自称した。KKOとはキモくてカネがないオッサンのことだ。
簡易診療室に入ろうとする禿げデブに、兄が実況中継用のマイクを手渡して頭を下げる。
「KKO先生、それではよろしくお願いします!」
侍医は軽く頷いて入室すると医療用ゴム手袋をはめてベッド脇の丸イスに着席した。
禿げデブは美少年のズボンを脱がせて臀部を露出させると両腕で両膝を抱えて側臥位になるように指示する。そして、お尻の穴に肛門鏡を挿入した。
KKO先生がマイクのスイッチをONにして話し始めた。
「はい、どーも。キモくてカネのないオッサンこと、十三月家侍医のKKOでーす。今日はですね、ホモにレイプされたという、十三月リアムルくんのウンコの穴を覗いてみたいと思いまーす。というのもですね、今、弟くんが記者会見をしている最中なのですが、『レイプ事件などというものが本当にあったのかなあ?』と記者から質問されたからなのですよう。まったくもって酷い話ですねえ。それでは覗いてみましょう!」
顔に似合わず、堂に入った声で陽気に喋る。きっと、副業がユーチューバーなのだろう。
「ふーむ。見たところ、肛門には擦過傷が見当たりませんねえ。これは強姦魔がローションを使ったからですねえ。よい子のみんなも性交時の擦過傷を防ぎたければローションを使いましょうねえ。そして……お尻に点々とついている赤い滴はロウですねえ。ロウソクプレイをしたというからその跡でしょうかあ。ああーっと、直腸内に犯人の体液を発見しましたよお。これは採取しないといけませんねえ!」
禿げデブは体液採取器を使って暴漢の精液を採取すると近くにいた警察官に手渡した。
侍医が被害者に話しかける。
「どうでしょうか? 肛門に処女膜再生手術をしておきましょうか? 何なら、剛毛が生えた処女膜でも張りつけてあげますよ!」
次男坊は「……結構です」と小声で応える。
「そうですよねえ。お尻の穴に処女膜を張りたがる馬鹿はいませんよねえ。ましてや、熊のような剛毛が生えた処女膜などはいりませんねえ。あはははは。せっかくだから、肛門内圧でも測っておきましょうか!」
KKO先生は肛門鏡を抜き取ると代わりに直腸肛門内圧検査器具を取り出した。この検査器具は通常、患者の負担にならないように細く小さいものだが、禿げデブが取り出した一品は極太ディルドほどの大きさがあった。それをズブッと菊門に挿入した。
血の気が引いた顔で、被害者が絶叫する。
「いやぁああああああああ!!!!」
怪姦!我慢汁男優に無理やり貫かれたときのことを思い出したのだ。
それを見て、会場も色めき立つ。総立ちで大歓声を上げた。
「フラバってる!! フラバってる!! フラバってる!! フラバってる!!」
「フラバってる」とはフラッシュバックしているという意味だ。
フラッシュバックとは突然、襲いかかるトラウマの鮮明な再体験のことだ。恐怖体験を思い起こさせる刺激が引き金となることが多く、体験時の身体感覚や感情までもが鮮やかに蘇る。
レイプ被害者が記者会見を行っているのだ。観客がフラッシュバックを期待するのも人情というものだろう。彼らは望んだものが見れたので大盛り上がりだった。
リアムルは歓声に抗うように歯を食いしばると吼えた。
「ぜ、絶対にフ、フラッシュバックなんか、しないんだからねっ!!」
侍医は「……そうなのかあ」と呟くと検査器具で直腸内をぐりぐりと掻き回す。
すると、美少年はひときわ大きく叫ぶとガクガクと全身を震わせた。彼の直腸はエロティック隆起を起こして検査器具をキュッと締めつけると下腹部とともに約〇・八秒ごとに痙攣した。それはまるで女性の膣内オーガズムのようだった。
次男坊は不随意運動が止むと脱力して静かになった。顔を覗き込むと、瞳孔が開いたレイプ目で茫然自失としていた。
禿げデブが診断を下す。
「……フラッシュバックしましたね」
会場にいる人々の間から、拍手喝采が自然と湧き起こる。
KKO先生が総括した。
「さっきい、性犯罪者が使用しただけあってえ、肛門内圧は少し弱めですねえ。だけどー、まだ使い始めて間もないアヌスですねえ。肛門括約筋の活躍に、今後もご期待ください! それでは、今日はこれぐらいにして、みなさん、バイバーイねえ! KKOでしたー!」
ユーチューバーが席を立とうとすると司会者がついたてのなかに入ってきて離席を制止する。さらに耳打ちした。
「ついでに、童貞かどうかも検査しておいてください」
侍医は「うむ、分かった」と快諾すると再び席に戻り、実況中継を始めた。
「リクエストがあったので延長しますねえ。童貞かどうかの検査ですよね? はーい、それではリアムルくんはこっちを向いてくださいねえ」
禿げデブは放心状態の患者を仰向けに寝かせるとゴム手袋を外して唾をつけた指で短小をいじり回した。陰茎包皮を剥くと亀頭に、童貞痕があらわれた。
女性器には処女膜があるように、男性器には童貞痕があるのだ。
童貞痕は未使用の男性器のみが有する聖痕だ。「男は三〇歳まで童貞でいると魔法少女になる」といわれるが、そのためには男根に童貞痕があることが条件の一つだ。
KKO先生が満足そうに頷く。
「うむっ。これは紛うことなき、本物の童貞痕ですねえ。まだ性交を体験していない、未使用のオチンチンです。リクエストはこれぐらいかな? それでは、今度こそ本当にバイバーイ!」
侍医は童貞に太鼓判を押すと席を立った。そのまま、記者席に用意されたパイプ椅子に着席する。
美少年はしばらくはボーッとしていたが、やがて正気に戻ると看護士の手によって衣服を着た。
すぐに、ベッドとついたてが片づけられて、長机が設置される。被害者は再び記者会見に臨んだ。
美青年がマイクを握る。
「これでレイプ事件があったことをしっかりと立証できたと思われますが、いかがでしょうか?」
西海テレビリポーターもさすがに観念して負けを認めた。
クリスラが言葉を続ける。
「それでは質疑応答を再開します……と、言いたいところですが、そろそろ夜も深まってきましたので最後の質問とさせていただきます。まだ質問されていない方はいますか?」
兄が会場を見回すと一人の若者が手を挙げた。彼が最後の質問者となった。
「――新聞です。強姦魔にされて、一番、嫌だったことは何ですか?」
「『お尻の穴がインスタ映えする』と言って写真や動画を撮られたことです」
「犯人に伝えたいことがあれば、何か一言、お願いします」
「撮影した写真や動画はインターネットにはアップしないで欲しいです。お願いします」
インターネットにアップロードされた写真や動画は不特定多数の者が複製、保存して再アップするため、半永久的に電子の海を漂い続けるのだ。次男坊はそれを恐れたのだった。
そのとき、大広間の扉がけたたましく開くと、執事のヤスが飛び込んできた。ヤスは十三月家当主代行のもとに駆け寄ると耳元で囁く。しかし、司会者台のマイクがONとなっているため、話の内容が会場中に響き渡ってしまう。
「大変です! 蟄居部屋に設置していた、防犯カメラの映像が外部に流出しました!」
美青年は報告に目を丸くすると手元のノートパソコンでウェブブラウザを急いで立ち上げる。世界最大の無料エロ動画サイト、Pornhubにアクセスすると、リアムルの陵辱動画がトップページに高画質で表示された。防犯カメラには暗視機能がついていたため、暗がりのなかでもバッチリ撮影されていた。これはXVIDEOSやxHamsterといった、他の有名無料エロ動画サイトでも同じだった。
事態を察知したリアムルは金切り声を上げる。
「どうしてすぐに動画を消去しなかったのーっ!!」
しかし、密室レイプ事件があったのはつい先ほどのことなのだ。警察による捜査もまだ済んでいないのに「映像を消せ!」という方が無理なのだった。
防犯カメラの映像は守衛室のパソコンに一旦、ローカル保存される。怪姦!我慢汁男優は蟄居部屋から退散した後も館内に居残り、守衛室から動画データを盗み出すとエロ動画サイトにアップロードしたのだった。本人が撮影した写真や動画ももちろん一緒に投稿されていた。
被害者が嗚咽を上げるなかで、司会者が狐尾姿の弟の全裸写真をノートパソコンのデスクトップに壁紙登録しながら叫んだ。
「こ、これは十三月家の……いや、私の敗北だあーっ!」
クリスラの敗北宣言とともに、記者会見はお開きとなったのだった。
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